インタビュー

ニコンPC NIKKOR 19mm f/4E ED

山岳写真にもおすすめ 最新ニッコールの優秀さを味わえる1本

ニコンが2016年10月に発売した交換レンズ「PC NIKKOR 19mm f/4E ED」について、企画のねらいや設計上のエピソードを開発陣に聞いた。またここでは、ティルト・シフトといったアオリ操作への理解も深めていただけるよう、技術的な解説も交えながら進めていく。(聞き手・本文・作例撮影:杉本利彦 / 写真:編集部)

話を聞いた株式会社ニコンの面々。左から、映像事業部 開発統括部 第二開発部 第三開発課 主任研究員の岩見謙一郎さん、光学本部 第三設計部 第一光学課 主幹研究員の武俊典さん、映像事業部 開発統括部 第三設計部 第一設計課 主任研究員の猪原祐治さん、映像事業部 マーケティング統括部 UX企画部 商品企画三課 主幹の石上裕行さん

今回のインタビュー記事を読んでいただく前に、PCレンズ、アオリとは何かを簡単に解説しておこう。(解説:杉本利彦)

・カメラの基本機能だった、アオリ機構
アオリ機構とは、カメラの黎明期から使用されているカメラの基本機能で、使用するフォーマットより十分大きいイメージサークル(結像範囲の最大径)を持つレンズを利用して、イメージサークルの範囲で光軸を自由に平行移動させフレーミングやパースペクティブを調整することで被写体をより自然な形で撮影したり、光軸を傾けることで、必要な部分にだけピントを合わせられるようにするための機能である。

しかし、カメラが小型化して機能が進化するにつれ、カメラが大型化しやすく、機構も複雑化しやすいアオリ機構は次第に省略され、一眼レフカメラでは唯一PCレンズでその機構を継承するのみになっている。しかし、被写体を目で見た形に近い自然なフォルムで撮影したり、ピント面をコントロールする本来の写真術を発揮するにはPCレンズでなければ撮影できない。ある意味、PCレンズを使いこなす写真家こそ、写真術をマスターした真のプロフェッショナルと言えるのだ。

(記事中盤の解説「イメージサークルとアオリの関係性」に続く)

ニコンのPCレンズに、最広角の19mmが加わったきっかけ

——大判カメラ同様のシフト&ティルトのアオリ撮影が可能なPC-Eニッコールは従来、24mm、45mm、85mmのラインナップがありました。今回のPC NIKKOR 19mm f/4E EDは、シリーズ最新モデルとなるわけですが、この製品が登場するきっかけ、この製品の特徴といったところからお話しください。

石上:この商品企画がスタートしたきっかけとしては、建築写真の分野では現行モデルのPC-E NIKKOR 24mm f/3.5D EDよりも広角で撮影したいというご要望が数多く寄せられていて、それにお応えしたいという意図がまずありました。

映像事業部 マーケティング統括部 UX企画部 商品企画三課 主幹の石上裕行さん

そんな中で、我々に何ができるかということを検討し19mmを企画したのですが、実は最初の設計が出来上がった段階で一旦開発が止まっています。本体が大きくなりすぎ、製品化した場合のコスト面などを考慮したためでした。そこで一度諦めかけたのですが、設計が頑張ってくれたことで高性能を維持しつつコンパクト化出来る目処が立ち、開発を再スタートできました。

今回の製品の特徴のひとつは、新たなシフト機構の採用により、操作後にロックをしなくてもよくなっている点です。また、シフト操作とティルト操作の軸を90度回転できるPCレボルビング機能にも対応し、使い勝手を向上させています。

画質面では、NIKKORの名を冠する限りはシフト領域でも画面の周辺部までガッチリ解像するようにということで、こだわりを持って設計していますし、広角レンズであるほど厳しくなる逆光特性を改善すべく、ナノクリスタルコートをはじめとするコーティング技術も工夫して、十分な配慮をしました。

——製品化されたものでも結構大きいですが、さらに大きかったということですか?

石上:だいぶ大きかったです。おおよそ1.5倍くらいはありました。

(一同笑)

——他社には同様のレンズで17mmがありますが、今回19mmを選んだ理由は?

岩見:焦点距離をどうするかは我々も議論を重ねたのですが、従来大判や中判のカメラで撮影されていた建築写真家の方々の経験値を活かすべくリサーチしたところ、4×5判で65mmや75mm、6×9判で47mmあたりの画角の使用頻度が最も高いということがわかってきました。35mm判ではこれに相当するのは20mm前後となり、この付近で光学性能や大きさの面で最も性能を発揮できるバランスポイントとして19mmが最適であったということです。

映像事業部 開発統括部 第二開発部 第三開発課 主任研究員の岩見謙一郎さん

——17mmではちょっと広角すぎるのでしょうか?

