マグナム・フォト東京支社創設20周年記念写真展「50の情熱」

――写真展リアルタイムレポート

(c)久保田博二/Magnum Photos

 マグナム・フォトは世界を代表する写真家集団だ。現在、さまざまな国籍を持つ50名の正会員(そのほか準会員3名、候補生4名、特派員4名、寄稿家5名)が世界各国で活動している。本展では正会員50名の最新作から1点ずつを展示した。

 そこで捉えられているのは、世界各地の日常から発見したヒトコマが目に付く。1点1点に現在を生きる人々のリアルなドラマが提示され、会場を一巡すると、まだまだ世界は広く、未知なる出来事がたくさんあることを感じる。

 またマグナム・フォトは報道写真家集団と称されることが多いが、これらの作品を見ると、彼らの重要なDNAは目の前で起きた一瞬を軽妙にスナップショットする感性にあり、それがマグナムたらしめているのだと実感する。

 会期は2010年12月15日~2011年1月16日。開館時間は11時~20時(最終日は17時まで)。入場無料。会場のリコーフォトギャラリー RING CUBEは東京都中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター8・9階(受付9階)。

久保田さんは1939年、東京・神田生まれ。マグナムの日本取材の手伝いで、ルネ・ブリ氏からはライカM3ボディをもらったそうだ

マグナムには毎年、300人以上の入会希望者がいる

 マグナム・フォトの名前はよく知られているが、その内実は意外に知られていないだろう。日本人唯一の正会員で、マグナム・フォト東京支社の代表である久保田博二さんは「秘密結社みたいなところがあるからね」と笑う。

 ニューヨーク、パリ、ロンドン、東京の4ヵ所に事務所を置き、会員の作品発表のマネージメントと、取材のコーディネートを行なう。年に一度、会員が集まる年次総会を開く。

「新しいプロジェクトについて話し合ったり、カメラや機材の情報交換もします。大事なことは会員だけのクローズドセッションで決めています」

 議論が白熱すると、荒い言葉(例えば「バカ野郎」「黙れ」など)も飛び交うそうだが、最後は紳士的な解決を見る。

(c)Jonas Bendiksen/Magnum Photos

 毎年、300人以上の入会希望者があり、その審議もある。正会員の推薦があって、候補生、準会員、正会員へと進む。

「作品を見たり、見せるのが好きなメンバーもいる。僕は発表前の作品は信頼する編集者にしか、見せないし、真剣に人の作品を見るのは、正会員を決める時ぐらいだね」

 久保田さんが若いうちからその才能を認め、正会員に推したメンバーも何人かいる。

「個性の強い人たちばかりだからね。だから彼らには正会員になれば言いたい事はいえるようになるから、選ばれるまでは口数を少なくしなさいって、アドバイスするんだ。みんな、それを実践して、彼らからは感謝されているよ(笑)」

ベタ焼きを徹底的に見て学ぶ

 久保田さんは早稲田大学の学生だった1961年に、マグナムのメンバーが日本を取材することがあり、その手伝いをすることになった。その顔ぶれはルネ・ブリ、バート・グリン、ブライアン・ブレイクや、エリオット・アーウィットなど。

「アーウィットの手伝いをしたら、彼がお金をくれた。その意味が分からなかったから、『いらない』と断ったら、彼はきょとんとした顔をしていた。後日、ブレッソンの『決定的瞬間』の初版本を送ってきてくれたんだ」

 それを見て衝撃を受け、写真家になろうと決めた。翌年、大学を卒業すると渡米し、マグナムの事務所を訪ねた。そこには当然、所属する写真家のベタ焼きがたくさんあり、久保田さんはそれを丹念に見た。

「写真の勉強をしたわけではなかったからね。特に徹底的に見たのはブレッソンと、ブルース・デビッドソンだった。無駄のない画面構成に、また改めて感銘を受けたよ」

 デビッドソンの名作といえば、ニューヨークのハーレムを4×5判カメラで撮影した「East 100th Street」だ。

(c)Patrick Zachmann/Magnum Photos

「それ以前に、アメリカの公民権運動を撮った作品も良いものだった。彼は最初、自分のお金で撮り始めて、そのうちグラント(グッケンハイム助成金)をもらって撮り始めた。自分の意志で撮っている時と、質が変わる。わずかな違いなんだけどね」

 またコーネル・キャパ夫妻には子どもがいなかったこともあり、息子のように可愛がってもらい、彼からも多くの写真を見せてもらったそうだ。

偶然、ワシントン大行進に居合わせる

 久保田さんの写真家としてのスタートは、1963年。撮影旅行に行きたくなって、ワシントンに足を運んだ。知人だったニューズウイークのスタッフから「キング牧師にアトランタで会った方がいい」と言われたそうだ。

