写真を巡る、今日の読書

第113回:写真のフレーミングにも似た「翻訳」の豊かさを巡る3冊

池澤夏樹の『星の王子さま』から井上靖の『舞姫』まで

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

翻訳により別の響きへ

ある言語で書かれたテキストを別の言語へと移し替える「翻訳」という行為は、どこか写真家のフレーミングや現像のプロセスにも似ていると感じることがあります。目の前に広がる現実から、何をすくい上げ、どのようにして1枚のイメージへと定着させるか。その選択には、撮影者自身の世界観や解釈が映り込みます。

同様に、優れた翻訳者による仕事に触れるとき、私たちは原作者の思想を辿るだけでなく、翻訳者という独自の「目」を通したもう1つの世界を追体験しているのだと言えるのではないでしょうか。

今回は、名作と呼ばれる文学が新たな言葉によってどのように別の響きを獲得したのか、3つの優れた翻訳書を巡ってみたいと思います。

『星の王子さま』アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 著、池澤夏樹 訳(集英社/2005年)

1冊目は、池澤夏樹訳の『星の王子さま』です。サン=テグジュペリによるこの不朽の名作は、これまでに数多くの名訳が生み出されてきました。私が最初に読んだのは、内藤濯訳によるものでした。多分、最も多くの方が『星の王子さま』として読んだのもこの訳ではないかと思います。

池澤氏による翻訳は、言葉の端々から非常に透明度の高い、美しい光が差し込んでくるような印象を受けます。池澤氏は詩人であり小説家でもあるからこそ、原文の持つ優しさと同時に、その背後にある孤独や宇宙的な広がりを、極めてシンプルかつ現代的な日本語で整えています。

私たちが日常のなかで見失いがちな「大切なもの」を静かに差し出すその語り口は、新たな視覚的インスピレーションを与えてくれるものになるでしょう。

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『変身』フランツ・カフカ 著、川島隆 訳(KADOKAWA/2022年)

2冊目は、川島隆訳のカフカ『変身』です。ある朝、目覚めると巨大な虫になっていたという不条理な物語です。私は高校の現代文の授業ではじめてこの作品に触れましたが、紹介されたのは冒頭部分だけでした。その続きが気になって図書館へ借りに行ったものの貸出中で、帰りに書店で購入した記憶があります。

川島氏のより現代的な翻訳は、そのグロテスクな状況に潜むユーモアと、底知れない孤独のリアリティをより強く感じさせるように思います。

カフカの描く世界は、一見すると非現実的なセットアップのような超現実性を持っていますが、そのディテールは恐ろしいほど細かく書き込まれています。川島訳によって、主人公の焦燥感や家族の冷ややかな空気感が、新たな解像度をもって現代の読者へと提示されます。

グレゴール・ザムザはなぜ<変身>したのか? 高校生の頃抱いた疑問と好奇心を、もう一度思い出す一冊でした。

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『現代語訳舞姫』森鴎外 著、井上靖 訳(筑摩書房/2006年)

3冊目は、井上靖訳による森鴎外の『舞姫』です。近代日本文学の傑作である『舞姫』は、鴎外による流麗な文語体が大きな魅力ですが、現代の読者にとっては敷居の高さを感じさせる作品でもあります。実際、私は高校の現代文で取り上げられたとき、「石炭をばはや積み果てつ」からはじまる原文をほとんど読み解けなかったことだけを覚えています。

これを文豪・井上靖が現代語訳した本書は、原文が持つ格調高さを損なうことなく、主人公たちの内面の葛藤や、ベルリンの都市が持つロマンティシズムと陰影を鮮やかに現代に蘇らせています。なるほどこういう作品だったのかという、ある種幸福な読書体験がここにあります。

時代を超えてイメージを繋ぐという「翻訳」の持つ豊かさを、改めて実感させてくれる1冊です。現代語訳の他に、解説や原文も掲載されているため、読み比べながら進めるのも面白いのではないでしょうか。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。