写真を巡る、今日の読書

第41回:写真芸術の世界を力強くリードした三人の女性写真家

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

女性写真家に焦点を当ててご紹介

記録的な猛暑を記録した夏も、少しずつではありますが遠ざかってきているようで、夜などは少しだけ過ごしやすくなってきたように思います。夜、家の屋上で酒を飲みながら本を読むというのが、私にとっての幸せな時間のひとつなのですが、今日はそんな時に手に取る様々な写真集の中から、女性写真家に焦点を当てて三冊ご紹介したいと思います。

現代写真では、多くの女性写真家が活躍していますが、少し前までは写真というのは男性中心の社会であったことが、多くの評論や写真史から知ることができます。それが大きく変化し始めたのは、90年代後半からでしょうか。

ちょうど私が学生の頃は、多くの若手女性写真家がメディアで取り上げられた時代でした。その流れは、現在から見ると男性から見た女性のアイコン化、カテゴリー化といった側面があることは、長島有里枝がその当事者として痛烈にこの事象を批判した『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』を読むと、良く理解できます。

以前、1914年生まれで女性報道写真家第一号と言われた笹本恒子さんとお話しする機会がありましたが、ジャーナリズムの世界において、女性ということでずいぶん苦労したという話をお聞きしたことも思い出します。写真史における女性写真家の活動と評価をまとめた本は多くありますが、そのあたりはまた別の機会にご紹介するとして、今日は、写真芸術の世界を力強くリードした三人の写真家の本に目を向けてみましょう。

『Hisae Imai』今井壽惠 写真(赤々舎・2022年)

最初にご紹介するのは、『Hisae Imai』です。1931年生まれで百貨店の写真室を経営していた父のもとで育った今井壽恵は、学生時代は油絵を専攻しつつも、その才能を見出されて写真の世界で活動を始めていきます。

ファッションやコマーシャルに携わりながら、独自の世界観で表現された、シュールリアリスティックな芸術写真を発表し続けたことで知られ、同時代の作家であった細江英公や奈良原一高、川田喜久治などと共に、当時の写真芸術の中心で活躍しました。抽象的な画面の構成や運動などからは、戦前戦後に活躍した山沢栄子などとも共通した感覚が見られますが、今井の特徴はその文学性とも言えるストーリーテリングにあります。

本書では、それぞれの作品に込められた物語やコンセプトが丁寧に解説されていることもあり、その世界観を十分に味わうことができるでしょう。特に、代表作のひとつである「オフェリアその後」や、馬をモチーフとした「馬の世界を詩う」などには、その感性が良く再現されています。造形的な感覚が刺激される写真群を眺めることができるでしょう。

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『Nan Goldin: The Ballad of Sexual Dependency』Nan Goldin 写真(Aperture・2012年)

二冊目は、『Nan Goldin: The Ballad of Sexual Dependency』です。国内でも「性的依存のバラッド」シリーズとして様々な展覧会で紹介されてきた作品です。

70年代後半から80年代における、ナンの日常を中心とした写真で構成されつつ、ゲイやドラッグ、暴力、友人や恋人といったテーマが描かれ、都市の若者の孤独や悲壮、愛が写された物語が展開されます。代表的に紹介される写真には、殴られた顔やベッドシーンなど過激な場面が多くありますが、エドワード・ホッパーを思わせる大胆で美しい色彩で描かれた写真も多く紡がれています。

ユースカルチャーやセルフドキュメンテーションの文脈では、常に取り上げられる作品でもあります。定期的に再販される伝説的な写真集ではありますが、手に入れられる内に是非コレクションしてほしい一冊です。

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『Diane Arbus: An Aperture Monograph』Diane Arbus 著(Aperture・1996年)

最後に紹介するのは、『Diane Arbus: An Aperture Monograph』です。1960年代を代表する最も重要な写真家のひとりとして広く知られる写真家、ダイアン・アーバスの作品がまとめられた一冊です。

スーザン・ソンタグの著書『写真論』の中においても、第二章「写真で見る暗いアメリカ」のなかでその写真群と作家像については深く考察されています。奇人や小人、巨人、双子、知的障害者などを捉えつつ、カップルや子供などを差し込むことで全てが等価に並置され、正常と異常、正気と狂気などの境界というものを意図的に曖昧にすることで、アーバスの批評的な社会への視点が再現されています。世界をどう眺めるのかという、写真家の社会的姿勢が強く感じられる一冊になるでしょう。

アーバスの代表作には、他に『UNTITLED』や『A CHRONOLOGY』なども挙げられますが、本書は多くの作品を横断して構成されており、ひとりの作家の全体像を知るのに最適な一冊になるでしょう。ペーパーバック版は比較的手に入れやすい価格でもありますので、この機会に是非。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。