写真を巡る、今日の読書

第55回:難解な写真の楽しみ方

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

そこには自由な解釈の余地があります

写真を読むというのは、なかなか難しいものです。特に、モチーフの統一性がない日々のスナップや、抽象的な写真群というものには難解さが際立つ作品が多いのではないでしょうか。

対して、猫が写っているとか、秘境の風景であるとか、あるいは美しいヌードであるといったものは見る側にとっても撮り手の意図が理解しやすいものが多そうです。また、貧困や戦争などの社会問題を扱っているドキュメンタリーなども、メッセージとしては比較的受け取りやすいものだと言えるかもしれません。

今日紹介するものは、その点で言うと分かりにくい作品に分類されるものになるでしょう。パラパラと捲ると、人が写っていたり、ただの光であったり、あるいは部屋の一角を切り取ったものであったりと簡単にはそのつながりが読み取れないような写真集です。そのような作品に出会った時、私はいつも「分からない」ことを前提に写真を見ます。

なぜこの人は写真を撮らなければいけないのだろう。どうしてこの光景を撮ろうと思ったのだろう。全然分からない、と思いながらページを捲ります。全ページ読んでも大抵ちゃんとは分からないわけですが、なんとなく心に棘のように引っかかる作品があれば、その写真を中心に何度か読み直します。少し丁寧な作品には、作者のステートメントや写真研究家の解説が掲載されていたりしますので、それをヒントに見返しても良いでしょう。

繰り返し見ていると、少しずつ想像が膨らみ、なんとなく自分の中にそれなりの解釈が生まれることがあります。それが作者の意図と合っていることもあれば、全く違うこともあるでしょうけれど、そんなことはあまり問題ではありません。一見難解な写真ほど、そこには自由な解釈の余地が広く取られています。

「私にはこう見えた。あなたにはどう見える?」というメッセージだけがあると思って写真を眺めてみると、もしかしたら、そのうち分からない写真のほうが面白いと思えるようになるかもしれません。

『ABSCURA』LILY NIGHT 著(赤々舎・2022年)

例えば、今日の1冊目として挙げる『ABSCURA』。タイトルは、抽象を意味する”abstract”と、カメラの暗箱を意味する”camera obscura”を掛け合わせた造語です。

掲載された写真は、誰だか分からない人物やどこか分からない風景、断片やボケたイメージなどで構成されています。要は、一見して何を写そうとしているのかは分からない写真集です。

しかしながら、ページを捲っていると、時折はっとするようなディテールの立体感や光の滲みに目が止まります。多分、目を止めるページや部分は人によって違うでしょうが、何か棘のように引っかかるイメージが見つかる方は多いのではないかと思います。

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『心臓』川口翼 著(ふげん社・2023年)

次に紹介する川口翼のデビュー作『心臓』も、そのような棘を持ったイメージが多く含まれた写真集です。1人の写真家が見たある夏の断片的な世界のイメージが編まれ、1冊が構成されています。

第2回ふげん社写真賞のグランプリ受賞作品でもある本作において、作者は「写真は写真として始まり、写真に化け、何事も語らぬまま一切の形容を拒否し続け、写真として終わって欲しい」と述べています。忘れかけていた記憶や感情にざらりと触れるような、こちらの無意識そのものに手を伸ばしてくるようなイメージの連続は、写真というイメージが持つ視覚的な働きを考えさせられるものでもあると思います。

ステートメントに書かれている文章には、非常に的確に写真というものに自覚的である自身のテーマが示されていますので、見る側はそれを元に、より自由に川口の描く「写真」を眺めることができるでしょう。

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『安井仲治作品集』安井仲治 著(河出書房新社・2022年)

最後は、現在東京ステーションギャラリーで開催されている「生誕120年 安井仲治 僕の大切な写真」(会期=2024年2月23日~4月14日)の公式カタログとして発行されている『安井仲治作品集』です。上記2冊とは少し違い、写されているモチーフそのものは明瞭で、何を写そうとしているのかは分かりますし、なによりも1枚1枚が作品として独立しているため、見ていて困惑するようなことはないでしょう。

しかしながら、新興写真や前衛といった時代に制作された写真群は、抽象化という点では様々な工夫と実験が凝らされているため、隠喩を読み解く楽しみは多く得られます。さらには、当時の写真芸術の文脈を多角的な観点から取り入れながら、新たな写真表現を目指す安井の作品からは、現代に繋がる野心的な写真表現を多く発見することができます。

都内近郊の方には、200点を超えるプリントと資料が展示されている実際の展覧会場でオリジナルを見ていただきたいところ。ですが観覧が叶わない方には、本書も非常に充実した内容ですので、是非こちらだけでも手に取ってみて欲しいと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。