写真を巡る、今日の読書
第116回:意図を超えた「何か」が宿る。写真というメディアの深遠さを伝える本
2026年8月5日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
撮影者の意図を超えた「何か」
1枚の写真には、写された被写体だけでなく、その周囲に漂う空気や雰囲気、時間の経過によって醸成される誰かの記憶、ときには撮影者の意図を超えた「何か」が写り込むことがあります。私たちは写真を見るとき、ただ視覚的な情報を処理しているのではなく、そこに写る世界の背景にある物語を、無意識のうちに想像しているのだと言えるでしょう。
今回は、写真というメディアが持つ不思議な力や、そこに宿る記憶の気配を、異なるアプローチで描き出した3つの作品を巡ってみたいと思います。
『小暮写眞館 上・下』宮部みゆき 著(新潮社/2025年)
1冊目は、宮部みゆきの『小暮写眞館』です。元写真館だった古い建物に引っ越してきた主人公の一家が、なぜかそこに持ち込まれる「不可解な写真(心霊写真らしきもの)」の謎を解き明かしていく物語です。
一見、オカルト的なミステリーのようでありながら、その根底にあるのは、写真に写り込んでしまった人々の想いや、残された家族の心の機微を描くストーリーになっています。著者の丁寧な筆致は、写真が持つ「過去の一瞬を永遠に留めてしまう」という性質をより鮮明に浮き彫りにします。
謎が解けたとき、その写真は不気味なものではなく、誰かの切ない記憶の欠片へと変わり、写真を取り巻く人間の心の機微に深く感じ入らされます。
本作はNHK BSプレミアムで神木隆之介主演でテレビドラマ化もされており、私はそちらから入ったため、頭の中で映像が流れつつ、文字から得られるイメージを重ね合わせて楽しむことができました。
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『家族写真』荻原浩 著(講談社/2015年)
2冊目は、荻原浩の『家族写真』です。こちらは、様々な家族のカタチと、それぞれの中にある「写真」を巡る7篇の短編集です。ある家族にとってはアルバムの片隅にある1枚であり、またある家族にとっては写真館で撮影する特別な1枚が軸になり物語が進んでいきます。
ユーモアと、時折差し込まれる鋭い視点は、決して一筋縄ではいかない「家族」という関係性をリアルに写し出しています。写真とは、家族が良い状態のときも、そうではないときも、その瞬間を切り取り記録できるメディアです。後から振り返ったときに、初めてその1枚が持つ本当の意味に気づかされることも少なくありません。そんな写真と記憶の結びつきから、写真の本質的な魅力に気付かされる1冊でもあるでしょう。
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『既視の街』金井美恵子 著、渡辺兼人 著(新潮社/1980年)
3冊目は、金井美恵子の言葉と渡辺兼人の写真が共鳴するような構成で編まれた、『既視の街』です。1冊目、2冊目が写真を媒介にした「物語」を描く作品だとすれば、3冊目の『既視の街』は、写真そのものが言葉と拮抗しながら世界観を構築していく、より実験的な作品です。
渡辺兼人が捉える暗くフラットな都市の風景は、どこか現実味を失った、彷徨うような夢の中で出会った映像を呼び起こす迷宮のようです。そこに重ねられる金井氏の密度の高い幻視的なテキストは、私たちが普段見ている「都市」という現実の輪郭を不穏に揺さぶります。
物語を追う読書とは異なり、ページをめくるごとに、写真と言葉が作り出す奇妙な空気の中に迷い込んでいくような、視覚的にも言語的にも極めて刺激的な読書体験をもたらすでしょう。