「正直な話、その時、キング牧師が誰だか知らなかったんだ。ワシントンに着いたら、たまたまその日(1963年8月28日)がワシントン大行進の日だった。すごいことが起こりそうだと感じて、早朝から撮っていると、徐々に人が集まってきて、後ろに後ろにと押しやられてしまった。10時か11時ごろだったと思うけど、『I have a dream.』というキング牧師の肉声が聞こえてきたんだ。牧師の顔はまったく見えなかったし、何が起こっているのか分からなかったけど、歴史の1ページに偶然居合わせたことは、その時、意識した」

 その後、南へと旅をし、アメリカを肌で感じた。

「人種差別ははっきりとあったけど、アジア人は見たことがないせいか、どこにでも入れたし、歓迎された。ネイティブアメリカンの民家に泊まらせてもらったり、古き良き時代だったね」

(c)Jim Goldberg/Magnum Photos

 意外にもマグナムのアーカイブには、60年代のアメリカを撮ったものが少ないという。

「ベトナム戦争が本格化していった時代で、いろいろなことが起きた。当時、僕も徴兵の対象になっていて、召集されたら従軍するか、拒否して永久に国外退去になるかだったんだ。息子がアメリカに行ったと思ったら、軍服を着て立川に戻ったら親は驚くだろうって想像したこともあった。実際、お呼びはかからなかったけどね」

作品が新しい可能性を生む

 1975年のサイゴン陥落を取材し、以降、アジアを中心に撮影を行なう。特に中国は1978年から7年間をかけて全省を撮影し、その写真集「中国万華」をきっかけにニューヨークの出版社W.W.ノートンとつながりが生まれ、コロンブスのアメリカ大陸発見500年を記念した撮影プロジェクトを依頼された。それが3年半かけて完成させた「アメリカの肖像」(1992年刊)となった。

 本展で久保田さんが展示した作品は、今年8月に撮影した「平壌 北朝鮮」だ。

「中国や北朝鮮、韓国は特殊な関係があるんだ」と笑う。近年には韓国のハンギョレ新聞社が創設20周年を記念して、韓国の撮影プロジェクトを依頼し、久保田さんが責任者としてこの仕事に当たっている。

 初めて北朝鮮を訪れたのは1978年。岩波書店の月刊誌「世界」の仕事で、当時の安江良介編集長(90年から社長、98年逝去)と同行した。合同会議の取材で、金日成主席の撮影などを行なった。

(c)Harry Gruyaert/Magnum Photos

 その後は金正日総書記を撮影する機会にも恵まれ、この写真は「ライフ」誌を飾った。

 ただ北朝鮮側はライフの掲載内容に対して不適切だと強い抗議があり、久保田さんも友好関係も終わったと思っていたそうだ。それが中国の写真集が完成した翌年、全く思いがけず再訪の誘いがあった。朝鮮民族が誇る白頭山と、金剛山を2年間かけて撮影し、写真集として発表。

 その後、1987年になって韓国側から、この写真展をやりたいとの話があり、「北方の山河展はソウルのほか4都市で巡回し、50万人以上を動員した。

「来場者はみんな泣いて見ていた。会場に金大中氏が来て、展示してあった1×3mのプリントをお買い上げ。名前を書いた花をつけると、次に、金永三氏が来て購入。随分、売れたそうだよ。そのプリントは金大中氏の執務室にずっと飾られていたと聞いています」

日本をもう一度見直したい

 ここ2年は、自作品の集大成づくりに取り組んでいるという。これまで撮影した約500万点をすべてチェックし、400万点以上を廃棄した。

「最終的に5,000~6,000点を選び、長年、一緒に仕事をしているノートン社の編集者に好きなものを選んでもらう。それができれば3~4年先には刊行したい」

 あと中国の重大なプロジェクトがあるほか、インドを撮りたいという。

(c)Ian Berry/Magnum Photos

「テーマや構想を持たず、自然に見たもの、感じたものを本能的に撮っていきたい。日本をもう一度見直したい気持ちもある」

 撮影の秘訣はとの問いに久保田さんは「秘訣は知らないけど、撮っている人間が感動しなければ、人には伝わらない。僕はごく普通の人を撮る。誰でも意識するしないに関わらず、みんなドラマを持っていて、最高の役者になる瞬間がある。その感動は被写体が有名人などでは出ないものなんだ。なかなか撮れないんだけど、それを撮るように努力してきた。それが果たせたかは人様が判断することだね」。

 会場には、こうした個性的な50名の1点が並ぶ。それは世界か、マグナムの写真家への関心につながるはずで、どちらにしても良い時間が過ごせるに違いない。

(c)Steve McCurry/Magnum Photos




(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2010/12/22 00:00