白神政史写真展「光海」
(c)白神政史 |
基本的に写真はカメラを使って、目の前にあるものを撮るものだ。だから、まずは被写体ありきで、撮影者が、ある風景、事物に触発されてシャッターを押す行為だと思いがちになる。
実際は、その一方で、カメラという道具と、自然界にあるものを利用して、自分の中にあるイメージを具現化させる方法論もある。白神さんは風景やスナップを撮るうちに、その中にある「抽象的な造形」に惹かれ、自らの内面にある「曖昧な何か」が形になるのを感じた。
そんな作者の思念を秘めた漆黒の闇と、そこに存在する光の線は、見る人それぞれの空想を引き出してくる。
白神さんは1975年、東京都生まれ。現在、エンジニアとして勤務する | 展示した22点は、エプサイトのプライベートラボで事前にテストプリントを重ねた後、最終プリントは1日でプリントしたそうだ |
- 名称:白神政史写真展「光海」
- 会場:銀座ニコンサロン
- 住所:東京都中央区銀座7-10-1 STRATA GINZA (ストラータ ギンザ) 1階・2階「ニコンプラザ銀座内」
- 会期:2011年11月9日〜2011年11月22日
- 時間:10時30分〜18時30分(最終日は15時まで)
- 休館:会期中無休
■撮影機材はデジタル一眼レフと中判フィルムカメラ
このシリーズは最初、2010年3月に開かれたグループ展「workshop 2B 27期写真展/それから」で発表した。そこではこのイメージから深海を感じた人や、脳細胞を想起したり、クリスマスツリーを思った人もいたそうだ。
巻頭に掲載した1枚に興味を惹かれた人は、まずこの記事を読むのはここまでにして、会場に足を運んでから、再度、アクセスされることをオススメ、いや、お願いする。予備知識なく、作品と向き合って欲しいからだ。
……はい、実際にプリントを見て、いかがでしたか。
ということで、種明かしをすれば、この被写体は花火だ。デジタル一眼レフと、6×6判のフィルムカメラを三脚に据え、カメラを動かし、ブレを利用して撮影している。およそ3年かけ、撮影のセオリーを一つ一つ発見し、さまざまなイメージをつかみとってきた。
デジタルカメラを使った場合、一つの花火大会での撮影枚数は100カットは優に超す。本格的に撮り始めた2009年は、27カ所の花火大会を回ったという。
「徐々にカメラをどう動かせば、どういうイメージができ上がるか、ある程度、想定できるようにはなりましたが、時に花火は予想外の動きをします。そこには花火師の思いがあったり、偶然性が入り込んでくるところも、この撮影の面白いところです」
作品が集まったところで、セレクトをしてみると、白神さんにとっては宇宙が見えてきた。原始的なイメージから、自然な風景、そして星雲のような壮大な広がりがあるものまでがあったからだ。
「展示は、ミクロからマクロまでを、ズーミングしていくようにイメージしました。映画の『パワーズ・オブ・テン』や、Googleマップで遊ぶような感じでしょうか」
(c)白神政史 |
■撮った写真から発見したこと
白神さんは大学で電子工学を学び、特にロボット制御の視覚認識の研究をしていた。企業の開発部門を経て、動画への関心が強かったことで、視覚効果(VFX)を勉強し、テレビ番組制作会社でCG映像を作っていたこともある。
「仕事でテクスチャー用に写真を撮っていたので、そこで静止画への興味が膨らみました」
プライベートで南の島を旅しては、その風景を撮影してきた。
「7〜8年、ただ風景やスナップを撮っていましたが、ただ美しいものを撮るだけでは、飽き足らなくなってきた。自分が撮った写真を見ていくと、モノのブレ具合とか、水面の光の反射や波紋などに眼がいっていることに気づいたんです」
その過程で、蛍やクリスマスイルミネーションなどにもカメラを向けた。
「花火もその一つで、最初はオーソドックスに撮っていました。そのうち何か物足りなくて、撮らなくなりました。久しぶりに花火大会に行った時、モノクロで街スナップを撮っていたので、モノクロで撮ってみたら、1点、偶然、ブレて面白いものが写っていたので、これで何か表現できないかと思い始めました」
