写真を巡る、今日の読書

第38回:どうして写真を撮るのか…写真表現のヒントになりそうな本

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。(編集部)

暑い夏に、ビールでも飲みながら…

夏というのは、写真を撮る私たちにとってはなかなか辛い時期でもありますね。湿気が多い日というのは、遠景が霞んでしまってどうしても鈍い再現になってしまいますし、なんといっても暑くて集中できない上に、機材が重い。

それでも写真は撮りたいもので、ひまわりを買ってきて、ゴッホに倣って3本で構成したり、15本による構図を試してみたりしながら写真で遊んでいます。一通り写真を撮った後は、大体ビールでも飲みながら読書するのですが、今日はそんな時に開く、軽めに読めて新たな写真表現のヒントになりそうな本をいくつか紹介したいと思います。

『毎日写真』鷹野隆大 著(ナナロク社・2019年)

一冊目は、『毎日写真』です。著者は、セクシュアリティをテーマに写真表現を続け、第31回木村伊兵衛賞を受賞している鷹野隆大です。

本書は、セクシュアリティについてというよりは、一人の写真家としての日々を綴ったエッセイで、その日の出来事や、少し昔の思い出、あるいは写真について、写真家という生き方について語られたもので、「日本経済新聞」の夕刊で連載した半年分の原稿がまとめられたものになっています。

取り留めなく様々な話題に触れているようでいて、どこか一貫した視座で書き進められるテキストは、とても静かで穏やかな感覚があり、アンビエントミュージックを聴いているような気分で、夏の日差しを窓の外に眺めながら読むにはとても良いリズムの文章だと思います。

写真とはなにか、ということに触れた本には多くのものがありますが、自然と「ああ、確かにそうだなあ」と首肯しながら読み進められるものは多くないように思います。なぜ写真を撮るのか、どうして写真を撮りたくなるのか、その理由に触れてみたい方には良い一冊になると思います。

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『写真が終わる前に』菅付雅信 著(玄光社・2023年)

二冊目は、『写真が終わる前に』。編集者という職業を通じて長く写真の世界に関わってきた、菅付雅信の著書になります。

誰もが写真を撮る時代、一体写真家とはなにか、誰でも写真家ではないか、と考えたことは、みなさんも一度はあるのではないでしょうか。本書は100人を超える取材対象の中から得られた、写真に関する言葉を拾い集め、現代における写真とはなにか、これから写真はどうなっていくのかというテーマを探求した、一種の冒険譚のような一冊になっています。

写真を深く愛し、関わり続けてきたという立場から眺め、分析された「写真とはなにか」は、実に多様で、常に新しく、刺激的なものだということが深く伝わってくるように思います。アートやコマーシャル、ドキュメンタリーというジャンル、風景、ヌード、人物、静物などのモチーフを横断しながら広大な写真の地平を旅するロードムービーのような記録になっています。

落合陽一や横田大輔、志賀理江子、奥山由之をはじめとして、今の写真に興味を持たれているかたには目が留まるであろうアーティストの名前が多く並んでいますので、興味を惹かれた項から読み進めてみてほしいと思います。

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『「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容』瀧口修造/阿部展也/大辻清司/牛腸茂雄 著(赤々舎・2023年)

最後は、『「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容』です。本書は、同タイトルの展覧会の関連書として発行されており、千葉市美術館、富山県美術館での展示を経て、2023年7月29日からは新潟市美術館、12月2日からは渋谷区立松濤美術館を巡回する予定となっています。

瀧口修造、阿部展也、大辻清司、牛腸茂雄を中心に、1930年代から1970年代にかけての、「前衛写真」の黎明期からその後の発展までを、多くの周辺の作品や作家を交えながら紹介されています。前衛というと、少し難解なイメージを持たれるかもしれませんが、日々の光景や現象をつぶさに眺め、記録するその視点は、現代写真においても一つの文脈として深く根付いているものだと言えます。実験的なイメージの多くからは、新たなインスピレーションを得られることもあるでしょう。

資料としてだけでなく、一冊の読み物や写真集としても大変見応えのある一冊になっています。真夏の暑い日々のなかでも、ちょっと写真を撮ってみようという刺激も得られるかもしれません。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。