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話題騒然! 意表を突くキヤノン「RF45mm F1.2 STM」開発ヒストリー
あわせて、いち早く試用したフォトグラファーの実写体験も
2025年12月19日 07:00
今年11月、キヤノンから突如発表された交換レンズの新製品が「RF45mm F1.2 STM」だ。開放F1.2の大口径単焦点レンズにして、約346gという軽い本体、さらに価格6万6,000円(キヤノンオンラインショップ価格)という値付けが話題を呼んだ。
この独創的な交換レンズの成り立ちや魅力を探るべく、デジカメ Watchではフォトグラファー2名と「RF45mm F1.2 STM」開発者2名の総勢4名による座談会を開催した。フォトグラファーには事前に「RF45mm F1.2 STM」を使っていただき、作品を撮影してもらっている。
キヤノンからは本レンズの初期構想・製品開発を担当した萩原泰明氏と、光学設計を担当した阿部夏来氏が参加。フォトグラファーとしては、静かで優しい目線のスナップ作品でおなじみの鈴木さや香氏と、台湾でのスナップポートレートで知られる水島貴大氏に話をうかがった。
東京造形大学にて環境デザインを学び、CMやTVの動画制作へ。その後、写真家のアシスタントを経て独立。ストロボワークを得意とし、広告から日常まで撮影する。本や雑誌での執筆活動、写真展の開催、アトリエを営みながらの作品の販売など、作家としても活動し、NHKやOZマガジンなどのメディアにて特集をされている。今回の愛機はEOS R8。
1988年東京都出身。2017年台北で開催されたPhoto oneでグランプリを受賞。街とそこに生きる人をテーマに写真作品を制作してきた。2018年、企画展「写真都市展 -ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち-」に参加後、数々の写真祭にも参加。第3回GRAPHGATEファイナリスト。EOS-1V、EOS 6Dを制作に使用。
イメージング事業本部 光学技術統括開発センター。フィルムカメラの時代から開発業務に携わり、デジタルカメラ、交換レンズ、ビデオカメラなどの光学設計を担当。近年はプロジェクトリーダーを務める。
イメージング事業本部 光学技術統括開発センター。光学設計者として入社。今回の製品で初めて光学のメイン設計を担当。試作検討や量産のフォローなど、一連の開発フローにも携わった。
これまでのRFレンズのラインアップにない、それどころか他のカメラメーカーの純正レンズにないタイプのレンズである「RF45mm F1.2 STM」。その制作秘話や使用感などについて存分に語ってもらった。
いまだからこそ世に出せたレンズ
——まず、このレンズの開発が始まったきっかけを教えていただけますか?
萩原泰明(以下、萩原): 2018年にデジタル一眼レフカメラからミラーレスカメラへと製品が移行し、大口径ショートバックフォーカスのマウントを採用することでレンズ設計の自由度が高まりました。その結果、より高い性能のレンズを開発することが可能になりました。それは喜ばしいことなのですが、一方で、「EF50mm F1.2L USM」のような、収差による個性が強いレンズのラインアップも残していきたいという思いもありました。
とはいえ、そのままEFレンズの復刻版を世に出すにはまだ早い。そこで、「FD55mm F1.2AL」の復刻を企画したのです。キヤノンで初めて非球面レンズを採用したレンズですね。設計検討をした結果、だいぶ小型にできるとわかり、社内で「FD55mm F1.2AL」の資料を探すことから始めました。それがこれです。
鈴木: CADではないきれいな手書きの青焼きですね。これが残っているのがすごいと思います。
阿部夏来(以下、阿部): これを設計ソフト上で再現してみたりもしました。
——高画質以外の要素を求めた製品に対し、社内の反応はいかがでしたか?
