デジカメ Watch
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[2008/05/15]

アパートメント ウェブ フォト ギャラリー──兼平雄樹
[2008/04/10]


2007年

2006年

itozaki.com──糸崎公朗



 糸崎公朗(いとざき・きみお)さんは、非常に多彩な活動をしている作家である。よく知られている「フォトモ」、「デジワイド」といったシリーズを始めとして、「ツギラマ」、「路上ネイチャー」、「60倍の惑星」といったシリーズ作品を手がけている。その発表方法も、展覧会や作品集や雑誌での連載などに加えてウェブやワークショップなど多岐に渡る。文章も多く書かれる方で、作品集の後書きやブログなどで自作について明快に語っている。

 糸崎さんの活動や作品の分量はあまりにも多くて、ぼくにはその全貌がなかなか見渡せなかったが、以前から興味を持っていた。今回、糸崎さんに話をうかがうことで、そのバラエティに飛んだ創作活動には「路上を見る喜び」という動機が共通しているということが了解された。

糸崎公朗「itozaki.com」
http://itozaki.com/
1965年生れ
長野県長野市出身
東京造形大学卒業
非人称芸術のコンセプトを提唱し、ツギラマ、フォトモ、2コマ写真、デジワイドなど、写真を素材とした独自の着想による作品を制作。東京を中心に、個展、グループ展を開催。特に2000年以降は毎年多くの展覧会を開催しているほか、書籍の発表、科学誌、写真誌での連載、講演やワークショップなど、多岐に渡る積極的な活動を展開


itozaki.com
糸崎公朗氏

──「ツギラマ」という作品について。

 被写体をパノラマ的に分割撮影した複数のプリントを再配置してつなぎ合わせた作品です。「ツギハギ」+「パノラマ」という意味の造語がタイトルの由来です。いってみれば内原さんもされているスィテッチングと似た手法ですが、僕の場合はパソコンで合成しているのではなく、ばらばらのプリントを張り合わせて作品にします。

 どのようにプリントを配置しても画像は完全にはつながりませんが、それも狙いのひとつです。そのほうが僕としては、現場で自分が目を動かして対象を把握した、生々しさが表現できると感じます。銀塩フィルム時代に始めたので、プリントを張り合わせる手法になりましたが、最近の作品はすべてデジタルカメラで撮影し、パソコン上で試作してからプリントを貼り合わせて制作しています。3次元の奥行きのある空間を2次元の平面に完全に置き換えることはできないということを示すと同時に、視点の移動を表現しています。




──「デジワイド」という作品について。

 時期的には銀塩からデジタルに切り替えた後に始めたシリーズで、コンパクト・デジカメによってパンフォーカスを得る試みです。昆虫写真家の栗林慧さんが発表した、非常に深い被写界深度によるパンフォーカスな昆虫写真を面白く思ったことがきっかけとなっています。

 しかし同じことはやりたくないので、自分なりにいろいろ考えてデジタルカメラを使うことにしました。そもそもコンパクトデジカメは、いわゆるフルサイズ(35mm判)にくらべるとセンサーの面積が小さく、原理的に被写界深度が深くなります。その上でさらにレンズにドアスコープ(ドアののぞき穴にとりつける魚眼レンズ)を取り付けることで、完全なパンフォーカスを実現しています。フィットが出している高級ドアスコープは、写真レンズ並みの高精度で作られており、作品制作に使えるほどシャープな画像が得られました。

──なぜパンフォーカスをもとめるのですか?

 そもそも「デジワイド」は「路上ネイチャー」というコンセプトを実現するために考案した技法です。つまり、街中の路上にも自然の生態系があって、それを観察したら面白いんじゃないか、ということです。とりあえず僕の得意分野は昆虫なので、つまり昆虫と背景を同時に一枚の画面に写し込む必要があります。こんな街中にこんな虫がいる、という意外性が狙いなのです。



──どのような機材を使っていますか?

