写真を巡る、今日の読書
第84回:新たな写真表現を目指すためには“先行作品のリサーチ”も必要です
2025年4月30日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
新たな写真表現を確立する方法
新年度が始まり、大学の研究室にも新たな学生たちが訪れる季節となりました。4月は1年間の制作の方向性を決める重要な時期でもあり、プロジェクトのコンセプトやステートメントについて議論する機会も多くなります。
そのリサーチに欠かせないのが写真集や文献、論文といった資料です。セルフポートレートを撮る際も、花を撮る際も、あるいは新しい広告写真表現を目指す際も、先行作品や資料を研究することは大学での写真制作における重要なステップとなります。多くの作品や写真の歴史を知ることは、自らの新たな写真表現を確立する方法であり、自らの作品の新規性を示すための根拠にもなるからです。
そのためには膨大な写真集にひとつひとつ当たっていくしかありませんが、今日は最近学生に紹介した中からいくつか取り上げてみたいと思います。
『記憶の花』藤原更 著(ふげん社/2025年)
1冊目は、『記憶の花』。作者の藤原更は、以前私と同じコマーシャルギャラリーに所属しており、長年その仕事を眺めてきた写真家のひとりです。本作品集には藤原の代表作である「花」をモチーフとした複数のシリーズが収録されています。
藤原の手法にはポラロイド写真を剥離して転写する技法が含まれており、本作はその手法によって蓮や薔薇、芥子といった花々が溶け出したような色彩で描かれています。出版時には目黒のふげん社で実際の作品も展示されており、大判プリントや立体的な印刷物で鑑賞することができました。
写真集はそれに比べればサイズは小さいものの、画像の鮮やかさやディテール再現という点ではまた違った魅力や深みを感じられるように思います。同じくポラロイドをメディアとして表現したルーカス・サマラスやサラ・ムーンの作品に通じる狂気や幻想的な感覚も含みつつ、藤原独自の視点と技法によって抽象化された世界観が形成され、多くの物語を想像させるイメージが生み出されています。
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『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』瀧本幹也 著(青幻舎/2024年)
2冊目は、『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』。広告分野で第一線を走り続けてきた瀧本幹也の仕事をまとめた1冊です。広告、エディトリアル、コマーシャルフィルムなどを志す学生や写真家にとって必読の書と言えるでしょう。
瀧本が手掛けてきた多岐にわたるクライアントとの仕事は、2000年代以降の広告写真史そのものを振り返ることにも繋がります。シンプルで幾何学的なグラフィック的表現から、その場の空気感を豊かに捉えたスナップ的表現まで、多彩な視点と手法から広告写真表現について深く考えることができます。
また、本書にはアートディレクター・佐野研二郎との対談も収録されており、制作現場の舞台裏について知ることもできます。広告関連の仕事が中心ではありますが、プライベートワークとして発表された多くの作品とも共通する視点が見られます。写真というメディアに関わる多くの方にとって非常に参考になる書籍になるでしょう。
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『Pharmakon』Teju Cole 著(MACK/2024年)
3冊目は、『Pharmakon』。ナイジェリア系アメリカ人であり、写真家・美術批評家として活動するTeju Coleによる作品です。
Coleは以前、小説『オープン・シティ』においてニューヨークで働く精神科医をモチーフにした物語を発表しましたが、本作では12篇の短編小説と写真作品を組み合わせています。
本書は日々目にしたものの日誌とも言える内容でありながら、白日夢的な幻想や空想を見るような断片的で静謐なイメージが特徴です。風景や記憶がレイヤー状に重なり合い、それらにテキストが方向性を与える構成は非常に印象的です。本作は写真詩集としても参考になる1冊と言えるでしょう。