岩見:お客様からは17mmが欲しいという要望も寄せられていましたが、17mmですとパースがきつすぎるということと、その上が24mmということもあり、画角的なバランス面も考慮して19mmが最適と判断しました。

建築写真業界に広まる35mmデジタル一眼レフ

——そもそも建築写真業界では、アオリ撮影が必須で、かつ歪曲収差を嫌うことからブローニー以上のラージフォーマット・フィルムカメラで撮影するのが基本だったと思います。フィルムの入手及び現像が厳しくなっている現在、建築写真家はどんなカメラで撮影しているのでしょうか?ご存知の範囲で実態を教えてください。

岩見:我々が認識している範囲ですと、建築写真家の9割以上が(35mmの)デジタル一眼レフに移行していると考えています。今だに大判・中判のフィルムカメラをお使いの方や、中判デジタルをお使いの方もいらっしゃいますが、それはごく少数で、ほとんどはデジタル一眼レフをお使いになっていると言えます。

——まだフィルムカメラを使っている方もおられるのですか?

岩見:ごく少数ですがいらっしゃいます。

——それ以外は中判デジタルということでしょうか?

岩見:中判デジタルが3,000〜4,000万画素前後で、デジタル一眼レフより画素数が多かった時代には中判デジタルのユーザーもだいぶいらっしゃったようですが、"高画素機"と呼ばれるデジタル一眼レフカメラが出てきたあたりから、一気に35mmのデジタル一眼レフに移行される方が急激に多くなったようです。

——デジタル写真の場合、シフトレンズでなくても一般レンズで撮影し、撮影後の画像処理でパースペクティブの補正を行うこともできます。そうした中であえてシフトレンズを使うメリットはどんなところにありますか?

岩見:まず言えるのは、撮影時に最終構図を決定できる、ということです。建築写真は建築物のフォルムや建築物がつくりだす空間を切り取る作業になるかと思いますが、その際に物体の配置や線のバランスが非常に重要になります。画像処理によるパースペクティブの補正を行うと、画面内の物体の配置や線のバランスが変わってしまいますので、撮影時には最終的な構図を決定することが出来ません。

構図を決めるという作業は写真撮影の基本ですので、特に厳密な構図を要求される建築写真家の方々からは、撮影現場で最終的な仕上がりを確認しながら撮影ポジション、アオリ量、構図などを決定したいという強い要望を頂いています。

さらに、PCレンズで撮影した場合とデジタルでの補正結果は、全く同じにはならないということがあります。PCレンズと後処理の違いは、例えばPhotoshopのレンズ補正の場合、画面の中心に対して補正を行うもので、中心対称でしか補正できません。そのため、建物の稜線は補正できますが、縦横比が変わってしまうという問題があります。その点、PCレンズでは元の建物の縦横比をほぼ維持したまま撮影できるメリットがあり、より現実に近い撮影結果が得られると言えます。

また、画像処理による補正の場合は、光学的な補正に比べて画質的なデメリットがあります。

——そうですね。例えば建築物を見上げて撮影した場合、建物の上部が1/2にすぼまって写っている場合、2倍に伸ばせばその部分の解像度が半分になってしまいますね。

参考:PCレンズとデジタル補正の描写比較

描写の比較
AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDで撮影
AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDで撮影(デジタル補正後)
PC NIKKOR 19mm f/4E EDで撮影
解像力の比較
以下の比較画像は、黄色で囲んだ部分の拡大表示を並べたものです
Aの部分(左:PC 19mm、右:14-24mmをデジタル補正)
Bの部分(左:PC 19mm、右:14-24mmをデジタル補正)

——ところで、建築写真家のレンズに対する要望としてはどんなものがありましたか?

石上:焦点距離の要望としては24mmより広角側のほか、35mmの要望もありました。19mmより広角側にも要望はありましたが、使用頻度の高い19mmとしました。

——建築写真家は広角だけで4〜5本は使い分けたいと考えているはずです。現状のPCレンズだけでは正直仕事にならず、他の焦点距離は通常のレンズで撮影して補正するか、PCレンズで撮影してトリミングで賄っているのが現状だと思います。できれば15mm、19mm、24mm、35mmのラインナップが欲しいですね。または補正前提のシフトズームでも良いですが。

石上:ズームは大きさの面で難しいかと思います。カメラの画素数も上がってきましたので、トリミング前提という考え方では1本のレンズである程度カバーできるかと思いますが、先ほどもありました"撮影時に構図やシフト量を決定したい"とするプロの要望からすると、焦点距離のバリエーションを増やしていく必要性も感じています。

——喫緊の課題としては、現行のPC-E 24mmのリニューアルを希望したいです。

石上:今回の19mmで導入した新しいシフト機構の操作感に統一性を持たせる意味でも、リニューアルが求められているということは認識しています。

「山岳撮影にもおすすめ」

——ところで、PCレンズの使い道として建築やインテリア撮影以外ではどのような使用法がおすすめですか?

