若木信吾写真展「内田裕也」

――写真展リアルタイムレポート

(c)若木信吾

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 内田裕也さんをご存知だろうか。ロック歌手、映画俳優、プロデューサーなどさまざまな顔を持つほか、都知事選への立候補でも話題を呼んだ。多くの人にとっては、捉えどころのない奇才といったイメージだろうか。

 その曖昧模糊とした人物像を正面から描き、きちんと評価し直したのが「内田裕也 俺は最低な奴さ」(白夜書房刊、3000円・税込)だ。同書は近田春夫さんによるインタビューと、若木信吾さん撮影のポートレート写真で構成し、この写真展は、そのモノクローム作品から14点を厳選している。

 印象的な黒と白の表現の中で、被写体は圧倒的な存在感を発しながら、さまざまな顔を垣間見せる。まずはまっさらな状態で写真展を見て、本を読み、再度、会場に足を運ぶことをオススメする。

 会期は2010年1月8日~4月4日。開場時間は11時~19時。月曜休館。会場のライカ銀座店は東京都中央区銀座6-4-1。問合せは03-6215-7070。

現在、故郷の浜松に小さな書店を開く計画を進行中。「フィクションを原作にした映画も作りたいし、今は何でもやりたい時期みたいです」と若木信吾さん
プリントは、写真集とはまた違うイメージを突きつけてくる

内田裕也さんとは初対面

 内田裕也さんを撮る仕事の依頼は、雑談中、突然されたという。

「この本のアートディレクションをされている井上嗣也さんから『やってみないか?』って言われたので、やりますって答えました」と若木さん。井上さんとは10年来の付き合いだが、一緒に本格的に撮影現場で仕事をするのは初めてだという。

 撮影の打ち合わせはなしで、当日、スタジオ入り。若木さんが内田さんに会うのは、その日が初めてだ。

「出演された映画『コミック雑誌なんかいらない』(1986年公開)や、YouTubeで都知事選に出馬した時の政見放送などは見ました」

 撮影は約半日のスケジュール。若木さんは2時間ほど前にスタジオに入り、ロケバスを用意した。

「スタジオだけではもったいないから、渋谷あたりでもロケをしようとスタッフと話していました。そこに内田さんがいらして、『オレも69歳だから、今日のテーマはネイキッドでいきたいんだよね』。赤裸々な自分を見せるということですから、その一言でロケはなし、スタジオ一本でいくことになりました」

撮影は感覚で切っていく

 当日の服はすべて内田さんの私物。彼のセンスを知っている井上嗣也さんの判断だ。シチュエーションと洋服だけを代え、撮影はスピーディに進められた。

「スピードのある撮影なので、考えながら指示を出すことはできない。どんどんシャッターを切っていく。表情、光の感じ、構図などすべてひとまとめにして、一瞬で判断します。瞬間的に良いと思った時に、押せるかどうか。感覚的にやっていくことが重要です」

 これまでに著名人、タレントほか多くの人を撮影してきた若木さんだが、初対面の人と会うと緊張するタイプだという。それがカメラがあると、楽になる。

「有名な人でも、カメラを構えて一対一で向かうと、僕の中では普通の人と同じ扱い、同じ距離感になる。不思議なんですけどね。今、『スイッチ』で小泉今日子さんの連載を撮っていますが、その話が来た時、僕らの世代では憧れのアイドルじゃないですか。かなり興奮しましたが、カメラが間に入ると、冷静になります」

 そのスタンスは、今回の撮影でも同様だ。ただ、いつにない緊張感があったという。

「内田さんは真剣な人だから、少しでも緩むと悟られてしまうからでしょうね。その結果、良いものを作らされてしまうんだと思います。けれど、この日から2日ぐらい、寝ると、この撮影のことが夢に出てきました」

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 エピソードを2つ。編集を担当した白夜書房の末井昭さんが撮影前、若木さんにつぶやいた。

「今回はやばいよ。僕は杖で殴られそうになったからね」。

 スタジオで流す音楽は、内田さんが有線でビートルズ・チャンネルを選んだ。少し飽きてきた若木さんは、途中休憩の時、チャンネルを変えた。

「その瞬間、メイク室から『変えるなっ!』という怒鳴り声。慌てて戻しました。ロックならいいと思ったんですけどね」

上品だけどクレイジー

 撮影はモノクロとカラーで交互に行った。カメラはライカとペンタックス67だ。

 通常、モノクローム表現ではグラデーション、階調表現が作品の味わい、奥行きを広げるが、このプリントは深い黒が印象的だ。

「服と背景が黒で、髪の毛とシャツは白。最初はディティールを出してと考えていましたが、黒が黒、白が白として出るかが大事だと思い直しました」

 プリンターの久保元幸さんには、付け加えて「上品だけど、クレイジーな感じで仕上げてください」と依頼した。さまざまな現像液、印画紙が繰り返しテストされ、このプリントが出来上がったのだ。

 撮影段階で、こうした完成形は想定していなかったという。

「ヌードで、オイルを塗った肌の質感とかは、プリントしないと分からない。それは印刷でも無理で、印画紙だから出てくるものがあります」

写真家のオリジナリティとは

 若木さんは小学生の頃から、学校にカメラを持って行き、友達を撮っていた。撮った子にプリントをあげたり、自分のために取っておく。

「今もその頃とスタンスは変わっていませんね」

 大学進学の時、世の中はバブルで、「留学もオプションとして考えられた」。ちょうどアヴェドン、ブルース・ウェバー、ハーブ・リッツらアメリカの写真家が日本に入ってきた時期だ。若木さんはファッション写真に憧れ、ニューヨークのロチェスター工科大学写真科で学んだ。

「ファッション写真をやりたくて、卒業後、2年間はニューヨークで営業活動もしました。例えばアヴェドンや、彼と一緒に仕事をしたホンモノの人たちがいる中で、僕のファッション写真は真似の域を出ていなかった。自分のオリジナリティを考えた時、日本人だということ、ルーツを見つめることになりました」

 若木さんは海外から日本を見直す視点を持ち、その延長で祖父や身近な友人の存在を改めて再発見していったのだ。

人の人との間に何が存在するのか

 若木さんが人を撮り続けているのは、自分とその人は何で結ばれているのか、その関係性の秘密に興味があるからだという。

「仕事の場合は、ビジュアルの驚きやカッコよさなど、狙う落としどころがあるので、自分の作品と仕事は少し違いますが」

 だが、被写体と向き合う時の距離感は、仕事でも作品でも変わらない。

「親しい人とは、つながっていることに対して、互いに理屈なく信じあっているところがある。そんな彼らと僕の共通項って何かなと思う。単純に考えられることかもしれないけれど、カメラがあると一歩近づいたり、よく見えたりする。僕にとって、カメラはとてもフィットした道具なんです」

 ポートレート写真って、こういうことなのかと、納得できる空間だ。

(c)若木信吾


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2010/2/4 00:00