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ストックフォトでアート作品は可能か?

東京国際写真祭トークショーレポート

Henrik Sorensen氏

ストックフォトエージェンシーのゲッティイメージズは、18日まで都内で開催中の国際写真イベント「東京国際写真祭」において、同社に所属するフォトグラファー、Henrik Sorensen氏によるトークショーを10月11日に実施した。

Sorensen氏は、ドキュメンタリー・フォトやポートレートなどのジャンルをメインに、欧州で活躍するフォトグラファー。近年では、プールの中にセットを構築して撮影する水中写真作品にも取り組んでおり、高い評価を受けている。

また、国連が進めているプロジェクト「持続可能な開発のための世界目標」を表現するキービジュアルのうち「16:平和と正義」および「17:パートナーシップ」の写真を担当しており、ゲッティイメージズは本プロジェクトについてビジュアルコンテンツパートナーとして参画している。

トークショーでは、Sorensen氏の作品をスライドショー形式で紹介しつつ、ストックフォトグラファーとしての立場から、作品制作に対する考え方や方法論について話した。

トークショーの様子
会場外周部に掲げられているプロジェクトのバナー。一部の写真には、Sorensen氏の写真が採用されている

売れやすく撮りやすいのはライフスタイル。コピースペースの確保も忘れずに

Sorensen氏は、商業用の写真として使える強度の写真を撮るために注力すべき5つの要素について説明。「コンセプト」、「モデル」、「アートディレクション」、「ロケーション」、そして最終的にそれらを活かし、作品としてきちんと「撮影できること」を挙げた。

また、撮影した写真の"使いやすさ"も売れる写真の条件とし、作品の中にクライアントが売り文句を入れる余白、「コピースペース」を設けるようにすることも非常に重要な要素として挙げている。

売れる写真のための5つの条件
コピースペースを入れられる広めの余白も必要

「皆さんが写真を販売するとしたら、おそらく最も手をつけやすいテーマは生活の中にある身の回りの物事、"ライフスタイル"でしょう。ライフスタイルというテーマの特徴は、被写体が自分の家族なので、リアリティが出しやすい点にあります。また顧客も多く、販売しやすい。チャンスが多いのです。例えば旅行をしているときに移動中の飛行機で撮った写真であったり、日常の中で捉えた瞬間の風景も、実は販売できる写真になりうるわけです」

撮影した作品にキーワードをつけることも大事だと話す。写真から連想されるイメージをキーワードとして設定することで、コンセプトを伝えやすくする効果があるという。Sorensen氏はキーワードについて解説する中で、色にかかわるキーワードが浮かんだときは、思い切って被写体を塗ってしまう手もあると説明した。

コンセプトに合わせて被写体を演出し、メッセージを伝えやすくする

「例えば"環境に優しい車"というキーワードだとしたら、車を実際に塗ってしまう。人が天井に立っている写真が撮りたいのであれば、ハーネスをつけたモデルを吊り上げて、実際に天井に立ってもらう。なぜならその方が細部まで画像処理するよりも簡単だし、何より楽しいですからね。もちろん、作品を仕上げる過程でまったく画像処理をしないわけではなくて、後から少し手直しをしたり、複数の素材を合成するときには使います」

撮影リソースを有効に使う

ゲッティイメージズでは、商業向け写真だけではなく、同じ作家によるファインアート作品も取り扱っている。クライアントが必要とする写真はケースバイケースで多様ではあるが、アート指向の強い写真がクライアントに必要とされることは少ないとSorensen氏は言う。

「ストックフォト向け作品のほかにアート指向の作品も置いてくれるのがゲッティイメージズの良いところだと思いますが、実際のところ、アート作品の売上だけでは制作費用はペイできません。そこで、同じ機会にモデルやロケーションをそのままに、別の作品を撮っておくというテクニックを使います」

Sorensen氏が手がけたファインアート作品の中には集団の裸の男女をモデルとした作品がある。この作品を撮影したとき同じモデルに服を着せて、別のコンセプトでより商業的に使いやすい作品を撮影したという。この別プランで撮影した作品が売れたことで、ファインアート作品の制作費用を支払うことができた。

