写真を巡る、今日の読書

第86回:写真家がなぜその表現に至ったのか

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

ひらめきや柔軟な思考力

学生たちが写真表現に取り組む際には、できるだけ多くの写真集を参考にするよう指導しています。この連載でも、多くの写真集を紹介してきました。

しかし、写真を撮るうえでは単に写真作品から学ぶだけでなく、その写真家がなぜその表現に至ったのか、他にはどのような表現方法があったのか、あるいは別のジャンルの芸術作品や研究ではどのように扱われているのか、といった深いリサーチが必要となります。

また、1つのテーマに新たな方法論や姿勢で取り組むためには、ある種のひらめきや柔軟な思考力も求められるでしょう。今日は、そのようなリサーチ力に参考になりそうな本をいくつか紹介したいと思います。

『実践 自分で調べる技術』宮内泰介、上田昌文 著(岩波書店/2020年)

1冊目は、『実践 自分で調べる技術』。「調べる」ことに関する方法やコツ、手順についてまとめられた1冊です。探究学習や論文執筆に必須の知識が網羅されており、写真表現の理論や歴史を調査する際にも役立つでしょう。ステートメントを書く際にも重宝するはずです。

本書では、図書館での本の探し方や学術論文の検索方法、新聞記事データベースの活用法など、情報検索の基本から始まり、アンケート調査や聞き取り調査といったフィールドワークのポイントまで紹介されています。

個人的にまず目を通してほしいのは、第2章7項「書かれていることは真実か」です。調べて得られた情報は、第3者が調査しまとめたものです。これらの情報が信頼できるものか、出典や根拠が明らかかどうかを常に疑い、情報を精査することはリサーチにおいて最も重要な技術です。

新聞の情報には校閲が入り、学術論文には査読制度があるため、限界はあるものの、一定の信頼性が担保されています。一方、ウェブ検索で見つかる個人の記事やSNS、匿名掲示板などの情報は、必ずしも信頼できるとは限りません。

本書では触れられていませんが、AIで検索した情報も、まずは疑ってかかった方が良いでしょう。AI生成の情報には事実誤認やフェイクが混入するリスクがあり、特に最新情報や専門性の高い分野では注意が必要です。第3章6項「聞いた話は正しいのか?」も併せて読むことで、情報収集の精度がさらに高まるのではないでしょうか。

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『科学の方法』中谷宇吉郎 写真(岩波書店/1958年)

2冊目は、『科学の方法』。著者は、1936年に世界で初めて人工雪の作成に成功したことで知られる物理学者の中谷宇吉郎です。

「それはほんとうなのか?」を扱う科学のアプローチは、写真表現においても非常に有用だと私は思っています。それは、私自身が写真表現に加えて、オルタナティブプロセスをはじめとした写真の科学に興味があるからというだけではなく、科学と芸術の関係性を整理しておくことは表現においても新しい展開や発見を行うことに非常に役立つと考えているからです。

例えば、第10章「理論」にはとても興味深い記述があります。それは、知識を体系化することによって「予言ができる」という部分です。知識を総合することで、抜けている点や発展する点がわかり、結果その新しい方向に研究を踏み出すことができるという考え方は、そのまま新たな表現を目指すための指標にもなるのではないかと思います。

科学と芸術の関係という点では、寺田寅彦の著書やエッセイにも珠玉の名作がありますが、是非本書も手に取ってみてほしいと思います。

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『ぐんぐん正解がわからなくなる! アート思考ドリル』若宮和男 著(実業之日本社/2021年)

最後に、『ぐんぐん正解がわからなくなる! アート思考ドリル』を紹介したいと思います。科学の観点から1冊紹介しましたので、こちらはアートの観点から。

本書には12の簡単な課題を通じて、「アート思考」と呼ばれる、常識や既存の価値観にとらわれずに新たな視点や問いを生み出すためのトレーニングが行われていきます。机に置かれた2枚のカードのかたちは? というようなものから、モナリザを巡る5枚の絵を値段が高いと思われる順に並べてみる、といった課題まで、さまざまな観点から自由な発想や思考を育むことができます。

私も一通り課題をこなしてみましたが、大変楽しく読むことができました。最後に写真に関する課題もありますので、是非。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。