【フォトキナ】トランス・ルーセント・ミラーテクノロジーをさらに磨く

~ソニー勝本徹事業本部長に訊く

 前回のフォトキナ2008では35mmフルサイズセンサーを搭載したα900を発表し、デジタル一眼レフカメラのラインナップ完成を祝ったソニー。当時、勝本徹事業本部長は「α900を出した事でやっと一人前になれた。これからは次のステップへと進みたい」と話していた。

 その言葉通り、翌年にはイメージセンサーをペンタ部に配してライブビューを実現したクイックAFライブビューを導入。今年になると、ミラーボックスを持たない構造のEマウントシステムを中心としたNEXシリーズを発表した。さらに今年は一眼レフカメラのメカニズムとEVFを組み合わせたトランスルーセント・ミラー・テクノロジーも開発している。

 勝本氏に欧州の状況やAマウントシステム、Eマウントシステムの今後について話を聞いた。なお、やりとりの一部には共同インタビュー時のものも含まれている。(インタビュアー:本田雅一)

ソニーパーソナルイメージング&サウンド事業本部イメージング第3事業部事業部長の勝本徹氏

トランス・ルーセント・ミラーテクノロジーを満足できるレベルに仕上げる

――以前からハイアマチュア向けの“アドバンストモデル”、いわゆるαシリーズの7番モデルを開発するとアナウンスしてきました。まずはこのモデルについてお話いただけますか?

 日本でもトランスルーセント・ミラー・テクノロジーを採用したα55、α33を発売しましたが、実はほかの国ではコンベンショナルなミラーボックスを採用したモデルも発表しています。各国の販売店や評論家の反応を見ると、トランスルーセント・ミラー・テクノロジーは予想以上に好評です。アドバンストモデルに関しては、従来のミラーボックスとトランスルーセント・ミラー・テクノロジーのどちらが適しているかを判断しなければと考えていましたが、このフォトキナでの反応も考慮してアドバンストモデルでも、トランスルーセント・ミラー・テクノロジーを元に開発すると表明させていただきました。この新しい技術を、7系ユーザーが満足できるものへと仕上げていきます。

α55フォトキナ2010のブースに展示したAマウントのアドバンストモデル

――実のところ、今回はてっきりα77という製品が披露されるものだと思っていたのですが、開発はこれからということでしょうか?

 もちろん開発は常に行なっていますが、今回はトランスルーセント・ミラー・テクノロジーを使うか使わないかという点です。α55を超えるものが作れる技術、デバイスが登場したときに、トランスルーセント・ミラー・テクノロジーを使ったアドバンストモデルを出します。明確にいつ発売するという目標を持っているというよりは、より優れた上位モデルを求めるお客様の満足できる製品を作れるようになった時に出すということです

――2年前に披露されたα900の後継モデルは検討しているのでしょうか?

α900

 フルサイズセンサーのトランスルーセント・ミラー・テクノロジー搭載機も、理論的には可能です。しかし、α900の顧客層は、あの非常に手のかかった光学ファインダーを好んで選んで頂いています。もっとも、大きく重いカメラではなく、もっと小さなカメラが欲しいという声は日増しに大きくなってるので、α900のサイズを踏まえた上で、将来の製品について慎重に見極めているところです。トランスルーセント・ミラーか、それもOVFが良いかを含め、フルサイズセンサーモデルの将来はいろいろと考えています。

 またフルサイズセンサーをαでだけ使うと決めているわけでもありません。(実際に商品化するかどうかは別として、技術的には)NEXにもフルサイズセンサーを搭載することは可能ですから。

――Aマウントのレンズ群は、特に高級レンズのバリエーションやデジタル利用時の描写力に関して他社に対して優位に立つ素晴らしいものだと思います。これも怒濤の勢いでリニューアルと新規開発を行なったからでしょう。ただ高性能レンズは充実していますが、購入しやすい価格帯のレンズが今ひとつという印象のまま、レンズの発売ペースも一息ついた感があります。

 このタイミングとなると、動画にも対応する必要がありますから、やや慎重になっています。動画対応を含めたリニューアルも必要だと考えているところです。

――動画対応にも様々なレベルがありますよね。Aマウントで動画を完全にサポートしようと思えば、マウント規格の拡張仕様も盛り込まなければならないのでは?

