メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!
AF-S NIKKOR 300mm f/4E PF ED VR
前進するレンズ小型化への道
Reported by 伊達淳一(2015/3/20 11:32)
「超望遠の単焦点レンズは大きくて重いのが当たり前」という従来の常識を覆えす300mmレンズがニコンから発売された。驚異の小型・軽量化を実現する技術が「PFレンズ」。その仕組みはどうなっているのか、より望遠のレンズにも採用されていくのか、気になるポイントを探った。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)
AF-S NIKKOR 300mm f/4E PF ED VRって何?
NIKKOR初のPF(位相フレネル)レンズを採用したフルサイズ対応300mmの望遠レンズで、全長はわずか150mm弱、レンズ重量も従来のサンヨンに比べ、約545gもの軽量化が図られている。また、約4.5段分のVR機構も搭載されていて、露光前センタリングをキャンセルして安定した連続撮影が行えるSPORTモードも装備。小型化にもかかわらず、画質性能も従来よりも向上が図られている。伊達淳一的AF-S NIKKOR 300mm f/4E PF ED VRの気になるポイント
- ・PFレンズの採用で全長を大幅に短縮し、軽量化を図った望遠レンズ
- ・色収差が低減し、従来よりも高周波に対する被写体の解像も向上
- ・電磁絞りの採用でテレコン使用時でも精度の高い絞り制御を実現
- ・VR機構を搭載し、露光前センタリングしないSPORTモードも装備
◇ ◇
屈折系レンズと色収差が逆になるPFレンズで打ち消し合う
――AF-S NIKKOR 300mm f/4E PF ED VR(新サンヨン)の開発コンセプトを教えてください。
早川:NIKKOR初のPF(位相フレネル)レンズを採用し、FXフォーマット(フルサイズ)対応の300mm F4としては世界最軽量のAF望遠レンズです。主な特徴としては3点あります。
“小型・軽量化”というのが1つ。2つ目は“VR機構を搭載”していまして、補正段数は約4.5段と弊社のレンズでも最高クラスの手ブレ補正効果が得られます。もう1つは“高い光学性能”を実現していて、ナノクリスタルコート採用で非常にクリアな描写を実現すると同時に、解像性能も向上させています。
ターゲットユーザーとしては、スポーツ、風景のほか、ポートレートなどにもお使いいただけるのではないかと考えています。
――従来のAi AF-S Nikkor 300mm f/4D IF-ED(旧サンヨン)は、発売年月はやや古いですが、非常に高い解像性能とAFスピードの速さに定評があります。野鳥撮影ファンの愛用者も多いレンズで、VR化が待ち望まれていたと思いますが、小型・軽量化に対する要望もかなり多かったのでしょうか?
早川:レンズの小型化は、この新サンヨンだけでなく、あらゆるレンズで求められていて、さまざまなアプローチを試みています。
例えば、AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRやAF-S NIKKOR 400mm f/2.8E FL ED VRでは、蛍石を採用することで小型・軽量化を図っていますし、AF-S DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR IIやAF-S DX NIKKOR 55-200mm f/4-5.6G ED VR IIでは、沈胴機構を採用して小型・軽量化を実現しています。
それと同じように、レンズが長く、重量もある望遠レンズをもっと小型軽量にできないかと考え、PFレンズを採用することにしました。
――確かに、超望遠レンズは大きく重いので、少しでも軽い方がありがたいと思いますが、飛行機の撮影には80-400mmのようなズームレンズの方が便利だし、野鳥撮影を楽しむ方にとっては望遠の焦点距離とAFの速さが重視されるので、もっと長焦点距離で、大口径超望遠レンズよりも価格的にも手頃でコンパクトなレンズが求められているのではないかと思います。
となると、このレンズは、どんな撮影をする人にとって理想なのか、個人的にはターゲット層がいまひとつハッキリしない気がしています。
藤本:このレンズを開発する際に思ったのは、カメラバッグに縦に入るサイズにしたいということです。180mm F2.8くらいのサイズで、300mmのレンズが作れれば面白いなと思ったのが、このレンズ開発のスタートでした。
――もっと長焦点や大口径望遠レンズも、PFレンズを使えば小型・軽量化が図れるんですよね?
