写真を巡る、今日の読書

第40回:熱い情熱を放ち続けた作家「土門拳」

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

熱い情熱を放ち続けた作家

日本国内で最も有名な写真家はと聞かれたら、誰の名前を思い浮かべるでしょうか。荒木経惟でしょうか、篠山紀信、杉本博司あたりを挙げる方も多そうです。それでは、もう少し前、戦前くらいの時代からですとどうでしょう。そうなると、やはり木村伊兵衛、土門拳の二人に集中するかもしれませんね。この連載でも、木村伊兵衛のエッセイ『僕とライカ』を取り上げましたし、記念すべき連載の第一回では、土門拳の撮影技術や心得がまとめられた、都筑政昭による『土門拳の写真撮影入門』を紹介しました。

私が学生の頃も、二人の名前はよく授業などで取り上げられ、長く写真界を牽引した功績を様々なかたちで伝え聞きました。飄々とした江戸っ子の木村伊兵衛に対し、土門拳は鬼などと表現されることが多く、ふらふら写真を撮っていた当時の私などは、その写真に対する執念を聞くと、自分の写真への態度がずいぶん恥ずかしくなったりもしたものです。と同時に、写真てそんなに恐ろしいまでの覚悟が必要なのかと理解しきれなかったこともありました。その後、数十年写真を続けてきて、土門拳ほどの覚悟と執念には全く及びませんが、その志と姿勢はようやく分かるようになってきたように思います。

そんなわけでまだまだ暑い日が続くこともあり、今回は写真の世界で最も熱い情熱を放ち続けた作家の一人である土門拳にフォーカスして、その著書を辿ってみたいと思います。

『写真作法』土門拳 著(ダヴィッド社・1976年)

一冊目は、『写真作法』。ダヴィッド社から刊行されている本としては、この他に『写真批評』や『写真随筆』もありますが、私が最も読み返した回数が多く、自分の著書でも引用することが多いのが、本書になります。1976年に初版が発行されて以降、増刷を重ね、現在に至るまで出版が続けられていることからも、この本の重要性が感じられます。

主に雑誌『フォトアート』上で行われた月例コンテストの選評を中心にまとめられているため、その時々の読者や応募者への叱咤激励を当時の熱量そのままに読むことができます。シャッター・チャンスとはなにか、組写真とはなにか、リアリズムとは、写真芸術とはと考えるとき、なにか考えるヒントはないかと開くのがこの本でもあります。

上下段に分かれた割合小さな文字で組まれたレイアウトは少し読み難いところもあるかもしれませんが、文章が淡麗でリズムも良いため、読み始めると、思っていたよりも読みやすいものだと感じられるのではないでしょうか。

私も、雑誌『カメラマン』や『日本カメラ』で選者を担当していた時期もありましたので、あとがきにある月例審査に望む自らの姿勢を書いた「鑑賞なんという生やさしいものではない。対決する心構えで写真をにらみつけた」という言葉には何度も心を引き締められたことを思い出します。土門の著書からどれか一冊まず選ぶというのなら、私はこの『写真作法』を推します。

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『土門拳 腕白小僧がいた』土門拳 著(小学館社・2002年)

二冊目は、『土門拳 腕白小僧がいた』です。土門の代表作というと、『古寺巡礼』をはじめとする寺院建築や仏像、あるいは肖像写真が挙げられますが、その礎となっているのが、戦後撮影を始めた下町の子ども達や、その他日本の様々な地域の子ども達の姿を通したスナップ写真ではないでしょうか。

本書には、1950年代の東京でのスナップからはじまり、日本各地、そして筑豊へと章を変えてその変遷が収録されています。土門自身の文の他、群ようこや長女である池田真魚などによるエッセイや解説も掲載されており、当時の様子と共に、第三者から見た土門の人となりや写真家としての姿勢がうかがえるのも興味深い点です。

全体を通して、戦後の日本の鮮やかで躍動感溢れる記録が、子ども達の姿を通して描かれ、土門の視点とその観察力を眺めることができるでしょう。

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『土門拳の風貌』土門拳 著(クレヴィス・2022年)

三冊目としてご紹介したいのは、『土門拳の風貌』です。肖像写真を集めた一冊ですが、前半のパートでは、それぞれの写真を撮影した際のエッセイが掲載されており、傑作と呼ばれる多くの写真の撮影時の状況や後日談を知ることができる意味で、非常に貴重な内容になっています。

土門の撮影の執拗さを示す有名なエピソードの一つである、あまりのしつこさに撮影後に憤慨して藤椅子を投げつけたという梅原龍三郎を撮影した一枚も掲載されています。登場する人物だけを見ても圧巻で、高峰秀子や三船敏郎といった俳優、岡本太郎、熊谷守一といった芸術家、他にも歌舞伎役者、文豪、政治家、学者など、まさにその時代の日本を作り上げてきた最も重要な文化人が並びます。

写真作品としてだけでなく、記録としての価値を考えても大変な仕事がまとめられた写真集だと言えるでしょう。冒頭には、1953年雑誌『アルス』に掲載された「肖像写真について」と題された写真論/技術論が付されており、肖像に向かう写真家としての姿勢が教授されます。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。