岩見:19mmという焦点距離は風景や夜景などとも相性がよいですが、私は特に山岳撮影をおすすめしたいです。山を通常のレンズで見上げて撮影すると、一般のビルなどと同じように上部がすぼまって写ってしまいます。山の上部がすぼまって写ると、視覚的には山が向こう側に倒れて小さく見え、山の雄大さが伝わりにくくなってしまいます。しかし、PCレンズをお使いいただけば、シフト機構を利用して、見た目により近い自然な形で山岳を表現することができます。

PC NIKKOR 19mm f/4E EDは機構上もロックレスの構造になり、片手で操作しやすくなっています。右手でカメラを保持して左手でシフト操作するというふうに、手持ちでのシフト撮影もやりやすくなっています。

——大判カメラの時代、富士山の頂上のとんがりを強調するのにライズアオリ(レンズを上方向にシフトする)を利用するテクニックがありましたが、久々に思い出しました。個人的にティルトアオリは全く必要ないのですが、ティルトアオリを使うためにPCレンズを購入する人の割合は?

岩見:それほど多くはないと聞いています。また、ティルトアオリは不要だとするご意見もいただいており、実際に建築物の外観を撮影する際にはティルトが必要になることは少ないと思います。

しかし、被写体が至近になるインテリア撮影では僅かにティルトすることで高い解像力を維持しながら深い被写界深度を得られますので、製品仕様を検討する過程でティルトアオリも搭載しようということになりました。

——最近はカメラボディ側でレンズの収差補正をする機能が発達していますが、PC NIKKOR 19mm f/4E EDの場合は対応していますか?

猪原:基本的には対応していません。ただし、PC NIKKOR 19mm f/4E EDの発売前にリリースされたボディの場合は、ヴィネットコントロールに限定して補正されます。このレンズの使用状況を考えると(シフトおよびティルト操作)適切に補正されない場合がありますので、ヴィネットコントロールは「しない」をおすすめします。

——名称が「PC-E」レンズではなく「PC」となった理由は?

石上:今回は絞り環がなくなっていますので、名称ルールに従うとPCという名称になります。どちらかというとPC-Eレンズが過渡期の製品で、それらは絞り環がありましたから、それを表すために末尾にDの名称がつき、かつ電磁絞りのため「E」の名称もつける必要があり、PC-Eとなっていたのです。

——価格が従来のPC-Eシリーズに比べてかなり高価になっていますが、業務用に近い価格設定ということでしょうか?

石上:業務用だからというのではなく、この光学性能や機構を実現するためにかかったコストを反映させていただいています。実際に手にとって撮影してみていただければ、"この性能なら"と納得いただける価格だと考えています。

光学設計について

——前玉は鏡筒の先端から大きくはみ出していて、まるで円周魚眼のようですが、こうした形状になった理由は?

PC NIKKOR 19mm f/4E EDの前玉形状

武:焦点距離は19mmなのですが、シフトできるPCレンズですので通常よりもイメージサークルを大きくする必要があり、実際にはFXフォーマット換算でおおよそ12〜13mmに相当する画角をカバーしています。そのためこうした前玉が出っ張った構造になっています。

それと、シフトおよびティルトのレボルビング機能に対応している関係でレンズを回転させなければならず、「AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED」のように組み込み型のフードをつけることもできませんので、周囲に何もないデザインになっています。

光学本部 第三設計部 第一光学課 主幹研究員の武俊典さん

——前面への張り出しが大きく、カメラ後方からの光も拾いそうですが、ゴーストやフレアは大丈夫ですか?

武:ナノクリスタルコートに加え、この19mm専用にカスタマイズしたレンズコーティングを採用しており、超広角でありながらゴーストやフレアの少ない優秀な逆光特性を実現しています。とはいえ、予期せぬ方向からの有害光を防ぐには、ハレ切りなどをしていただくとより安心かなと思います。

——レンズフードの用意はないのでしょうか?

武:いろいろ検討はしたのですが、19mmの画角に合わせるとシフトした際に写り込んでしまいますし、12〜13mmに合わせても大型化してしまい効果もほとんどないことから、レンズフードとしてご提供するのは難しいと考えました。

バヨネット式の専用レンズキャップが付属する

——ではレンズ構成について、読み方を教えてください。

黄:EDレンズ 青:非球面レンズ

武:構成は13群17枚で、図の黄色いところにEDレンズを3枚使用し、青いところに非球面レンズを2枚使用しています。ナノクリスタルコートでゴーストやフレアの発生を抑え、大きく湾曲した前玉の部分にはフッ素コートを施して、うっかり触ってしまった場合などでも簡単に拭けるようにしています。

——前3枚の凹レンズはレトロフォーカス用だとして、4枚目のEDガラスの凹レンズ以降はニッコールレンズでいう"脇本タイプ"のビオゴン構成のようにも見えますね。

武:特にビオゴンを意識して設計したということはないのですが、見方によっては4枚目の凹レンズと最後の凹レンズの間で中央部を挟んで、凸群と凸群が向かい合って対称型のように配置されていると見ることもできますから、結果的にビオゴンに近い配置になっているとは言えますね。設計時は、4枚目までがワイドコンバーターの役割を果たし、以降が結像レンズとして機能するようにと考えました。

——ニッコール千夜一夜物語の第9夜で「NIKKOR 13mm F5.6」が取り上げられていますが、そこで前半の構成は全体が凹のパワーを持ち、凹のコンバーターの役割、後半は凸のパワーを持ち、トリプレットまたはテッサーの改良型のマスターレンズと解説されています。このレンズの場合はどうですか?

