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パソ・ロブレスの冬


ワインカントリーにいると感じさせる道標
シグマSD14 / 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM / 20mm / F8 / 1/125秒 / ISO50

※すべてRAWで撮影してからJPEGに現像し、幅1,028ピクセルに縮小しています。
※写真下のデータはカメラ/レンズ/実焦点距離/絞り/シャッター速度です/感度です。


 ロサンゼルスとサンフランシスコのほぼ中央、セントラル・コーストに沿って位置するサンルイス・オビスポ郡に、パソ・ロブレスという人口約3万人の市がある。「パソ・ロブレス」のパソはスペイン語で道、ロブレスはオーク・ツリー(ナラ類の総称)の意味だ。山脈地帯と言うよりは広大な丘陵地帯で、そこには1年中緑美しい草原と精霊が住みつきそうなオーク・ツリーがたくさん生える豊かな森が広がっている。

 この地域は19世紀後半から、温泉が出る保養地として旅人の間で知られていた。1891年に創業したパソ・ロブレス・ホテルには、温泉が引かれたバスタブのある部屋もある。当時世界で最も有名だったポーランド人ピアニストで作曲家(政治家でもあり第3代ポーランド首相も務めた)イグナツィ・パデレフスキーは、1913年にこの地に3カ月滞在して関節炎を癒し、再び演奏活動に復帰した。その後の30年の間には、アメリカ大統領のセオドール・ルーズベルト、ボクシング・チャンピオンのジャック・デンプシー、俳優のクラーク・ゲーブル、ボブ・ホープらの多くの著名人がこの地を訪れた。またプロ野球チームのピッツバーグ・パイレーツ、シカゴ・ホワイトソックスもこの地でスプリング・トレーニングを張り、練習の後、温泉で疲れを癒した。

 近年はワインボトルのラベルにこの地の名を目にすることも多い。1993年から2002年の間にワイナリーの数が倍増し、その数は現在100を超え、急成長しているカリフォルニア州のワインカントリーである。


ぶどう園にあったカベルネ・ソーヴィニョンの苗木
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 35mm / F8 / 1/100秒 / I SO50
なだらかな丘にあるぶどう園
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 134mm / F8 / 1/250秒 / ISO50

ブドウのない冬のブドウ園
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 83mm / F8 / 1/250秒 / ISO50

 土、日、月を挟む2月のプレジデント・デイの3連休、土曜の午後4時過ぎ、私はこのパソ・ロブレスを訪れるため、ロサンゼルスを出てUSハイウェイ101を約200マイル(360km)北上した。

 パソ・ロブレスの少し南に位置するアタスカデロという小さな町に着く頃、すっかり日は暮れ景色は何も見えない夜だった。私はこの町のモーテルに予約を入れていた。普段予約は要らないはずのこの辺りのモーテルは、この連休の週末はどこも満室に近かった。NO VACANCY(空き部屋はありません)の赤いネオンサインが煌々と灯っているにも拘らず、今晩のねぐらを求め、モーテルのロビーのドアを叩く人の後は断たない。「部屋はありません、すみません、満室です」と、40歳前後の体格のいい黒人女性にあっさり言われ、困った顔をして車に戻る人が、私の部屋の窓から見える。普段は予約などせず旅に出る私も、この連休の週末は予約しておいたので、彼らと同じ目に会わずにすんだのだった。

 何度か通り過ぎるだけだったパソ・ロブレスのダウンタウンまでは、車で15分も走れば着く距離だったので、モーテルではパソ・ロブレスにいる気分になっていた。満室の割には静かだったモーテルで朝7時に目覚めると、モーテルの窓から見える外は深い霧に包まれていた。起床から1時間後、まだ車の少ないハイウェイに入っても、その霧は切れることなかった。2月のセントラル・コースト、陽の光が届かない霧の朝、吐く息は白く、冬支度は必須だった。

 パソ・ロブレスのダウンタウンに着く頃、ようやく霧が切れ、太陽が顔を出し始めると、一気に青空が広がり快晴の1日が始まる。裏道もほとんどない小さなダウンタウンは、小さな公園を囲んできれいに整備されている。今晩宿泊するパソ・ロブレス・ホテルの位置を確認し、車をストリートに停め、ぶらぶらと歩く。

 温泉が出るバスタブ付きの部屋があるこのホテルに連泊したかったが、連休のこの週末には結婚式がホテルであり、1晩しか予約が取れなかったのだ。小さな町では結婚式1つでも、普段は予約の要らない宿泊施設が満室になることがある。この小さな町のダウンタウンに、窓ガラス越しに見える内部が落ち着いて、騒がしくなさそうなレストランを見つけた。そのレストランで、しっかりと濃いコーヒーを飲み、ボリュームたっぷりのエッグ・ベネディクトを食べ、この日のエネルギーを十分に摂る。


霧の中、小さな鳥の群れが飛ぶ
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 50mm / F8 / 1/80sec / ISO50
エッグ・ベネディクトは、美味してボリュームがあった
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 50mm / F5.6 / 1/20秒 / ISO100

きれいに整備された小さなダウンタウンの街並み
シグマSD14 / 10mm F2.8 EX DC FISHEYE HSM / F11 / 1/125秒 / ISO50

