コーワPROMINARの世界 高画質マイクロフォーサーズレンズの秘密を探る

復活のプロミナーレンズ、工場見学でわかった高画質の理由

設計者のこだわりを支える生産現場をレポート 開発者のコメントも

復活したプロミナーレンズと出会ったことをきっかけに、コーワの歴史を振り返った前回の記事。今回は、プロミナーレンズの製造工場にお邪魔すると同時に、担当者に高性能の秘密を聞いてみた。

KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8
KOWA PROMINAR 12mm F1.8
KOWA PROMINAR 25mm F1.8

プロミナーレンズを製造、販売しているのは、コーワグループの一員である興和光学株式会社。コーワの光学製品が愛知県蒲郡で誕生したことは前回の記事ですでに解説したが、2000年頃から埼玉県草加市に光学事業の集約を開始。現在は、ここが本社工場となり、光学製品の開発・製造を一手に引き受けている。

新生プロミナーレンズが目指すもの

カタログに記載されている通り、プロミナーレンズはメイドインジャパン。コーワが日本製にこだわる理由は、高品質を保つためだ。

もちろん生産管理さえきちんと行えば外国製も日本製と同等の品質が得られるだろう。だがピントリングの滑らかな動きをはじめ微妙な感触にまで配慮した製品の場合、さまざまなリスクがつきまとう。その点、日本国内の自社工場で生産すれば、すべての工程に目が届くし、何か問題が発生しても同じ屋根の下にある技術部門がすぐに解決してくれる。

また幸いなことにプロミナーレンズは少量生産が基本。大メーカーの大量生産品のように血眼になってコストダウンしても、それほど大きな効果は出ない。営業的には厳しいかも知れないが、「もの作りへのこだわり」が感じられる一面である。

30年以上のブランクを経て、コーワがカメラ市場へ再参入を目指したのは、長年セキュリティ用や工業用レンズで培った技術が活かせると考えたから。最近、これらの分野でもセンサーの高画素化が進み、高解像レンズの需要が高まっている。つまりコーワの持つノウハウが再び脚光を浴びる時代がやって来たということだ。さらに1978年にカメラ事業から手を引いた後も、熱心なファンの間ではプロミナーレンズの評価が高く、復活を望む声が寄せられていた。

当時の技術者はすでに現役を退いていたが、幸いなことに元気な方も多くアドバイスを得ることができたうえ、当時の図面などの貴重な資料も社内に保管されていた。「プロミナーを復活させるなら、今が最後のチャンス!!」。これを合い言葉にプロジェクトがスタートする。

1971年に描かれたコーワシックスT型の手描き図面。今回のプロミナーレンズ復活に際し、参考資料として使用された。蒲郡工場から引き継がれたもので、日本のカメラ工業史にとって国宝級の資料と言えるだろう。
昭和40年(1965年)の日付が入ったコーワシックスの断面図。製品の発売は1968年なので、少なくともその3年前には、高レベルで設計が進んでいたことが分かる。
試作機の図面とコーワシックスの最終モデルであるコーワスーパー66

プロミナー復活に当たり、マイクロフォーサーズを選んだ最大の理由はミラーレス機の台頭である。なかでもマイクロフォーサーズはボディがコンパクトで高画質なことはもちろん、動画に対する拡張性が高い。そのうえフランジバックが短いのでレンズ設計のフレキシビリティに優れている。そしてマイクロフォーサーズはオープン規格なので賛同メンバーになれば利用できるなど、現在はカメラボディを持たないコーワにとって有利な条件が揃っていた。

現在、他社が発売するマイクロフォーサーズ用レンズはAFが主流だが、鏡筒内に組み込んだ電子部品がレンズ設計に制約を与えることがある。その点、MFなら内部スペースを自由に使えるので、「尖った性能を持つ個性的なレンズ」を作りやすいなど、コーワが目指すオンリーワンのレンズ作りにはMFが最適だったのだ。

たとえばAFレンズの場合、モーターに掛かる負荷を小さくするため、ピント合わせ時に動かす光学系の重量を軽くするなど、さまざまな配慮が必要である。だがMFなら、そんな心配は無用だし、ピント合わせ時に光学系が複雑な動きをするフローティング機構なども積極的に採用できる。

さらに外から見ただけでは分からないが、プロミナーレンズのピント調節機構はすべてカム式。レンズ全体を前後させる通常のヘリコイド式では光学系を個別に移動させる複雑な方式に対応できないからだ。