藤本:PFレンズは望遠系に適していますので、お客さまの要望が高まれば、PFレンズを採用した望遠レンズのバリエーションも増えるかもしれません。ただ、今回は初めてPFレンズを採用するということで、それなりに需要が多く、数も出ると考え、300mm F4にPFレンズを採用し、小型・軽量化を図りました。
――なぜ、PFレンズを採用すると望遠レンズを小型・軽量にできるのでしょう?
藤本:PFレンズは、普通の屈折系レンズとは色収差の出方が逆になります。屈折系レンズは、波長の長い光ほど屈折力が弱く、遠くに焦点を結ぶのに対し、PFレンズのような回折光学系の場合は波長が長くなるほど屈折力が強くなり、手前に焦点を結ぶという性質があります。
つまり、正の(パワーを持つ)屈折レンズと正の回折レンズを組み合わせることで、弱い屈折力で色収差補正ができ、通常のスペックですと高性能化を図りやすく、色収差も少なくなります。
そのPFレンズ採用で良くなる光学性能を、レンズの全長短縮や軽量化に充てています。新サンヨンは、VR機構を搭載していることもあり、レンズの構成枚数が増えていますが、PFレンズを採用することで、ほかの光学系に軽い硝材を使うことができ、レンズ形状も薄くできるので、トータルのガラス重量は軽くなっています。
もちろん、メカ部分も小さく軽くなっていますので、光学とメカの合わせ技で、望遠レンズとしては大幅な小型・軽量化を実現しています。
――PFレンズを使わなかったとしたら?
藤本:屈折系の光学系だけでここまでの全長短縮は不可能だと思います。レンズ全長を短くするには、パワーの強いレンズが必要となりますが、パワーの強いレンズは収差も大きくなる傾向があり、高い光学性能を確保するのが難しくなります。
非球面レンズを使っても、収差を抑え込むのは難しいでしょうね。光学性能を重視すると、パワーの弱いレンズを組み合わせていくことになるので、ある程度、レンズ全長は長くなってしまいます。
その点、PFレンズを使用するとパワーが弱くてすむので、そのぶん、球面収差などの面で有利になり、そうした光学特性の良さを小型化に充てつつ、旧サンヨンよりも高性能化も図ることができました。
――そもそも、位相フレネル素子とはどんなレンズですか? 模式図を見ると、非常に細かい同心円状のギザギザがレンズ表面にあるのは分かりますが……。
藤本:PFレンズの細かい構造に関しては説明を差し控えさせていただきたいのですが、原理的には、フレネルレンズで格子ごとの位相が1波長分ずれています。構造的には、ガラスの片側に2種類の樹脂を使ってフレネルの格子を形成しています。
――ということは、模式図ではPFレンズの表面がギザギザしていますが、光の波長レベルの細かいパターンということですか?
藤本:位相としてはそうです。
――ということは、レンズを目で見ても、フレネルの同心円パターンは見えないんですよね?
寺尾:見えます。ちょっとレンズを斜めにして前からのぞき込むと、光の反射具合によってレンズに細かいパターンが見えると思います。
小型・軽量という特徴を損なわずテレコン併用時の性能にも配慮
――旧サンヨンよりも光学性能が向上しているということですが、具体的にどのような部分が向上しているのでしょうか?
藤本:大きく違うのは、軸上色収差がより抑えられ、球面収差も少なくなっています。これにより、MTFの30本/mmの曲線を見ていただければ分かりますが、高周波の被写体の解像が大幅に向上しています。
10本/mmの曲線はわずかに周辺で下がっていますが、0.9以上の高いレベルを維持していますので、この程度の差は実写にはほとんど影響ありません。
Webページなどでは30本/mmの線までしか載せていませんが、設計値ではもっと高周波でも高い性能を維持していて、野鳥の羽根などより高周波成分の多い被写体を撮影したときほど、新旧の解像性能の差を感じていただけると思います。
――30本/mmのメリジオナル方向の特性は旧サンヨンとほぼ同じ0.7まで下がって、周辺でまた向上していますね。この部分がそれほど向上していないのは、何が影響しているのでしょう?