Sorensen氏が手掛けるアート作品「Protection」シリーズの1枚

https://www.youtube.com/watch?v=pGx4mioasjM
「Protection」のメイキング映像

20人くらいで1人をサポートするイメージのアイディアを作品にした。この作品は、「持続可能な開発のための世界目標」のキービジュアルとして採用されている

「せっかくモデルがたくさんいるので、これは売れるのではないかと思う決めカットをたくさん撮りました。でも一番売れた写真は、モデルたちが休憩してるときに5分くらいで撮ったカットでしたが(笑)。でも、この1枚のおかげで、このときの撮影にかかった費用をすべてカバーするくらいの売り上げになったのです。常に良いポートレートを撮ることを心がけるのは、非常に大事なことです。時にはモデルが撮られると思っていない瞬間も押さえておきましょう」

この時の撮影で1枚だけ撮ったポートレート。1枚の写真で撮影費用をまかなうほどの売れ行きになった
売れると見込んで撮った決めカットの1枚
ひとつのロケーションで複数のコンセプトの作品を撮っておけば、コストを抑えられる

Sorensen氏はこのほか、コンセプトの決まった写真を撮影する際のテクニックを紹介している。ストックフォトはクライアントの依頼を受けてから制作するわけではないので、構想の時点からある程度ターゲットを絞り、コンセプトを決めて撮影に入るのが望ましいという。

「ものごとをシンプルに表現することが重要です。特に"何を"、"どこで"撮るかはものすごく大事な要素と言えるでしょう」

多重露光して撮影した写真。モデルと骨格標本を多重露光で重ねて写した
モデルに模様をプロジェクターで投射した作品、比較的真似しやすい
物が壊れる様子の写真は、保険会社を想定した
"手狭になったオフィスの引越し"をイメージした作品
ゲームやギャンブルをイメージした写真もある。後からCGを合成する作品では、撮影時にCGのカラーに合わせたライティングを行なう
長時間露光で光の軌跡を撮影した作品。"情報の伝達"をイメージしている
照明をつけたスーツを自作して、人の動きがわかる作品に仕上げることもある
モデルの手に直接ペイントした写真

「私は人をたくさん集めた大規模な撮影もします。百数十人規模になるし、コストもかかる。撮影にも大変な手間がかかります。でもこのような撮影は私しかやっていないので、それによって作品が売れるという面もあります」

「それと私たちは写真家なので、最初に撮れた写真を大事にすべきだと考えています。もちろん作品によっては手を加えることもありますが、それでも過剰に画像処理を加えてしまったらフェイクになってしまう。例えば写真に後からCGを合成する場合であっても、被写体に当たっている照明はごまかしようがないので、完成形をイメージして、CGの色と照明の色を合わせています」

大勢のモデルを呼んで作った"人絵文字"
撮影の様子
オフィスをイメージした作品だが、机が足りなかったので机だけを使い回し、モデルの服装や小道具の配置を変えて机を並び替えながら撮影した写真を後から合成して完成させた
後から画像処理で机と人間の素材を足している
Sorensen氏が取り組んでいる水中写真。水中は重力の軽さを表現しやすいという。
被写体はバレエダンサーに依頼している
作品が広告に採用された例
水泳選手と一緒に作品作りをしたこともあった
バイク乗車時の光の動きを見られるスーツ
モデルとガラスが割れている描写はそれぞれ別に撮影し、あとで合成することで完成した
ガラスが割れている描写だけの素材

Sorensen氏はこのほか、コンセプトに沿った作品の演出手段として、ライブ会場を擬似的に再現する手法を紹介した。

十数人のモデルを用意し、スタジオをあたかもライブステージのように演出することで、写真だけを見れば本当にライブ会場を撮影したかのような信憑性のある作品を撮影できる。

ライブ会場のように整備したスタジオを撮影に使っている

「一見すると本物のステージに見えるのですが、どれも実際のライブ会場では撮影が難しい写真です。本物のライブ会場では写真のために照明を変えるわけにはいかないし、アングルも自由にならない。被写体も完璧な構図でそこにいてくれるわけではない。意図通りの表現にできないですよね。でもそもそもここはスタジオなので、ライティングも自由自在です。ちゃんとステージを作っておけば、好きなように演出できます。楽しいってことは大事ですよね。私はこれに限らず、新しい作品を作るために、いろんなことを実験しています」

本来はレストランが入っている建物だが、この日だけは頼み込んでオフィス風にしてもらっている
モデル単体のカットも必ず撮影しておく。売れ行きがいいらしい
液体や粉末を使った表現を模索中
液体と陸上選手による作品

東京国際写真祭の開場時間は9時30分~21時30分(平日)、9時~19時(土日祝)。10月17日(土)と18日(日)にもトークイベントを開催予定だ。詳細については公式サイトを参照いただきたい。

(関根慎一)