メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!

Carl Zeiss Milvusシリーズ

ツァイスとコシナによる共同開発はどのように進められたか?

Milvus 1.4/50(左)
対応マウント:キヤノン用、ニコン用/レンズ構成:8群10枚/最小絞り:F16/最短撮影距離:0.45m/最大撮影倍率:0.15倍/フィルター径:67mm/最大径×全長:約83×86.3mm(ZE)、約83×83.8mm(ZF.2)/重さ:約840g(ZE)、約790g(ZF.2)
Milvus 1.4/85(右)
対応マウント:キヤノン用、ニコン用/レンズ構成:9群11枚/最小絞り:F16/最短撮影距離:0.8m/最大撮影倍率:0.13倍/フィルター径:77mm/最大径×全長:約90.2×96.9mm(ZE)、約90.2×94.4mm(ZF.2)/重さ:約1,160g(ZE)、約1,120g(ZF.2)

カールツァイス社とコシナが共同開発したフルサイズのデジタル一眼レフ用のMFレンズで、光学デザインはカールツァイス社、製造はコシナが担当。

撮像センサー前のガラスプレートが結像に及ぼす影響まで考慮して収差補正が行われるなど、デジタルに最適化されているのが特徴だ。レンズ外観は曲面で構成された独自の3次元フォルムで、鏡筒やフードはすべて金属削り出し。フォーカスリングの動きは繊細かつなめらかで、防塵・防滴にも配慮されている。

ニコンFマウントとキヤノンEFマウントがラインアップされており、フォーカスリングの回転方向もそれぞれ純正レンズと同じ方向に統一されている。

 ◇           ◇

本インタビューは「デジタルカメラマガジン2015年12月号」(11月20日発売、インプレス刊)に掲載されたものに、誌面の都合で掲載できなかった内容を加筆して収録したものです。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)


ツァイスの光学設計をベースにコシナが量産化を考慮して調整

――ツァイスレンズには、さまざまなシリーズがありますが、それぞれの開発コンセプトについて教えてください。それぞれ、どのようなユーザー層を狙い、どういった性能を追求しているのでしょうか?

カズナーヴ:一眼レフ用のツァイスレンズとして、Otus(オータス)、Milvus(ミルヴァス)、Classic(クラシック)の3シリーズをラインアップしています。Otusは、ツァイスの持てる技術の粋を惜しみなく投入し、あらゆる収差を抑制し、最高の光学性能を追求したプレミアムレンズで、中判カメラで撮影した写真に匹敵する画質を求めるプロやハイアマチュアをターゲットにしています。

一方、Milvusは、いかなるフルサイズセンサーでも、その描写力を十分に引き出せる光学性能を有したレンズで、画質にこだわるカメラマンや、ほかと差別化を図りたい写真機材を探しているアーティスト、できるだけリーズナブルな価格でプロ並みのビデオを撮影するためのソリューションを探している動画撮影者をターゲットにしています。

そしてClassicは、(残存収差により)ひと味違う描写が得られるレンズを好み、印象的な仕上がりを追い求めるアマチュアカメラマンを主なターゲットとして考えています。

ちなみに、Batis(バティス)は、ソニーEマウントのフルサイズ対応AFレンズで、プロ仕様のレンズを探しているアマチュアやプロ向けに開発しました。

一方、Loxia(ロキシア)は、ソニーEマウントのフルサイズ対応MFレンズで、高画質でありながら小型なシステムを望むアマチュアや動画撮影者に向けたシリーズ、Touit(トゥイート)は、非常にコンパクトでさまざまなシーンに適応できる柔軟性を追求したAPS-C専用のレンズで、ソニーEマウントと富士フイルムXマウントに対応しています。

