特別企画

スイス生まれのファインアートペーパー「SIHL」を徹底紹介

作品制作に生かせる多種多様なインクジェット用紙

スイス・ベルンに本拠地を構える老舗インクジェットコーティングメーカーのSIHL(シール)社をご存知だろうか。

街中で見かける看板やポスターなど、サインディスプレイの業界では200種を超える銘柄を持つ世界的なトップメーカーで、もともとは1478年、製紙会社として創業している。実に540年続くとても歴史あるメーカーだ。半年ほど前からプロカメラ機材の販売・レンタルを手掛けるアガイ商事が販売代理店となり、オリジナルのファインアート制作向き最高級インクジェットペーパー「SIHL MASTER CLASS」の国内販売を開始した。

筆者は仕事柄、国内、海外メーカー問わず、多種多様なインクジェット用紙を使いながら作品制作を行なっている。

今回、この「SIHL MASTERCLASS」全8銘柄を試す機会が得られたので、筆者なりの目線で簡単にレビューしたいと思う。


オリジナルのテスト画像でプリントする

いつも新しい用紙を評価するときにはオリジナルのテスト画像を用いている。色の発色、グラデーションの滑らかさ、見えの濃度感、シャープさなどを主に評価している。

筆者オリジナルのテスト画像。今回もこれを用いて検証した。

右下の24色のパッチはx-rite社から発売されているColorCheker Passportのパッチを実際に測色し、そのLab値をもとにPhotoshopで作成している。他には色の中の罫線、モノクロのグラデーション、写真画像を配置している。

チャートは様々な要素を配置している。どういうものを配置するかの決まりはないので、自分が判断しやすい得意なもので作ると良いだろう。チャートは「ひとつの目安」なので、これのみで評価を決める必要はない。自分なりに手応えがあれば写真作品をいくつかプリントして判断するのが良いだろう。

ColorCheker Passportのパッチ。
これを測色してテスト画像に使用している。

紙白(A)、グレー(B)、ブラック(C)の3箇所のLabを測る。グレーはいわゆるマンセルバリューで言うV=5あたり。写真における18%グレーと言えば分かりやすいかもしれない。ほぼそのあたりを意識した中間調のグレーである。


ICCプロファイルを使ってプリントする

プリント方法には、プリンタドライバーの色づくりに任せる方法と、カラーマネジメント技術に沿ったICCプロファイルを用いた方法の2種類がある。SIHLに限らず、純正紙以外の紙を使う場合はICCプロファイルでのプリントを積極的に行うのがおすすめだ。

現在では用紙メーカーがプロファイルを配布するケースが増えた。ただ、対応しているプリンターが限られるケースもあるので、測定器を持っていれば自作してもOKだ。SIHL社やアガイ商事のWebサイトからダウンロードできる。


使用したプリンターと注意点

今回はファインアート制作というシーンを想定して、顔料インクタイプのプリンターを使用した。エプソンはSC-PX5V2、キヤノンはimagePROGRAF PRO-1000だ。

プリントはPhotoshopのプリントメニューから行った。ちなみにエプソンもキヤノンも、使い勝手がよい専用のプリントプラグインソフトを配布している。プリセットを作ってしまえば、いつでも同じ条件で安定してプリントすることができるのでおススメだ。

他社製の用紙を使う場合は、用紙設定に注意する。アガイ商事が日本語訳した設定一覧表があるので、その設定どおりにプリントしたほうが間違いがない。

用紙設定で特に注意したいのが紙厚だ。ファインアート系の用紙は厚みのあるものが多いので、自身のプリンターに対応しているか、きちんと確認してから購入するほうがよい。マルチファンクション機(複合機)をお持ちの方は下調べをお願いしたい。間違ってプリントヘッドに擦って壊れてしまうケースもなきにしもあらずだ。プリントは慎重に行おう。なお、SIHL社のサイトからダウンロードできる各用紙のフィジカルデータには紙厚が明記されている。

参考までに、エプソン機の場合は紙厚を0.1mm単位で任意に設定できる。紙厚に対して+1しておけば安心だ。キヤノン機の場合は数値で細かく設定することはできないが、心配な場合は「用紙のこすれ低減」にチェックをつけておけば良いだろう。

用紙設定一覧(エプソン)※クリックすると拡大します。
用紙設定一覧(キヤノン)クリックすると拡大します。


8銘柄のプリントを評価する

SIHL MASTER CLASSとしてラインナップされているのは以下の8銘柄だ。末尾の数字は1平米あたりのグラム数を表している。数字が大きくほど厚みのある紙という意味だ。ファインアートで使われる紙は厚めのものが多く、概ね300gあたりとなっている。

High Gloss Photo Paper 330
Metallic Pearl High Gloss Photo Paper 290
Luster Photo Paper 300
Luster Photo Paper Duo 330
Satin Baryta Paper 290
Matt Photo Canvas 400
Smooth Matt Cotton Paper 320
Textured Matte Cotton Paper 320

i1 Pro2を用いて、出力したテストチャートから上記3か所をスポット測定した。Lab値(正しくはCIE L*a*b*)で把握することで、どのような性格の紙であるか傾向を掴める。ColorMunki Photoを持っているユーザーなら、付属しているPhotoColorPickerでも測定可能だ。