藤本:実際に使用する上で十分な性能を維持しているという判断です。もっとメリジオナル方向の特性も向上させることは設計上可能ですが、よりレンズ枚数を増やす必要があります。
――そうすると、このレンズの特徴である小さく軽い望遠レンズという特徴が損なわれてしまいますね。
藤本:あともう1つは、テレコン(テレコンバーター)を装着したときの性能まで考慮しているからです。レンズ単体での使用に特化した設計で性能を向上させることはできますが、そのような設計にすると、テレコンを装着したときに色収差のバランスが適切でなくなる場合があります。
特に、このレンズはテレコンを併用する率が高いことが想定されますので、テレコンを装着した場合でも、軸上色収差のバランスが良くなるよう設計しています。メリジオナル方向の特性もそうしたバランスを考慮した結果で、実際に撮影したときにはほとんど影響はないと考えています。
――ニコンでは、カメラ用交換レンズのすべての収差を測定できる計測装置「OPTIA」と専用の画像シミュレーターを開発し、“三次元ハイファイ”なレンズ開発に活用し始めていると聞きましたが、このレンズの開発にもそういった手法を採り入れているのでしょうか?
藤本:当然、ボケ味は考慮していますが、どちらかというと高周波のMTFを重視した設計になっています。ボケというのは収差のバランスですので、収差そのものが少なければ、ボケ味にもあまり個性がなく、不自然なボケにはなりにくいと考えています。
――ごく短期間でしたが、新旧のサンヨンを撮り比べてみたのですが、新サンヨンの方がコントラストが高く、ヌケの良い描写という違いはしっかり感じられたのですが、旧サンヨンも描写性能の高さに定評のあるレンズだけに、解像に関してはそれほど劇的な違いを正直感じませんでした。
ただ、比較的近距離でメジロなどの小鳥を撮影したときに、ピントのピークが極めて狭く、旧サンヨンよりもわずかなピントのズレがシビアに出るレンズに感じました。
藤本:収差が少なく、高周波の解像が非常に良くなっているので、ピント位置の違いがより明確に分かります。周波数がそれほど高くない部分は差が出にくいですが、非常に絵柄が細かい高周波部分の解像は明らかに良くなっています。
――僕は、AF-S NIKKOR 300mm f/2.8G ED VR IIも使っていますが、開放絞りだとポートレート撮影を考慮しているのか、野鳥や飛行機撮影には少し柔らかい描写特性です。2/3段ほど絞ると引き締まった描写になりますが、そうするとサンヨンに対する開放F値のアドバンテージがほとんどなくなってしまいますよね?
藤本:解像のピークを極端に上げた設計にすると、レンズを製造する際に像面湾曲とか片ボケの調整が難しくなりますので、生産まで考えると昔はそういう設計ができなかったんですね。しかし、今は生産技術も向上したことで、開放から解像性能をかなり高めたレンズも設計できるようになってきました。
――ちなみに、新旧のサンヨンは、AFのスピードに違いはありますか? 旧サンヨンはフォーカスリングの回転角が大きいこともあって、一所懸命動いているという印象を受けるのに対し、新サンヨンはフォーカスリングの回転角が小さいぶん、動きが緩やかに感じますが、実際の撮影において、最初に被写体をとらえるスピード(時間)に違いはあるのでしょうか?
寺尾:基本的には、新旧ほとんど差はないレベルです。確かに、旧サンヨンの方がフォーカスリングの動きや作動音が若干大きめなので、速く動いているように感じるのかもしれませんが、被写体にピントを合わせるスピードに、設計上は新旧の差はほとんどないです。
藤本:新サンヨンは、フォーカスレンズ群の重さが軽くなっていますので、フォーカスレンズが動いているという感触がほとんどありません。それが、あまり速く動いているように感じない原因かもしれませんね。
――そもそも新サンヨンのフォーカスリングの回転角を小さくしたのはなぜですか?
寺尾:レンズ全長が短くなり、その中にメカ機構も入れる必要があります。しかも、VRや電磁絞りといった従来にはなかったユニットも搭載していますので、旧サンヨンとはフォーカスレンズ周りの機構や動かし方も違っています。これに合わせて、レンズの回転角も最適化を図っています。
――新サンヨンで採用しているメカ機構は、AFの高速化に対して有利に働いているのでしょうか?
