コラム

ニコンのメガネレンズ「Z」シリーズを体験してみた

カメラレンズのMTFの考えを取り入れた“新・老眼対策”レンズ

50代前半という年齢ということもあり、筆者は自身が老眼であることを自覚しています。老眼というのは眼球内にあるレンズ(水晶体)のピント調整機能が衰えてしまったために起こる現象だとか。それはともかくとして、眼で仕事をしていると言っても過言でない写真家にとって、これは結構深刻な問題だったりします。

そろそろ本格的に老眼鏡を作らなければと悩んでいたところ目にしたのが、「ニコン、遠近両用レンズにカメラ用レンズ技術を応用」というデジカメ Watchの記事。

カメラ用レンズ技術を応用した眼鏡レンズ! これは天啓と、さっそくメガネ屋さんに出かけました。

新・老眼対策レンズZシリーズとは

ここでまずは、「新・老眼対策レンズZシリーズ」とは何か? に軽く触れておきたいと思います。

Zシリーズの眼鏡レンズはカメラ用レンズ技術を応用していると言いますが、具体的に何を応用しているのかといえば、それはMTFになります。MTF(Modulation Transfer Function)はわれわれカメラファンが写真用レンズの購入を検討する際に、コントラストの評価としてよくチェックするアレです。どのメーカーもほとんどのレンズ毎にMTF曲線を公開していますね。

もっとも、写真用レンズのMTF技術をそのまま流用したかというとそうではなく、あくまでニコンがもつMTFの技術を応用することで、メガネレンズとして独自の評価基準を作り、視環境や個々の視力も含めた光学性能の最適化を実現したということです。

カメラ用交換レンズでおなじみの「MTF」を眼鏡レンズにも応用したとのこと

その結果、手元の見え方の質が大きく向上、薄暗い場所で見る小さな文字も、スマートフォンやタブレットの文字も、背面モニターで再生した画像も、露出補正ダイヤルの現在の補正量だって、クッキリ・シッカリ確認できるうえに、クリアな視界がこれまでより広く見えるようになったとか。まさに老眼のためにできた夢のような累進レンズ(遠近両用レンズ)ですね。

「カメラのニコン」が誇るコントラスト解析技術であるMTFを応用した、というだけでもカメラファンとしては萌えてしまうところ。さらには、現在主流となっているニコンのミラーレスカメラ「Z シリーズ」と同じ名称(特に意味はないそうです)というのも何だか喜びを感じてしまうところです。

そうしたこともあってか、「新・老眼対策レンズZシリーズ」は発表以来、一般の人はもとより、写真愛好家やクリエイターからも、多くの問い合わせと予約が殺到しているそうです。

非常に丁寧で念入りな検査

というわけで、あらかじめ予約したうえでやってきたのが、東京・青山にあるメーカー直営の「ニコンメガネ」です。

ニコンメガネの入口

こちらの店舗のスタッフは全員が国家検定の「1級眼鏡作製技能士」。その信頼感の高さ故なのか、予約は常にいっぱいという状態です。基本的にはオーダーメイドの眼鏡レンズを作る(Zシリーズももちろんオーダーメイドです)ためにほとんどの人が訪れるため、予約が必須というのも頷けます。

店内はすべてがシステマチックに整えられており、清潔感が高いこともあって、「これから自分にとっての最高の老眼鏡を作るんだ!」という気分も盛り上がるというものです。作るのが老眼鏡ではあってもです。

店内の様子

まずは見え方の確認から始まります。

はじめに機械が自動的に視力の状態を見る「予備検査」があるのですが、この時点で2台の検査・測定機(オートレフと言うそうです)で検査を受けます。予備検査は基本的に機械のオート機能によるものなので「他覚検査」とも言うそうです。

下の画像は、奥と手前の2台の検査・測定機で「予備検査」を受けているところです。

オートレフラクトメーター「アコモレフ 2」で検査中の筆者

日本に1台しかないという測定機が下の画像。

日本で1台しかないオートレフラクトメーター「WAC700」もあります

これが予備検査で分かった結果の一例です。

完全に老眼傾向の結果が出た

老眼でなければ点線の棒グラフ様の結果となるはずですが、どこまでも平坦な実測値はまさしく老眼であるという結果。なんとなく自分は老眼だよな、とは感じていましたが、この瞬間、自分が老眼であることがハッキリしました。

そして「本検査」です。機械が自動で行う検査でなく、1級眼鏡作製技能士の問いかけにより進行するため、先ほどの「他覚検査」に対して、「自覚検査」というそうです。

ニコンメガネの「本検査用」のメカは視力の幅が0.01ステップという超高精度な検査機器。ガラスならぬ液体レンズを採用しているため、カシャン、カシャンとしたレンズの切り換えが不要で、瞬時に必要なレンズ状態に切り換えられます。そのため、検査を受けている側も質問に対する回答がしやすかったです。

本検査で視力を検査。この機械は液体レンズを使用している

しかし、この「本検査」、いままで筆者が受けてきた普通の検査に比べるとかなり細かく調べてくれている模様。

「予備検査(他覚検査)」と「本検査(自覚検査)」に要する時間は、状況にもよりますが概ね1時間半ほどだそうです。

こうした比較的長時間を要するのは、Zシリーズレンズのポテンシャルを、個人個人の目の状態に合わせるため、という意味ももちろんありますが、例えば白内障や斜位といった眼の不具合が疑われた場合に、眼科医の診断を勧めるためという意味もあります。個人的な目の不具合が疑われた場合、まずは眼科医による検査を受けてから、その結果に沿った内容を眼鏡レンズ製作に反映させるためです。