武:13mmとは少し違っていまして、このレンズの場合は中央から前の部分全体で凸のパワーを持っていますので、凸先行のレトロフォーカスタイプということになります。中央から後側も全体で凸のパワーを持っていますので、凸と凸の対称型になっています。

広角レンズは、一般に凹先行のレトロフォーカスタイプが知られています。凹と凸のパワーで構成されたタイプです。NIKKOR 13mm F5.6も同様です。

ただ、全体としては非対称のパワー配置になるため、収差の発生量は多くなり、補正が困難になってしまいます。さらに、フォーカシングによる収差変動も大きくなる傾向がありますので、無限遠から至近までの解像性能を確保することに課題があります。

このレンズでは、前後のパワー配置を凸と凸の対称型とすることで、フォーカシング時の収差変動を抑えたり、超広角レンズにおける諸収差の補正にも有利な構成としています。

前から3枚ないし4枚が凹群を形成して強いワイドコンバーターの役割を果たしています。その後ろの接合レンズ2枚と凸レンズの部分は、全体として凸凹凸の構成と見ることもできます。脇本タイプのビオゴンや大判用ニッコールレンズなども前半部分に凸凹凸の構成がありますが、こうすることによって明るさに強い構成とすることができるのです。そして、後半部分も広い意味で凸凹凸の構成と見ることができますので、全体としては結果的にビオゴンの構成に近いと言うことができます。

——3枚目の非球面レンズは湾曲が大きくて作るのが大変そうですね。このレンズの働きは?

武:広い画角を受けるという意味で、像面湾曲と歪曲収差を補正するのが主な目的になります。軸上光線と軸外光線が分離していますので、こういった凹レンズに非球面形状を取り入れると効果的です。

——4枚目のED凹レンズですが、EDガラスでこれほど湾曲した凹レンズはあまり見たことがありません。働きを教えてください。

武:広角レンズでは使われている例がいくつかあります。このレンズの場合は凹メニスカス形状をしていますが、「AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED」や「AF-S DX Zoom-Nikkor 17-55mm f/2.8G IF-ED」では両凹形状のEDレンズが使用されています。

働きとしては先ほどの非球面レンズ同様、軸上光線と軸外光線が分離するところでもありますので、EDレンズを使用することによって軸外収差である倍率色収差の補正に効果があります。

極めて高い解像度。シフト周辺部までシャープ

——このレンズのイメージサークルサイズと包括角度を教えてください。

武:具体的な数字は非公表ですが、シフト量が12mmありますので、そこから逆算していただければ十分に大きいイメージサークルを持っていることはお解りいただけると思います。包括角度は、先ほどFXフォーマット換算で12〜13mmの画角を持つと申し上げたところからご想像ください。

イメージサークルとアオリの関係性(解説・作例撮影:杉本利彦)

アオリの理解を深めるには、レンズのイメージサークルを理解する必要がある。イメージサークルとは言葉が意味するように、レンズのピントが無限遠にある時、撮像面に投影可能な像の最大径のことで、通常は円形をしている。一般的な35mm一眼レフ用の交換レンズの場合、イメージサークルの大きさは撮像面サイズ(24×36mm)をカバーしていればよいので、イメージサークルの大きさはその対角線長の43.2mmより若干大きい程度に、あえてとどめてある場合が多い。

しかしPCレンズの場合、イメージサークルの大きさは一般レンズより22〜24mm程度大きくなるように設計されており、シフトアオリとレボルビング機能を利用すればイメージサークルの範囲内で像面を自由に移動させることができる。

ここで、典型的なシフトアオリの効果を実際に見てみよう。作例のように通常のレンズでビルを見上げて撮影すると、当然ながら撮影位置から近い距離の物体は大きく、遠くの物体は小さく写るので、建物の上部がすぼまって写る。しかし、カメラの水平をとり、シフトアオリを利用して撮影すると、撮影位置から建物の各部分までの距離と、レンズから撮像面の被写体像までの距離が比例するので、建物の上も下も同じ大きさで写り、建物をまっすぐに撮影することができる。

一般レンズ(AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED)でビルを見上げた時の撮影例
PCレンズ(PC NIKKOR 19mm f/4E ED)でシフトアオリを利用した時の撮影例

次にこの作例でのイメージサークルの状況を見てみよう(後日撮影、別レンズ)。一般レンズでビルを撮影する際、ビル全体を入れようとすると見上げるしかないため、上部がすぼまった写真になる。ここで、カメラを水平にするとビルはまっすぐになるが、イメージサークルが小さくシフトアオリもできないため、ビルは半分しか写らない。

