写真を巡る、今日の読書

第64回:日本の写真文化を支え続けてきた“ふげん社”の写真集

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

自家焙煎コーヒーも味わえるふげん社

前回に続き、今回もいくつかの写真集を紹介したいと思います。写真芸術やシリアスな写真表現を扱う、日本の写真文化を支え続けてきた出版社には、青幻舎や赤々舎、蒼穹舎、スーパーラボ、Mなど様々挙げられますが、その中のひとつにふげん社があります。

現在は、目黒通りでコミュニケーションギャラリーふげん社を運営しており、自社の出版物のほか、写真や芸術の書籍を多数扱うブックショップ、自家焙煎コーヒーが味わえるカフェ、現代アートギャラリーが併設されています。金柑画廊やJam Photo Gallery、Blitz Galleryなど写真を扱う他のギャラリーにも近く、私も定期的に訪れる場所となっております。

この連載で以前紹介した写真雑誌『写真』もふげん社から刊行されています。今回は、そんなふげん社から刊行された写真集の中から比較的最近のものを選んでご紹介したいと思います。

『Wunderkammer』うつゆみこ 著(ふげん社/2023年)

1冊目は、『Wunderkammer』。溢れるような色彩と、愛らしく不気味な世界観が特徴の、創造性の高い制作で評価を得てきた作家、うつゆみこの作品がまとめられています。

本作は第48回木村伊兵衛賞のノミネート作品でもあり、東京都写真美術館の企画展「見るまえに跳べ 日本の新進作家 vol.20」でも展開されたシリーズです。私と同世代のうつの作品は長い間見てきましたが、今まで動植物やポスター、フィギュアなどで埋め尽くされていた画面に、最近では2人の娘さんが入り込むことが多くなり、その世界観がさらに大きく広がったように感じます。

キャリア初期から増殖し続けてきた収集物が収められたうつゆみこの「驚異の部屋(ヴンダーカマー)」は、これからも膨張し続けるでしょう。現時点における集大成となる本書は、1度開くと忘れらない強い映像群を、見るものに残すはずです。

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『TOKYO EAST WAVES』大西みつぐ 著(ふげん社/2024年)

2冊目は、『TOKYO EAST WAVES』。長く東京の下町や湾岸地帯を眺め続け、多くのスナップ写真を残してきた大西みつぐの最新写真集です。本書は、1980年代半ばから1990年代までに撮影された「河口の町・江東ゼロメートル地帯」「周縁の町から」「NEWCOAST」の3つのシリーズから再編集された1冊です。

湾岸の町並みのほか、道路や空き地、川、公園、公共施設などを舞台に、市井の人々の暮らしがカラー写真で収められており、日本という社会における文化や慣習、風俗とその変化がストレートに描かれています。時代や土地に伴走した丁寧なまなざしが、一枚一枚の写真から濃密に感じられるでしょう。

私個人は、著者の撮る青空の色が以前からとても好きで、その青(表紙に使われている写真は、コピアートペーパーなどの感熱紙であると思いますが)が基調になった装丁も気に入っています。

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『TRANS-BODY』大塚勉 著(ふげん社/2024年)

最後は、『TRANS-BODY』です。作者の大塚勉は、1971年に東京写真大学(現・東京工芸大学)を卒業後、実験的な映画制作や写真制作で多くのメディア表現を残してきた作家です。

本作は、プリントされた印画紙を沼に沈め、水中の泥や藻、枯葉などと反応させる「泥現像」が施された写真群です。植物や岩、ヌードを撮影した写真をコラージュ的に再構成したイメージを「泥現像」することにより、印画紙には様々な痕跡や色が現れ、暗い背景のなかで浮かび上がるような像を形成します。

ふげん社のギャラリーで拝見した実際のプリントは、見る角度でもその輝きが変化し、非常に複雑なテクスチャーを放っていましたが、本書に印刷されたイメージにおいても、その浮遊感や複雑さは見て取れるでしょう。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。