リコー「CX3」の“望遠マクロを極める”

Reported by糸崎公朗

「GXR」用「P10カメラユニット」とは異なるCX3の使いこなし術

CX3はコンパクトボディに28~300mm相当(ライカ判換算)の高倍率ズームレンズを装備している。それだけでは今時は凡庸なスペックだが、CX3は強力な「望遠マクロ」機能を搭載しているところにアドバンテージがある。また、リコーから同じレンズを搭載したGXR用のP10カメラユニットも発売されたが、あくまでコンセプトの異なるカメラであり、使いこなしや用途も違ってくるだろう

 前回の更新からちょっと間が空いてしまった。この間に、デジタルカメラは新製品がどんどん発売され、新しいコンセプトによる新規格も発表され、油断してるとすっかり時代に取り残されてしまいそうになる。

 しかしどんなに技術が進歩しようとも、カメラである限りそれは“撮る道具”であり、自分なりに使いこなすにはそれなりの時間が掛かる。だからあまり流行に振り回されることなく、かといって流行に背を向ける必要もなく、ともかくマイぺースで行くのが良いのかも知れない。

 と言うわけでぼくは最近、コンパクトデジタルカメラであるリコー「CX3」の“望遠マクロ”機能を活かした撮影に凝っている……と思ったら、同じ焦点距離のレンズを搭載したユニット交換式デジタルカメラ「GXR」用のカメラユニット「P10 28-300mm F3.5-5.6 VC」(以下P10カメラユニット)が発売されたのだった。しかしコンパクトデジカメであるCX3と、新コンセプトによるGXRのP10カメラユニットとでは、カメラとしての性格がずいぶん異なるはずだ。だから今回は落ち着いて(笑)、CX3における望遠マクロの活かし方を紹介しようと思う。

 たいていのコンパクトデジタルカメラは、広角端で数cmまで寄れる“広角マクロ”機能を搭載しているが、ズームを望遠にすると最短撮影距離が長くなってしまう。ところがCX3は28~300mm相当(ライカ判換算)の高倍率ズームでありながら、全域マクロを採用しているのが特徴で、もちろん望遠マクロも可能だ。

 このCX3の望遠マクロ機能を生かすと、ポケットサイズのコンパクトデジタルカメラにもかかわらず、まるで一眼レフカメラ用のマクロレンズで撮影したような、ボケを生かした立体感のある写真を撮ることができる。ただ、次に検証するようにCX3の望遠マクロの描写はかなりの癖があり、そういう使いこなしも含めてなかなか楽しいカメラなのである。

ボケ度合いと遠近感

 まずはズームの焦点距離(画角)の違いによる、背景のボケ度合いとパースペクティブの変化をチェックしてみる。CX3にはズーム位置を規定の位置に固定する「ステップズーム」機能が搭載され、この種の比較が非常にやりやすい。

 被写体には虫に見立てた身長3cm(1/60スケール)のフィギュアを使用した。撮影の際、フィギュアが写る大きさを統一したため、撮影距離は焦点距離ごとに異なる。また、いずれの焦点距離でも最短撮影距離にはまだ余裕がある。

 CX3の望遠端の画角は300mm相当だが、実際の焦点距離は52.5mmで開放F値も5.6であるから、一般的な撮影では“背景ボケ”の効果は期待できないだろう。しかし虫のような小さな被写体に対しては、望遠マクロ特有のボケを得ることができるのがわかる。

 ズームの焦点距離が短くなる(画角が広くなる)ごとに背景ボケは少なくなり、広角端(マクロAFモードでは31mm相当)では、被写界深度の深さを生かした広角マクロ特有の描写を得ることができる。この両極端の描写が1台で楽しめるのが、全域マクロの高倍率ズームを搭載したCX3の特徴の1つだ。

300mm相当(実焦点距離52.5mm) / F5.6200mm相当(実焦点距離34.9mm) / F4.5
100mm相当(実焦点距離18.3mm) / F4.850mm相当(実焦点距離8.7mm) / F4.3
31mm相当(実焦点距離5.4mm) / F3.7

