写真を巡る、今日の読書

第8回:良い写真とは、なんだろう

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

良い写真とは、なんだろう

写真を学ぶと一口に言っても、その内容は様々です。書籍として多く見かけるのは、技術的な観点からまとめられた本でしょうか。例えば、「このように設定するとキレイに撮れる」「こんな風に撮りたいときには、こういうレンズを使いましょう」といったものです。

しかしながら、写真を続けていると必ずこんな疑問が付きまとうようになります。それは、「良い写真とは、なんだろう」ということです。単純な問いですが、著名な写真家やアーティスト、研究者もそのことを考え続けています。今日は、そんなときの手がかりとなりそうな本をいくつか紹介したいと思います。

『写真はわからない 撮る・読む・伝える――「体験的」写真論』小林紀晴 著(光文社新書・2022年)

一冊目は、小林紀晴の『写真はわからない』です。長く写真家として一線で活躍してきた著者は、東京工芸大学芸術学部の写真学科で教鞭をとる、現役の教員でもあります。写真を始めた頃から現在までの様々な実経験を元にしながら、写真とはなにか、どのようにして写真を撮影してきたかが語られています。

序章と終章では「いい写真」の要素についてざっくりとまとめられており、実際に自らがどうアプローチしてきたのか、章ごとにモチーフや考え方を分けつつ解説されていきます。また、第九章の「写真に答えはない」では、教員として学生と接してきたなかで得た経験が書かれています。写真を学ぶ大学で、学生たちとどのように対話しながら制作が進められるのかを知ることができるこの章は、写真表現を志す多くの方にとって非常に興味深いものになるでしょう。

この中で著者は、答えは「自ら作り出すものである」と語ります。それがどういうことなのか知ることで、「良い写真とは」という疑問に悩む方のいくらかは、少し気が楽になるかもしれないと、私は思いました。

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『「現代写真」の系譜 写真家たちの肉声から辿る』圓井義典 著(光文社新書・2022年)

次にご紹介するのは、『「現代写真」の系譜』。著者は、同じく東京工芸大学芸術学部で「写真表現史」を軸に長く写真教育に携わっている圓井義典です。1930年代の土門拳や植田正治の写真から、現代に至るまでの写真表現の連なりをまとめた本書では、一冊を通して大学で学ぶ写真史を追体験できます。優しく、熱心に語りかけるような文体からは、教室の椅子で講義を眺めているような感覚が得られるのではないかと思います。

「現代写真」を知ることは、「良い写真」の条件を知る最も良い方法のひとつであると私は考えています。それは、「良い写真」を積み上げ、更新し続けようとした成果そのものが「現代写真」でもあるからです。だからこそ、その文脈に触れず唐突に最新の写真表現を目にすると、難解で自分が思う写真とは関係がないものに見えることがあるのだと思います。

歴史の連なりを知ることは、確実に自分の表現を広げることにもつながります。それは、ポートレートでも風景でも、鉄道写真でもスナップでも変わりません。鑑賞者に印象的な表現や新たな価値観を感じさせる「良い写真」は、常にそれまでにあった表現をどう解釈し、更新するかによって成り立つものであると意識すると、本書は最良のガイドのひとつになるのではないでしょうか。

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『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ: アート、アーティスト、そして人生について』マルセル・デュシャン 著、カルヴィン・トムキンズ 著(河出書房新社・2018年)

最後は、『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタビューズ』です。先の『「現代写真」の系譜』の第四章でも「マルセル・デュシャンと杉本博司」と題し、20世紀初頭の美術史と写真の関係を紐解いています。本書の著者であるカルヴィン・トムキンズは、デュシャンに関する本をいくつもまとめていますが、その中で引用される数々のインタビューをまとめたのがこの一冊です。

デュシャンと言えば、未来派の流れやエティエンヌ・ジュール・マレーの多重露光写真から影響を受けた「階段を降りる裸婦像No.2」や、男性用便器にサインを入れて「泉」という作品として発表したレディ・メイドの概念などで有名です。いわば、見ただけでは良く分からない「現代美術」の開祖とも言えるアーティストです。

それまでの古典的な様式美から現代的な観念へと移行していく、その先導者としてのデュシャンの生の声を読むことで、美術や写真を読み解く仕組みと手がかりが得られるでしょう。本書の一節、「わたしはアートってものを信じない、アーティストってものを信じてます」という言葉に、デュシャンの思考が象徴されているように思いました。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。