交換レンズレビュー

Milvus 1.4/85

ナチュラルで文句の無いボケ味

今回はEOS 5Ds Rで試用した。発売は3月。実勢価格は税込20万9,510円前後

Planar(プラナー)の名は、カールツァイスの交換レンズのなかでも一目置かれることが多い。その功績をつくった1本といえば、ヤシカ(京セラ)コンタックスマウントの「Planar T* 85mm F1.4」であることに異論を唱える写真愛好家は少ないだろう。

フィルム全盛時代、評価・人気とも高く、このレンズが使いたくてコンタックス一眼レフカメラを使っていた写真愛好家もいたと聞く。現在も中古市場では動きの早いレンズとしてよく知られている。さらに近年マウントこそ違えども同姓同名のレンズもいくつか登場しており、同様に高い人気を誇る。

今回ピックアップする「Milvus 1.4/85」も従来のツァイスの言い回しなら“Planar T* 85mmF1.4”となるレンズ。レンズ構成はプラナーとしては珍しい前玉を凹レンズとするもので、9群11枚。そのうち7枚を異常部分分散性の特殊ガラス製レンズとしている贅沢なつくりのものである。

先般お伝えした「Milvus 1.4/50」同様フォーカスはマニュアルのみ、マウントはキヤノンEF(ZEマウント)およびニコンF(ZF.2マウント)を用意する。

デザインと操作性

鏡筒のデザインのテイストはMilvus 1.4/50と同じだ。レンズ先端がわずかに広がっているものの、そのほかの部分はシンプルな円筒状とした素っ気ないものである。

キヤノンEOS 5Ds RにMilvus 1.4/85を装着したところ。焦点距離と開放値の明るさを考えても鏡筒の太さには驚かされる

ただし、鏡筒は一回り大きく、Milvus 1.4/50が83×86.3mm 840gであるのに対し、本レンズは90.2×96.9mm 1,160gだ。その重量たるや1,200gとする「Otus1.4/85」に迫る(いずれもZEマウントの場合)。

フィルター径も77mmとしており、カメラに装着した姿は押しの強いものだ。レンズフードはMilvus 1.4/50と同じく鏡筒のシェイプに合わせた一体感あるもの。要所に徹底したシーリングが施され防塵防滴構造としているのも同じ。

回転角の大きなフォーカスリング。回転方向を対応するマウントと同じとする。写真はZEマウント(キヤノンEF)だが、ZF.2マウント(ニコンF)は反対方向となる。最短撮影距離は0.8m
レンズの素性を知ることのできる化粧リング。レンズ構成は9群11枚。そのうちの7枚は、異常部分分散性の特殊ガラス製レンズとする。フィルター径は77mm
マウントはキヤノンEFとニコンFを用意。いずれもフォーカスエイドに対応する。マウント部外周の青いラバーは防塵防滴とアクセントを兼ねている

フォーカスリングの回転角が大きいことも他のMilvusシリーズと同様だ。最短撮影距離側の突き当たりから無限遠側の突き当たりまで一気に回転させるのは至難の技であるものの、反面緻密なフォーカシングを可能とする。

しかも適度な重さのトルク感と滑らかな動きは、AFレンズのフォーカスリングの操作感とは次元が大きく異なり官能的と例えてよい。対応マウントに合わせてフォーカスリングの回転方向が異なるのも、ツァイスらしい気の効いた部分である。

鏡筒のシェイプと一体化するレンズフード。円筒形ながら深いため、遮光効果は極めて高そうだ

遠景の描写は?

画面中央部は、絞り開放からエッジの立った立体感のある描写だ。コントラストも上々である。これらは絞り込んでいくに従い、さらに向上していく。描写のピークはF8あたりと考えてよい。

画面周辺部に関しても周辺減光は大きいものの、四隅のほんの端を除けば絞り開放から良好な描写。2段ほど絞るとさらに描写は大きく向上し、周辺減光も気にならないレベルとなる。

ディストーションについても良好に補正され、気になるような部分は見受けられない。そもそもツァイスは画面全域にわたって、さらに絞り値に関わらず高描写であるものが多いが、本レンズも寸分違わずPlanarの名に恥じないものである。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
  • 縦位置で撮影した写真のみ、無劣化での回転処理を施しています。

※共通設定:EOS 5DS R / -0.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

中央部
以下のサムネイルは四角の部分を等倍で切り出したものです。
F1.4
F2
F2.8
F4
F5.6
F8
F11
F16
周辺部
以下のサムネイルは四角の部分を等倍で切り出したものです。
F1.4
F2
F2.8
F4
F5.6
F8
F11
F16

ボケ味は?