寺尾:基本的には有利、不利ということはありません。ただ、取扱説明書やWebなどに記載しておりますが、“TC-20E III、TC-17E IIとの組み合わせでは、オートフォーカスがF8対応のカメラに装着してカメラのAFモードをAF-Sにした場合のみ、AF撮影が可能”という制約があります。
AF-CやAF-Aでまったく合わないわけではありませんが、状況によってはピントが合わないケースもあり、ニコンとしてはAF-Sでの使用を推奨しています。
――テレコンといえば、TC-14E IIからTC-14E IIIにリニューアルしましたが、どういった部分が改良されているのでしょう?
藤本:テレコンで焦点距離を伸ばすと収差が増えて画質の低下を招いてしまうので、それを極力減らすような設計にしていますが、当然、TC-14E IIよりもIIIの方が画質の低下が少なくなるよう、像面湾曲や球面収差、軸上色収差などのトータルバランスの向上を図っています。特に新しいレンズと組み合わせた場合に、マスターレンズの性能をより引き出せるようにテレコン側の光学系の最適化を図っています。
寺尾:TC-14E IIIは、前面と後面にフッ素コーティングを施し、汚れが付着しにくく、なおかつ、汚れを拭き取りやすくしています。新サンヨンの前面にも同じようにフッ素コーティングを施しています。
――AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VRに同梱されている1.2倍テレコンのようにEDレンズを使って、もっと性能を向上させるということはしないんですか?
藤本:先ほども説明したように、マスターレンズの色収差を補正するようにテレコンを設計していますので、テレコン単体の色収差が少なければ良いというものでもありません。EDレンズをテレコンに使う意味があるのは、光学性能が極めて高いマスターレンズと組み合わせた場合に限られます。
――そうなんですか。なんかテレコンを装着すると、単純にマスターレンズの悪い部分がそのまま拡大されていくと思っていたので、テレコンの収差は単純に少なければ少ない方が良いのかと思っていました。
ところで、TC-14E IIとIIIでAFスピードに違いはありますか?
寺尾:そこはIIもIIIも違いはありません。いずれも、レンズ単体で使用する場合に比べ、状況に合わせてAFスピードは多少遅くはしています。
――装着するボディによってAFスピードに違いはありますか?
寺尾:AFカプラー方式ではなく、レンズ内モーター方式のレンズの場合には、基本的には装着するボディによってAFスピードが変わることはありません。
――ということは、搭載しているAFモジュール周りが同じD4SとD810とでは、連写スピードの違いはありますが、被写体にピントを合わせる速さは同じと考えてもいいのでしょうか?
寺尾:同世代のAFモジュールや動体予測アルゴリズムを搭載している機種であれば、同じレンズを装着した場合には基本的に同じ速さでAFが動作します。
――ところで、TC-14E IIIは、Gタイプ/Eタイプ専用で、絞り環のあるDタイプには物理的に装着できなくなっていますが、どうしてこのような仕様にしたのでしょうか?
寺尾:TC-14E IIIは、Dタイプレンズに装着自体は可能ですが、最小絞りの通信ができないため実質ご使用になれません。
――電磁絞りが採用されていますが、電磁絞りの採用のメリット、デメリットを教えてください。
寺尾:電磁絞り採用は、PC-E 24mm、PC-E 45mm、PC-E 85mm、AF-S NIKKOR 800mm f/5.6E FL ED VR、AF-S NIKKOR 400mm f/2.8E FL ED VRに続いて、このレンズで6本目となります。
従来の絞りレバーによるメカ連動方式でも、ニコンで定めた仕様の範囲内の精度で問題なく制御できますが、電磁絞りの方がより高精度に絞りを制御することができます。とりわけテレコンを装着した場合には、メカ連動方式だと動かす部品の数が増え、そのぶん、絞りの精度にバラツキが生じることがあります。
また、高速連写時に、絞りが暴れるケースも考えられます。その点、電磁絞りであれば、電気的な通信で動きを制御できるので、より高い精度で絞りを制御できます。このレンズは、テレコンを装着して使用する率が高いと考え、電磁絞りを採用しました。
一方、デメリットとしては、使用できるボディが限られていることです。ニコンD3、D300以降のデジタル一眼レフ(D3000を除く)であれば、電磁絞りに対応していますが、ニコンD2XやニコンD200などでは絞りが動作しません。
また、現行製品では、フィルムカメラのニコンF6とFM10が電磁絞りには非対応です。それとD4Sなどのフラッグシップ機の最速連写時に、F16よりも絞り込んだ場合に、コマ速が若干低下するという制約があります。
――レリーズタイムラグは遅くなりませんか?
