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ロービジョン者の視覚を強化—— ソニー「網膜投影カメラキット」が実現した“見える・撮れる”感動

ロービジョン(Low Vision)とは、何らかの原因により視覚に障がいがあり、眼鏡やコンタクトレンズなどを使用しても日常生活に不自由をきたしている状態を指し、その人口は日本だけでも145万人と推定されている。

そのような人たちに寄り添い、"見えづらい"を"見える"に変えるプロジェクト「With My Eyes」の取り組みのひとつとして、株式会社QDレーザのレーザ網膜投影技術を応用したビューファインダー「RETISSA NEOVIEWER(レティッサ ネオビューワ)」と、ソニーのデジタルスチルカメラ「サイバーショットDSC-HX99」を組み合わせた「DSC-HX99 RNV kit」がリリースされている。

その使い心地を、発売の翌日に入手したという福山耕太さんに聞いてみた。

ソニー「DSC-HX99 RNV kit」を愛用する福山耕太さんに、使用感や可能性をうかがった
DSC-HX99 RNV kit。カメラとビューファインダーが合体したような姿をしている

一口にロービジョンといっても、その障がいの原因や症状は様々。福山さんの場合は、高校2年生の時にレーベル病を発症。両眼ともに視野の中央に「シャボン玉の油膜を強くしたようなうねうねした物」が常に見えており、その箇所が視認できない。人は物を良く見ようとするとき、それを視野の中心で捕えようと視線を動かす。それに合わせて、その「シャボン玉の油膜のようなうねうね」も動くので、結果「見ようとするところだけが見えない」という不自由な状態。

目の前に人がいるのはわかるが「顔は見えない、表情はわからない」ため、雰囲気で判断しコミュニケーションをとっていると福山さんはいう。自然な振る舞いの前では忘れてしまいそうになるが、福山さんがスマートフォンの画面にルーペと顔を密着させて画面を確認する姿を見て、その不自由さを再認識させられる。屋外では必要に応じて、スマートフォンのカメラ機能とルーペを使って看板や表示の文字などを確認するという。

手にしたきっかけとは

——「DSC-HX99 RNV kit」の存在を知ったきっかけは何でしょう。

ソニーのアプリでニュースとして流れてきたので知りました。ソニー製品が大好きなもので。ソニーがロービジョン向けにプロジェクトを立ててくれたという時点で「凄いな」と思い、自分にとっては本当に嬉しいニュースでしたね。

——このキットの購入にはソニーストアで実機の体験が必要なんですよね。

自分は、発売日の次の日に早速ソニーストアへ行ったんですけれど、この日が待ち遠しかったですね。とにかく実物を見たい! と期待度は100%。まずは機能を知りたかった。そして現地でファインダーを覗いて色々見て「あそこに文字が書いてあるぞ」と思ってズームしたら、その文字がちゃんと読める。その瞬間に「これは凄い」と思いました。

——どのように「見える」ようになったのでしょうか?

自分の場合、シャボン玉の油膜を強くしたような感じで(視野の)真ん中が見えない。でもこのカメラのファインダー越しに見たいものをズームアップすると相対的にシャボン玉が小さくなり見たいものが良く見えるイメージ。自分の見やすい大きさまで自由にズームできるので、それが嬉しかったですね。

——このカメラキットを最初に手にして覗いてみたもの、撮ってみたものは?

家の近くの看板です。夜になると何か光っているなというのは分っていたんですが、何の看板かわからなかった。それを覗いてみたんですね。そうしたらくっきりスバルの看板の文字が見えて感動して……今でも写真に残しています。

「日常の記録」から「撮りたいものを撮る」へ

——以前から写真を撮って楽しまれていましたか?

スマートフォンで息子や娘、友だちを撮るぐらいですかね。楽しむ、というのではなく「この時には何があったな」というのを思い出すための記録です。

このカメラを買った目的のひとつが、「撮りたいものを撮りたい」という気持ち。私は神奈川県の小田原出身なんですけれど、地元の小田原城や自分が過ごした思い入れのある風景を撮りたいと思ったのは、このカメラがあったからです。自分にとって懐かしい風景を見てみたい。

高校2年の時に目が悪くなって、それまで見ていた風景が見えなくなった。そこをもう一度見たかったのです。建物をファインダーを覗いて撮ってみると、それまでは単に六角形のものがそこにあるなと思っていたものが、その中に模様がしっかり彫り込まれていることが分かったり、屋根に「ハトがいますよ!」と教えてもらって、ファインダーを通してみたら本当にハトがいたり。それが自分でもわかることに感動しましたね。また、娘がニコニコしている表情が見られたのも嬉しかったです。

家族と同じものを見ている実感と喜び

——このパンダの写真がお気に入りの1枚だそうですが、この時のお話を聞かせてください。

撮影:福山耕太さん
DSC-HX99 RNV kit/25.37mm(159mm相当)/プログラムオート(1/60秒、F5.6、±0.0EV)/ISO 3200

娘の誕生日に動物園に行く約束をしていて、そこで撮った1枚です。「なにか動いているデカいのがいるな」と思っていたんですけれど、ファインダーを覗いて「笹を食べているパンダだ」というのがわかった。そこで撮った写真です。

——娘さんと同じようにパンダが見られると思っていましたか?

