写真を巡る、今日の読書
第99回:シニカルな視点で社会を捉えたマーティン・パーの世界
2025年12月10日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
皮肉たっぷりの観察眼
先日、イギリスの最も偉大な写真家のひとりであるマーティン・パーの訃報が伝えられました。毎年、クリスマスの装飾が広がるギラギラした街並みを見ていると、パーの極彩色の写真を思いだしていました。1952年にイギリスのサリー州エプソムで生まれ、消費文化や大衆文化を風刺的かつユニーク、時にシニカルな視点で捉え続けてきた写真家です。写真好きの方なら、きっと1度は彼の作品を目にしたことがあるのではないでしょうか。パー本人も日本の写真や写真家に関心を寄せていて、写真集のコレクターとしてもよく知られています。
初めてパーの作品を見たときは、フラッシュを多用したアイコニックな表現が、正直なところあまり好みではありませんでしたが、その視点やコンセプトの緻密さ、撮影量の多さに次第に惹かれ、気がつけば定期的に著作を見返すようになっていました。
キッチュともいえる鮮やかな色彩の中にある品の良さや、時に悪意すら感じられるような皮肉たっぷりの観察眼は、不思議と観る者を惹きつけます。ときには「薬」ではなく「毒」を欲することがあるといった、そんな感覚を抱かせる写真家です。今回は、そのマーティン・パーの作品集に注目したいと思います。
『The Last Resort: Photographs of New Brighton』Martin Parr 写真(Dewi Lewis Pub/2010年)
1冊目は、代表作の1つであり、カラー写真表現の潮流における重要作『The Last Resort: Photographs of New Brighton』です。本作は、1980年代前半から中盤にかけて撮影されました。1970年代から始まったスティーブン・ショアやウィリアム・エグルストンなどのニューカラーの流れを汲んだ、シリアスなカラー写真表現として高く評価されています。
主な被写体はウォラジー郊外に位置するビーチリゾート、ニューブライトンの海辺の労働者階級の人々です。室内や曇天の柔らかな光でストレートに捉えた写真もありますが、多くは晴天下でフラッシュを補助光とし、人物を際立たせたヴィヴィッドな色彩が強調されています。この特徴的な撮影方法で、登場人物がスポットライトを浴びたように背景から立ち上がり、強い存在感を放っています。
被写体となった人々はほとんどが無表情で、地面や砂浜には無数のゴミが散乱しており、リゾート地でありながらどこか寂れた閉鎖的な雰囲気が漂っているのも特徴的です。その土地を見つめるパーの批評的視線が、作品全体に強く宿っています。
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『Small World』Martin Parr 著(Dewi Lewis Pub/2024年)
2冊目は『SMALL WORLD』。1980年代後半から1990年代半ばまでに、世界各地の有名観光地で撮影されたシリーズです。
第二次世界大戦後、旅行が一般大衆に普及し、観光そのものが1つの文化として成長していきました。パッケージツアーなどの集団旅行が流行し、各地の有名スポットには観光客があふれます。説明を聞く団体や、ピサの斜塔を支えるポーズなど、観光地ならではの典型的な光景が力強く記録されています。
本書は1995年のオリジナル版に新たな写真やエッセイを加えた改訂版です。写真表現としても、時代の記録としても非常に参考となるため、機会があればぜひ新刊でご覧ください。
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『Real Food』Martin Parr 写真(Phaidon Press/2016年)
最後に紹介するのは、食べ物の写真だけを集めた『Real Food』です。パーは写真集だけでなく、ポストカードや民芸品、壁紙などを収集するコレクターとしても知られており、本書はそんなパーの“視覚的コレクション”として楽しめる1冊です。
上記2作に比べてさらに彩度の高い色彩が特徴で、写真によっては色が飽和し、質感が平板に見えるほど強烈なビジュアルとなっています。同じものを同じ撮り方で集め、その差異を明確にするタイポロジー的発想が使われているとともに、パーの全作品には「収集する」という制作原理が一貫して通底していることがよくわかります。