同じ焦点距離のPCレンズの場合、イメージサークルが大きく、カメラを水平にしても建物全体がイメージサークル内に余裕で入っている。シフトアオリによって像面を移動させることによってフレームを整えれば、ビルをまっすぐに撮影できる。このことから、シフトアオリとは広大なイメージサークル内の像を、撮像範囲でトリミングする機能とも言うことができる。

一般レンズのイメージサークル 見上げ
一般レンズのイメージサークル 水平
PCレンズのイメージサークルとシフトアオリ

※撮影カメラの都合でイメージサークルの左右が切れているが、実際には円形の範囲がイメージサークル。
※焦点距離は全て共通で、いずれも赤枠の範囲が撮像範囲を示す。

撮影風景

(解説「アオリ操作の基礎知識」に続く)

——MTFでは画面全体が非常にフラットな特性で、しかも解像度が極めて高いです。しかしイメージサークルの半径はもっと大きいはずなのに、MTFの横軸は通常のレンズと同じ21.6mmになっているのは、ちょっと納得できません(笑)。でも、あれだけフラットな特性ならシフト領域までシャープなような気がします。実際はどうなのですか?

武:公表しているMTF図につきましては、従来のPC-Eレンズなどでもシフト領域のMTF値は公表していませんので、今回もそれにならっています。ただ、今回のレンズの実際のMTFはシフト領域だからといって急激に下がることはなく、表示範囲のほぼ延長上にあると考えていただいて大丈夫です。

——実際に撮影しますと、今までのPCレンズは何だったのかと思えるほど、アオリ領域の周辺部までシャープな描写でした。

武:今回のレンズでは、シフト領域を含めた画面全体の像面の平坦性と、他社製を含めて従来のアオリレンズで目立ちがちだった倍率色収差を徹底して補正するところにこだわりました。倍率色収差が多くなると解像性能の劣化に直結してきますので、先ほど挙がったレンズ構成前半のEDレンズ、それと後半部分にも2枚のEDレンズを配置して、効果的に倍率色収差を抑えています。

——歪曲収差は少なめですが、アオリ量を最大にした場合の最周辺部は、やや樽型に写りました。周辺になるほど歪曲は大きくなるのでしょうか?

武:もともとレトロフォーカスタイプの超広角レンズということで樽型収差が発生しがちなのですが、アオリ量が少ない領域では歪曲収差をほぼゼロに近いレベルまで抑えているものの、アオリ領域の周辺部になるほど歪曲収差を多少残してあります。この領域まで歪曲収差を限りなくゼロに近づけてしまうと、冒頭でありましたように商品企画が成り立たないくらいレンズが大型化してしまうのです。

——いっぽうで、周辺減光がほとんど感じられません。通常この種のレンズは周辺減光が盛大になる傾向がありますが、抑えることができている理由は?

武:イメージサークルに余裕があるからでしょうか。上下方向、左右方向いっぱいにシフトしても周辺減光が目立つことはありませんが、斜め方向に最大限シフトした場合は多少目立ってくる場合はあるかもしれません。

——この性能なら、従来大判カメラで定番であった超広角レンズを置き換えることがでそうですね。

武:D810などの高画素機と組み合わせていただければ、従来大判カメラで撮影されていたお客様も十分ご満足いただける建築撮影が可能になると考えていますので、ぜひ置き換えていただけたらと思います。

D810 + PC NIKKOR 19mm f/4E ED

——他社ユーザーの間ではシフトレンズにテレコンバーターを組み合わせる使い方が流行っていますが、PC NIKKOR 19mm f/4E EDに、AF-S TELECONVERTER TC-14E IIIやAF-S TELECONVERTER TC-17E II、AF-S TELECONVERTER TC-20E IIIを組み合わせることはできますか?

武:現行のテレコンバーターは、すべてPC NIKKOR 19mm f/4E EDには物理的に装着できないようになっています。また、現行テレコンバーターの特性は、望遠レンズなどの収差バランスに最適化していますので、装着できたとしても画質面で推奨できるものにならないと思います。

——となると、このレンズをベースとした専用のテレコンがあっても面白いですね。

武:専用設計なら実用レベルの画質が得られると思いますので、今後の検討課題とさせていただきます。

手持ち撮影もしやすい新機構。ティルト軸方向を現場で変えられる「PCレボルビング」

——シフトレンズは他のレンズにない可動部分がありますので、機構設計チームの腕の見せ所と言われていますが、今回のレンズの機構上のポイントは?