 完全動画対応という意味ではEマウントがすでに存在します。すべてのレンズで完全動画対応というわけではなく、レンズ交換式カメラの主流モデルに似合うレンズに1本、動画重視のレンズがあればいいと思います。もちろん、ほかのレンズも動画での撮影を意識して実用上問題のない仕様にしていくつもりです。

 レンズの発売に関してはAマウントへの注力をやめたわけではないので、もちろん、継続的に整備を続けていきます。

AマウントレンズのAF対応が決まった理由

――Eマウントも2年以内に7本を追加して合計10本にする計画が発表されましたが、機能アップが著しいですね。AマウントレンズのAF対応は、すっかり諦めていた方も多いのでは。もともと可能な見込みだったのでしょうか?

今回、新たなレンズのロードマップを示した純正マウントアダプターでモーター内蔵AマウントレンズのAFが可能になる

 AマウントレンズのAFは、もともと計画はしていたのですが、まだどのぐらいの時期に発表できるのか予想できなかったため、当初はできない、ということにしていました。結果的にはレンズにモーターを内蔵しているものに関しては、純正マウントコンバータを経由してAFをご利用いただけます。

 NEX自身の拡張に関しては、カスタムメニューを設けたり、メニューの内容を整理したり、あるいは絞り優先での動画撮影などにも対応するなど、当初は間に合わなかった機能を追加しています。Eマウント向けレンズに関しては、利用者やカメラマンなどにアンケートを採り、欲しい人が多い順に発売していきます。

――Eマウントについては、スペックを他社に開示するとアナウンスしましたね。

Eマウントを採用するNEX-5

 今後、他社製の交換レンズをEマウント向けにも提供していただけるよう準備をしたいと考えています。また、現在もいくつかのマウントコンバータが販売されていますが、これらは我々が機械的な図面情報を出したものではありません。そうしたアクセサリーに関しても、積極的にEマウントを他社が活用できるよう準備を進めたいと思います。

――スペックを公開と言っても、公開のレベルはいくつもありますよね。仕様を完全にオープンにするという意味でしょうか?

 Eマウント規格をオープンにして、業界の中にゆだねるという意味ではありません。あくまでもEマウントに対応した製品を作るために必要な情報を開示するということですが、開示条件やライセンス規約など詳細に関してはまだ未定です。

――コントラストAFを含め、レンズとボディの連動方法に関しては、今後、仕様拡張の可能性があるのでは。たとえば将来、コントラストAFを高速化するためにプロトコルを拡張したり、マイナーチェンジする場合など、純正ならばボディ側の例外処理、レンズ側アップデートのいずれかで対応できるでしょうが、サードパーティ側は事前に知らされない場合、古い仕様で新製品を作ってしまう。仕様をオープンにすると、サードパーティに対してフェアなタイミングで情報を提供しなければならなくなりますよね?

 具体的には、Eマウントのメカ構造とレンズコントロール信号のプロトコルを開示します。その情報をどう使い、どんな製品を作るかは相手次第。何を作って欲しい、何を作って欲しくないといった話は、ソニーからするつもりはありません。ライセンス料金は取らない予定です。

 ただ、どのようなルールでEマウントの情報を公開し、サードパーティとのコミュニケーションを取るのかという手段を考えていかなければなりません。実のところ、まだ公開すると決めただけで、その手法は本当にこれから決めていくんです。まずはアナウンスをして製品を出したいという方々とも話をしながら、方法に関しては決めていきたいと思います。

動きが鈍いとされる欧米のミラーレスカメラ事情

――ミラーレスのレンズ交換式デジタルカメラは日本や香港で高い人気を誇りつつも、欧米ではあまり浸透していないというデータがありましたが、直近の状況はどうでしょう

欧州では、ミラーレス機が10%程のシェアを占めている欧州のミラーレスカテゴリーでは、ソニーが50%のシェアを占めるという

 当初、欧州はEVFあるいはライブビュー搭載のレンズ交換式カメラに対してあまり反応していませんでしたが、このところ伸びてきています。8%ぐらいまで増えてきた。米国はまだまだですが、欧州は拡大傾向にあります。ミラーレス機の市場では、シェア急進でNEXが欧州ナンバーワン、半分を超えるシェアになっています。