萩原: まだ早かったのでしょう、案の定冷たい空気になりました(笑)。当時「エモい」といった言葉はすでにありましたが、まだ社内で通じる段階ではありませんでした。
阿部: EOSには「快速・快適・高画質」の理念があり、当時のRFレンズとしては、まずは高性能なレンズを揃えていこう、という時期でしたね。
萩原: それでも企画案として残り続けて、何年か眠っているうちに、RFレンズのラインアップが揃ってきました。そこで「EF50mm F1.2L USM」を再現するものとして再始動したのです。
——5月に発売されて成功を収めた「RF75-300mm F4-5.6」の影響はあったのでしょうか。
萩原: 開発において、特に影響を受けたわけではありません。
阿部: 「RF75-300mm F4-5.6」は「EF75-300mm f/4-5.6 III」(1999年4月発売)の光学設計を活用した物です。一方「RF45mm F1.2 STM」は最新の技術を活用し、光学設計も新規に起こしているので、開発思想は異なります。
——このレンズの肝ともいえるのが絞り開放付近の収差の残し具合ですが、どのように決定したのでしょうか。
阿部: 現代の製品としての使い勝手の良さと、収差による描写の味、両方の需要に応えたいということで、画質のバランスについて検討を重ねました。EFレンズや先ほど話に上がったFDレンズだけでなく、Serenar(1950年代の交換レンズ)の時代のレンズなども試写し、落とし所を探しています。
萩原: レンズの味一辺倒という訳にはいかない理由としては、現代のカメラで収差が多すぎると、AFが動作しないなどのシステム的な問題もあります。
阿部: 最終的には「EF50mm F1.2L USM」を現代的にブラッシュアップしたかたちに落ち着きました。FDレンズやSerenarの時代のレンズを愛用されている方の中には、にじみ方が物足りないと感じる人もいるかもしれません。その代わり、現代の品質基準を担保し、快適に使用できるものになっています。気軽にF1.2での撮影を楽しめて、レンズの個性も味わえるような、良いバランスにまとまったと自負しています。
鈴木さや香(以下、鈴木): 「EF50mm F1.2L USM」を使っていたので、ちょっと懐かしい感じがしました。レンズの描写ですが、ボディ内補正でどこまで変わるものなのですか?
阿部: デジタルレンズオプティマイザ(DLO)」をオンにすると、ピント面の解像感が向上します。逆にオフにすることで、ソフトフォーカス効果が得られます。「周辺光量補正」をOFFにすると、レンズ本来の周辺光量落ちを楽しむことも可能です。デフォルトだとONになっていますね。
——F1.2にしてはとても軽いと感じました。そのあたりの工夫をお聞かせいただけますか?
阿部: レンズ構成はダブルガウス型を採用し、AFのアクチュエーターにはギアSTMを採用しました。これが軽量化や低コスト化に大きく効いています。しかし、ギアSTMは駆動音が大きいという課題がありました。しかもダブルガウス型はフォーカス群が大型化しやすく、より駆動制御が難しい。本製品では、これまでの開発知見を活かし、AF速度と静音性を両立すべく、メカ・電気設計、試作・品質評価担当者が尽力し、製品化を実現することができました。
鈴木: 確かにAFの駆動音は静かです。耳障りで騒がしくないので、撮っていて自分の世界に入れました。
阿部: ストレスなく使える仕上がりになっていると思います。プラスチック製の非球面レンズを採用したのも、軽量化、低コスト化につながっていますね。加工の自由度や精度の高い最新のプラスチック成形技術が使われています。F1.2クラスの大口径レンズへの採用は自社でも初めてでしたので、これも挑戦的な試みでした。
水島貴大(以下、水島): 自分も歩き回って撮るスタイルなので、レンズが軽いことは重要だと改めて思いました。
鈴木: 最初持ち上げたとき、思ったより軽くて驚きました(笑)。
——レンズの味につながるフレア、ゴーストについては、どの程度考慮していますか?