(写真手前左から)
佐藤和広氏
株式会社コシナ 営業開発本部 営業グループ/第一設計グループ 係長

大澤貞満氏
株式会社コシナ 営業開発本部 第一設計グループ 課長

島田博和氏
株式会社コシナ 営業開発本部 第三設計グループ 主任

山崎貴氏
株式会社コシナ 営業開発本部 第三設計グループ

前橋光氏
株式会社コシナ 営業開発本部 第一設計グループ 主任

(メールによる取材)
クリストフ・カズナーヴ氏
カールツァイスAG カメラレンズ ストラテジック ビジネスユニット シニアプロダクトマネージャー

――MilvusのWebページに“ドイツ カールツァイス社と株式会社コシナとの共同開発による製品群”とありますが、カールツァイス社とコシナ、それぞれどのような役割分担、開発の流れなのでしょうか? 企画、基本となるレンズ設計、最終的なレンズ設計、製造、検査など、両社でどのように1本のレンズを作り上げていくのでしょうか?

カズナーヴ:コシナさんは生産パートナーであり、また開発の一部も担っていただいています。すべてのレンズの品質基準の定義、光学基本設計はツァイスが行いますが、量産化のためのある部分からはコシナさんに担当してもらっています。

佐藤:両社がそれぞれ得意とする分野を生かして製品開発していこうというのが共同開発のコンセプトです。カールツァイス社は長きにわたり最高峰の光学製品・技術を持っている会社ですので、レンズの光学設計やシミュレーションなどはカールツァイス社が行い、レンズの研磨や、鏡筒の加工、組み立てといった実際に製品化を行う工程をコシナが行っています。

実際、どのような流れで開発が進められるのかというと、まず、カールツァイス社からこんなレンズを世に出そうと考えているのですが、コシナとしてはどう思いますか? という感じでスタートし、市場の動向なども含め、製品化の可能性について両社で意見を交換します。

それで、製品化が決まったら、カールツァイス社で光学設計を行います。ただ、実際にレンズを製造する際に、カールツァイス社の光学設計そのままでは、製造の難易度が高く、わずかな誤差で性能が大きく変化したり、レンズや鏡筒の加工にコストがかかりすぎたりする場合がありますので、カールツァイス社の設計をベースに、コシナ側で生産面も考慮した形で光学設計を調整します。

光学設計に手を加えたことで、当初の設計性能とは一部異なる部分も出てきますので、調整した設計案をカールツァイス社にてチェックを行い、問題ないことが確認できたら、コシナ側で具体的な機構設計に入ります。

そして、レンズの試作段階では、両社で試作の評価を繰り返します。カールツァイス社とコシナが共同開発し始めてから約10年経ちますが、お互いの間合いが分かっているというか、どういった規格で何を評価する、というのをお互い理解していますので、両社で評価を繰り返しながら欠点を1つ1つつぶしていき、製品として発売できるレベルに仕上げていきます。

――カールツァイス社が基本的な光学設計を行って、コシナはそれを製品として製造しやすい形に修正し、製品化していくわけですね。では、実際に製品を作る際、ツァイスレンズとしての品質をどのように保っているのでしょう?

佐藤:両社合意のもと、作成した仕様書に基づいて検査を行っています。MTFなどに関しては数値判断ができるため検査判定は容易ですが、キズやホコリなどは検査員により判定が左右されやすい項目になります。そのため、当社検査員はカールツァイス社本社の品質部門のテストに合格した作業員が検査を行っています。このテストは定期的に行われているため、当社の安定した品質を作る上で大変役に立っています。

また、出荷前にはカールツァイス社日本法人から検査スタッフが工場に来て、最終確認を行った後、ようやく製品としてレンズが出荷されるのです。

――“Milvus”という新しいシリーズが登場したことで、コシナから発売されていた従来の一眼レフ用ツァイスレンズは“Classic”という呼称になりました。MilvusとClassicは、外観デザインが大きく異なっているのは見れば分かりますが、それ以外にどのような方向性の違いがあるのでしょうか?

