写真を巡る、今日の読書
第114回:紙コップの酒から新宿の夜へ。記憶の底にある「酒場」を巡る3冊
2026年7月8日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
紙コップの酒から
個人的な話になりますが、先日、郡山に住む叔父が亡くなりました。酒とたばこをこよなく愛した人でした。盆と正月に顔を出すたび、「良くんも飲むかい?」と決まって声をかけてくれました。「いただきます」と答えると、「嬉しいねえ」と言いながらビールを注いでくれた穏やかな笑顔を、いまも鮮明に思い出します。
最愛の孫が生まれてからは、しばらくたばこを断っていたそうです。それでも酒との縁は残していたようで、納棺のときには、集まった親族たちが紙コップに酒を注ぎ、それをいくつも棺に詰めました。その光景を見ながら、叔父の「お、いいねえ」という声が聞こえてくるような気がしました。
『ずぶ六の四季』大竹聡 著(本の雑誌社/2022年)
帰りの新幹線の中で、ふと大竹聡の『ずぶ六の四季』を思い出しました。家に戻ると本棚から引っぱり出し、そのまま読み返しました。
酒のうまさと、四季折々の土地で交わされる酒の時間を綴った随筆です。夜酒はもちろん、朝酒や昼酒の気楽さ、肴のうまさ、隣り合った酔客とのたわいない会話までが、実に朗らかに描かれています。痛飲を悔いる場面もありますが、それさえ酒の愉しみのうちに含まれているように思えます。
叔父もきっと、こんなふうに酒を愛していたのだろうと思います。酒を飲みながら、つまみ代わりに読むにはこれ以上ない本です。そう思って、私も日本酒を片手にページを繰りました。
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『ゴールデン街コーリング』馳星周 著(KADOKAWA/2021年)
飲みながら思い出したのは、自分が酒にのめり込み始めた学生時代のことでした。大学院で指導を受けていた教授や、大学で親しくしていた職員の方によく連れて行ってもらったのが、新宿ゴールデン街でした。やがて私もひとりで通うようになりました。まだいまのような観光地めいた状態になる前の、雑然として濃密な空気がそこには残っていました。飲み代は安く、そこでしか会わない人々がたくさんいました。
学生闘争の話を延々と語り続ける文筆家を名乗る人。芸術や政治の話をふっかけ、こちらが反論するたびに面白そうに笑う映画関係者を名乗る人。そんな素性の知れない酔客たちとの夜毎の会話は、いま思えば、ずいぶん自分を鍛えてくれたようにも思います。
その風景をそっくり封じ込めた小説のひとつに、『ゴールデン街コーリング』があります。馳星周が「深夜+1」というゴールデン街のバーで働いていた頃の実体験をもとに書いた作品です。もちろん、そこで巻き起こる殺人事件を含め、フィクションも多く含まれるでしょう。けれど、その文章から立ち上がる街の匂いや湿度は、私が吸い込まれていったあの頃のゴールデン街そのものでした。同じように街へ呑み込まれていく主人公に、自分の記憶が重なります。
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『ニュー新宿』森山大道 著(月曜社/2014年)
そしてもう1冊、手に取ったのが『ニュー新宿』でした。森山大道が切り取った膨大な新宿の断片が、荒れたモノクロームの中に収められています。そこには歌舞伎町やゴールデン街の、ざらついた光と影が表出します。『ゴールデン街コーリング』に描かれた街の輪郭が、写真によって補強されていくようです。
物語に登場する主人公も、バーのマスターも、風俗の客引きも、キャバクラ嬢も、ページのどこかに潜んでいるように見えます。文章と写真が接続されることで、新宿という街に渦巻くノワールの世界は、いっそう深く、鮮やかに立ち現れるでしょう。
叔父の棺に収められた紙コップの酒から始まった記憶は、気づけば本の中の酒場と、写真学生だった頃の自分が足を向けた新宿の夜へとつながっていました。人がいなくなっても、その人が愛した酒の匂いだけは、不思議とこちらに残り続けるものなのだと思います。





