サンディスク・エクストリーム・チームに聞く「スポーツ写真の世界」:水谷章人編

Reported by市井康延

 7月27日、ロンドンオリンピックが開幕する。これからアスリートたちのドラマが報道され、多くの人を熱狂させるに違いない。そこで重要な役割を果たしているのがカメラマンだ。スポーツという筋書きのないドラマの中で、かけがえのない一瞬を切り取り、言葉では伝えられない物語を封じ込める。写真が持つ重要なエッセンスがそこにはある。そこでサンディスクがサポートするエクストリーム・チームのメンバー5名にインタビューし、スポーツ写真の魅力、醍醐味を紹介する。

 


 

水谷章人氏

 


 


若い頃の執念が蘇っている

 水谷さんは1967年、プロスキーヤーの杉山進氏と出会い、スキー写真を撮り始めた。それから今年で45周年を迎える。それを記念して開催したのが、年頭に東京・新宿のアイデムフォトギャラリー「シリウス」で開いたスポーツ報道写真展「瞬」だ。

「すべて撮りおろしで、20以上の競技を網羅した。自分で言うのも何だけど、良い写真が撮れているんだ」

 詳細はまだ公表されていないが、来年、大きな写真展が2つ計画されており、水谷さんはそこへの参加が決まっている。

「だから今年も毎週、欠かさず撮影に出かけている。スポーツも良いけど、オレは風景も撮りたいんだよ。だから、この春は桜を撮りに行こうと思ったんだけど、結局、時間が空けられなかったよ」と苦笑いする。

 古希を過ぎたが(1940年生まれ。同年生まれの写真家は篠山紀信氏、荒木経惟氏、沢渡朔氏、本橋成一氏など)、写真家としての欲はいささかも衰えていない。

「一時期、正直、撮ることに飽きて、義務感で動いていたことはあった。今は自分でも不思議だけど、ものすごく良いんだ。若い頃の執念が蘇っている」

 これから、どれだけのモノを残せるか。それを意識し始めてから、大きく変わった。

「カメラがうまい具合に進化してくれたお陰でもある。昔みたいに自分でピントを合わせなきゃいけなかったら、40代半ばで辞めているよ(笑)」


イメージの具現化

 水谷さんが撮影で重視していることは「イメージを膨らませること」だという。新聞やスポーツ雑誌での掲載を考えれば、勝利の瞬間といった記録性が重要だが、氏にそんな縛りはない。

 サンディスクの広告に使われた1枚は、3000m障害でのものだ。コース中、5個の障害物があり、一つが水濠となる。水の中を選手が疾走するスポーツはこの一種目しかなく、カメラマンが最も選手に寄れる競技でもある。

「選手が目の前に飛んでくる。フィッシュアイで撮るか、オレみたいに超望遠で撮るか。どちらかだろうね」

 水深はハードルから離れるほど浅くなり、タイムの良い選手ほど、跳躍が長くなり、水飛沫が小さくなる。アスリートの足元と背景に起きる水滴の景色を計算をしながら、ベストなシーンを狙う。

「どこに落ちてくるか分からないから、フォーカスは置きピン。順光だけで済ますわけにいかないから、斜光、逆光と、光を変えて撮っていく。だから時間もかかるし、ショット数も増えるんだ。メディアは8GB、16GBと増え、今は32GBが主流だろうね」

 ただこうした撮影は大舞台で試すわけにいかないので、予選会へも足を運ぶ。水谷さんのスケジュール帳が予定でいっぱいになる理由だ。


広角レンズは暇だ

 水谷さんの一番の持ち味はクローズアップで発揮される。スキー写真を撮り始めた時から、被写体に肉薄し、その表情、動きをダイナミックに写し込んできた。

 世界選手権の400mリレーでは、バトンの瞬間、ジャマイカのボルト選手の手を狙った。これまであまり見たことのないイメージであり、緊迫した一瞬のみがはらんだ密度の高い光景を捉えたかったからだ。

「バトンを受けるために差し出した手を超望遠で撮った。チャンスは1回。向こうも当然動いているから、こっちも集中して狙う。あとピントが合っているかどうかは、カメラの性能を信じるだけだ」