 先ごろ発売された「東京昆虫デジワイド」という写真集ではほとんどがリコーのCaplio GX8、一部がCaplio GXを使いました。最初はワイドレンズ用の外付けファインダーを取り付けたり、試行錯誤してきました。ストロボの改造などもしています。コンパクトデジカメを使っているのは、被写界深度を深くしてパンフォーカスで撮りたいということもあるけど、道端で目立たない、小さくてさりげないシステムがほしかったということもあります。ブログで発表している昆虫写真ではCaplio GX100やCaplio R7をほぼ無改造で使ってますが、これは普通に売られているデジカメで、以下にこれまでとは違う面白い写真が撮れるかを追求しています。

──「デジワイド」と、いわゆる昆虫写真とはどう違うのでしょうか?

 言ってしまえば同じなんですけど、特殊なニッチ(生物学用語で生態的位置という意味)の昆虫写真であると言えるかもしれません。昆虫写真も奥が深くて、突き詰めるとキリがありません。昆虫の種類は非常に多いし住んでいる場所も地球上に広がっています。昆虫の行動や生態をテーマにするとそれはもう研究者の領域にまで踏み込んでしまうことになります。だから、昆虫写真家はある程度自分のジャンルを限定せざるをえないところがあります。だいたい昆虫を撮る人は自然が好きで都会が好きじゃないという人が多いんですが、ぼくは都会も好きなんで都会の中の昆虫を撮るというテーマでやっています。

──「デジワイド」を見ると新宿などの都心部にも昆虫がいることにおどろかされます。

 ぼくは昆虫を見つけるのは得意です。ほらそこにも(と言って背後の壁を指し示すと、数mmほどの虫がとまっていた)……チョウバエかな?



──「フォトモ」というシリーズを作り始めた動機は?

 もともと、路上を歩きながら観察するのがとても好きだったんです。大阪の街なんかはとくにそうですが、見るものすべてが面白くて全部撮りたいんだけど、撮っていたらキリがないという思いがありました。ここを撮ってこっちを撮らないというように被写体を選別する理由が見つからないし、ファインダーをのぞくのももったいないという状態ですね。ぼくは「被写体負けする」という言葉を使うのですが、現場がすごすぎてむしろ写真が撮れないということもありました。

 そもそもぼくが一番好きなのは「現実」で、二番目に好きなのが「カメラ」で、三番目が「写真」なのです。とにかく、通常のスナップ写真やストレート写真では路上の面白さを撮りきれないと感じていました。そうした路上の面白さを丸ごと採集するためにフォトモという手法に行き着きました。



──どういう街が好きですか?

 どこか特定の場所が好きということはなくて、どんな場所でも面白がれると思います。ただ、六本木ヒルズや新宿の都庁周辺のように、設計者の明確な意図に沿ってデザインされた場所はつまらないですね。

 ぼくが好むのは長い年月にわたって複数の匿名の人たちによって無計画に作られた街です。そこでは各々の住人がそれぞれ好き勝手に建物を建てたり改築したりすることによって形作られた景観が見られます。それが時の流れや風雨にさらされて劣化していったり、それをまた修理したりといった複雑な集積があります。

 ただし、そうした景観を「懐かしい」という風には感じません。下町情緒やノスタルジーとしての「懐かしさ」は、目の前に広がる現実に対するおどろきをわかりやすい既存の価値観に片付けてしまうように思うからです。

──糸崎さんの作品はいわゆるストレート写真ではありませんが、糸崎さんご自身は写真家なのでしょうか、それとも美術家なのでしょうか?

 肩書きとしては、「美術家・写真家」という風に併記しています。なぜ美術家と名乗るかというと、ぼくは「非人称芸術」というコンセプトを提唱しているからです。

 「非人称芸術」というのは、上で述べたように路上でぼくがひきつけられる「物件」の総称とそれを鑑賞する態度のようなものです。「非人称」というのは不特定多数という意味で、特定のアーティストによって作られていないということを示しています。ぼくの作品は、それらの「非人称芸術」を広い意味での写真のシステムによって採集したものと言えると思います。




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  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto_backnumber/



内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/11/15 00:43
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