測定に使用したx-rite社のi1 Pro2。
同じ用紙を下に最低5枚重ねた。重ねないと下の色を拾って測定に影響が出てしまうからだ。

以下の表が各銘柄(Luster DUOは除く)の測定値。値はキャリブレーションセンサーや用紙のロットなどにより誤差が出るため、あくまで参考値として傾向をつかむ程度に捉えてほしい。

L*a*b*測定の結果。クリックすると拡大します。

キヤノンPRO-1000ではフォトブラックを使う用紙(1〜4)の場合、透明インク(クロマオプティマイザー)を全面に吹くかを選択できる。表中の※印は全面に吹いた値。

わずかな違いではあるが、フォトブラック系の場合はPRO-1000のほうが若干の締まりを感じる。逆にマットブラック(5〜7)はエプソンSC-PX5V2のほうが強い。


High Gloss Photo Paper 330

いわゆる高光沢の写真用紙。エプソンの写真用紙クリスピア、キヤノンのプラチナグレードに相当する。紙白のL*a*b*値は92.46,1.64,-5.99。純正紙を良く使っている人にもおススメしやすい銘柄だ。

例えば、A1やさらに大きいサイズを専門業者に依頼したい場合、同じ用紙でテストプリントを作れるので制作上での安心感がある。このペーパーは44インチ(1,118mm)幅がラインナップされている。発色もシャープさも実に気持ち良い。紙白は若干青みに振れているが、数値ほど青みに感じず、いわゆるナチュラルな白さだ。

Metallic Pearl High Gloss Photo Paper 290

その名の通り、パール調のメタリックを強調した銘柄。L*a*b*値は90.09, 0.69, -4.15。純正紙にはないテイストだが、他社製で言えば、ピクトリコの月光パールラベルが同じジャンルになると思う。光沢さを求めつつも変化をつけた表現をしたい場合に有効だ。個人的にはモノクロ表現で使いたい。

ハイグロスフォトよりも見た目の光沢感が強い印象。PRO-1000の特徴であるクロマオプティマイザー(透明インク)を全面に塗布するモードでプリントすると、反射がより均一になったように見える。光沢感、黒の締まり、発色、シャープさのいずれも、とてもバランスが良い。


Luster Photo Paper 300

純正紙でいうと、エプソンは「写真用紙<絹目調>」、キヤノンは「微粒面光沢ラスター」に相当する。紙白のL*a*b*は93.17, 0.50, -6.17。程よく青みを感じる仕上がりが特徴。ラスター系は色みや調子(トーン)をコントロールしやすいので、筆者も用紙決めで悩む際には、ラスターを基準に追い込んでいくことが多い。もちろん検討用ということではなく、求める表現にマッチすれば、積極的に使う。

ハイグロスとメタリックを含めて、蛍光増白剤を程よく含んでいる。ファインアートの世界ではこれを嫌う傾向があるが、水中写真や透き通った空のグラデーションなど、色の発色さとヌケが欲しい時、画像に無理な調整をかけることなく表現することができる。


蛍光増白剤の有無を簡単に確認するはブラックライトを使うと良い。筆者はこのようなボタン電池内蔵の簡易なタイプを使っている。細かく見たい場合は、i1 Pro2を使ってきちんと分光値を測定する。

蛍光増白剤(OBA:Optical Brightener Agent)はファインアートの世界で敬遠されることもあるが、紙のどの部分に含まれているかも重要な点だ。コーティング面、原紙(基材)のどこに含まれているかで紙の劣化度合いも変わってくる。OBAは300〜400nm付近の波長を吸収して、400〜500nmあたりの青色系の波長を放射する。OBAが含まれていることでより白くする効果が得られるという仕組みだ。

マスタークラスでは、Metallic Pearl High Gloss Photo 290とLuster Photo Paper 300がコーティング面にのみ含まれていて、基材部分は耐久性を考慮して含まれていない。High Gloss Photo Paper 300は基材とコーティング、両方に含まれている。こだわりをもったものづくりにはとても好感が持てる。

「蛍光増白剤が入っているものはダメだ」と言われることが多いが、どういう目的で作品づくりするのかをしっかり考えて紙を選びたい。


Luster Photo Paper Duo 330

ラスターフォトペーパーの両面印刷対応したもの。若干厚みが増す。主な用途としてはフォトブックなど、ブック作成に使うケースが多いと思う。カット判のみのラインナップでA4、A3+、A2の3種類となる。

両面印刷の場合は、プリント位置を合わせるのがポイントだ。きれいに作りたい場合は余白込みのデータを作って、フチなしでセンタリングでプリントすると良い。両面印刷の場合はプリンターメーカーの専用ソフトを使うと簡単だ。