2008年9月に諏訪湖で開かれた全国新作花火競技大会でのことだ。この年は3大会に足を運び、モノクロで探りながら撮り始めた。
■発見する喜び
映像制作に携わっていたことで、三脚を使ってパン(カメラを左右、また上下に振ること)して撮ることは当たり前だった。
「ランダムに動かすと、ただぐちゃぐちゃでつまらない。最初の1年は、水平か垂直方向だけ動かし、撮り方を探っていきました」
メインで使うレンズは100mm。花火が上がり、破裂する手前でシャッターを開き、上下、もしくは左右に動かす。露光時間は4秒だ。
「いろいろな露光時間を試し、4秒が最適だと判明した(笑)。動かし方もワンカットは左右か上下のみで、スピードでバリエーションを付けます。何往復かさせたり、一方向に流すだけだったり。それがこのシリーズで僕が見つけたローカルルールです」
3年目は回転方向も取り入れ、ブラし方を極めていった。実験して、何かを発見していくことが楽しいと白神さんはいう。
花火は華やかなものよりも、シンプルなものが良く、大規模な花火大会より、地方のこじんまりとした大会の方が撮りやすいそうだ。
「花火を専門に撮っている方は場所取りが大変ですが、基本的に僕はどこでもよい。遮るものなく、花火が撮れさえすれば、多少遠くても構いません。逆にその日、与えられたポジションが作品にバリエーションを生んだり、偶然の効果をもたらすことを期待しています」
ある時は、花火大会のホームページに出ていた1枚の写真が気になり、新潟へ新幹線を使い、日帰りで撮りに行ったこともあるという。
「打ち上げ本数が100発くらいの大会でしたが。何に惹かれたのかというと、う〜ん、直感ですね」
(c)白神政史 |
■人に見せることは大事だ
シリーズの方向性を決める大事な出来事が二度あった。グループ展に出品したことと、ニコンのポートフォリオレビューへの参加だ。
展示では暗い夜の中で、光に直面する臨場感を再現したくて、B0ノビサイズに伸ばした。
「2,000万画素では情報量が少なく、その時は満足できるプリントができなかった。それで中判のフィルムカメラを使うようになりました」
フィルムは富士フイルムのネオパンアクロス100。今回はドラムスキャンして、デジタルと同じインクジェットで出力した。
「フィルムの方が光の軌跡がきれいに出ます。特に斜めの線の滑らかさが違う。ただ逆にフィルムに比べダイナミックレンジが狭い分、デジタルの方が背景の黒がくっきりでますね」
今回、デジタルデータはフォトショップ上で350dpiの1×1mにオーバーサンプリングした。それだけでも、プリント画質は格段に向上する。
「試行錯誤の成果です。わかってしまえば簡単なことなんですけどね」
■発見する楽しさ
ポートフォリオレビューへは、本格的に撮り始めた2009年に参加した。グループ展に参加する少し前のことだ。
「デジタルカメラの機能で、6:6のアスペクト比が撮れたので、通常のサイズと両方撮っていました。スクエアフォーマットは、その時、ちょっと憧れていたので試した(笑)。伊藤俊治さんが講師の時に両方の作品を持っていくと、スクエアの方がよいってアドバイスしてくれたので、それ以降はそちらに絞りました」
その後、撮りためたものを加え、スクエア作品だけを持って、畠山直哉さんのレビューへ行った。
「褒めてもらったことで自信が生まれ、実際にセレクトして、まとめ方を見せてもらったことで、その後の方向性が自分の中でより明確になりました」
四角い空間の中に収めることで、「光海」は無限の広がりを感じさせている。
「畠山さんに『グラフィックが平面的だね』と指摘されたのです。その時、初めて自分が風景を二次元的にしか見ていないことに気づきました。面白いですよね。やっていくと、自分の中でいろいろな発見があるんです」
写真を通した体験が、作者を刺激し、さらに違う表現を引き出していく。今後も、新しい何かを見せてくれそうな予感を、この『光海』は内包する。そして、白神さんは、今もいくつか作品のテーマを持ち、平行して制作中だという。
(c)白神政史 |
2011/11/11 09:10