写真を巡る、今日の読書
第69回:ストレートな視点で詩的に…ロバート・フランクがもたらした写真表現の変化
2024年10月2日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
ストレートな視点と詩的な表現性
写真史を眺めてみると、写真表現における大きな転換点をいくつか見つけることができます。そのひとつが1950年代後半におけるものです。それまでのプロパガンダ的な意味合いを含んだジャーナリズムに対抗するようにして、よりストレートな視点と詩的な表現性を含めた新たなドキュメンタリーと、その時代を鮮やかに、多面的に捉えたスナップ写真が現れた時代です。
キーとなったのは、写真雑誌『Aperture』の創刊やウィリアム・クラインの『LIFE IS GOOD & GOOD FOR YOU IN NEW YORK』などが挙げられますが、その中でも大きな影響を与えたのが、ロバート・フランクによる『The Americans』でした。
当時のアメリカの光と闇を詩的なアプローチで捉えた本作は、現代の写真家の文脈にも受け継がれています。今回はその流れのなかで、現代の諸相を捉えているいくつかの写真集を紹介したいと思います。
『WOrld's End 写真はいつも世界の終わりを続ける』高橋 恭司 著/写真(ブルーシープ/2019年)
1冊目は、『WOrld's End 写真はいつも世界の終わりを続ける』です。作者の高橋恭司は、90年代から雑誌や広告、CDジャケット等の商業写真分野で活躍すると共に、『The Mad Broom of Life』、『Life goes on』といった日本写真史における重要作を残した写真家です。
ちょうど私自身が写真を志し始めたころに現代写真の場を席巻したその作品群は、今も多くの写真家に絶大な影響を残していると言えるでしょう。日常の何気ない光景に、独特の湿度や重み、色彩を加えたその写真は、写真学生時代の私もずいぶん憧れました。
本作は、2019年に刊行された写真集で、高橋の熟成された視点や詩的なアプローチを変わらず見ることができる1冊です。ほとんどの写真集が現在では入手困難で高値をつけていることからしても、定価で手に入れられる今のうちに手を伸ばしおくのが良い写真集だと言えるでしょう。
◇
『Ari Marcopoulos: Zines』Ari Marcopoulos 写真(Aperture/2023年)
2冊目は、『Ari Marcopoulos: Zines』。アリ・マルコポロスは1957年にオランダのアムステルダムで生まれ、その後23歳でニューヨークに移住した後、アンディ・ウォーホルやアーヴィング・ペンのアシスタントを経てキャリアを開始した写真家です。
先の高橋は1960年生まれですので、ほとんど同年代の写真家だと言って良いと思います。ストリートアートやエクストリームスポーツと関わりながら、様々なカルチャーを独自の視点で切り取った写真群にも、やはりロバート・フランクに通じる詩的でストレートなアプローチが感じられます。
本作は、簡易的な印刷でまとめられた「Zine」の形態で発表された写真群をまとめた1冊です。それぞれの写真が持つ率直で開放的なイメージは、その後のニューヨークの写真家たちに多くの影響を与えています。
本作に収められた写真はマルコポロスのそういった視点が濃密に感じられる構成になっています。写真表現が持つ当事者性や、目の前に広がる社会における問題への切実性、生きることの希望やダイナミクスが描かれた写真からは、様々な示唆が得られるのではないかと思います。
◇
『Robert Frank: Good Days Quiet』Robert Frank 写真(Steidl/2019年)
最後は、ロバート・フランクの最近作を紹介したいと思います。発行は2019年。同じ2019年に逝去したフランク自身によって手がけられた最後の作品です。
本作の舞台は、フランクが長い時間を過ごしたカナダのノバスコシア州マボウの自宅とその周辺です。生活の影が感じられる屋内の写真と、季節の移ろいを捉えた風景、共に暮らした人々などを捉えたその写真群からは、個人的で抒情的な時間の流れが見て取れます。暗示的なモノクロームのイメージと、ところどころに挟まれたテキストには、豊かな詩的さが感じられます。
何度も見返すことになる写真集になるでしょう。写真表現とはなにか、写真に何ができるのかを考えるのにも、最も優れた教科書の一つになる1冊だと思います。こちらも、手に入れられる今のうちに是非。