基本的に両面は十分に乾燥してからおこなう。ラスターペーパーは速乾性があるが、30分程度は置いてから裏面をプリントすると良いだろう。


Satin Baryta Paper 290

バライタ調のインクジェット紙は写真愛好家からプロまで非常に人気がある。ゆえに他のメーカーでも必ずと言っていいほどラインナップされている。

インクジェットのバライタ調はドイツ・ハーネミューレ社のファインアートバライタが一番最初(だと記憶している)で、その後程なくしてフォトラグバライタも登場した。この紙の登場とグレー、ライトグレーインクによるモノクロ表現のクオリティアップがインクジェット写真表現の可能性を大きく広げてくれたと思う。

シール・マスタークラスとしては言わば後発になるが、筆者の印象では光沢感の具合と紙白が理想的に感じている。銘柄名には「サテン」と入っているため、光沢感はよりおとなしめになっているようだ。どのような作品にも向いているオールラウンダー的な紙と言える。


Matt Photo Canvas 400

海外では比較的ポピュラーに使われているキャンバスだが、日本においてはまだまだ目にする機会は少ない。紙とは違うテイストということで敬遠されるケースがあるのかもしれない。

筆者は実はキャンバスでの表現が好みだ。3年ほど前に大先輩のアートディレクター、イラストレーター3人で写真展を開催したことがある。その際にキャンバスで縦パノラマにした写真を展示した。写真はごく他愛のないスナップ写真だったが、モノクロで作り込み、木枠に張り付けて製作した。写真作品をキャンバスにプリントするだけで、一気に絵画的な印象になる。

またプリント後、アクリル画材のメジュウムなどでマチエールをつけるように描き込めば、乾いた後は油絵のようなテイストを作り出すこともできる。キャンバス系は布の編み目があるので、あまり精緻な被写体だと編み目とぶつかってしまうかもしれない。その意味では、ボケを生かした花の写真など、気軽に部屋に飾りたい写真を作るのに向いている。


Smooth Matt Cotton Paper 320

光沢、半光沢からのステップアップとしてまず候補に挙がるのがマット系スムース用紙だ。写真展でも目にする機会は多いと思う。純正紙で言えば、エプソンならフォトマット紙やウルトラスムース、キヤノンなら写真用紙プレミアムマット、プレミアムファインアートスムースに相当する。

インクジェットのマット紙は完全な無光沢になるので、写真展などでは照明の反射がないので見やすい。注意点としては、表面がとてもデリケートなのでキズつきやすい。

濃度感、シャープさも十分表現できている。レタッチで必要以上にシャープネスを強調させる必要がない。自然と写真に入り込める没入感の良さはマット系スムースならではの個性だと思う。


Textured Matte Cotton Paper 320

スムースマットコットンにテクスチャを与えたタイプ。紙のフィジカルデータを見ても、スムースマットコットンとほぼ同じだ。

この銘柄に限らずテクスチャのある用紙を使う場合、プリントサイズに注意してほしい。テクスチャは一定の大きさだが、例えばA4やA3の比較的小さいサイズでは相対的にテクスチャが大きくなるため、テクスチャが主張しすぎてしまうこともある。

例えば、写真から絵画のように、よりアーティスティックに表現したい場合には積極的に使うと良いだろう。


まとめ

今回紹介したシールマスタークラス全8種は、どれも性格がはっきりしていると思う。普段、純正紙しか使ったことがないという方にとって魅力的に感じられるラインナップだろう。ぜひ様々な紙にトライしてほしい。

筆者自身のおススメは、メタリック、ラスターDUO、サテンバライタだ。なかでもこれまで数多くのバライタ調を使ってきた者としては、紙白、光沢感が理想的。分光値でもわかるように蛍光増白剤も入っていないので、ファインアート作品としての販売やアーカイブを目的とする場合に有効だ。

ただ、いきなりパッケージ品を買う前に、まずはサンプルパックを購入してみるのがよい。サンプルパックは光沢・ラスター、ハイグロス、メタリック、ラスター、ラスターDUO)と、モノクロ/クリエイティブアート(サテンバライタ、マットフォトキャンバス、スムースマットコットン、テクスチャードマットコットン)の2種類が販売されている。

写真はプリントしてこそ完成するもの。写真の上達にはプリントが欠かせない。プリントすることで必然的に写真と向き合う時間が長くなり、写真に対して様々なことを考えるようになるからだ。

8種類のSIHLがもらえるプリント無料セミナー&ワークショップが開催

このページで紹介したファインアートペーパー「SIHL」の情報をはじめ、プロ向けのプリント技術が学べる無料セミナー&ワークショップが東京・池袋で開催されます。

来場者には、SIHL MASTERCLASS A6サイズ×8種類(1枚)セットがプレゼント。会場ではSIHL MASTERCLASSの特価販売も行われます。

イベント情報
http://www.agai-jp.com/event/openstudio.html

協力:アガイ商事株式会社

小島勉

(Tsutomu Kojima)プリンティング・ディレクター。2000年よりインクジェットによるファインアートプリント製作を手がける。用紙、カラマネに精通し、写真家からの評価も高い。EIZO ColorEdge Global Ambassador