曽根原昇写真展「猫、光と温もりの中に ~猫と牛と人の穏かな係わり~」

――写真展リアルタイムレポート

(c)曽根原昇

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 この写真展は、曽根原さんが写真活動の場を東京方面に移して1年目の初個展だ。舞台は長野県伊那市にある小さな牧場。敷地内に30頭ほどの牛と、10匹前後の猫が住む。

「この牧場で唯一、猫たちは働くわけでもないし、何も生み出していないんですよね」と曽根原さん。しかし展示された写真を見ていると、猫たちがこの場所に必要不可欠な存在であることが伝わってくる。

 人に抱かれている時、牛と戯れている時、猫同士が集まっている時……。曽根原さんが捉えた猫たちは、どこか思索深げだ。

「猫が実際、どんなことを考えているのかは分かりませんが、自分の気持ちを移しかえることで、彼らにサポートしてもらっている気がします」

 そんな猫と牛と人の係わりは、観る人それぞれの物語を引き出してくれる。

 会期は2010年12月10日~23日。開館時間は10時30分~18時(最終日は15時まで)。入場無料。会場のエプサイトは東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1階。

曽根原さんは2009年から千葉に住まいを移し、活動中会場の様子

猫を舐める牛

 曽根原さんが、この牧場の猫たちを撮り始めたのは、牧場の人から聞いた、ある話がきっかけだった。

「子牛に餌をあげる時間になると、その餌を目当てに猫がやってくる。その猫を牛がぺろぺろと舐め回すというんです。翌日、早速、その時間に撮影に行きました」

 モノクロームフィルムを入れたハッセルブラッドと、デジタルカメラを用意して撮影した。牛舎内は暗めだったが、できるだけ絞り込んで撮りたかったので、シャッタースピードは1/4秒。その1枚は、会場を入ると正面に飾られている。

 牛は普段、無表情で、その瞳もよく見ると、視線がどこを向いているのか、定かではない。それがこの写真では、猫を慈しむ気持ちが牛の表情に宿っている。

「牛の唾液はものすごい量で、舐められると、猫は全身びしょびしょになる。ある程度、舐められたら、全身を震わせながら離れていくので、猫はあまり喜んでばかりでもないと思うのですがね」

(c)曽根原昇

 モノクロームを選んだのは、他の生々しい情報を省略して子牛と猫の関係だけに注目しやすいと感じたからだ。

 この1枚から、牧場の中の物語に眼を向けるようになった。

5年ほど前から猫を撮り始めた

 曽根原さんは大学時代から昨年まで18年ほど、信州で暮らしていた。この牧場から車で10分ほどの場所だ。大学では農学部で植物調査を学び、学生時代からこの牧場には出入りしていた。

「その頃から写真に興味を持ち始めました。卒業後、一度は植物調査の会社に入りましたが、どうにも写真がやりたくて、カメラマンとして映像制作会社に転職しました」

 当初は街や人のスナップを好んで撮っていたが、7年ほど前から猫が被写体の中心になった。

「街でスナップを撮っていても、このシーンに猫がいた方がいいなって思うようになってきたんです」

 猫と人の間にある不思議な空気感が心地よいことと、猫を被写体にすることで、自分の気持ちが表現しやすいと感じられたからだ。

「牧場の猫たちを撮っていると、彼らが『暖かな光と優しい温もり』を求めているように思えた。そこで、そのテーマを頭において撮り始めました。ただそれは僕自身の感情なんですけどね」

(c)曽根原昇

小さな空間に次々と発見がある

 仕事の合間を縫って、牧場に足を運んだ。牧場の人とは長い付き合いなので、自由に出入りさせてもらえる。

「月に10回ほど、通った時もありますし、2~3カ月、行かないこともありました。3カ月行かないと、新顔が増えていたりもします」

 朝夕の良い光線を求めて撮影したり、昼間、牧場の人が働く姿を追ったり、季節や時間を変えて、牧場のドラマを見つめ続けた。小さなスペースだが、次々と新しい発見がある。

「光や背景が良い場所を見つけて、そこに猫が来るのを待って撮ります。何回か撮ると、当然マンネリになっていきますが、そうなると季節が変わって風景が一変して、また新しい撮影スポットが見つかります」

(c)曽根原昇

 数年目にして、初めてお目にかかった猫もいたという。

「牛舎の一番奥で生活していて、滅多にそこから出てこないらしい。小さな空間ですが、いろいろなことがありました」

牧場で過ごす穏やかな時間

 会場では、来場者が実際に牧場を訪れたような体験ができる。入口の水溜りを渡ると、猫たちが出迎えてくれる。

 大柄な猫が小さな猫を威嚇している1枚は、実は写真の外側に、もう一匹、猫がいて、それに向かって唸り声を上げたそうだ。子猫にとっては、とんだ災難な瞬間なのだ。

(c)曽根原昇

 牛舎の中では、猫は番人のようにも見える。牛たちの様子を確認しながら小屋の中を歩き回り、藁の上で休息をとる。新しく生まれた子猫は、牧場主の手で牛と顔合わせの洗礼を受ける。

「猫にとって、初めて見る牛は怖い存在でしょうね。ただ大好きな人間たちが出入りする場所は、猫にとっても行きたい場所ですから、自然と牛舎で過ごすようになるんでしょうね」

 牛舎で働く以外は、気ままな時間を過ごす。猫同士、情報交換をし合ったり、猫たちの家で一人の時を楽しんだりもする。

「夕方になると、物思いにふけっているような姿をよくみかけます。僕自身もそうであるように、何か物思いにふけっているんじゃないかって思わされます」

 そして、結びの一枚は、生まれたばかりの子猫だ。

「今回は登場させませんでしたが、1年ほど前にゴールデンレトリバーが牧場にやってきました。元気いっぱいの犬で、猫が大好きみたいで一生懸命追いかけてやっぱりペロペロ舐めまわしています。ここでも猫は困り顔でした(笑)」

 さて、あなたにとって、この猫たちはどう目に映るだろうか。

(c)曽根原昇


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2010/12/14 16:16