ワーキングディスタンスの変化

 次に焦点距離ごとに最短撮影時のワーキングディスタンス(レンズ先端から被写体までの距離)を比較してみた。マクロ撮影を考える上で、ワーキングディスタンスは非常に重要な要素である。

 300mm相当のワーキングディスタンスは約235mm(以下いずれも実測)で、逃げられやすい種類の虫から十分に距離を置くことができる。200mm相当のワーキングディスタンスは約96mmで、この距離からカメラの内蔵ストロボを照射しても画面がケラレることがなく、使い勝手がとても良い。

 100mm相当のワーキングディスタンスは約33mmで、ここまで近づくと敏感な虫には逃げられるだろうし、内蔵ストロボを使うとレンズの陰で画面端がケラレてしまう。85mm相当でワーキングディスタンスは約17mmで、50mm相当以下では実質0mm(レンズバリアにくっつく距離)になる。

300mm相当 / ワーキングディスタンス約235mm200mm相当 / ワーキングディスタンス約96mm
100mm相当 / ワーキングディスタンス約33mm85mm相当 / ワーキングディスタンス約17mm

撮影倍率と描写性能

 続いて、焦点距離による最大撮影倍率の違いを見てみよう。いずれもフォーカスはマニュアルで最短撮影距離に固定し、内蔵ストロボをオンにして撮影している。

 300mm相当でもマクロレンズに匹敵するほどの撮影倍率が得られるが、200mm相当の方が最短撮影距離が短くなるので、さらに撮影倍率は高くなる。100mm相当ではさらに高倍率の撮影ができるが、ワーキングディスタンスが短くなりすぎて使い勝手は悪くなる。

 肝心の描写だが、いずれの焦点距離でも中心はシャープなのにもかかわらず、画面周辺は極端に像がくずれ流れるような描写になる。もちろんマクロ以外の通常撮影では、このようなヘンな写りになることはない。

 恐らく、10.7倍もの高倍率ズームに無理に望遠マクロ機能を持たせても、このような収差が出るのは当たり前で、それが分かっているからリコー製以外のコンパクトデジカメでは採用されていないのだろう。

 CX3の望遠マクロは、描写性能が犠牲になることを承知で搭載した、いわばグリコのオマケのような機能なのだ。しかし、画面中心部はあくまでシャープだから、その癖を踏まえて撮影すれば、オマケでありながら本物のマクロレンズに迫る描写を得ることができる。やはり、オマケはあった方が楽しいのだ。

300mm相当(実焦点距離52.5mm) / F5.6200mm相当(実焦点距離34.9mm) / F4.5
100mm相当(実焦点距離18.3mm) / F4.8

マイセッティングに「望遠マクロモード」を登録しよう

 CX3には、自分の撮影スタイルに合わせた撮影設定を登録できる「マイセッティング」機能が搭載されている。これによってお手軽なコンパクトデジタルカメラを自在に操り、マニアックな撮影を楽しむことができる。CX3は2種類のマイセッティングを登録することができ、モードダイヤルの「MY1」と「MY2」で簡単に呼び出すことができる。

 ぼくの場合は「MY1」にいわば「望遠マクロモード」としての設定を登録している。まずズーム位置は「200mm相当」にスタンバイするよう登録している。テストの結果、200mm相当が望遠マクロとしてもっとも使い勝手が良いと判断したからだ。もちろん、ズームレバーの操作で焦点距離は変えられるが、「MY1」で電源ONすれば、ズームは自動的に200mm相当に固定されるので便利だ。

 フォーカスはマニュアルで、最短撮影距離に登録してある。小さな虫はAFよりMFでピント合わせをする方が確実だからだ。CX3の液晶モニターは高精細だし、カメラの位置をずらしながら数枚撮れば、どれかにはピントが合っている。また、「Fn」ボタンには「AF/MF切り替え」を登録しているので、ワンタッチでオートフォーカスに切り替えることもできる。