カズナーヴ:Milvusは将来のデジタルカメラのデジタルニーズにマッチングし、8KのビデオやHDRなど現在のトレンドを備えた製品です。

また、Classicレンズはカールツァイス社120年以上にわたる歴史の中で高い描写性能を持つレンズであり、伝統的な光学タイプを採用しています。そのうちのいくつかは、ほかのレンズでは表現できない描写性能を持っています。

――ということは、今回発表された6本のMilvusは、焦点距離や開放F値といったスペックがClassicと同じでも、すべて新規の光学系を採用しているのですか?

カズナーヴ:光学系のタイプが変わっているのは、1.4/50と1.4/85の2本です。残りの4本の基本的な光学系はClassicを踏襲していますが、外観デザインのみを変えたというわけではなく、レンズの間隔やコーティングなどを微調整して、デジタル一眼レフでより良い結果が得られるように改良を加えています。



金属加工の難易度が高いMilvusの曲線や複雑な形状

――外装デザインについてお伺いします。こうした曲面を多用したデザインを採用しているのはなぜですか? 個人的には、現在の一眼レフは、そこまで未来的なデザインには向かっておらず、むしろ(写真愛好者には)ダイヤル操作を重視したモデルが増えている印象さえあります。

カズナーヴ:弊社のレンズは近未来的なデザインでも伝統的なデザインでもなく、洗練された飽きのこないデザインです。機能とデザイン要素を盛り込みすぎることで、レンズの操作性が低下するのを避けています。

MilvusとClassicの外観比較
Classicは、フォーカスリングや絞りリングのローレット加工が施されていて、往年のMFレンズを彷彿とさせるデザイン。一方、Milvusは3次元の曲線フォルムで構成された非常にシンプルで機能的なデザインになっている(左:Milvus 1.4/50、右:Classic 1.4/50)

大澤:正直な話、最初にカールツァイス社からレンズのデザインを提示されたときは、少々驚いた記憶がありますが、実際に試作して手にとってみると、想像していたよりも使いやすく、人間工学に配慮されたデザインだと実感しました。

――最近のレンズは、ディスタゴンタイプになってレンズ長が長くなってきているので、従来のClassicのデザインだとちょっとレンズが長すぎる感もありますね。そういう意味では、確かに新しいデザインの方がスッキリとまとまっている気はします。

佐藤:最初は戸惑いの方が大きかったのですが、こうしてOtus、Milvusとそろってレンズを眺めてみると、良いデザインだな、という感覚に変わってきましたね。我々だけであれば、絶対このデザインは出てきません。あらためて、カールツァイス社の先見性というか、過去のしがらみにとらわれず、より良いものを作っていこうという姿勢に驚かされました。

――従来のClassicシリーズのような外観デザインは、ローレットなど金属加工を得意とするコシナにとって得意とする分野だったと思いますが、OtusやMilvusなど新しいツァイスレンズの外装は、従来のClassicに比べ、加工の難易度は下がっているのでしょうか? それとも高まっているのでしょうか?

前橋:難しくなっていますね。新しいシリーズは、フォーカスリングや絞りリングにゴムが巻かれていますが、距離目盛りや絞り値が刻まれている個所だけゴムの幅が狭くなっています。我々は“ウィンドウライク”と呼んでいるのですが、この距離指標や絞り値の部分を残してゴムを貼る溝を掘る加工が非常に難しかったですね。

一見、何の変哲もないように見えるかもしれませんが、ゴムの厚みぶんだけ円筒のレンズを削る必要があり、しかも、一部分は窓のように残さなければなりません。そのため、その部分は素材を回転させながら削っていく旋盤加工ができないので、曲面に沿って刃を回転させながら削っていくフライス加工を行う必要がありますが、それを正確に制御するのがすごく難しいんです。

高度な加工技術が必要なリング部の造形
フォーカスリングや絞りリングには滑り止めのゴムが巻かれているが、ゴムが巻かれたときに鏡筒と完全に一体化するよう、ゴムの形状と厚みに合わせ、鏡筒が部分的に削られている。コシナの高い金属加工技術が生かされている部分だ

