写真を巡る、今日の読書
第68回:大辻清司という写真家
2024年9月18日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
読書がはかどった夏
少しずつですが、ようやく長い夏の終わりが見えてきたように思います。特に夜などは、気持ちの良い風が吹くようになり、カメラを持つ手が汗ばむことも少なくなってきたようです。
この夏は暑かったこともあり、多くの時間を屋内で過ごし、写真集や小説を読む時間も多く取れました。夏が始まった頃届いたのが、今回はじめに紹介する『大辻清司写真集成』です。予約が始まったときから心待ちにしていた本でしたので、届いてすぐに封を開け、ずしりとした重さを感じながら頁を捲りました。
『大辻清司写真集成』大辻清司 写真ほか(国書刊行会/2024年)
A4ほどの判型で、308頁の厚みに収められた写真集の中には初見の作品もあり、テキストも含めてゆっくりと眺めてから大辻関連の棚に差し込みました。いつ大辻作品に最初に触れたのかは覚えていないのですが、いつからか、私はその作品群に無性にひかれて写真集や論考を集めるようになりました。大辻の直接の教え子のひとりに畠山直哉がいますが、その畠山が大辻のことを語ったテキストなども含めて、片端から大辻関連の本を読み込んだ覚えがあります。
1989年に出版された大辻の著書に『写真ノート』(美術出版社)がありますが、私が初めて書いた本である『ノーツ・オン・フォトグラフィー』というタイトルは、それを参照したものでもあります。まぁ、要はそれくらい影響を受けていたということなのですが、本書はそのような様々な本に挿絵的に掲載されていた小さな写真も含め、一堂にその仕事を俯瞰できる1冊になっており、私にとっては即買いの1冊だったわけです。
「実験工房」や「前衛写真協会」の活動のなかで写真を志した大辻の写真は、本書の解説でレーナ・フリッチェも書いているように、シュルレアリスムや前衛写真の影響を濃く感じさせる実験的で演劇的な作品群が主体となっています。私が大学で写真を勉強していた頃には、既に大辻は大学等での写真教育からも離れていましたが、私にとってその写真群は非常に鮮烈で、現代的な感覚を帯びたものに見えていました。映画や小説を読んでいても、この作品はまさに私に向けて作られたものだ、と感じる作品に出会うことがありますが、同じように大辻の写真は、自分のために作られたのではないかと思うほど、その写真にのめり込んだものです。
まだその作品群を目にしたことがない方がいれば、本書は入門書としても絶好だと思います。値段は多少張りますが、美しい装丁で全てにシリアルナンバーが入った600部限定の写真集であると考えれば、むしろ安いのではないでしょうか。入手できるうちに、是非。
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『先生のアトリエ(eyesight Series# 11 SERIE BIBLIOTHE)』潮田登久子 写真(usimaoda/2017年)
今回2冊目は、大辻関連本として『先生のアトリエ(eyesight Series# 11 SERIE BIBLIOTHE)』をご紹介したいと思います。桑沢デザイン研究所で大辻に写真を学び、写真家の道を志した潮田登久子による、大辻のアトリエをつぶさに記録した写真集です。
大辻の撮影のモチーフとなったオブジェや、様々な資料、あるいはそれらがなすひとつの仕事場としての風景は、精神性や考えそのものを象徴するようにも見えます。また、収録されているテキストには、大辻が歩んだ教育者としての面も解説されており、興味深く読むことができます。
記録としても貴重なものですが、アトリエの風景から見えてくる1人の作家の肖像のようなものが色濃く表現された写真は非常に見応えがあります。ジョルジョ・モランディのアトリエを撮影したルイジ・ギッリの写真もそうですが、アトリエや部屋というのは、ユニークで魅力的な被写体の1つなのだということがわかります。
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『SELF AND OTHERS - 牛腸茂雄 写真』牛腸 茂雄 写真ほか(未来社/1994年)
もう1冊は、牛腸茂雄の『Self and Others』です。序文は大辻清司が担当しています。3歳で胸椎カリエスを患い身体障害を抱えていた牛腸による「他者」を通した自身の憧憬や共感、孤独といったものが描かれた、写真史に残る屈指の名作のひとつです。
1960年代、写真の1つの流れに「コンポラ」と呼ばれたものがありました。これは、1966年にアメリカで企画された「コンテンポラリー・フォトグラファーズ ー社会的風景に向かって」という展覧会と写真集から取られた呼び名です。日常の風景をモチーフに撮影された一群の写真を分析し、日本で報告したのが大辻であり、これら現代の写真の流れにおける日本の事例として紹介されたのが石元泰博や高梨豊と共に、牛腸茂雄でした。
そういった意味で、「コンポラ」の流れを汲む写真家としての牛腸の写真が眺められる1冊としても重要な作品になっていますが、それ以上にいつ開いても、モチーフとなっている人々の儚く穏やかな視線が印象的な写真集です。