切り貼りデジカメ実験室

APSフィルムカメラ専用「IXニッコール」をフルサイズ機に装着

かつてニコンから発売されていた、APSフィルムカメラ専用レンズ「IX Nikkor 30-60mm F4-5.6」をニコン「D700」に装着。改造しなければD700に装着できないが、驚いたことにライカ判フルサイズのFXフォーマットでもケラレ無しで使用できる。大きなボディに小さなレンズ、そして古い金属製フードがよく似合う。

APSフィルムカメラ用レンズをフルサイズデジタル一眼レフに装着

 現在のデジタル一眼レフの標準とも言えるフォーマットは「APS-C」サイズだが、この語源は読者の皆さんならご存じだろう。APSフィルムCタイプ(画面サイズ23.4×16.7mm)の呼び名を継承しているのである。

 APSは正式名称アドバンストフォトシステム (Advanced Photo System) で、35mmフィルムに変わる新規格として1996年4月に販売が開始された。APSフィルムはカメラへの装填が簡単なカセット式で、撮影データを磁気によって書き込むなどの利点があるとされていた。

 しかし35mmフィルムより画面が小さい分画質が劣り、現像済みのカセットも意外に保存が面倒だったりして、けっきょく主流になれず、ついに2012年5月にAPSフィルムの販売が終了してしまった。

 それでも一時期は各社から様々なAPSフィルム用カメラが発売され、ニコン、キヤノン、ミノルタからはレンズ交換可能な一眼レフも発売されていた。

 このうちニコンのAPSフィルム一眼レフはプロネア(PRONEA)シリーズとして発売されていた。ニコンFマウントを採用し、35mm一眼レフ用レンズも可能で、APS専用レンズ「IXニッコール」も用意されていた。

 IXニッコールはFマウントを採用しているものの、レンズ後部が突出しているため35mm一眼レフには装着できない。しかしそのぶん小型軽量を実現していたのだ。

 このうち「IX Nikkor 30-60mm F4-5.6」はズームレンズでありながら単焦点レンズより小さく、同じく小型軽量のAPSフィルム一眼レフ「プロネアS」とセット販売されていた。

 ぼくはこのIX Nikkor 30-60mm F4-5.6を、確か10年くらい前に購入したのだが、その当時も投げ売りで3,000円くらいだったと思う。実はぼくはプロネアは持ってなかったのだが、このレンズを改造し35mm一眼レフに装着する“実験”を行なったのだった。

 その結果は意外にも広角端30mmからケラレが無く、普通に35mm用ズームレンズとして使えてしまうのだった。もちろんピントはマニュアルで、絞りも最小値に固定されてしまうことから実用には厳しい。

 しかし、かつてのこの実験をデジタルで試してみたら……とふと思い出したのである。というわけで、FXフォーマット機であるニコン「D700」を素材に、当時の実験を再現しつつIX Nikkor 30-60mm F4-5.6のデジタルでの性能を検証してみることにした。

