写真を巡る、今日の読書
第115回:光の気配、空間の計算。表現の奥にある文脈を読み解く3冊
2026年7月22日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
美術作品との対話
優れた美術作品を前にしたとき、私たちはそこに何を見出しているのでしょうか。描かれた主題や色彩の美しさに目を奪われると同時に、鑑賞するという行為の本質には、作品が放つ気配や、作者が仕掛けた視覚的なコードを読み解く対話が含まれています。それは一見すると個人的な好みのようでありながら、実は作品の奥にある文脈や、表現とは何かという問いに直結しています。
今回は、絵画や美術が持つ豊かな世界を、独自の視点や確かな言葉によって紐解いてくれる3つの書籍を巡りながら、私たちが視覚を通じて美術作品とどのように対話しているのかを考えてみたいと思います。
『NHK出版 学びのきほん 感性でよむ西洋美術』伊藤亜紗 著(NHK出版/2023年)
1冊目は、伊藤亜紗による『感性でよむ西洋美術』です。美術史の知識や時代背景を論理的に解説する書籍は数多くありますが、本書はタイトル通り、作品が持つエッセンスを人間の「感性」や五感の記憶を通して手繰り寄せようとする試みがなされています。
1枚の絵画から立ち上る光の気配、空気の冷たさ、あるいは描かれた人物の感情の揺らぎ。著者の繊細な言葉に導かれるようにページをめくっていくと、美術が決して遠い過去の遺物ではなく、今を生きる私たちの内面と地続きのものであることに気づかされます。
本書の解説の面白いところは、「比較」を通じて感じ方と言葉について考えられるところです。作家や時代を比較しながら見ていくことで、その違いを言い表す的確な美術用語などにも自然に触れることができるでしょう。易しい言葉で語りかけるような講義形式のテキストも読みやすいものになっています。
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『マチスのみかた』猪熊弦一郎 著(作品社/2023年)
2冊目は、画家・猪熊弦一郎による『マチスのみかた』です。20世紀美術の巨匠アンリ・マティスがいかにしてあの鮮烈な色彩と自由な線へとたどり着いたのか、その創作のプロセスと視線に迫る1冊です。
写真が好きなかたにとっては、アンリ・カルティエ=ブレッソンの著書『決定的瞬間』の表紙のコラージュを手がけた作家としても馴染み深いかもしれません。マティスの作品は一見すると軽やかで即興的、あるいは極めてシンプルに見えながらも優美なものに感じられるでしょう。
しかし、その背後には空間と色彩のバランスに対する執拗なまでの探求と、視覚的なリアリティを再構築するための厳密な計算が仕掛けられています。本書はその画面構成やディテールの「みかた」を丁寧に紐解きながら、さまざまなエピソードと共に語りかけてくれる1冊です。
実際本人から指導を受けた経験をもとに書かれたテキストからは、マティスの思考法とその人物像を、深く味わうことができるでしょう。
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『美術、応答せよ!: 小学生から評論家まで、美と美術の相談室』森村泰昌 著(筑摩書房/2014年)
最後は、森村泰昌による『美術、応答せよ!』です。セルフポートレートの作品でも知られる森村による、ユニークなかたちの美術入門書です。
本書は、誰かしらから投げかけられる美術についての質問や問いに答えるというかたちの、ある種のQ&A集の形式で美術について語られた1冊です。小学生や高校生、大学教授、哲学者、ギャラリスト、さらには写真家荒木経惟まで、種々さまざまな立場からの問いに答えていきます。
回答は森村らしいレトリックとユーモアに富みつつも、言葉を安易に断定に落とし込まず、美の価値や芸術家の責任、さまざまな社会的問題に対して逡巡や留保しながら言葉を紡ぎ出しており、その思考の過程をたどると、「正解」を教えられるのではなく、自ら応答する主体へとそっと押し出されるような気がします。
Q&A集という形式を借りた、開かれた美術入門であると同時に、問い続けることそのものの倫理を考えさせられる1冊なのではないでしょうか。