 ユーザー層はマニア層の多い日本とは異なり、ほとんどが初めてレンズ交換式カメラを購入する方です。男女別で見ても傾向は同じです。最近は“ソニーはイノベーティブなものを作っていなかったが、やっとこの製品でソニーらしい製品を作った”と有力誌に書かれ、痛し痒しな部分はあるのですが、NEXのコンセプトが受け入れられたのだと考えています。

NEXの購入者を見ると、レンズ交換式カメラを初めて買う人が多い

――2つのシステムカメラを維持していくというのは、ボディ、レンズの開発負担、流通コントロールなど、様々な面でとても“重い”ことだと思うのですが、今後もこの2つのシステムを堅持していけるのでしょうか?

 実際のところ、レンズ開発の計画をどう立てて、どんな順番で作っていくかは考察しなければならないですね。しかし、内部的にはさほど大きな負担になるという感触は実はないんです。これはNEX発表直後からずっと話していますが、EマウントシステムとAマウントシステムは、完全に独立した2つのシステムに外から見えるかも知れません。しかし、コンポーネントやソフトウェアのうち、かなりの割合が共通になっています。さらにハンディカムやサイバーショットでの開発成果も、それぞれ活かすことができる。

 したがって、ソニー内部では、2つのシステムを維持していくことに対して、大変だなぁという意識はありません。特にNEXのボディに関しては、コンパクトカメラに近い作り方ですから、ラインナップの拡充に関しても、さほど難しさはないと思います。

――ボディはその通りですが、レンズシステムはまた別でしょう。

 今回のフォトキナでEマウントの交換レンズ群を発表しましたが、主たるユーザーはコンパクトカメラからステップアップするユーザーです。基本はレンズキットで、そこにレンズ数本を組み合わせる人が大半でしょう。Aマウントのように、50~60本を揃えるところまでは必要ありません。ただ、普段使いに便利なズームレンズと、特徴のある単焦点が欲しいなとは思います。

 確かにEマウントのレンズがある程度増えるまでは、一時的には負荷が増えるでしょう。しかし、長期的な視野で見るとレンズに関しても、そう大きな負担ではありません。

――ユーザー数と言う意味では、どこかでNEXがAマウントのαを逆転するでしょう。両方やっていくにしても、軸足をEマウントに移す事は考えていませんか?

 もちろん、ありません。それに、どちらを軸足にすべきかは、僕らが決める事ではありません。市場でお客様が決めることです。ミラーレス機のレンズを含めた事業規模が、交換レンズカメラ事業全体の7割を超えるという状況になれば別ですが、いまのところそうなるとは予想していません。

――レンズ交換式カメラ市場がもともと存在していなかった新興国では、NEXとAマウントのαをどのようにプロモートしていくのでしょう?

 国ごとの顧客の指向によりますね。メーカーによって市場をねじ曲げるのではなく、マーケットに合わせて最適な製品を提供していきます。実はつい先日、新興国向けのディーラーコンベンションを開催したところなんです。中国とロシアは、いずれも一眼レフ市場が立ち上がって売れ始めています。

 一方、インドやブラジルなどは、まだまだこれからの市場なのですが、NEXとAマウント機の両方を同時に売っていきたいと話していました。一般には、何もない市場での立ち上げはNEXの方が楽に感じられるかもしれません。しかし、そうした新興国でもここ1年ぐらいで一般の人も一眼レフカメラを買い始めています。情報はインターネットで豊富に仕入れることができるので、彼らは一眼レフカメラのことをよく知っているんですよ。昨年と今年では、そうした意識がだいぶ違いました。また、一眼レフカメラを作っているメーカーだからこそ信頼してもらえるという状況もあるので、この2つはどちらも必要だと思います。

――αシリーズには新たなOVFモデルを発表しませんでしたが、今後はどうなっていくのでしょう?

