山岸伸の「写真のキモチ」
第74回:撮りたい撮られたいという関係の成立
モデル 猪股聡子をとかち帯広で写す
2024年7月15日 12:00
SNSで知り合った札幌でモデルや司会業をされている猪股聡子さん。ふとしたやり取りから帯広での撮影が実現した。2年前と今年、撮りたい撮られたいという関係が成立しおこなわれた2回の撮影。その全貌についてお話を伺いました。(聞き手・文:近井沙妃)
初対面、挨拶のような撮影
札幌でモデルや司会業をされている猪股聡子さんとSNSで知り合いになったのは約4~5年前。私はとかち観光大使でありライフワークとしてばんえい競馬を撮り続け、度々帯広を訪れている。2020年10月に訪れる際「今度帯広で写真を撮りたいね」と軽く連絡を入れると彼女から「是非!」と返事がきて、なんと札幌から車を運転して来てくれた。
午後1時に私がいつも宿泊している帯広駅近くの十勝ガーデンズホテル前で待ち合わせ。挨拶をしてまずは私の定番、大好きな幸福駅へ。とかち帯広はモデル撮影をするのには難しく感じる。度外れて広く、古い建物がそんなにあるわけではないしハウススタジオがあるわけでもない。土地勘のない私にとっては幸福駅が1番の撮影スポットになる。帯広観光コンベンションの方にお伝えすれば撮影許可を取っていただけるので安全に撮影ができる。
私の悪い癖か良い癖かわからないが打ち合わせは衣装のことくらいしかしない。ポートレートを撮る際にしっかりとしたコンセプトを持つことは基本的に少なく、彼女の魅力を引き出すために打ち合わせなどはそんなに必要なことではないと思う。如何にカメラマンがモデルに没頭できるか、集中できるかだ。
私がその場所を提供したらモデルがどう思うか、どう撮られるかはその人次第。無理に笑ってくれなくていい、無理にカメラを見なくてもいい、無理に大袈裟なポーズをしなくてもいい。その時本人が思ったまま、「電車の中だったらこうかな、外だったらこうだわ。」と思う表現をしてくれたら私はそれを掬い撮ればいい。
そして電車は不思議と喜怒哀楽や独特の雰囲気が出る。表情1つで明るく前向きな印象にもなり、旅立ちや別れを感じさせたりね。
加えて初めて会った彼女がどういう子なのか掴むため、1番彼女に似合った1枚を写すための模索、限られた時間内でバリエーションを作るためにもカラーとモノクロを使い分けている。
いつも言っている通り、写真は行って撮れないでは困る。何があっても撮れる、撮ることが大切。ただの屋外で雨が降れば逃げるしかない。けれども幸福駅のこの1両の電車があれば雨が降っても雪が降っても槍が降っても車内でいくらでも撮れる。まずは幸福駅で30分ほど猪股さんと挨拶のような撮影をして次の撮影地へ。
限られた時間で効率的に
帯広で1番好きな場所、木々の匂いが濃く森に入ったような気持ちになれる真鍋庭園。真鍋庭園の広さは2万5,000坪に及び、日本庭園・西洋風庭園・風景式庭園で構成されていてきちんと回るとかなり歩かなければいけない。私は普段あまり運動をしておらず長距離を歩くのも得意ではないので最短コースで効率よく撮影させていただいた。彼女も撮影が終わればまたすぐに車を運転して札幌に帰らなければいけないので極力無駄な時間と労力はかけさせないようにと思う。
この日はちょうど社長さんがいて、「是非ここでも撮影してください。」と今まで私が入ったことのないお部屋での撮影許可もいただけた。
こうして1回目の撮影は私と彼女のコミュニケーションを図る第1歩であり、いつかまた機会があれば撮りたいと思わせる3時間となった。
2年振り、2度目の撮影
今年6月末にまた帯広を訪れることになり、今回はばんえい競馬の撮影に集中しようとスケジュールを立てたが日曜日は朝調教が終わり食事をしたら午後のレースの撮影まで5時間くらいフリーの時間が生まれた。そこでもう1度猪股さんに撮影をお願いしようと。そう思わされたきっかけは少し前に北海道室蘭市で行われていた「撮りフェスin室蘭」というイベント。ニコンカレッジ札幌校講師・写真家の浅野さんによるポートレート撮影講座で彼女がモデルをしていて、SNSに上がっていた写真がとてもいい雰囲気だったから。