寺尾:レリーズタイムラグの変化については大変申し訳ございませんがお答えできません。
――電磁絞りにすることで、レンズ設計の自由度も高まると思うのですが……。
寺尾:それはありますね。やはりメカ連動だとマウント面から離れている位置に絞りを設置すると、機構的にも非常に複雑になりますし、設置できる位置に限界もあります。そのため、電磁絞りにした方が絞りをいろいろな場所に設置した設計ができるので、設計の幅は広がります。
――今回のレンズで、電磁絞りを採用したからこそ、小型化を図れた部分はあるのでしょうか?
寺尾:今回のレンズでは電磁絞り採用と小型化には直接関係はありません。従来と同様のメカ連動の絞り機構でも、同等の小型化は達成できるのではないか、と思います。あくまで、絞り制御のさらなる精度向上を考え、電磁絞りを採用しました。
――ということは、今後、電磁絞りを採用したEタイプのレンズが増えていくのでしょうか?
早川:将来についてはお答えできませんが、お客さまの声を聞きながらどちらの方式を採用すべきか、考えていきたいと思います。
構図のズレを防ぐVRのSPORTモードは連写をしながら動体を追うシーンに有効
――実際に新旧のサンヨンで撮り比べてみて感じたのは、画質の差よりも、やはりVR(手ブレ補正機構)が搭載されたことで、手持ちでも安定したファインダー像で撮影できるありがたさです。
そのVRですが、これまでのニコンのVRは「NORMAL」と「ACTIVE」の2つのモードが搭載されていますが、新サンヨンは「NORMAL」と「SPORT」になり、ACTIVEがなくなっています。このACTIVEとSPORTモードの違いを教えてください。
寺尾:ACTIVEモードは、悪路を走っている自動車や波に揺れる船上からの撮影のように、撮影者自身が不安定でブレが大きな状況に適しています。これに対して、SPORTモードは、AF-S NIKKOR 400mm f/2.8E FL ED VRで初めて採用したモードで、SPORTという名称のとおり、スポーツなど動きモノを連写するときに適した手ブレ補正を行います。
弊社のVRは、シャッターを切る直前に“露光前センタリング”という手ブレ補正レンズをセンターに戻すことで、最大の手ブレ補正効果が得られるような制御を行っています。ただ、露光前センタリングを行うと、シャッターを切った瞬間にフレーミングがわずかにずれることがあります。
特に連写をしながら被写体を追うような撮影では、シャッターを切るたびにフレーミングが微妙にずれてしまう、というお客さまからの声がありました。
そこで、露光前センタリングを行わないようにしたのがSPORTモードです。それだけではなく、スポーツ撮影で被写体の動きを追う際に、レンズの振りに対して速やかにファインダー像が追従するような手ブレ補正の制御を行っています。この機能は半押し時や動画中にもご使用いただけます。
――実は、露光前センタリングが苦手で、それが理由で、ニコンの大口径超望遠レンズに手を出せず、サンニッパや超望遠ズームまででガマンしていました。そのサンニッパや超望遠ズームを使うときも、飛行機などを画面いっぱいにとらえながら連写するときは、わざわざVRを切って撮影したのですが、新サンヨンのSPORTモードを使ってみて、まったく違和感がなく、実に快適に撮影できました。
そこで要望なのですが、従来のACTIVEをSPORTと同様に、露光前センタリングをキャンセルするモードにするカスタムサービスやファームウェアアップデートは有償でも構わないのでなんとかできないものでしょうか?
寺尾:現時点ではちょっと難しいです。
――内部メカも取り替える必要がある?