 もちろん水谷さんが望遠レンズしか使わないわけではない。広角レンズを選ぶ日もある。

「最近はその日、使うレンズを決めたら、それだけで撮り続ける。何本も持ち歩くと、重いからな(笑)」

 広角は記録でなく、イメージを撮る。撮影者が持つ空間処理、光、構図の捉え方が重要になってくる。被写体を俯瞰し、また近づき、動き回って撮る。望遠に比べて、撮りたい瞬間はぐっと減るが、そういう1枚も必要だし、欲しい。

「広角は暇だよなあ。たくさん撮る必要がないんだから。そんな日はずっと競技を見ているんだ」

 水谷さん流の表現だ。

 いつもとは違う眼でアスリートたちの姿を追い、試合会場を観察する。それが新たなイメージの源泉となるに違いない。


水谷が見たオリンピックを撮る

 初めて撮影したオリンピックは1972年の札幌大会だ。以来、20回ほどの大会を経験してきたが、五輪こそ、日本のフリーカメラマンが置かれた特殊性が色濃く出てくる。

 オリンピックの場合、カメラマン席に入ることができるプレスパスがフリーランスには発行されない。ロンドン五輪では、フォート・キシモトやアフロといったJOCのオフィシャルカメラマンにパスが与えられているのみで、あとは新聞社が握っている。パスが与えられないカメラマンは、一般客と同様、自ら各競技の入場券を買って入らなければならない上、満員で入場できない、もしくは撮影を断られる可能性もある。

「パスがあろうが無かろうが、必要があれば行って撮ればいい。話題の種目や試合はパスがないと撮りにくいだろうが、マイナーな競技なら客も少ないし、撮りやすいよ」

 目下、ロンドン大会では今まであまり写せなかったスポーツを中心にしたいという。

「マラソンとか、競歩ね。人間を撮りに行っているんだから、そこにもオリンピックならではのドラマがある。なぜメジャー種目じゃなきゃだめなの? 良い写真って何だと言いたいよ」

 世界の一流選手が集まるオリンピックは特別なのだ。誰を撮っても絵になる。

「来年の写真展があるから、ロンドンは行くつもり。閉会式のワンシーンは、自分の歴史をまとめる上でも必要かな。そう思って、シドニー(2000年)の閉会式も撮ってあるんだけどね」

 水谷さんの中で、最も思い出深いオリンピックは、1984年のロサンゼルス大会だそうだ。カール・ルイスを筆頭にスーパースターが数多く登場したが、とりわけ山下泰裕選手が怪我を押して金メダルを獲得した柔道は脳裏に焼き付けられている。

「何が撮れるか分からないけど、水谷が見たロンドンオリンピックを見せられれば良いと思っている」

 報道でなく、スポーツ写真家としての矜持がそこには込められている。


身近なスポーツを撮ろう

 水谷さんはスポーツなら、どんな競技でも撮影してきた。撮りたいのは人間だから、種目にこだわりはない。ただ好きな競技を問うと、激しいものと美しいものが好きだと即答。

「新体操やシンクロ、片やアイスホッケーや空手、ボクシングなどの格闘技だね」

 プロ写真家の場合、家族は全く撮らない人が多いが、水谷さんはその点でも別格だ。若い頃は子どもたちを撮った写真を雑誌に発表したこともあるそうだ。

「長男は中学で関東選手権に出た時、Numberに出した。二男は運動会、三男はサッカーだったかな。ハイキングに連れて行って、山と渓谷のガイドブックに使ったこともある」

 今、その被写体は孫に移った。

「ただ、遠目だと、どの子が自分の孫だか見分けがつかない。運動会の徒競争で、気づかず撮り逃したことがあるよ」

 身近な中に、スポーツの光景はたくさん広がっている。

「まずはそうした場面を楽しみながら撮り始めると良い。撮ってみれば、その楽しさが分かると思うよ」

 心に残る1枚を作りだすのは選手ではなく、写真家なのだ。






2012/5/21 00:00