無理を承知でお願いしたところ快諾いただき事前に衣装に関してやり取りをして2年ぶりの撮影が実現。11時に前回同様、十勝ガーデンズホテル前で待っていた。私は基本的に同じように繰り返す。待ち合わせ場所や、撮影場所も大きく変化させることはない。思い付きで撮りたい場所が出てくることもあるが同線はなるべく一緒。そうすることで間違いが起きづらくなるし、その余裕からまた新しいものも生まれる。
残念ながら幸福駅はイベントを開催していて撮影に使っても大丈夫だがたくさんの人がいるということで避けることに。前回の撮影を踏まえ、思い切って町のスナップポートレートを撮ってみようと「いなり小路」という飲食店が並ぶ小さな小道へ。帯広観光コンベンションの梅村さんが許可を取ってくれて自由に撮影ができ、車も目の前に停められるという好条件。
32℃の暑さで12時前後の時間帯にこの場所でどう太陽が位置するかというのは読み切れなかったが、「どうなってもいい、太陽が出ようが何しようが彼女を撮るんだ」という気持ちで撮影に挑んだ。ここで1番助かったのは小道具として帽子をいくつか用意してもらっていたこと。帽子を被ることで日を除けたり眩しさを軽減できた。撮影には何か1つ自分のものがあれば非常に助かる。これが借り物だと帽子を丸めたり傷付くようなことはできないが、彼女の私物なので本人の加減でいろいろとポーズを付けてくれた。
道路上ではなるべく撮影はしないようにという注意事項があったが、大前提として街中での撮影は人の迷惑にならないようにスピーディーに行うことを1番のテーマにしている。いなり小路の多くのお店は夕方から開店するが昼からお店の掃除をしていたり偶然開いているお店もあり、1軒目でウーロン茶やコーラなどを飲ませていただいてお客として利用しつつ店先で撮影できるようにお願いをした。
2軒目では隠れたご当地グルメの焼きラーメンを作っていただき撮影の合間で食事ができた。お店の皆さんだけでなく、この路地にいる方々の協力を得て効率よくスピーディーな撮影となり本当にありがたかった。
続いて真鍋庭園へ到着し車内で衣装チェンジ。ミニスカートを履いていただいたが私の勘違いで意図していたものと違うミニスカートだった。イメージがハマらないまま無駄に時間を使ったり彼女を不安にさせるのが嫌だったのでポイントを押さえ手短に切り上げる。これはこれで私にとって非常に楽しかった。
ルーティンの中で新しい挑戦を
帯広に来れば必ず訪れる芽室町の赤レンガへ。せっかくソニーからα9 IIIをお借りしているのでテスト撮影もしてみたい。年寄りなのでマニュアルだけではよくわからない。常に貪欲に何か1つ覚えていかないと。先ほど私は同じ繰り返しをすると言ったが、その中で必ず新しい挑戦をしている。
ヒールを履いてジャンプをするのは危険なので裸足に。コンクリートの上をジャンプしていただくのは申し訳なかったが、数回のジャンプの中で「このカメラでこうやって撮れるんだ!」と感覚が掴め、良さを発見できた。
私は相変わらずテザー撮影で確認しながら撮っている。一方的に撮ることも大切だが、撮りたい画の説明や改善点が伝わりにくいときに画面をモデルに見せることでどうすればいいか直ぐにわかる。いい画を撮りたいと同時に闇雲に続けて彼女の足や体力に負担がかかってしまうことも避けたい。
近くには芽室駅があり目の前を電車が走るので音が聞こえたら電車も撮ったりする。今回は猪股さんの撮影に集中するために電車は撮らないと決めていたが、チンチンと聞こえたので思わず振り向き1度だけ撮影した。
撮影も終盤、ここでもカラーとモノクロを使い分けてみた。どちらの雰囲気がよかっただろうか。私はやっぱりカラーが好き。情報量が多く非常にレンガの雰囲気が出ている。こうして使い分けることでバリエーションが増えるだけでなく好きな表現が見つかっていくし、自分の求める表現をするのに必要な情報は何か分析ができる。
撮りたい撮られたいという関係の成立
互いを深く知らないモデルとカメラマンが短時間で向き合う。何を撮るか、どんな風に表現するか。猪股さんと撮りたい撮られたいという関係が成立し2度の撮影を終えた。やっぱりポートレートはカメラマンだけではない、被写体の力が半分。こんな素敵な出会いはなかなかないと思う。
また秋に帯広へ行こうと計画している。猪股さん、そのときは事前に連絡するので1日撮れたら嬉しいな。