 レストランを出ると、ダウンタウンから太平洋岸に繋がる46号線を西に走る。10分ほど走ると、ヴァインヤード・ドライブという道のサインを見る。ヴァインヤードとは、ブドウ園の意味だ。ブドウ園に立ち寄ることは今回楽しみにしていたので、迷うことなくこの丘陵地帯を走る緩やかに曲がりくねった道に入る。連休で宿泊施設はどこも満室に近かったが、走る車は意外に少ない。

 ヴァインヤード・ドライブからいくつかの道に分かれて、たどり着いたワイナリーで、普段、赤しか飲まない私には珍しく、ルーサンヌというブドウを主に、さらに2種類のブドウを混ぜ合わせた白ワインを土産に持ち帰った。私にとっては高価な白ワインだった。

 ブドウ園にとって、冬はブドウもその葉もなく寂しい季節だが、パソ・ロブレスに注ぐ豊かなカリフォルニアの陽の光は、その寂しさを感じさせない。花こそあまり見かけないものの、陽の恵は草原を完全に枯らすことはなく、深い森もまた元気で、大小さまざまな鳥や鹿を見る。


さまざまな鳥を見かける
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 150mm / F5.6 / 1/320秒 / ISO50
オリーブも沢山見かけた
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 38mm / F8 / 1/125秒 / ISO50

広がりのある丘陵地帯
シグマSD14 / 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM / 10mm / F11 / 1/100秒 / ISO50

森にはしゃぐ犬
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 24mm / F8 / 1/125秒 / I SO50
パソ・ロブレスの冬の午後。日中は暖かい
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 83mm / F8 / 1/160秒 / ISO50

森から出て来た鹿
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 150mm / F4 / 1/250秒 / ISO50

 その日、私は森の上空だけでなく、ぶどう園でもとても大きな鳥を何度も見かけた。地上から見上げていると、その鳥は翼を羽ばたくことはほとんどなく、グライダーのように空を大きく何度も旋回している。私はその鳥をイーグルだと思って疑わなかった。その日の夕方、ダウンタウンに戻る森の中の山道を走っていると、前方に見える電信柱にその大きな鳥がとまっていた。車を狭い山道の路肩に停め、少しずつその鳥に近づいてみると、その頭はイーグルと少し違うように見える。

 夕方、1日の終わりを見届けるため、丘の向こうの西の空に豪華な夕焼けを期待し、森の山道でしばらくその時を待つ。しかし、海からの湿り気のせいか、雲がかかって太陽を隠し、期待していた真赤な夕焼けは見られなかった。夕焼けを諦め、東の空をふと見ると、満月に近い月がオーク・ツリーの枝の向こうにぽっかりと浮かんでいる。

 物言わぬも堂々とした存在感あるその月は、1日の終わりを見届けたかった私に、1夜の始まりを告げた。

【お詫びと訂正】記事初出時、写真の鳥をカリフォルニアコンドルと表記しましたが、異なる鳥でした。お詫びして訂正させていただきます。


旋回する大きな鳥
シグマSD14 / APO 50-150mm F2.8 EX DC HSM / 150mm / F8 / 1/250秒 / ISO50

キヤノンEOS 5D / APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM / 300mm / F4.5 / 1/500 / ISO100 パソ・ロブレス市を丘から見下ろす
シグマSD14 / 18-50mm F2.8 EX DC HSM / 26mm / F11 / 1/125秒 / ISO50

何もない段々畑は、冬だと再確認させる
キヤノンEOS 5D / APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM / 166mm / F5.6 / 1/200 / ISO100
西の空に雲が掛かり、期待した夕焼けは見られなかった
キヤノンEOS 5D / APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM / 300mm / F8 / 1/250 / ISO100

オーク・ツリーの枝越しに月を見る。神秘的な光景にしばらく立ち止まる
キヤノンEOS 5D / APO 120-300mm F2.8 EX DG HSM / 300mm / F8 / 1/125 / ISO100

 その夜、ダウンタウンで夕食をすませ、楽しみにしていたホテルの温泉が出るバスタブにゆっくりと浸かる。翌朝、目覚めるとすぐにバスタブに温泉を入れ、その中に飛び込む。その湯加減は日本の温泉より少しぬるいものの、温泉の効能はかなりのものと思われた。ホテルを昼前に出て、46号線を西に走り、太平洋岸線を走るパシフィック・コースト・ハイウェイに出る。そこからロサンゼルスに向けて南下し、ハイウェイ101に入り無事帰宅した。

 帰宅したその夜、地球からの恵みに包まれ私の体は1晩中ぽかぽかと温く、地球の持つ癒しの力に感動し感謝した。


静かなパソ・ロブレスの夜
シグマSD14 / 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM / 20mm / F4 / 0.3秒 / ISO100 / 三脚使用
曇っていた太平洋岸線を走るパシフィック・コースト・ハイウェイ
シグマSD14 / 10-20mm F4-5.6 EX DC HSM / 10mm / F8 / 1/80秒 / ISO50


URL
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dialy_backnumber/



押本 龍一
(おしもとりゅういち)東京品川生まれ。英語習得目的のため2年間の予定で1982年に渡米する。1984年、ニューヨークで広告写真に出会い、予定変更。大手クライアントを持つコマ―シャルスタジオで働き始める。1988年にPhotographerで永住権取得。1991年よりフリー、1995年LAに移動。現在はLAを拠点にショービジネス関係の撮影が主。

2008/04/09 01:00
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