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これが単体のIX Nikkor 30-60mm F4-5.6。プロネアSにマッチした鏡筒デザインで、1998年9月の発売された。画角はライカ判換算45-90mm相当。ニコンFマウントを採用しているが、35mm一眼レフには装着できない仕様だ。絞りリングはないが、レンズ先端を回せばMFも一応は可能だ。
参考までに、現行品である「AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G ED」と並べてみたが、IX Nikkor 30-60mm F4-5.6がいかに小さいかがわかるだろう。ちなみにIX Nikkor 30-60mm F4-5.6の重量は95gで「AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G ED」は900gと、10倍近い差がある。この両者はどれだけ描写が違うのか? と言うのも今回の実験の1つだ。
ところが実は、ぼくのIX Nikkor 30-60mm F4-5.6は既に改造済みで、レンズ後部の電子接点ユニットがゴッゾリ外されている。これによって35mm一眼レフにも装着可能になり、当時ぼくはフィルムカメラのニコン「F801s」に装着し試し撮りをしたのだった。もう10年近くも前の事で、外したパーツも無くしてしまった……。
しかしそれでは「デジカメ切り貼り実験室」の記事にならない。そこで参考までに、同じ時期に発売されていた「IX Nikkor 20-60mm F3.5-4.6」と比較してみる。両レンズとも、中古カメラ店のジャンクコーナーで購入したものだ。ちなみにボディであるプロネア一眼レフは、ぼくは持っていない。
ご覧の通りIX Nikkor 20-60mm F3.5-4.6のマウント後部はFマウントながらかなり出っ張っていて、FXフォーマットはもちろん、DXフォーマットのデジタル一眼レフにも装着できない。もちろん、改造前のIX Nikkor 30-60mm F4-5.6も同様の仕様になっている。
試しにIX Nikkor 20-60mm F3.5-4.6のマウント部を分解してみた。このレンズは後玉の出っ張りが大きく、改造してもデジタル一眼レフに装着させるのは不可能だ。
本題のIX Nikkor 30-60mm F4-5.6に戻るが、後部パーツを外したこのレンズは自動絞りが効くものの、絞りが最小値で固定されてしまう。そこで今回は新に左のようなパーツを製作。ボール紙をサークルカッターでドーナツ状にカット。さらに一部を切り欠き、黒マーカーで塗装している。
製作したパーツは両面テープでレンズ後部に貼り付ける。切り欠き部分が絞りレバーを制御する仕組みだ。貼り付け位置を調整しながら、だいたい2絞りくらいのところで固定する。これでレンズの改造は終わりだ。
さて、いよいよD700に装着だが、今流行のパンケーキレンズと言うよりも、何と言うかデベソっぽい出で立ちになった(笑)。前途のようにこの状態で、絞り値固定ながら自動絞りが使える。AFは当然使えずMFとなるが、先端のフォーカスリングが狭すぎて非常に回しにくい。
そこで、フォーカスリングを幅広くすることを兼ねて、レンズフードを付けることにした。選んだフードは金属製の古いニコン「HN-3」で、これを46→52mmステップアップリングを介してレンズに装着する。
レンズにフードを装着した状態。チープなプラスティック製レンズに、擦り切れた金属製フードを取り付けるのも風情がある。
再びD700に装着してみると、なかなか様になっているではないか。新旧取り混ぜた面白いスタイルで、ブラックとシルバーのバランスもなかなか良い。

テスト撮影

 テスト用の被写体は歪曲を含めてテストができる「金網チャート」だが、ぼくが国分寺市から藤沢市に転居したため、これまでとは場所が異なっている。ピントはいずれもMFで遠景の被写体に合わせている。

 今回の改造レンズは絞り固定なので、各焦点距離の違いのみのテスト撮影を行った。露出はマニュアルモードでシャッター速度で微調整している。参考までにAF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G EDでの比較もしてみたが、こちらも絞り固定でシャッター速度も固定で撮影している。

 本来APSフィルム専用であるIX Nikkor 30-60mm F4-5.6だが、ライカ判フルサイズでもけられなく使用できることに驚いてしまう。もちろん広角30mm域で四隅の画質が崩れたり、歪曲収差も大きいなどの欠点もある。しかし総合的に描写を判断するとAF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G EDと比較して顕著に劣るとは思えない。

 もちろん、絞り開放で比較すれば描写の差はハッキリ出るだろうが、仕様を考えればかなり健闘していると言える。30-60mmという画角は常用レンズとして不足無く、このような超小型軽量ズームがデジタルのFXフォーマット用にも発売されると面白いかも知れない。

・IX Nikkor 30-60mm F4-5.6

30mm
40mm
50mm
60mm

・AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G ED

24mm
28mm
35mm
50mm
70mm

使用感と作品写真

 実は今回使用したD700は、ぼくにとっては初めて使う“ライカ判フルサイズ”のデジタルカメラなのだった。本当は最新機種の「D600」か「D800」をメーカーからお借りしたかったのだが、企画の趣旨から編集部にある一世代前のD700をお借りしたのだ。

 確認するとD700はもう4年前の2008年発売で、時の流れが速いのに驚いてしまう。しかしあらためて手に取ったD700は非常に質感が高く、高機能で操作もしやすく、古さというのはほとんど感じられない。D一桁シリーズに対する普及機とは言え、ニコンの力の入れようが分かるカメラで“良い物は良い”と言った印象だ。