寺尾:メカ的というよりも、どちらかといえば制御の部分ですけれど、その挙動を変更するというのは、有償でもちょっと厳しいです。
――う~ん、残念です。特にAF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VRなんかはリニューアルしたばかりなので、その後継モデルを待つには長すぎます。そうすると、せっかくのVRをオフにして使うしかないんですよね。技術的に可能であるなら、前向きに検討してほしいと思います。
ところで、最大撮影倍率が旧サンヨンよりも少し下がっていますね?
藤本:旧サンヨンは、最短撮影距離が1.45mで最大撮影倍率が1:3.7ですが、新サンヨンは最短撮影距離が1.4mで最大撮影倍率は1:4.1と、10%ほど撮影倍率が下がっています。
これは、小型化のためにフォーカスの方法を変えた影響です。全長を短縮すれば、当然、中でレンズを動かせるストロークは限られてきます。その制約の中で、できるだけ撮影倍率が低下しないよう努力しました。
――野鳥や飛行機の撮影距離であれば、まったく気にならない差ですね。ただ、PFレンズのような新技術を採用して大幅に小型化すると、どこかにその影響があるのではないかと、どうしても意地悪な目で見てしまうんですよね。PFレンズに起因する“PFフレア”もその1つです。必要以上に厳しい条件でテストすると、やっぱり出るときには出ますね。
藤本:高輝度な光源とか反射が画面内にあるときに、リング状のPFフレアが発生することがあります。回折素子の構造上、回折効率を100%にすることが原理的にできないので、強い光源や反射の周りに光の色にじみが生じやすいのですが、Capture NX-Dの「PFフレアコントロール」を適用することで、ある程度、目立たなくすることはできます。
――Capture NX-DのPFフレアコントロールは、具体的にどのような処理を行っているのでしょう? ほかの部分に画質的な影響は出ないのでしょうか?
本間:画面内の光源を見つけて、その周りの輝度の変化や色の情報を解析して、PFフレアが生じているかを判別しています。PFフレアと判別したら、その部分の輝度や色を適切に調整することで、PFフレアを軽減し、目立ちにくくしています。
――光源によって、PFフレアの出方に違いはありますか?
藤本:ハロゲンや電球などブロードバンドな光源はフワッとにじんだPFフレアになりますが、HIDのように輝線が出ているような光源ではリング状のPFフレアになるので、やや目立ちやすいかもしれません。
――本日はありがとうございました。
◇ ◇
―取材を終えて― 実際に使って見えてきたPFレンズによる小型化と画質の恩恵
ニコンの旧サンヨンは、発売年月の古さにもかかわらず、解像性能の高さとAFの速さに定評があり、野鳥撮影ファンに絶大な支持を受けているレンズだ。その一方で、VR(手ブレ補正)機構を搭載していなかったので、VR搭載の後継モデルを待ち望む声も多かったのも事実。そういう意味では、待ちに待った新サンヨンの登場だ。ただ、PFレンズ採用というのは予想外だった。確かに、PFレンズを使うことで、色収差が抑えられ、レンズの全長短縮化、軽量化を実現できたものの、強い光源の周辺にPFレンズ特有のフレアが生じる恐れがある。また、レンズ全長の短縮を図ることで、どこか性能を犠牲にしているのではないかという懐疑の目で見てしまうので、素直に新サンヨンを受け容れられないでいる自分がいたりする。
そのため、今回のインタビューでも、ややネガティブな質問を投げかけてしまったのだが、インタビューを終えた後で、もう一度、新サンヨンを使う機会に恵まれ、さまざまなシーンを撮影してみたところ、新サンヨンの良さがじわりじわりと分かってきた。
フルサイズセンサー搭載のD810では劇的な差を感じなかったものの、FT1を併用してNikon 1 V3で撮り比べてみると、明らかに新サンヨンのほうが高コントラストで解像性能も高いことが確認できた。画素ピッチが狭いカメラほど、新サンヨンの良さが分かる。
それと、VRはやはり快適。しかも、露光前センタリングを行わないSPORTモードが搭載されたことで、高速連写時のファインダー像のガタツキがなくなり、非常に快適に撮影できる。もし、ファームウェアの変更で従来のACTIVEモードをSPORTモードにできるなら、超望遠系限定の有償サービスでも良いので、ぜひ前向きに検討してほしいと思う。