 マクロ撮影は手ブレしやすいので、ぼくは内蔵ストロボは常にオンにしている。CX3はコンパクトデジタルカメラには珍しく「ストロボ調光補正機能」を搭載しており、非常に便利だ。ぼくは「ADJ.」ボタンに「露出補正」と「調光補正」を登録し、シチュエーションに応じて組み合わせて使っている。感度はISO100、WBは太陽光に固定し、その項目も「ADJ.」ボタンに登録している。

ぼくのCX3を「MY1」モードで起動した、液晶モニター表示画面。ズーム位置は200mm相当にスタンバイされ、フォーカスはマニュアルで最短撮影距離に設定される(「Fn」ボタンのワンタッチでAFに切り替えられる)。内蔵ストロボは強制発光モードだマイセッティングの2つの登録内容「MY1」と「MY2」は、上面右端のモードダイヤルで瞬時に切り替えることができる。ちなみに「MY2」にはストロボオフ以外はフルオートの設定を登録し、「スナップモード」にしている
マイセッティング登録は非常に簡単。自分好みのカメラの設定が決まったら、その状態を一括して登録できる。特にマクロ用には、ズーム位置やMFのフォーカス位置まで登録(記憶)できるのが便利だ撮影設定の変更項目は「ADJ.」ボタンと「Fn」ボタンに振り分けて登録できる
「ADJ.」ボタンには9種類の設定項目から、4種類を選んで登録できる。ぼくは「露出補正」、「調光補正」、「ISO感度」、「WB」を登録している「Fn」ボタンには「OFF」も含めて13種もの設定項目から1種類を選んで登録できる。ぼくはそのうち「AF/MF」をセレクトした

作例

 と言うわけで、この4月から5月にかけて、もっぱらCX3の望遠マクロモードを研究しながら楽しんでいた。撮影場所は自宅近所の国分寺市のほか、調布市の植物園や鹿島市や小諸市にも遠征している。