またレンズ鏡筒は信頼性の高い金属の削り出しで、カムも高い工作精度で加工されている。さらに摺動するピンを数種類用意することにより、滑らかな動きを実現している。

さらに3本のレンズともピントリングの回転角は約180度。操作感の統一のほか大きな回転角により微妙なピント合わせが可能である。

このほか絞りは9枚羽根の円形絞りでボケ味を考慮した設計。絞りリングの目盛りは等間隔で回転角を大きく取るなど操作性も抜群だ。さらにリング側面のボタンを押しながら回せばムービー用のTナンバー表示に切り替わるデュアルリンクアイリスを採用。クリックも同時に解除されるので動画撮影時の耳障りな音を抑えるとともに絞り操作時のギクシャクした動きも防止できる。

3本のプロミナーレンズに共通した光学的な特徴は、ディストーションを極限まで補正したことだ。現在コーワの主力商品のひとつでもある工業用レンズだが、なかでも部品の検査用などに使われるレンズには高度なディストーション補正が要求されるものが多く、その技術が活かされているという。

興和光学株式会社の主力商品である工業用レンズ。一般の目に触れる機会は少ないが、さまざまな分野で活躍している。

またXD(低分散)ガラスによる色収差の低減、非球面レンズによる像面湾曲の除去のほか、無限遠から近距離まで良好な像を得るためフローティング機構など最新の技術を惜しみなく投入。さらに3本のレンズを使って一編の動画作品を制作する際、レンズによって発色の違いが出ないようコーティングの最適化も行われてる。いずれにしても画質低下の要因はレンズ側で徹底的に除去することが基本。画像処理エンジンで誤魔化さないことがコーワのレンズ設計のポリシーになっている。

プロミナーレンズで実際に撮影してみると、画面周辺部での画質低下が非常に少ないことに驚かされる。実はコーワのマイクロフォーサーズ用レンズは、通常のマイクロフォーサーズ規格より1-1.5mm大きなイメージサークルで設計されている。その理由は、工業用レンズでは画面角まで計測に使われることが多く、性能確保のためイメージサークルを広く設定しているため。コーワの場合、工業用に使われることを考慮して大きいセンサーサイズを基準にしている。つまり我々がふつうに使うカメラボディで撮影する場合、イメージサークルに余裕があるのでより高い画質を得ることができる。

外観デザインは、コーワシックス時代の交換レンズのデザインを踏襲。鏡筒はアルミ削り出しによる金属製で、ピントリングの滑り止めにもゴム素材を用いずローレット加工を直接施すなど、高級感のある作りになっている。レンズ性能には直接関係しないが、総金属製の鏡筒は触ると冷たく感じるので、この感触に喜びを感じるユーザーも多いのではないだろうか。

8.5mmF2.8の試作品(写真右)と製品。試作段階では、絞りリングが等間隔でなく、ピントリングにはゴム製の滑り止めが使われていた。また鏡筒全体のデザインも曲面を多用した近代的なものになっている。

さらに鏡筒の表面は耐久性に優れたアルマイト仕上げ。ユーザーの好みに合わせて選べるよう、ブラック、シルバー、グリーンの3色が用意された。なかでもグリーンは、コーワグリーンと呼ばれるコーワ独特の緑色でスポッティングスコープや双眼鏡と同色。この色をアルマイト仕上げで出すために、とても苦労したそうで、実は3色のなかでいちばんコストが掛かっている。色の違いによる価格差はないが、そういう意味ではコーワグリーンが、いちばんお買い得と言えるかも知れない。

コーワグリーンは、さまざまな試作サンプルを経て現在の色にたどり着いた。

プロミナーレンズの生産現場、本社工場を見学

本社工場では、今回紹介するマイクロフォーサーズ用交換レンズのほか、工業用レンズ、スポッティングスコープや双眼鏡などの開発、製造を行っている。

レンズの製造工程

最初は不透明な状態のレンズを、さまざまな砥石を使って磨き上げてゆく。
研磨にはレンズの口径や曲率に合わせた多くの研磨皿を使い分ける。この研磨皿もひとつひとつが手作り。
ダイヤモンドペレットによる研磨工程。
研磨したレンズ曲率をマイクロメーターでチェック。黄色い光源を利用するのは、形状を確認しやすくするため。
マイクロメーターによるレンズの検査。
コーティング前に洗浄するため検査済みレンズを専用ラックにセット。ここからの工程はクリーンルームで行われる。
自動機による超音波洗浄でレンズに付いた汚れを徹底的に落とす。コーティングムラを発生させないための重要な工程だ。
洗浄、全品検査後のレンズをトレーに並べ真空蒸着窯でコーティングを施す。
乱反射を防ぐため、レンズの側面に黒い塗料を塗る。いわゆる「コバのスミ塗り」と呼ばれる行程で一枚一枚手作業で行われる。