猪原:従来と異なるところとしましては、新開発のシフト機構と、新たに搭載したPCレボルビング機構です。この2つはいずれもお客様の要望が多かった改善箇所でした。

映像事業部 開発統括部 第三設計部 第一設計課 主任研究員の猪原祐治さん

シフトの操作機構は、従来のシフト操作後にロックする方式から、シフト操作のみでロックレスで済ませられるように変更していますが、これは先ほど岩見からありましたように"手持ちでシフト操作をしたい"という要望に答えた形です。

PCレボルビング機構は、ティルト軸の方向を撮影現場で直接操作できるようにしてほしいという要望が多く、これまではサービスセンターで対応していましたが、今回はレンズの機構として持たせました。

アオリ操作の基礎知識(解説・作例撮影:杉本利彦)

アオリ機能には大きく分けると2つの機能がある。一つは、先の解説パートでビルの上すぼまりを補正した作例のように、レンズの光軸を平行移動させることで、被写体のパースペクティブやフレーミングを整える「シフト」、もう一つはレンズの光軸を傾けることで、ピント面の角度をコントロールする「ティルト」である。

シフトアオリは、細かく分類するとレンズの光軸を上に平行移動する「ライズ」、下に平行移動する「フォール」、左右に平行移動する「シフト」に分けられるが、光軸を平行移動させるアオリを総称してシフトと言う。PCレンズの場合は最大で光軸が11〜12mm程度平行移動(シフト)できるようになっており、シフトの方向は360度回転できる(カメラとの通信機能のあるレンズには、電気的な都合で回転ストッパーがある)。

動作例:シフト(光軸の平行移動)

ティルトアオリは、細かく分類するとレンズの光軸を下または上に傾ける場合の「ティルト」、左右に傾ける場合の「スイング」があるが、光軸を傾けるアオリを総称してティルトと言う。PCレンズでは±7.5度程度光軸を傾けることができる。従来のPCレンズではティルトの軸はシフトの方向と同じか90度回転させるか選ばないといけなかったが、今回のインタビューで取り上げた最新モデルには90度レボルビングする機能がついた。

動作例:ティルト(光軸を傾ける)

ティルトアオリについては、光軸を傾けた場合に撮像面とレンズ面(主点において光軸に対して垂直な平面)の延長上の平面が交差する直線を含む平面にピントが合うという性質があり、これをシャインプルーフの原理と呼んでいる。

実際には、作例のように斜めの壁面がある場合、通常撮影では絞り開放だと全面にピントを合わせることはできない。しかし、ティルトアオリを使うと絞り開放でも全面にピントを合わせられる。また、ティルトアオリを逆方向に動かし"逆ティルトアオリ"とすると、壁面の1点だけにピントを合わせ、前後を大きくぼかした作画も可能になる。一昔前には、逆ティルトアオリを利用したポートレートが流行ったこともある。高い場所から撮影してミニチュア効果を得る場合にも、この逆ティルトアオリを利用する。

通常撮影
ティルトアオリ
逆ティルトアオリ

——イメージサークルの外まで写って良いので、シフト量を15mmくらいまで増やしていただけるとありがたいのですが、可能でしょうか?特に縦位置で建築物の外観撮影をする際、画面の下が大きく余ってしまうのが気になりました。

猪原:機構的には可能だと思いますが、鏡筒が大きくなったり、回転した時にボディに干渉してしまう可能性もあり、ボディの形状も含めたシステムで考える必要が出てくると思います。

——「PC-E NIKKOR 24mm f/3.5D ED」では横位置で上にシフト(ライズ)した際、シフトの左右の傾き調整を自由に変更できましたが、縦位置では90度から右に傾けるか左に傾けるかで、一旦シフトの方向を反対にしてレボルビングする必要がありました。PC 19mmではそれと全く逆で、縦位置では自由に傾き調整できますが、横位置ではシフトの方向を反対にしてレボルビングする必要があります。ここを変更した理由を教えてください。

猪原:これは、従来のシフト機構ではシフトノブがレンズの中央部分にありましたが、新しいシフト機構ではシフトノブの取り付け位置を変更した関係で変わっています。

PC 19mmのシフトノブ。従来は中央部分にあったが、位置が変わっている

——縦位置も横位置も自由にレボルビングできるようにするのは難しいのでしょうか?

猪原:ひとつはボディ形状とシフトノブが干渉や接近してしまう場合があることで、また内部構造的にもフリーにするのは難しいと思います。ただ、ご要望が多いので検討はしています。

——フリーが無理なら、あと45度回るだけでもいいのですが?

猪原:同様に検討させて頂きます。

——PC-E 24mmではシフト操作後にロックする必要がありましたが、PC 19mmではシフトロックノブが廃止されロックの必要がなくなりました。これはどうやって実現したのでしょうか?

猪原:単純に申しますと、機構をギヤからリードスクリューに変更したことでロックを不要にしています。ロック無しでも自重で落ちないようにするということと、シフトのためにたくさんスクリューを回転しなければならないとイライラしますので、回転による移動量とのバランスを考えて今のピッチにしています。

シフト操作を行う「シフトノブ」。従来のPCレンズと異なる機構で、ロック操作を不要とした
参考:PC-E 24mmの機構

——従来のシフト機構はギア方式でしたが、今回はリードスクリューなので自重で落ちなくなっているのですね。

猪原:はい。リードスクリューでもピッチを粗くすれば移動は速くなりますが、自重で落ちやすくなりますから、これぐらいのバランスがベストだろうと考えています。

——従来のレボルビング機能に加えて、新機能にPCレボルビング機能がありますが、これの仕組みを教えてください。どんな時に使いますか?