 これもお客さん次第ですね。実は、海外ではα560、α580というOVFモデルも発売しています。その反応を見て将来の事も判断していきたいですね。さすがにα900ですと、光学ファインダーを愛している方々がたくさんいて、我々もそれを大事にしたいという気持ちがあります。ただ、大きな流れとしてEVFの高品位化、高機能化が進めば、EVF化への流れは止められないでしょう。また、その両方を使い分けるという発想があってもいいと思います。静止画はOVFで、動画はEVFや背面液晶でと使い分けることを考えてもいい。

α580(国内未発表)

――Aマウント機のラインがトランスルーセント・ミラー・テクノロジーでEVF化していく事に、欧州のカメラ店などはどう反応しているのでしょう?

 α55を売り込みに世界中を回って一番驚いたことなんですが、新しいモデルがEVF専用機だと気付かないカメラディーラーやカメラ店主も少なくなかったんです。中にはファインダー自体、まったく覗かずに撮影する人もいます。デジタル化が進んで時間が経過し、カメラ屋さんも世代が変わって、実際に中心になって働いている人が若くなっているのが理由かもしれません。

 実は我々も一眼レフカメラのEVF化に関しては、拒絶反応をされるかもしれないと危惧していたのですが、カメラの流通でOVFでなければダメだ、という人はいませんでした。銀塩時代からのカメラファンや、カメラ評論家の方々は、多少抵抗感もあるようですが。

 EVFの素の性能を上げていき、インフォメーションの出し方ももっと工夫していくことで、より良いEVFを作ります。

高級コンパクト機投入には慎重な姿勢

――今回のフォトキナでは、レンズ交換式と一般的なレンズ交換式の間を埋める高級コンパクト機がいくつか発表されています。ソニーはこの市場、分野をどう見ていますか?

 現在はレンズ交換式カメラの事業を担当していますが、かつてサイバーショットをやっていた経験を踏まえて言うと、やはり必要なレイヤーなのだという気はしています。コンパクトデジタルカメラの単価が下がっていますから、何らかの付加価値を開発しなければという意識もあるのでしょう。しかし、新たなマーケットがそこに開拓できるか? という意味では、もう少し様子を見ないとわかりません。

――富士フイルムが発表したFinePix X100のダイヤル式のパラメータ設定などは、古いカメラファンには懐かしく、新しいカメラファンには新鮮に見えているようです。そして両世代に対して、とても機能的なデザインと受け取られていますね。一方、NEX-5は電子化されたユーザーインターフェイスデザインの典型例ですよね。Eマウントのプラットフォームを使って、もう少しメカニカルな使い勝手の製品は考えら得ませんか?

NEXはファームウェアのアップデートで背面ボタンに機能の割り付けが可能になるまた、動画撮影時にあらかじめ設定した絞り値での撮影にも新たに対応する

 そうした操作性やデザインを好むお客さんが一貫して存在するか否かは調査が必要でしょうが、存在するという仮説のもとで話をすれば、最新技術とメカニカルな操作性やデザインを組み合わせた現代的なハイブリッドデザインのNEXをやってみたいと思います。

 NEX-5を発売して思ったのは、ここまでシンプル化とコンパクト化突き詰めた製品でも、ユーザーは受け入れてくれるんだ、ということです。とはいえ、同じ切り口で、同じ方法論で、同じ事を繰り返していると、ユーザーの数には限りがありますから、いつかは飽和します。常に新しい事に挑戦していきたいですね。

 Aマウントは先進性を訴求するけれども、ある意味、トラディショナルな一眼レフカメラの良さを活かして進化する方向。Eマウントは今のNEXでもサイバーショットでもαでも満足できない人に、新しい価値を提案する方向です。マニアックな方向なのか、イージーな方向なのか。あるいは、安いものを作っていっぱい売ろう。そういった単純な切り口ではなく、もっと提案性の高い、お客さんに納得して選んでもらえる異なるテイストの製品をたくさん作っていくのがEマウントの進む方向性です。上から順番に“松竹梅”でラインナップを作り、予算に応じてどうぞという大量販売を前提にした売り方や製品企画では、これからの時代はダメだと思います。Eシステムは、商品ラインナップという部分でも従来型とは異なる挑戦をしていきたいと思います。



(本田雅一)

2010/9/29 19:47