それが思ってなかったんですよ。動物園に行く約束をした時には、このカメラの発売をまだ知らない時期でした。そしてカメラを手に入れて、ファインダー越しですけれど、パンダが動いている映像が自分で見られて、自分が見たいもの撮りたいものを撮れたのは、非常に嬉しかったです。

これまでは動物園へ行っても家族と「あれはこうだよ、ああだよ」と話をしつつも、どこか自分だけ置いて行かれている気持ちがありました。でも、実際に(家族と)同じものが見られて写真に撮って、話の輪に入れる。これがすごく嬉しかった。もちろん、家族も「あれ可愛いね、これ可愛いね」と教えてくれはするのですが、それ以上に「自分ももう少し知れたらなぁ」と思うところがあったので。それができたのは嬉しかったですね。

——その後、ご家族で撮影されることはありましたか?

運動会でも使ってみました。今まではスマートフォンで動画を撮っていました。被写体の場所が良くわからないので、情景をすべて収めるように引きで撮っていました。このカメラを使ってからは、「ここにいるはずだ」というものをちゃんとフレームに収めて写真に撮ることが面白く感じます。使い勝手はとても良いですね。それは、妻がアシストしてくれているからというものあります。

——カメラのある生活はどうですか?

カメラありきというよりも、生活にカメラありという考え方かな。旅行は皆が好きなところへ行く。そこで家族が見ている風景を、このカメラを通して自分も一緒に見られて話題を共有できることがうれしい。

道具の進化の過程が見られる幸せ

——視覚支援器具として見た場合の評価はどうでしょう。

もう少しコンパクトになれば(視覚支援器具としての)使い勝手は上がると思います。例えば今日は電車を乗り継いで来ましたが、駅の標識や電光掲示板を見るのには、スマートフォンの(カメラの)画面をルーペで見る方が早くて使い勝手がいいんです。駅の掲示板などは、基本、上の方にあるじゃないですか。それをスマートフォンで見て「ここであっているな」というのを確認しながら進むのです。なので、そういう使い方ならスマートフォンの方が使い勝手が良いですね。

あと、このカメラを手に入れたときに感じたことがあるんです。拡大読書器というものを手に入れたとき、本が読めるようになった。次に、スマートフォンとルーペの組み合わせで行動範囲も広がった。そして今度はこのカメラ。これからもっと、色々なものが進化していく。その過程が見られるというのは、幸せだなと思いました。

まだ見えない「その先」への期待感

——最後に「もっとこうなって欲しい、進化してほしい」という要望はありますか?

そうですね。例えばボタンや端子がユニバーサルデザインになって欲しいです。そして色々なものがアプリと同化してもらって、自分の想像のつかないような「もっと見やすい何か」ができれば幸せですね。このカメラの改革のような、次の改革がまた起きるのではないかという期待感。実は、この「With My Eyes」のようなプロジェクトがあるということ自体が自分は嬉しくて、その先にはまだ見えていない、何か大きなものができてくるのではないかとワクワクしています。

取材を終えて

カメラがとらえる景色をレーザの直進性を生かし、網膜に直接投影する「レーザー網膜投影方式のファインダー」。目のピント調節能力の影響を受けにくいことから、視力障がいに有効という理解だった。一方で、福山さんのような網膜から先に原因のある障がいに、どれほど有効なのかという疑問もあった。実際に、網膜の機能が低下している場合などは映像の認識が難しいケースもあるので、本人の目で実際に試して確認してもらうことが購入にあたっての条件になっている。

福山さんのケースは、細かな形や色の判断に必要な視野の中心部が使えず、周辺視野を使って生活をしているケースだ。ところで、眼球の光学系は中央付近にくらべて周辺部の結像性能はあまりよくない。しかしレーザー網膜投影方式のファインダーは、その網膜の視野域へも中央部と変わらぬ鮮明な映像を投影する。カメラのズーム機能と相まって、福山さんの場合、残っている周辺視力をさらに活かす方向で「DSC-HX99 RNV kit」は有効性を発揮している。

ところで、街中で福山さんのようなロービジョンの人とすれ違ったとして、私たちはそれに気づくことができるのか。たとえばスマートフォンをかざしてルーペで覗くという仕草があれば気付くかもしれない。その仕草の意味を知らなければ「何やってるんだろう?」という以上の認知は無いかもしれない。私たちには「ロービジョン者」が見えていないのだ。

「With My Eyes」プロジェクトは、「ロービジョン者の"見えづらい"を"見える"に変える」プロジェクトであり「DSC-HX99 RNV kit」はそのためのプロダクトだ。

しかしこのプロジェクトは、私たちに「見えていない」現実を気づかせる意味もあるのではないか。ソニーという企業が関わることで多くの人に知ってもらい、ロービジョンへの理解が社会的に広がっていくことを期待したい。

まつうらやすし