猪原:ティルト機構部を挟み込む構成で回転可能としています。

シフトの方向を固定したまま、ティルト軸のみ回転させられる「PCレボルビング」機構。45度ごとにクリックストップがある
2つのレボルビング機能は、それぞれ右手側のレバーで操作できる
参考:PC-E 24mmのレボルビングレバーは左手側

岩見:使い方につきましては、こちらの画像(PCレンズの使用説明書より)を一例として見ていただきたいのですが、ニコンミュージアムの歴代カメラのショーケースを撮影したカットです。この場合は、シフト軸とティルト軸が直行した状態で撮影し、上にシフトさせつつティルトアオリを使用することで、奥行きのある被写体の全面にピントを合わせることができています。

・シフトおよびティルト操作を行わずに撮影した場合

黄枠部分のアップ

・シフト操作後にPCレボルビングを行い、ティルト操作をして撮影した場合

黄枠部分のアップ

——PC-Eレンズでは、デフォルトではティルトとシフトの軸が直交していますが、こういう仕様になっている理由はありますか?

猪原:最初のPC Micro-Nikkor 85mm f/2.8Dの開発段階で、当時のお客様の要望や実際の使用状況から、直交タイプがデフォルトとして適しているという判断でした。

——使っているうちにティルトアオリが動いてしまって、シフトアオリ時のピントが悪くなってしまうことがありますが、今回のPC NIKKOR 19mm f/4E EDはティルトアオリの固定レバーがついたのがいいですね。これだけでもプロとしては安心です。

猪原:これもお客様のご要望を反映しました。

PC NIKKOR 19mm f/4E EDのティルトロック部。位置を固定するノブのほかに、中央から動かないようにするティルトロックスイッチも備わった

——反面、MFレンズなのに無限遠でフォーカスが止まらず、オーバーインフまでピントリングが回ってしまいますが、これはどうしてですか?

武:ティルトした場合にピント合わせができない領域が出てしまうのを防ぐために、無限遠側、至近側の双方で余裕をもたせてあります。

フォーカスリング。無限遠表記の先まで回る

——広角レンズなのにピントが非常にシビアで、ファインダーでのMFはほぼ不可能でした。ライブビューで拡大表示して確認する必要がありますが、AF化されると便利だと思います。

猪原:AF化も不可能ではないと思います。使用状況を踏まえて検討していきたいと思います。

——PC-Eレンズはニッコールレンズでも最も早く電磁絞りが採用されましたが、これに理由はありますか?

猪原:昔から自動絞りの要望は多く、当初はメカ連動での自動絞り機構を検討したのですが、どうしても機構が複雑になり部品点数が増え、絞りに必要な精度の確保が困難であるため、PC-Eの時代から電磁絞りを採用しました。

——古いPCニッコールの絞りリングが先端部分にあって、プリセット式になっているのは同じ理由ですか?

猪原:はい。古いPCニッコールの時代も同じです。

——ミラーレス時代を睨むと、PCレンズには絞り環があって、電源がなくてもマニュアル操作できるのが使いやすいと思います。

猪原:最近のユーザーの使用状況を踏まえますと、絞り環は使用せずボディから全て制御して使うという方が多いので、基本的には絞り環は設けない方向でやっていきたいと思っています。

——これはPCレンズ全般に言えることなのですが、パノラマやスティッチングを考えるとレンズを固定してボディ側が動いた方が良いので、レンズを固定する三脚座が欲しいです。ティルトアオリの部分を省略して望遠レンズのような三脚座がつくバージョンを作っていただければ、コストダウンにもなると思います。

猪原:今後の参考とさせていただきます。実はアダプターの装着などを考慮してピントリングの後方部分の鏡筒の強度を上げており、そうした使い方をされても大丈夫なようには配慮しています。

鏡筒の強度が上がっている部分

独特な鏡筒設計の難しさ。各拠点でのレンズレンタルサービスも

——PCレンズの機構を設計する上での難しさや、今回のレンズで苦労した点があれば教えてください。

猪原:PCレンズ全般で最も苦労するのは、内部配線用のフレキシブルプリント基板をどう配置するかという部分です。PCレンズは前後左右上下の動きに加えて回転もしますので、何かに干渉したり、擦れて音がするとか、ゴミが出ないとか、そうしたことに配慮しながら配線するのがPCレンズで最も苦労するところです。

——先ほどのレボルビングに制限があるのにも、配線が関係している部分があるのですか?

猪原:そうですね。

——ほかに、今回のレンズで苦労された点は?

猪原:やはり、今回初めて導入したシフト機構の調整部分です。シフトノブの位置関係によって、操作時のトルク感ができるだけ変化しないように工夫しています。

——製造はどこでやっていますか?

