野村恵子展「RED WATER」

――写真展リアルタイムレポート

 野村恵子さんの視点には、常に生と死の深淵を希求する意思が感じられる。その衝動の中で、作者は被写体に誘われるように移動し、目の前で展開する一瞬の光景を写真にとどめていく。

 今回、作者の思いは再度、沖縄に向かい、それと同時にモチーフとして「水」が気にかかり始めたという。そこには明確なロジックがあるわけではなく、作品世界を創造、展開させていくために、写真家の感性が選び取った結論だ。その後、写真家は自らが撮ったイメージにインスパイアされながら、赤い水の物語を深く、豊かに紡いでいった。

 「RED WATER」はエモンフォトギャラリーで開催。会期は2009年8月18日(火)~9月8日(火)。入場無料。開館時間は11時~19時(土曜は18時まで)。日曜、祝日休館。所在地は港区南麻布5-11-12 togoビルB1。問合せは03-5793-5437。

 29日18時半から「野村恵子×石内都」トークショーを開催。先着40名(ギャラリーへメールで申込み)、入場無料。

 また写真集「RED WATER~血と水~」(全72ページ/3150円・税込)も出版され、日本と欧米で同時発売される。

野村恵子さんは、今後、ライフワークである沖縄をドキュメンタリーの視点から捉えなおしたいとも話すギャラリー内の様子

四季の巡りを初めて意識した

「水を入口にしたら、自由に撮れるんじゃないかと思った」と野村さんは言う。そう考えたのは、生命の誕生をテーマに制作した前作『Bloody Moon』が、写真集の完成まで6年近くかかったからかもしれない。

 魂の器としての身体。そこは紅い水で満たされているのだが、もし、その器が壊れたら、その水はどこにいくのだろう。そんなイメージも浮かんでいたという。

 台東区根岸にアトリエを置いたことで、近くにあった不忍池の四季を撮るようになった。

「これまで季節というのをあまり意識してこなかったし、撮っていませんでした。それが桜や蓮などをはじめ、四季の巡りを撮るようになりました」

 水というキーワードから、四季の自然風景と女性のポートレートで組んでいく。そこからこの作品は形をとり始めたのだ。

(c)野村恵子

約10年ぶりにモノクロームで撮影

 モデルとなった一人は、野村さんの写真集『DEEP SOUTH』(1999年刊)にも登場し、10年以上付き合いのある女性だ。現在、彼女は結婚し、福井県の三国町に住んでいるとのことで、野村さんは昨年春、初めてそこを訪ねた。

「そこは海があり、四季が明確にあって、原始的でダイナミックな風景が残っていた。この自然との出会いは私にとても良い影響を与えてくれました」

 それともう一点、思い浮かんだアイディアは、カラーとモノクロームで作品を構成させることだ。モノクロの撮影、プリントは1996年の初個展「越南花眼」以来となるが、「色が消えることで、より色が刺激され、今回のイメージがはっきり出るんじゃないかと考えました」と話す。

 この会場に置いたモノクローム作品は満開の桜などの花や、人物など。逆光や、フラッシュを使った撮影で、どれもカラーでは撮らない光を選んで写している。

「曖昧なディティールは写りにくいので、撮る時から意識します。このプリントのため、自宅に暗室を作って、3日ぐらい必死に焼き続け、ようやくモノクロの感覚を思い出しました」

(c)野村恵子

 海で波しぶきが立つ光景を捉えた1点は、あまりの難しさに、外部の優秀なプリントマン(フォトグラファーズ・ラボラトリーの斎藤氏)に依頼した。

「コントラストを弱くすると、暗く沈んだ海と白い波濤のインパクトが出ないし、強くすると波が真っ白になってしまう。斎藤さんは私の思い通り、波しぶきの一粒一粒を出しながら、深い締まりのあるイメージに焼いてくれました」

 その1点は、会場入口の正面に展示されている。

海の向こうは悪天候にも関わらず、手前から光が射し込んできたことで、こんな不思議な一瞬が出現した。撮影地は福井(c)野村恵子

良い光は逃さずに捉える

 この作品のもう一つの転機になったのが、スウェーデン・ストックホルムにある出版社LIBRARYMANからのコンタクトだ。『DEEP SOUTH』を見て、新作写真集出版の話を持ちかけてきたのだ。

「編集者にそれまで撮りためていたカットを見せたところ、街の風景を入れてほしいという要望がありました。そこで沖縄の街を入れて組んでみたところ、このほうがリアリティが出た。その時、初めてこの作品が着地できた感じがありましたね」

フィルムはコダックのネガ。アンバー系を強調してプリントするなどで、独特の色の世界を作り上げている(c)野村恵子

 野村さんの場合、撮り進めながら、何度も組み直していく。足りないと思われる部分を撮り増し、取捨選択を繰り返す。

「風景の場合は特にそうですが、光の加減でイメージが刺激されて、シャッターを切る。偶然性が大きいと思います」

 撮影に出かける時はニコンF100とFM2を使うが、普段はコンパクトのGRをバッグに入れている。良い光に出会った時には、「何かに使えるかもしれないから、とりあえず撮っておく(笑)」。今回も風景の1/3ほどがGRによるものだという。

安易な言葉の介在を許さない世界

 写真集はポートレートを多く構成したが、写真展では風景を中心にまとめた。作品を組むポイントは、見る人がそれぞれのイメージを広げられるような曖昧さを提示することだという。

 例えば建物が写った写真については、見る人がその雰囲気とか匂いが感じられるかどうか。画面の外へとつながる道を見て、「向こうまで行きたいような、行ったら危ないような、不思議な感情を味わってもらえればいいと思います」。

 ヌードが何点かあるが、「私自身はヌードにこだわっているわけではありません」と説明する。

「ただ裸体はその人らしさが明確に出る。同じ女性で、着衣でメイクアップしたものと、化粧を落としたヌードを撮っていましたが、今回の世界観ではヌードのほうが合っていました」

 ある人にとっては生命力がみなぎる世界に見え、別の人には彼岸を感じさせるという。野村恵子は、安易な言葉の介在を許さない、イメージそのものが語りかける世界を構築しつつあるようだ。

被写体となる彼女たちとは『DEEP SOUTH』以来、長い付き合いが続いている(c)野村恵子


(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。

2009/8/27 00:00