写真を巡る、今日の読書

第18回:1950年代の青森を撮り続けた、工藤正市という写真家

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

他の写真家に「発見」された作家

ウジェーヌ・アジェやジャック=アンリ・ラルティーグ、ヴィヴィアン・マイヤーといった写真家の名前が並ぶと、どんな共通点が思い浮かぶでしょうか。そう、それぞれ他の写真家やコレクターに「発見」されたことで、世の中にその写真が知れ渡った作家たちです。今回紹介する「青森 AOMORI 1950-1962 工藤正市写真集」の著者、工藤正市もまた、そのような写真家の一人です。

『青森 AOMORI 1950-1962 工藤正市写真集』工藤正市 著(みすず書房・2021年)

工藤正市は1950年代の青森を撮り続け、様々な写真雑誌でアマチュア写真家として活躍していましたが、ある時期から一切の活動を止めて写真界から遠ざかっていた人物です。2014年に他界し、その遺品整理をしていた娘さんが見つけたのがこれらの写真の一部でした。

探してみるとさらに多くのネガが見つかり、家族は新型コロナウイルス感染症で様々な仕事がキャンセルになった時期を利用して、インスタグラムにこれらの写真をアップすることにしたのです。すると、それをきっかけに国内外から多くの反響があり、写真展が開催され、本書が刊行されるまでになったという経緯があります。

「娘の私から見ても良い写真だ」と感じたことが投稿するきっかけだったとあとがきに書かれていますが、実際にその写真群には写す喜びや、被写体の躍動感、エネルギーのようなものが豊かに感じられるようです。

雑誌投稿を続けていた時代には、木村伊兵衛や土門拳といった写真家に呼ばれて東京での座談会などにも参加していたようですから、元々撮る力は十分にあった写真家だったのだと思います。そのことは、本書に収録されている写真からもよく感じとれます。

生き生きとした被写体の表情やフォルムと、撮り手の強い好奇心が、写真に鮮やかに再現されています。写真を撮ることの面白さと同時に、土地と時代を記録する重要性と、それらを時を超えて見る興味深さにあふれた一冊になっています。

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『小島一郎写真集成』青森県立美術館 監修(インスクリプト・2009年)

二冊目は『小島一郎写真集成』。小島一郎は、工藤正市と同じく1950年代から1960年代にかけて、青森を撮り続けた写真家として知られています。1964年に39歳の若さで急逝するまでの間、冬の青森の過酷な環境を独特の造形感覚とトーンで描き続けた作家です。

人物や馬、ソリといったモチーフを黒く潰した鮮やかなシルエット表現は、19世紀中盤にバルビゾン派のひとりとして活躍した画家のジャン=フランソワ・ミレーの絵画を想起させるところがあります。白と黒のコントラストには、北の冬の厳しさと共に、崇高な美しさが再現されています。

喜びや明るさが主体となる工藤の写真群と比べると、作家性を強く打ち出すその表現や取り組み方に違いが感じられるでしょう。どちらも生きるエネルギーに溢れながら、全く別のベクトルでその光景を捉え、写真に写し出しています。同じ時代と場所を捉えた二人の写真家の、写真への向き合い方を比較することで、表現の奥深さや多様性、それぞれが持つ視点や思考の違いが明らかになると思います。

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『木村伊兵衛 写真に生きる』木村伊兵衛 著(クレヴィス・2021年)

三冊目は、工藤正市の作品を雑誌の月例コンテストなどでも高く評価していた、当時の写真界の重鎮、木村伊兵衛の写真家としてのあり方がまとめられた「木村伊兵衛 写真に生きる」です。

多くの資料や写真作品を、田沼武能と飯沢耕太郎の視点からまとめあげたことで、第三者から見た木村伊兵衛の姿勢や考え方が良く理解できます。

また、木村伊兵衛という一人の作家を通して、工藤正市がレンズを向けた1950年代という時代の背景を感じることもでき、そこで写真を撮り続けた者とそうでない者の、それぞれの理由を考えるための資料にもなりそうです。

木村伊兵衛自身の活動を振り返るに当たっても、必要十分でコンパクトにまとめらているため、多くの著書の中からまずは一冊ということで手に取るのにもおすすめです。

写真を読む方法のひとつとして

今回は、工藤正市という一人の写真家を起点にして、青森という場の捉え方や1950年代という時代の見え方が比べられる三冊を紹介しました。このようにしてそれぞれの背景を紡いでみると、これまでには見えなかった、新たな写真の価値やメッセージが見えてくることがあります。写真を読む方法のひとつとして、是非試してみてほしいと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。