 当たり前だがD700は改造したIX Nikkor 30-60mm F4-5.6を装着すると30-60mm相当の画角で使える。日頃フォーサーズやAPS-Cサイズのデジカメを使って“換算○○mm”という計算に馴染んでしまっているため、初めのうち「あれ?」と戸惑ってしまうのが自分でもおかしかった。

 この改造レンズは当然マニュアルでピント合わせを行なう。暗いズームのせいか、D700のスクリーンでピント合わせするのは至難の技だが、ふとフォーカスエイドが使えることに気付き、途中からは専らこれに頼っていた。露出もマニュアルで合わせたが、今回の改造レンズは絞り値固定なので、シャッター速度とISO感度で調整した。

 ズームは30mmから60mmまでを駆使しながら撮影したが、もちろんExif情報には記録されない。だから撮影するごとに焦点距離をiPhoneでメモしていたのだが、けっきょくどれがどれだか分からなくなってしまった(笑)。まぁ、フィルムカメラの感覚でおおらかに見てもらえればと思う。

D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約4.7MB / 4,256×2,832 / 1/200秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約5.3MB / 4,256×2,832 / 1/250秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約3.7MB / 4,256×2,832 / 1/400秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約4.5MB / 4,256×2,832 / 1/400秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約4.5MB / 4,256×2,832 / 1/400秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約7MB / 4,256×2,832 / 1/250秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約5.6MB / 4,256×2,832 / 1/250秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約4.6MB / 2,832×4,256 / 1/400秒 / 0EV / ISO200 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約6.5MB / 4,256×2,832 / 1/30秒 / 0EV / ISO6400 / マニュアル / WB:晴天
D700 / IX Nikkor 30-60mm F4-5.6 / 約6.5MB / 4,256×2,832 / 1/30秒 / 0EV / ISO6400 / マニュアル / WB:晴天

「反-反写真」から「写真」へ

 今回の作品も「反-反写真」のシリーズで、気分を変えてカラーで撮影してみた。しかし前々回の記事『スライドビューワーで作る「コンツールファインダー」』で告白したとおり、自分の中でこのコンセプトは行き詰まっている。

 そもそも「反-反写真」と言ったような、他人とは違うヒネクレた態度で写真に臨んでるうちは、まだ未知の世界が広がっていて楽しいのである。しかし、子供がいつまでも反抗期でいられないのと同じように、反抗だけのアートは長続きしない。

 だからぼくもそろそろ「反-反写真」などと気取っている場合ではなく、いよいよ「写真」そのものと対面しなければならないところに追い詰められている。

 あらためて気付いたのは、自分の“写真”に対する絶対的な知識不足である。ぼくはカメラが好きなのでカメラの歴史はだいたい頭に入っているのだが、実のところこれまで写真にはあまり興味が無く(だから「反写真」の方向に行ったのだが)、“写真の歴史”もほとんど知らないのだ。

 そもそもたいていの写真家は写真学校や美大の写真学科で学んでおり、これまでどんな写真家によってどのような写真家が撮られてきたのか、その歴史をそれなりに把握している。写真の歴史を学べばそれが“基準”となって、自分の写真を確固として打ち立てることができるだろう。

 そしてまさに、ぼく自身はその基準を持たないことに、あらためて気付いたのである。

 もちろんぼくも自分なりの基準を持っており、そのお陰で「フォトモ」や「ツギラマ」など独自の写真表現が追求できたと言えるだろう(前回紹介した「ひも宇宙」写真もその延長にある)。しかし基準は常に強化されなければならないし、また複数の基準を縒り合わせた方が表現に幅が出るというものだ。

 ともかく今の自分は“写真”の難しさがだんだんわかってきて、そして“写真”というものがどんどんわからなくなって来ている状態だ。まぁ、実のところカメラ改造記事の“作例”を撮るだけならそんなに悩むことはないのかも知れないが、アーティストはある意味悩むのが仕事だし、悩むのもぼくの“芸”だと思って今後の連載も楽しんでいただければと思う(笑)。

糸崎公朗