ライカレンズの美学
APO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.
M型ライカと好相性の中望遠
Reported by 河田一規(2015/8/28 14:30)
現行のM型ライカ用レンズの魅力をお伝えしている本連載。4回目となる今回はAPO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.について語ってみたいと思う。
まずは75mmというちょっと変わった焦点距離について。
一眼レフ用単焦点レンズであれば50mmの次は85mm、その次は100mmや105mmというラインナップが一般的(もちろん例外は多々あるけど、あくまでも一般的にということで)だが、現行のM型ライカ用レンズの場合は50mmの次は75mm、そして90mmといった具合に、一眼レフに比べると小刻みに焦点距離が増えていく品揃えになっている。
一眼レフとは違ってズームレンズがないのでそれを補うべく単焦点レンズを小刻みに揃えている等、いろいろな理由があると思うが、ライカにおける75mmレンズの歴史はかなり古く、今から84年前の1931年には75mmに近い焦点距離のHEKTOR 73mm F1.9(バルナックライカ時代なのでマウントはもちろんL39スクリューマウント)が登場している。
この頃はまだズームレンズが登場するだいぶ前なので、焦点距離を小刻み云々ではなく、単純に大口径化しやすい中望遠系の焦点距離として73mmになったと想像できる。その後、1946年にHEKTOR 73mm F1.9が生産終了した後はしばらく75mmの系譜は途絶えてしまうのだが、1980年になるとSUMMILUX-M F1.4/75mmが登場。このSUMMILUX 75mmは25年間作られ続けていたが2005年に製造終了し、それと交代するカタチで登場したのが今回の主役であるAPO-SUMMICRON-M F2/75mm ASPH.である。
レンジファインダーで楽しみたい1本
レンジファインダー方式であるM型ライカの場合、広角レンズでは過剰なほどのピント精度が得られる反面、標準レンズより焦点距離の長い望遠レンズになるほどかなり慎重なピント合わせが必要になることや、望遠撮影で重要な「ボケ」の様子がファインダーで確認できないとか、そもそも装着レンズにかかわらず常に像倍率が一定のレンジファインダー機では望遠になるほど視野枠が小さくなってフレーミングしにくい。といったことから、人によってはレンジファインダー機は広角〜標準レンズ専用と割り切り、望遠は一眼レフで、という使い分けをする方もいる。
ただ、75mmという焦点距離であれば、そうしたレンジファインダー機における望遠レンズの不安要素はそれほど気にしなくても大丈夫だ。
まずはピント精度についてだが、F1.4だったSUMMILUX 75mmはともかく、F2のSUMMICRONであれば、開放でもピントは結構合う。SUMMILUX 75mmを開放で使うと、ピンボケを大量生産してしまう恥ずかしいワタシだが、同じような使い方をしてもSUMMICRON 75mmであれば合焦している確率が格段に高くて自分で驚いたほどだ。
レンジファインダーの視野枠が望遠になるほど小さくなってしまう件についても、75mmであれば50mmよりひとまわり小さいだけなので、十分に実用的だと思う。少なくとも90mm枠よりは確認しやすい。それでも小さいと思う人はライカ純正で用意されているファインダー接眼部に装着するマグニファイアーM 1.25倍もしくは1.4倍を装着すれば、像倍率が上がって視野枠が大きくなるほか、ピント精度も上げることができるのでオススメだ。
もちろん、組み合わせるボディがライカM(Typ240)のようにライブビューも可能な機種である場合は、望遠レンズに関しては思い切りよくライブビューに切り替えて使うのもひとつの方法だし、それであれば先ほど列挙した望遠レンズの不安要素はすべて解消する。
ただ、個人的にはやはりM型ライカは「レンジファインダーで使ってこそ」の思いが強い(あくまでも個人的には、ですよ)。さすがに90mmレンズの至近撮影や135mmであれば素直にライブビューのお世話になろうと思うけれど、「なるべくレンジファインダーで撮りたい」と思う自分にとって、75mmレンズはレンジファインダーと絶妙に相性の良い中望遠レンズという認識である。
50mmとも90mmとも異なる汎用性
描写性能は非常にハイレベル。自分の場合、どうしても愛用しているSUMMILUX 75mmとの比較になってしまうが、絞り開放で明確に柔らかい結像のSUMMILUXに対し、このAPO-SUMMICRON 75mmは絞り開放から十分にシャープで、ピントのキレも抜群にいい。
光学系は5群7枚と、最近のレンズとしてはかなり構成枚数が少ないものの、全体繰り出しによるフォーカス位置に応じて最後群の1群2枚のみが独自の動きをするフローティング機構を搭載。無限遠はもちろん、至近距離でも解像性能の劣化はほとんど感じられない。
また、レンズ銘の最初にAPOとあることからも分かるとおり光学系の一部には異常低分散ガラスが使われていて、色収差も良好に補正されている。中望遠レンズとしてはかなり珍しく非球面レンズも採用されているが、構成枚数が少ないのは非球面レンズで諸収差を効率よく低減できたからだろう。そのおかげで75mm F2というスペックにしては小型で持ち出しやすいレンズに仕上がっている。
実用における75mmレンズの意義についてだが、その焦点距離から想像できるとおり、引き寄せ効果や、圧縮効果といった望遠ならではの効果はかなりマイルドだ。そうした望遠効果を期待するのであれば、同じ中望遠でも90mmを選択すべきだろう。
75mmの良さはむしろ汎用性の高さにある。90mmだとさすがに望遠的な使い方しかできないが、75mmであればちょっと長めの標準レンズのような使い方も可能でありつつ、中距離くらいにある被写体を標準レンズよりもボケを活かして浮き上がらせるといった芸当も簡単に行えてしまう。
また、人物を撮影する場合に50mmよりもパースコントロールが楽ということもある。アップではややパースの付き方が気になる場合(例えば目の間隔が離れているように写ってしまうとか)も75mmならかなり緩和される。
「中望遠だからポートレートレンズ」という短絡的な考え方はあまり好きではないが、前述したレンジファインダーとの相性の良さの件を含め、被写体との距離が自由になるのであれば、ポートレートでも90mmより使いやすいと思う。
モデル:いのうえ のぞみ
協力:ライカカメラジャパン