写真を巡る、今日の読書

第100回:さまざまな感覚を刺激してくれる写真集

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真集をじっくりと

この連載も、気がつけば今回で第100回を迎えることとなりました。ちょうど今年最後の掲載ということで区切りもよいのですが、特にこれまでと異なる趣向にしようという考えはありません。毎回3冊ずつ紹介してきましたので、これまでにおよそ300冊の書籍を取り上げてきたことになりますが、私の研究室の蔵書は今なお増え続けており、この年末こそ1度整理したいと考えています。

学生時代、本を読むことはゆったりとした優雅な時間だったように思うのですが、現在は授業資料の引用や情報整理が主となり、斜め読みで次々と資料に目を通す忙しない読書が多くなっているように思います。ただ、写真集を読む時間だけは今も変わらず、視覚的な驚きや発見に満ち、さまざまな感覚を刺激してくれる豊かな体験です。そこで今回は写真集をじっくり眺めたいと思います。

『TULSA』Larry Clark 著(Grove Press/2000年)

1冊目は『Tulsa』です。私が本書を購入したのは学生時代、もう25年以上前のことになります。きっかけは、ラリー・クラークの長編映画『KIDS/キッズ』を観て受けた強い衝撃でしたが、『Tulsa』は映画以上に当時の自分へ大きな影響を与えた1冊でした。

作者自身も麻薬中毒者でありながら、薬物や暴力、銃といったものが溢れるコミュニティを生々しく捉えたリアリズムは、写真の力を実感させるものでした。

ガス・ヴァン・サントやマーティン・スコセッシにも多大な影響を与えたと言われる本作は、写真史に残る傑作の1つです。現代写真におけるユースカルチャーやアウトサイダー、ストリートカルチャーを主題にしたドキュメンタリー表現の源流とも位置づけられ、今なお重要な作品として一読をおすすめします。現在も再版が入手可能なうちに、ぜひ手に取ってみてください。

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『私景』深瀬昌久 著(赤々舎/2023年)

2冊目は『私景』。制作後期に深瀬昌久自身の「私」を主題として展開したシリーズで、国内外の路上や日常空間で、自身の顔や手足をフレーム内に写し込みながら撮影された実験的な作品です。

写真に施された彩色や、1枚の中に顔と風景が共存する特異な遠近感は、どこか超現実的で、まるで亡霊がさまよう光景を思わせます。いまの言葉でいえば「セルフィー」や「自撮り」とも言える方法ですが、これらの写真群からは強い孤独感や無言の問いかけが伝わり、極めて哲学的かつ思想的な圧力を感じます。

「家族」や「カラス」といった他のシリーズとは異なる荒々しさに触れられる本作は、写真表現そのものについて考える大きな手がかりとなるでしょう。

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『Todd Hido: Intimate Distance: Thirty-five Years of Photographs, a Chronological Album』Todd Hido 写真(Aperture/2025年)

最後に、トッド・ハイドの『Intimate Distance』を紹介します。本作は2016年刊行の同名写真集の2025年再編版で、最新のカットも新たに加えられています。

『House Hunting』『Silver Meadows』などハイドの代表作を含む30年以上の作品が収められた回顧的な1冊で、匿名的で物語性豊かな風景写真や、ヌードをはじめとした多彩なポートレートも収録されています。

写真集そのものとしては、ギミックのある『THE END SENDS ADVANCE WARNING』なども魅力的ですが、この1冊でトッド・ハイドの軌跡をたどれる点は貴重です。A4よりやや大きい判型で全320ページのボリュームと価格を考えても、非常にコストパフォーマンスに優れた写真集と言えるでしょう。コレクションはもちろん、写真好きな方への贈り物にも最適です。

それではみなさま、良いお年をお迎えください。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。