また、新しいツァイスレンズは、レンズの前玉から曲線的に絞り込まれていくデザインが特徴的ですが、この曲面の加工が非常に難しく、Rの大きな部分にどうしでも旋盤加工の跡が入ってしまいます。そのため、一度曲面に削った跡に、加工線を消すためにもう一度削り治すという作業を行って、滑らかな曲面を実現しています。

――そう言われてみると、レンズの両側面にも指がかりのための凹みが設けられていますね。フードの青いツァイスのエンブレムもその部分だけ凹み加工がされていて、この曲面を金属加工で出すのは確かに大変ですね。そういう意味では、従来のClassicの方がまだ楽だったと。

前橋:Classicも楽ではありませんが、これまで培ってきた経験があり、コシナが得意とする分野ですので……。これに対して、OtusやMilvusは、これまで手がけたことのない形状だったので、その生産技術を確立できるまでが大変でした。

それと、表面処理もMilvusシリーズから艶を抑えた変更をしているのですが、歩留まりが悪くて苦労しました。処理にムラができたり、ちょっと触ると脂が付いてシミっぽく見えたりするので、生産ラインでの取り扱いには細心の注意が必要です。

あとフォーカスや絞りリングのゴムも、表面が細かなつや消しのため、生産ラインでそれを維持するのが大変ですね。そのため、ゴムの上にテープを巻いて表面を保護しています。

――新しいツァイスレンズのデザインで気になっているのが、その部分なんです。レンズは飾って眺めておくものではなく、撮影現場で使い込むものなので、キズや擦れが目立ちにくい表面処理や、たとえキズが入っても道具として使い込まれた風合いを醸し出してくれる下地処理になっていれば良いのですが、新しいツァイスレンズは、曲面を多用しているだけに、デリケートに取り扱わないと鏡筒に小傷が付いたり、フォーカスリングのゴムに埃が付着したりするのではないかと心配になります。

カズナーヴ:Milvusの表面処理はほかの金属製レンズに比べキズを最小限に抑えられるよう配慮しています。

大澤:ゴムに関しては、グリップ感を損なわないことが撮影に対し重要であると考えており、埃が付着する可能性は否定できませんが、表面が平滑なため簡単に取り除くことができます。

――撮影するという行為に対して、このデザインならではの優位性、合理性はありますか?

カズナーヴ:新しいツァイスレンズは、突起がほとんどないのが外観的な特徴です。レンズを保持したときに、突起があると手に当たって痛かったり、不用意にリングなどを動かしてしまう恐れがあります。これに対して、新しいツァイスレンズは、目立った突起がないので、レンズのどこを持っても保持しやすく、手の当たりも穏やかです。

また、ゴムリングにローレットが刻まれていませんが、滑り止めがなくても滑りにくくするため、柔らかなゴムを使用し、グリップ感を付けるために他製品に比べ、3倍くらい厚みのあるゴムを使っています。見ためはツルッとしていますが、実際にレンズを持ってヘリコイドリングを触ってみると、ゴムの弾力でしっかり指先でグリップできるのがお分かりいただけると思います。

ヘリコイド:ネジ溝を重ね合わせることで鏡筒を前後に動かす機構。MFレンズのフォーカスリングは、このヘリコイドを利用してフォーカスレンズ群を前後に動かす。適切なグリスを使用することで、適度な粘りとトルクのある操作感を実現

また、霧雨とか砂埃とかがゴムの表面に付着するようなケースまで想定すると、ローレットパターンのある硬いゴムを採用するよりも、柔らかくて弾力性のあるゴムを使った方が、水滴や砂埃の付着を解消するのに有利です。手袋をして撮影するときも、ローレットによる滑り止めよりも、ゴムそのものを柔らかで弾力性のある素材にした方が操作性に優れています。

――レンズを買ってから数年くらい経つと、フォーカスのゴムがいつの間にか白化していることがあります。MilvusやOtusでは、ゴムが白化する恐れはないのでしょうか?