猪原:日本国内の協力工場で生産しています。

——最後に言い足りない部分ですとか、苦労した点、このレンズのアピールポイント、どんな使い方をして欲しいかなど、おひとりずつお聞かせください。

石上:この製品では、建築写真を撮影されていて従来よりもさらに広い画角のPCレンズを求める方々のご要望にお応えすることができました。まだお使いになっていないお客様にはぜひ実際に体験してみていただきたいですね。

またこのレンズの高い性能は、建築撮影に限らずあらゆる撮影シーンで威力を発揮すると考えていますので、もっと幅広いお客様に、新しい使い方にチャレンジしてご活用いただきたいと思っています。

そのうえで、別の焦点距離が欲しいとか、操作系はこのようにして欲しいといったご意見・ご要望も是非お寄せいただきたいですね。そうした声にお応えしながら製品をさらに充実させ、使いやすくしていくことも我々の命題だと考えています。

猪原:アオリレンズがどういった製品かご存知の方は多いと思いますが、実際に手にした方は少ないのではないかと思います。このレンズはやはり実際に手にして撮ってみてはじめて、その面白さや写りの良さがわかるレンズだと思います。まだ手にしていない方は是非サービスセンターやショールームで実機を触って、他のレンズでは味わえないアオリレンズの表現の面白さ、写りの良さを実感して頂きたいなと思います。

編集部より:ニコン拠点で「ニッコールレンズレンタル」が実施中

ニコンプラザで実施されているニッコールレンズレンタルに、期間限定でPC NIKKOR 19mm f/4E EDもラインナップされるそうです。詳しくは各プラザまでお問い合わせください。
利用方法などはこちら→カメラ&レンズお試しサービス

武:このレンズは、像面湾曲を少なくしたことと色収差を極限まで抑えたことで、シフトした時でも高解像・高コントラストを維持することができました。

PCレンズは、建築写真やインテリア写真など限られたプロ用途のレンズであると思われがちですが、工夫次第で従来にない表現も可能になるのではないかと思います。アオリ機能を活かした自然風景や都市風景、夜景撮影、ティルトアオリを使ってピント面をあえてコントロールした都市風景、ティルトアオリとパースペクティブを活かしたポートレートなど、新たな表現にチャレンジしてもらえたら嬉しいです。

岩見:このPC NIKKOR 19mm f/4E EDは、我々としてはプロの建築写真家の声に真摯に向き合って作ったレンズと自負しています。19mmという焦点距離をはじめ、光学設計、新しいシフト機構など、ひとつひとつこだわりを持って開発しました。PCレンズというと特殊レンズと思われがちなのですが、むしろ人間の見た目に近い自然な表現が可能なレンズです。業務で使われるプロの方々はもちろん、アマチュアの方々もぜひ手にとっていただいて、アオリレンズの楽しみや面白さを見つけていただけたらと思います。

インタビューを終えて(杉本利彦)

世界初のアオリ可能な写真レンズがPC-NIKKOR 35mm F3.5であったことは、ニッコール千夜一夜物語の第17夜・PC-NIKKOR 28mm F4の回で語られている。筆者の佐藤治夫さんが書かれているように、そのPC-NIKKOR 35mm F3.5の取扱説明書では、アオリ効果の説明が作例を含めて詳細かつわかりやすく解説されている。

これはその当時、大判カメラユーザーにとってアオリは当たり前の機能であったが、35mm一眼レフユーザーには馴染みがなく、その用途や使い方、効果がわかりにくかったからかもしれない。

しかしその状況は現代でも変わらず、PCレンズは特殊レンズの範疇と見なされていて一般ユーザーが手にする機会は少なく、とても理解が進んでいるとは言い難い。しかし、カメラのメカニズムの原点からすれば、PCレンズこそが伝統的な写真術をフルに発揮できる交換レンズであり、一般の交換レンズは光軸を中央に固定した簡易版なのである。そうした視点が、最近のユーザーやメーカー側の姿勢も含めて、あまりにも欠けているのではないだろうか?

幸い今回の「PC NIKKOR 19mm f/4E ED」は、従来のPCレンズのイメージを払拭する高画質を実現し、使い勝手も大幅に向上させている。理想を踏まえれば"もう少しこうあるべき"と言う部分はあるが、少なくとも画質面と機能面では現時点のあらゆるアオリレンズ中で突出しており、一般のレンズを含めても最高画質の単焦点レンズはPCレンズであると胸を張って言えるほどの性能を有しているのである。言い方を変えれば、このレンズを使わずして最新ニッコールレンズの優秀さを語ることはできないと記しておこう。

杉本利彦

千葉大学工学部画像工学科卒業。初期は写真作家としてモノクロファインプリントに傾倒。現在は写真家としての活動のほか、カメラ雑誌・書籍等でカメラ関連の記事を執筆している。カメラグランプリ2017選考委員。