あくまでユーザーのためにオーダーメイドのメガネレンズを作る、そのためには時間効率や営利に走らない、という姿勢にはいたく好感がもてます。

スタイルに合わせて選べる老眼対策レンズ

一通りの検査を終えたところで、遠くを見る度数(遠)と近くを見る度数(近)の面積の割合をどうするかの説明を受けました。

ここでは遠近対応レンズを4タイプから選べる

自動車の運転など「遠」を広くしたい場合は「アクティブ」、歩行しながら程度の屋外作業の場合は「ウォーク」、室内での日常的な作業を優先したい場合は「ホーム」、PC操作といった手元の作業時間が長い場合などは「近」の広い「クラフト」といったように、4種類のなかから選ぶことができます。

筆者の場合は、PCでの画像確認やテキストの作成を中心としつつ、カメラのファインダーを覗く動作もしたいため、それに適切だと思われた「ホーム」を選択しました。

検査とアドバイスの結果、選んだ度数のレンズを装着したトライアルフレームをかけて、実際の使用感を試すこともできます。ここで想定される使用状況を試してから「遠」と「近」の割合を決めても大丈夫です。

実際の作業風景を模した体験コーナーでチェック

デスクトップPCを想定したブースや、ファインダーで撮影した後にモニターで画像を確認するシミュレーションなどで、実際の見え具合を確認しています。それにしてもまさか、本当なら絶対誰にも見せたくない「メガネ屋さんで試す時の、なんかスゴイあの丸レンズのメガネ」の姿を公開する日がこようとは。

カメラマンということでカメラの背面モニターの見え具合もチェック

フレームも新調することに

ニコンメガネに来店する前は、その時まで使っていた眼鏡のフレームを流用して、レンズだけを交換するつもりでいました。しかし、ここまでの丁寧な検査や、詳しい説明を聞いているうちに、フレームもレンズにあわせて新調しようと思いなおしたのでした。

様々な眼鏡フレームが取り揃えられている

新しいフレームを選んだ場合、ユーザーに眼鏡がピッタリ合うように「フィッティング」という作業のための検査が加わります。下の写真がその検査風景ですが、姿見鏡のように見えるのがその検査機で、さまざまなセンサーが組み込まれているようです。

フレームのフィッティング作業

正面はもちろん、斜めから見たときにも、瞳とレンズの距離が変わらない位置を測定し、その結果をフレームの形として「フィッティング」させます。その話を聞いたとき「フレームも新調することにしてよかった」と心から思いました。

注文した眼鏡が到着

注文から約1週間後、宅配便にて眼鏡が到着しました。

届いた眼鏡

さっそく、眼鏡をかけてPCで写真を見てみると「違う!」という、お世辞でもなんでもない素直な感動が。コントラストが高いからか、明らかに画面内の被写体のエッジが明確でクッキリしています。ちょっと大げさかもしれませんが、自分はこんな良い写真を撮っていたのかとも(笑)

カメラで写真を撮るという行為も試してみました。少し上目遣いでファインダーを覗けば、遠近両用の「遠」が効いて像も鮮明に見えます。シャッターを押してモニターで再生画像を確認するときは下目使いの「近」でそのまま見ることができます。

電車で座席に座ってスマートフォンを見るという行為も、わざわざ眼鏡を外さなくて良くなったのでとても便利に感じます。それどころか、小さな文字が今までになく読みやすいので感動すら覚えました。今まではいちいち眼鏡をおでこまで上げ、裸眼で見ていましたので、こんなに楽なことはありません。

ニコンのレンズだから、カメラ用レンズ技術を応用した眼鏡レンズだから、名称の響きが良かったから、というのが初めに眼鏡を新たに作ろうとした理由でしたが、Zシリーズは独自の新しい光学技術で作られた確かに見え具合の良い眼鏡レンズでした。

そうは言っても、Zシリーズの眼鏡レンズに施されたコーティングの美しさを見ると、つい惚れ惚れとしてしまうあたりは、やっぱりただのカメラ好きでもあります。

まとめ

フレームとセットで格安に買える老眼鏡という選択肢もあったのですが、結果的には、ニコンの光学技術を結集した眼鏡レンズにして本当に良かったと思っています。ニコンのレンズなのでカメラ好きとしての満足感も高いのがまたイイ。

写真撮影という行為は、被写体を確認するところから始まり、ファインダーを覗いて構図や露出を確認し、撮った写真の確認やプリントした作品の確認と、インプットからアウトプットまですべてが確認の連続であって、そのすべてにおいて自分の眼を信用しなければなりません。

眼が衰えて老眼になるのは残念なことですが、人間ならばこれは仕方のないこと。写真を撮るうえで、最も大切と言える眼の信頼性を確保するために「新・老眼対策レンズZシリーズ」は強い味方となってくれるはずです。

協力:ニコンメガネ

曽根原昇

(そねはら のぼる)信州大学大学院修了後に映像制作会社を経てフォトグラファーとして独立。2010年に関東に活動の場を移し雑誌・情報誌などの撮影を中心にカメラ誌等で執筆もしている。写真展に「イスタンブルの壁のなか」(オリンパスギャラリー)など。