阿部: 対策はしていますがLレンズなどと違い、高度なコーティングでがっちり出ないようにしているわけではありません。味として出るような調整はしています。
——大口径単焦点レンズにしては外観があっさりしているというか、シンプルですよね。
阿部: デザイン的な話だと、本製品では前玉が前に飛び出さずに、もともと中に引っ込んでいるような構造を採用しました。これによって鏡筒の堅牢性が上がることで内部の部品の樹脂化が可能になり、更に安価で軽量な製品を実現することができました。前玉の保護的な面でも安心感がある構造かと思います。
鈴木さや香さんの作品
——では「RF45mm F1.2 STM」で撮影された作品を見せていただきましょう。まずは鈴木さんの作品からです。
鈴木: 自宅での日常の写真です。身近な生活の場で撮るために、重たいレンズ・カメラを使用すると、写真を撮るために生活するような感じがしてしまうのですが。それがこのレンズのように軽いと、呼吸するように撮れます。私は35mm F1.8と50mm F1.2を主に使っていますが、「F1.2で撮りたいけどちょっと重い」「50mmだと引きが取れず画角が少し狭い」といった具合に、少しはまらないことがありました。「RF45mm F1.2 STM」だと気持ちいいはまり具合ですね。
水島: 猫への視点、奥のボケがよい感じですね。日常の瞬間をこういう風に撮れるカメラがあると、確かに理想的です。
阿部: 気軽にスナップしてほしいとの思いから、あえて50mmより少し広めの45mmにしています。ダブルガウスは本来50mmから60mm辺りの焦点距離域が得意なので、実は設計の難易度は上がっています。40mmだとレンズの構成枚数が増えてしまいますね。
鈴木: これも自宅での撮影です。朝陽が入ってきたので、普段撮っていないパキラにレンズを向けました。「RF45mm F1.2 STM」をつけたカメラを台所に置いていたので、すっと手に取って撮ってみようかな、と。この手の写真は撮り尽くしたと思っていたので、このレンズが新しい撮影につながったのはうれしかったです。35mmだともっと周りが写りますし、50mmだと作品っぽさが強まったかもしれません。ちょうどよい日常の朝の視点が出せたと思います。
阿部: 左下にいくつか特徴的なゴーストが現れていますね。玉ボケの内部が均一なところもこだわった点の1つです。
萩原: ボケの輪郭は少し強めで、ダブルガウス型によくみられる玉ボケですね。
鈴木: いわゆるレモン型ですが、玉の中は渦や粒がなく、きれいですよね。
鈴木: 普段から柔らかい世界を撮りたいと考えていて、F1.2はそれを手助けしてくれます。なんとなくのピント合わせができるなつかしさですね。片手撮りなのですが、F1.2のレンズを片手で持って撮影できるなんて、ちょっと驚きです。この時は使っていませんが、動物認識もしっかり働きます。AF速度も十分で、ソフトボールの試合も撮ったけど、ずっと選手を追ってくれましたよ。
萩原: 開発の途中ではAFではなくMF専用も検討していました。しかし、いまどきそれはどうかという話にもなり、AFレンズとして世に出ています。
阿部: F1.2の大口径レンズの場合、このサイズ感なのにAFが使えるというのは、実は凄いことなんです。アクチュエーターの駆動精度や耐久性、収差が大きい状態でのAFの正確な制御など、技術的な課題が様々ありました。RFシステムはそもそも収差の大きなレンズでAFを使うことを想定していなかったこともあり、今回、カメラ側の制御方式も見直し、システム面もブラッシュアップしています。
鈴木: 展望台から大阪の街を撮った作品です。雲の間から一瞬光が差して、そのシャッターチャンスに撮ることができました。こういうシーンに出会うと、スナップ用につけっぱなしにしていたレンズから高性能なレンズに交換したくなりますが、そのまま撮ってみてびっくりです。遠くの街並みがすごくシャープに写し取れました。F1.2の世界を楽しみつつ、そのまま解像感の高い世界も撮れる感じですね。
阿部: 絞り込んだときの描写の変化にはこだわっています。F8を超えるくらいまで絞り込むことで、Lレンズに匹敵する解像感になります。
萩原: いまどきのRFレンズは、絞り開放からしっかり解像する分、絞りによる解像感の変化は少なめです。このレンズは、絞り開放は甘く、絞るとカッチリ映る、そんな描写の変化を楽しめるように設計のバランス取りをしました。
水島貴大さんの作品
——続いて水島さんの作品を見ていきましょう。水島さんらしいストレートなポートレートです。
水島: 台湾から友人が来日した際、撮影した作品です。男性の青い帽子がファッショナブルだったので、青と関連する背景をあわせて撮りました。フラッシュでビビッドな色を出しています。ひげの1本1本まで写るシャープさに驚きました。焦点距離45mmの画角もよいですね。50mmだと非日常感が出てドラマチックになりすぎると感じていたので。背景も写せるのがよいですし、それでいて35mmよりもタイトにできます。