鏡筒の製造工程

ピント合わせ機構に使われるカムの専用マシンによる製造工程
12mm F1.8のピント合わせ機構。手前がアルマイト処理前のカム。カム溝と摺動するピンの微妙な寸法の違いで回転の感触が変わるのでサイズの違うピンを何種類か用意。手で感触を確かめながら組み立ててゆく。
鏡筒の加工寸法を測定する専用ゲージ。使用目的に合わせて、部品1点1点を検査していく。
絞りユニットの部品。手作業により絞り羽根を1枚1枚組み込んでいく。
フランジバックは厚さの違うシムを組み合わせて調整する。
完成したレンズの投影試験。スクリーンに映った像をルーペで目視して確認する。余談だが、チャート左下にあるZ.KOANAとは、日本の光学業界に大きな影響を与えた物理学者小穴純博士のこと。氏が考案したテストチャートは、今でも日本のカメラ業界で広く使われている。
工場内にはMTF測定装置を備え、これを利用してレンズ設計が行われている。

※KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8が生産される様子がyoutubeで公開されています。(コーワ提供)

開発者に聞く、3製品それぞれの特徴

今回、開発担当者に3本のレンズの特徴を簡単に説明して欲しいとお願いしたところ、以下のような回答が得られた。

お話をお聞きした、右から製造部生産管理課長の飯塚さん(製造ライン担当)、技術部の大口さん(光学設計担当)、技術部の半澤さん(鏡筒設計担当)。

KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8

開発者コメント「ディストーションの徹底的な補正に加え、シャープさを重視。ピント合わせにインナーフォーカスを採用し、近距離撮影時の画質低下を防いでいます」

KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8/E-M5 Mark II/F8/1/25秒/+1EV/ISO1600/WB:オート/仕上がり:ナチュラル

35mm判換算で17mmという超広角レンズならでは画角を活かして大胆な構図を狙ってみた。とにかくディストーションがないので直線に歪みがなく、気持ちの良い超広角表現ができる。F8まで絞っているが、回折現象の影響も少なく周辺部の画質の崩れもない。

KOWA PROMINAR 12mm F1.8

開発者コメント「8.5mmと同様、ディストーション補正とシャープさを重視。35mm判の24mmに相当する広角レンズの定番焦点距離で、同時にF1.8という明るさを実現しました。フローティング機構の採用で近距離撮影時も高画質が得られています」

KOWA PROMINAR 12mm F1.8/E-M5 Mark II/F8/1/320秒/ISO200/WB:オート/仕上がり:ビビッド

広角レンズらしさを活かすため、手前の芝桜に思い切り近づいて遠近感を強調。近距離撮影でも周辺部の像の流れが少なく周辺光量の低下も目立たない。ディストーションがなく後方の地平線にも歪みが出ない。

KOWA PROMINAR 25mm F1.8

開発者コメント「近距離から無限遠まで高画質を維持するためピント合わせ時にレンズ後群だけを動かすリアフォーカス式を採用。焦点距離が25mmと長くF値も1.8と明るいので被写界深度の浅い表現ができます。ポートレートなどで使われることを考慮して、8.5mmや12mmに比べ像は少し柔らかめに設計してあるのも特徴です」

KOWA PROMINAR 25mm F1.8/E-M5 Mark II/F2.8/1/4,000秒/+0.7EV/ISO200/WB:オート/仕上がり:ビビッド

F2.8に絞っているが円形絞りの効果で、美しいボケ味が得られた。ただし焦点距離が長いので被写界深度が浅く、シビアなピント合わせが要求される。

第1回目のコーワの歴史に続いて、第2回目はマイクロフォーサーズレンズに対するコーワの意気込み、もの作りに対する真摯な姿勢を紹介した。

次回のテーマはKOWA PROMINAR 8.5mm F2.8。今後はそれぞれのレンズを1本づつ取り上げ、実写作例を中心にレンズの魅力を徹底的に紹介。レンズの特徴や高品位な描写性を深く掘り下げてゆく予定である。

制作協力:興和光学株式会社
撮影協力:マルチカムラボラトリー テクニカルプロデューサー渡邉聡
編集協力:株式会社ユー・ブイ・エヌ

中村文夫

(なかむら ふみお)1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。