コシナやツァイス日本のサイトを見ると、「The champion of bokeh」とある本レンズの紹介ページ。このコピーを見るまでもなくMilvus 1.4/85のつくりだすボケ味に対する期待は大きいことだろう。

では実際はというと、ピントの合った部分を優しく包み込むと例えてよいほど柔らかく、美しい。さらに合焦面から大きくデフォーカスの状態になるところまで乱れることがなく滑らか。文句の付けどころのないものと述べてよい。

ただそれ故、被写体や撮影条件によってはボケがわずかに五月蝿く感じられることも。個人的にはそれもこのレンズの味わいとして受け入れてもらいたく感じる。

前ボケに関しても特段気になるようなこともなく、ナチュラルな印象。ポートレート撮影に限らずボケを積極的に活かすような表現を楽しみたい撮影では、出番の多いレンズとなること請け合いである。

絞り開放・最短撮影距離(約80cm)で撮影。EOS 5DS R / 1/4,000秒 / F1.4 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm
絞り開放・距離数mで撮影。EOS 5DS R / 1/1,000秒 / F1.4 / +2EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm
絞りF4・距離数mで撮影。EOS 5DS R / 1/30秒 / F4 / -0.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

逆光耐性は?

画面のなかに太陽が入る条件で撮影した画像では、薄いながらも大きめのゴーストが見受けられる。フレアも光源の周りに小さいながら発生し、被写体によっては気になることがありそうだ。

太陽を画面の外にして撮影した場合でもフレアが発生。こちらも作例を見るかぎり小さいものであるが、やはりちょっと気になってしまう。

定評あるT*コーティングの施された交換レンズだが、今回の条件では厳しかったようである。わずかなアングルの違いでゴースト・フレアの発生状況は変わるので、太陽のほうを向いて撮影する際はその発生に常に気を払うようにしておくとよいだろう。

太陽が画面内に入る逆光で撮影。EOS 5DS R / 1/1,250秒 / F8 / -0.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm
太陽が画面外にある逆光で撮影。EOS 5DS R / 1/1,000秒 / F8 / -0.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

作品

絞りはF4。画面中央から右下隅まで高いレベルで均質性のとれた描写である。さらにコントラストも高くクリアでヌケがよい。この絞り値になると周辺減光も気にならなくなる

EOS 5DS R / 1/2,000秒 / F4 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

黒いテーブルに影となって写ったショーウィンドウの文字が面白くカメラを向けてみた。絞りは開放。イスの背もたれが前ボケとなったが、ナチュラルで不自然さはまったくない

EOS 5DS R / 1/6,400秒 / F1.4 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

絞りは1段絞ったF2。デフォーカスとなった被写体同士が柔らかく溶け合っている。見方によってはやや五月蝿く感じられなくもないが、それは被写体が黒いためだろう

EOS 5DS R / 1/4,000秒 / F2 / -0.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

自転車のトップチューブ(ハンドルの根元からシートの根元までを繋ぐパイプ)に注目。合焦面から滑らかにボケが大きくなっていくことがわかる。開放絞りではあるが、解像感、コントラストとも上々だ

EOS 5DS R / 1/800秒 / F1.4 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

オーバーインフとするので、本来無限遠となりそうな遠くの被写体にもしっかりとピントを合わせなければならない。風景撮影などでは、ライブビューの拡大機能を使ってピントを合わせるのがオススメ

EOS 5DS R / 1/1,600秒 / F5.6 / 0EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

絞り開放で撮影を行っている。ピントの合った部分はキレがよく、アウトフォーカスとなった部分のボケはナチュラルな印象だ。ポートレートレンズとしてこの上ない1本である。(モデル:三嶋留璃子)

EOS 5DS R / 1/200秒 / F1.4 / +1.3EV / ISO100 / 絞り優先AE / 85mm

まとめ

毎度毎度ツァイスレンズの描写特性には舌を巻く。Milvus 1.4/85も例外ではなく、高い次元で像面の均質性を誇り、絞り値や画面の位置による描写のネガティブな変動は驚くほど少ない。さらに立体感ある描写と柔らかくナチュラルなボケ味で被写体を引き立てる。

今回、残念ながら逆光の撮影では期待通りの結果が得られなかったものの、ツァイスレンズの圧倒的な描写特性を知るには打って付けといえるだろう。

現在、本レンズは量販店などでは20万円を越すプライスタグが添えられている。あのOtus1.4/85の約半分であるが、それでも単焦点の中望遠レンズとしては高価な部類に入る。しかしながら、それでも物欲が容易に覚醒してしまう魅力ある1本だ。

大浦タケシ