阿部: ありがとうございます。45mmは人の視野に近い画角という説もあります。スマホの広角レンズに慣れた現代人にとっては、50mmという画角が少し窮屈に感じやすいといった時代背景も加味しました。
水島: 僕がアルバイトで働いている店のマスターを撮らせてもらいました。普段撮られることはほとんどない方で、雑誌の感じをイメージして撮影しています。人物をメインに、焼き鳥まで被写界深度に収めるため、絞りはF2.2にしています。
鈴木: 雰囲気的には85mmで撮ったようにも見えて、実は1mも離れていませんよね。近くで寄っていてもゆがみがないから、中望遠感があって面白いですよね。
水島: ありがとうございます。煙が立ちこめていましたが、AFも速くてしっかり合いました。
水島: 朝の散歩コースでのスナップです。普段はコンパクトカメラを手に散歩しています。この一瞬だけの光に反応したショットですが、よい光でさまざまな色を取り入れた絵画性のある写真になりました。中央のコイではなく手前の岩にピントが来てしまったのですが、逆にコイが不思議な感じになったので良しとしています。
水島: 姪っ子のかけっこを撮りに行ったときの写真です。大玉転がしがこれから始まるというタイミングで、全校生徒が席を立ちしばらくした状態。残ったリュックが面白いと感じて撮りました。45mmは自然な目線を撮るのに向いている焦点距離だと思います。運動会に限らずこういう子どもの自然なシーンが撮れるので、お父さん・お母さんにもおすすめしたいです。ところで、デジタルカメラのレンズは高いものだと決めつけていました。それが6万6,000円だと分かって驚いています。1家に1本という感じのレンズなのでしょうね。
鈴木: 私もF1.2なので、少なくとも15万円くらいはすると思っていました(笑)。
阿部:F1.2のレンズとしては破格の値段を実現できたと思っています。多くの人に手に取っていただけたら嬉しいです。お2人とも、素敵な作品をありがとうございました!
まとめ:「写真が好きな人に使ってほしい」と、写真好きが作ったレンズ
——お2人は今後もこのレンズを使って作品を撮りたいですか? その場合どんな作風になりそうでしょうか。
鈴木: 使っている「EOS R8」とのマッチングがとてもよかったのとカジュアルな価格だったので、さっそく予約しました(笑)。これまで多くのひとがオールドレンズを使って作り出していた世界は、純正レンズで作れないと諦めていましたが。「RF45mm F1.2 STM」ならいい表現ができますね。味があるし、絞ればシャープ。自由度が高くて振り幅が広い。出会えてよかったです。一般的にF1.2のレンズは手に入れにくいといいますか、なかなか簡単に超えられない壁だと思っていましたが、その境界線を越えていけるのではないでしょうか。
水島: レンズはもちろん使いたいのですが、(フィルムカメラユーザーなので)EOS Rのカメラも買わないといけませんね(笑)。でもこれくらいの金額ならアリだなと思いました。人物を撮るのにもすごくよい。ただし自分の作品に使うと、がらっと作風が変わるだろうと予想できます。いま取り組んでいるシリーズを終えたらという条件ですが、このレンズで撮れる人物の新しいシリーズも考えられますね。ボケ量の多いブローニーのカメラも使うのですが、それに比べたら断然軽いのも魅力です。
鈴木: そうなんですよ! フィルムユーザーのセカンドカメラにも合っているかもしれませんね。描写の傾向に親しみが感じられると思います。
水島: そう、プリントするとまた印象が違ってきますしね。
鈴木: ええ、プリント上でちょっとした光の表現が、よい感じにはまります。このレンズは写真が大好きな人が作り、写真が大好きな人に使ってほしいという思いが込められているのだと受け取りました。映像分野の進化が目立っている中、写真ユーザーが置いてけぼりになっている感が多少ありましたが、それが戻ってきたようでうれしいです。
萩原: ありがとうございます。写真を撮る楽しさとは何だろう、人間的な感覚に寄り添ったレンズとはどういうものだろう、というのが最初の発想でした。最近のカメラやレンズは人間の能力を超えるほど高性能化しています。それは便利な一方で、自身の人間的な感覚とのズレを感じるお客様もいらっしゃるように思います。EFレンズやFDレンズに懐かしさを感じるような方に興味を持っていただけるかなと考えていたのですが、予約が始まるとうれしいことに、むしろ若い世代からの反響も大きくて、ありがたかったです。
水島: どこかで若者がウェットなもの、人肌の暖かさみたいなものを求めているのでしょうね。2020年以降にSNSが加速し、その中で逆を求めている現状があります。いまだからこそ求められるレンズではないでしょうか。最新技術を日々磨いている開発の方に、ウェットな考えの方がいらっしゃると知ってうれしかったです。
状況撮影:山本春花
























