写真を巡る、今日の読書

第10回:正確な情報を手元に。調べ物が多い方に役立つ専門書

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

調べ物が多い方には、必ず役立つ三冊

講義の準備や原稿執筆時には、信頼できる資料を元に、出典を明確にしながら適宜引用を行いつつ仕事をする必要があります。そんなとき、常に手元に置いている書籍がいくつかあります。歴史や専門用語を扱う場合の、正確性を保つための辞書のような役割をする本と言っても良いかもしれません。

ちょっとしたことであればインターネット上で検索することも多いのではないかと思いますが、知っての通りWebで見つかる情報は、出典が明記された論文など以外は、信頼性に欠けるものがほとんどです。今回ご紹介する本は、専門書のため高価な本の部類に入るかと思いますが、正確な内容を引きたいときには非常に有用だと言えるでしょう。調べ物が多い方には、必ず役立つ三冊になると思います。

『写真の百科事典』日本写真学会 編(朝倉書店・2014年)

一冊目は『写真の百科事典』。日本写真学会の有識者が中心になってまとめた書籍であり、デジタルとフィルムの写真システム全体や歴史、文化、著作権など、写真に関する様々な項目を総合的に俯瞰できる一冊になっています。

章立てで読んでいくこともできますが、索引が充実しているため辞典として使うことも可能です。この本が出版される前は、同じく写真学会がまとめた『写真用語辞典』(写真工業出版社刊)が必携でしたが、本書はより現代的なシステムに沿った内容になっており、コラムも多く用意されているため読み物としても楽しむことができるでしょう。

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『写真技法と保存の知識 デジタル以前の写真―その誕生からカラーフィルムまで』ベルトラン・ラヴェドリン 著(青幻舎・2017年)

二冊目は、『写真技法と保存の知識 デジタル以前の写真―その誕生からカラーフィルムまで』です。写真の歴史は、写真材料の改良と発展の歴史と共に育まれてきたものでもあります。本書は、初期から現代に至るまでの様々な写真技法と、その適切な保存に関してまとめられた書籍です。ポジ(陽画)とネガ(陰画)、紙や金属などの様々な支持体、モノクロームかカラーかなどによって細かく分類され、それぞれの特徴を知ることができます。

インクジェットによるデジタルネガの応用などにより、現代ではオルタナティブプロセスとして古典的な写真技法を積極的に用いる写真家も増えています。本書はその点で、様々な技法を知るための入門的な手引きとしても使えるでしょう。また、災害時などによる写真画像へのダメージに関する対処などもまとめられているため、モノとしての写真を大事にしている多くの研究者、愛好家にとっても必携の一冊になるのではないでしょうか。

実際の制作に関するレシピや処理については、少し昔の本になりますが『手作り写真への手引きークラシックフォトプリントを楽しむ』(写真工業出版社)が役立ちます。

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『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッチ 著(河出書房新社・2019年)

三冊目は『美術の物語』。原著の初版は1950年となる、E.H.ゴンブリッチによってまとめられた美術史です。世界で最も読まれ、広く知られた美術書です。私が学生の頃には、『美術の歩み』(美術出版社)という別訳が参考書として扱われていました。本書は、改訂が重ねられ、カラー図版を豊富に含めた最新版となります。

基本的には20世紀前半までの美術の流れが網羅された内容になっていますが、後に加筆された部分では、ルシアン・フロイトやデイヴィッド・ホックニーなどの20世紀後半の作品にも触れられています。紀元前の洞窟壁画から始まり、文明を知る手立てとしての美術から、様々なアーティストたちの生きた物語としての美術へ、壮大な叙事詩のように深く柔らかな語り口で語られる本書は、その内容と共にモノとしての本の厚みと重みも圧倒的です。

調べたい作家や用語を索引から引くことも可能なので、辞典的な使い方もできるでしょう。美術史関連は様々な書籍が出ていますが、何冊か買う代わりに、少し高価でも本書を手元に置いておくことは、有効な選択のひとつになるのではないかと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。