アカボシゴマダラというチョウの幼虫。頭に2本のツノを持ち、なかなかカワイイ顔をしている。これはCX3の望遠マクロで最初に成功した1枚で、逆光の条件で内蔵ストロボを強制発光させている。ピントは200mm相当の最短撮影距離で固定、何枚か撮影し一番良いものを選んだ左と同じアカボシゴマダラの幼虫が、ちょっと成長した状態。見事な擬態模様によって、食草であるエノキの葉に紛れている。こちらは最短撮影距離から少し離れて、AFに切り替えて撮影している
カシワクチブトゾウムシは住宅地内の公園の、コナラの葉に止まっていた。普通に内蔵フラッシュを照射すると背景が暗くなる条件だったため、スローシンクロで撮影した。自然でなおかつクリアな描写で、なかなか上手く撮れた。被写体ブレを防ぐため、虫がとまった枝を左手でもって撮影するのもコツである植物園で見つけたクワハムシ。背景ボケが美しく、ピントの合った部分はなかなかシャープ。小さな虫を画面中心付近に捉えると、このような描写が得られる。内装ストロボは強制発光だが、オーバーになることもなく実に自然な描写だ
小さなマミジロハエトリが、さらに小さなハチ(寄生バチの一種)を捉えたところ。肉眼ではほとんど確認できない世界だ。ハエトリグモの仲間は大きな瞳がカワイイので、けっこう人気があるオオアカマルノミハムシの交尾で、背中に乗っている方がオス。鮮やかな色と太い足が特徴で、ノミのようにピョンとはねることもできる。立体的な虫はどこにピントを合わせるのかがポイントだが、この場合は目と足にピントがくるよう心掛けて撮影してみた
植物園のホウチャクソウに、ヒゲナガクロハバチが産卵していた。ナイフのような産卵管が、茎の表皮の間に差し込まれているのが分かる。主要な部分にピントを合わせ、そうでない部分をボカすのが望遠マクロ撮影の定石だアラカシの樹液を吸うクロコノマチョウ。頭付近を、200mm相当の最大倍率で拡大してみたが、クマのぬいぐるみのような質感が面白い。同じ種類のチョウでも大人しい個体を見つけると、このような撮影ができる
屋外で本を読んでいたら、小さな虫が飛んできたのですかさず撮影。ハネカクシという甲虫の一種で、その名の通り大きな羽が小さく折りたたまれ、鞘に隠されているのが特徴。画面周辺の活字が収差で流れているが、これも“レンズの味”と考えれば良いのかも知れないウヅキコモリグモは子守をするクモで、小さな子グモが、母親の背中にしがみついているのが感動的。この写真も地面が流れたような独特の描写だが、それがかえって主要部分を強調するようにも思える
このヒメウラナミジャノメは羽が破れていて、マニアはこういうチョウは撮らないのだが、ぼくは“生活感”が出ていてそれなりの良さがあると思うのだ。背景が抜けた条件では、画面周辺の収差も気にならず、美しいボケ味の写真が撮れる雑木林で見つけたヒカゲチョウのサナギ。表面に目玉や触覚、羽などの模様が見えるのが面白い。手前が暗く、背景が明るい条件で内蔵ストロボを照射すると、手ぶれもなく美しい写真が撮れる。とはいえ風で揺れるので、左手で枝を押さえながら撮影している
オレンジと白がポイントの美しいウマノオバチ。シロスジカミキリに産卵する珍しいハチで、友人に発生場所を案内してもらって撮影。内蔵ストロボをマイナス補正して発光させているが、コンパクトデジタルカメラでこの機能が使える機種は限られるだろうウマノオバチの産卵管は実はこんなに長く、20cm近くもある。この産卵管は細くて黒いので、背景を明るくぼかさないと写らない。そこで梢に止まったところを、見上げるようにして撮ってみた。AFの「ターゲット移動」を使い画面右上のハチの体にピントを合わせたが、この距離では収差もなく全体にわたってピントが合っている
ウマノオバチが大人しくしているので、顔面からも迫ってみた。産卵管で刺すことはできないから、鋭い大アゴで身を守るのかも知れない。自然光と内蔵ストロボの組み合わせで、こんな写真が撮れてしまうことに驚いてしまうケヤキの街路樹に止まっていたハエの一種を撮影したら、飛び立つ瞬間が写っていた。CX3の内蔵ストロボは測光のためのプリ発光を行なうが、それに驚いて飛び立ったところ、2回目の本発光で撮影されたのだ。たまにこんな写真が撮れるところが、コンパクトデジタルカメラのおもしろさだ
JR小海線の運転席の窓に止まっていた、ツマグロオオヨコバイ。AFではピントが抜けてしまうため、MFで撮影。外に止まっているので腹側がこちらを向いている。何をどう撮るかはまさにアイデア次第だカミキリムシに似ているが、これはジョウカイボンという甲虫の一種。メスの背中にオスが乗って交尾している。怪獣のような顔で、色もなかなかきれい
オオルリシジミは絶滅危惧種で、昆虫写真家の海野和男さんに生息地を案内してもらった。これはメスで、羽を開いた内側が瑠璃色のメタリックで非常にきれい。一部が手前の葉で隠れてしまったが、このレンズは前ボケが美しいことも確認できたこれはオオルリシジミのオスだが、羽はすでにボロボロだ。しかし写真には微細な鱗粉がハッキリ描写され、実に美しい





糸崎公朗
1965年生まれ。東京造形大学卒業。美術家・写真家。「非人称芸術」というコンセプトのもと、独自の写真技法により作品制作する。主な受賞にキリンアートアワード1999優秀賞、2000年度コニカ ミノルタフォト・プレミオ大賞、第19回東川賞新人作家賞など。主な著作に「フォトモの街角」「東京昆虫デジワイド」(共にアートン)など。ホームページはhttp://itozaki.cocolog-nifty.com/

2010/6/17 00:00