佐藤:やはりゴム素材は白くなることはあります。これは、ゴムを製造する際の調合を変えることで白化しにくいものを作れることは作れるので、OtusやMilvusにはそうしたゴム素材を使っています。ただ、20年、30年白くならずにキレイな状態を保てるかと問われれば、使用環境により変化するかと思います。

フォーカスリング回転角が大きいのは?

――Milvus 1.4/50や1.4/85を使ってみて感じたのが、最近のレンズとしてはフォーカスリングの回転角が大きめという点です。これはどのような狙いによるものですか?

カズナーヴ:弊社の多くの顧客は、弊社のClassicシリーズを使っていて、現在は、動画用としての性能もMilvusに求められています。こうしたユーザーは、正確なピント合わせや滑らかなフォーカス送りのために、回転角がある程度大きいことを好みます。そのため、動画撮影者には十分なフォーカス回転角を、そして写真撮影者にはフォーカス回転角度が大きすぎないように配慮しています。

佐藤:カールツァイス社といえば、写真用だけでなく、シネマ用のレンズも出していて、動画分野にも長けている会社です。そのため、従来のClassicシリーズも動画撮影に多く使われてきました。

そういうこともあり、Milvusシリーズの機構設計に当たって、カールツァイス社から指示されたのが、フォーカスリングの回転角を大きめにすることでした。動画撮影時のゆっくりとしたピント合わせができるように、というのが理由です。また、静止画撮影においても、カメラの画素数が増え、これまでよりもシビアなピント合わせが求められるのも回転角を大きめにした理由です。

――なるほど。ただ、一眼レフの光学ファインダーでピント合わせする場合、空中像成分が多く、EVFのようにピントの山がハッキリとは掴めません。特に、僕は視力が良くないので、フォーカシングスクリーンに投影された像を見るというよりも、コントラストAFのようにフォーカスリングを大きく前後させ、指の動きとボケの変化を読み取って、その中間にピントを合わせています。

ニッコールのMFレンズは、フォーカスリングの回転角を従来よりもクイックにした「S」が付いたタイプに変わりました。回転角を従来よりもクイックにすることで、素早いMF操作を可能にし、スプリットイメージのズレ量とピントリングの回転角が体感的に一致するように、との工夫だと聞いています。

確かに、フォーカスリングの回転角が大きめの方が、ライブビュー撮影や動画撮影には精密でデリケートなフォーカス操作が行える点は有利だと思いますが、光学ファインダーでの撮影はちょっとピントの山を掴みにくく感じました。

フォーカシングスクリーン:一眼レフの光学ファインダーで像を結ばせるスリガラス状の半透明プレート。拡散性を高めるほどピントの山をつかみやすくなるがファインダーは暗くなる。AF一眼レフでは明るさ重視のスクリーンが多く、ピントの山はつかみにくい
スプリットイメージ:MF一眼レフに搭載されていたピント合わせの目安となる機構。ファインダー中央部の円内が上下に分割されていて、ピントが合っていないと上下の像が左右にずれ、ピントが合うと一致する

佐藤:一眼レフのフォーカシングスクリーンは、AFになってからどちらかといえば明るさ重視の特性になっていますので、スクリーンに投影された像だけで正確にピントを合わせるのは難しくなっているかもしれませんね。

私も今の一眼レフでMFすると、開放絞りではかなり歩留まりが悪く、5〜10mあたりが一番ツライです(笑)。カメラのフォーカスアシストをうまく利用して、フォーカスアシストで合焦ランプが付く範囲を見極めながら感覚的にピントのピークを見極めています。

ただ、ライブビューで拡大してピントを合わせるときは、私もさまざまな製品を試しましたが、今回のMilvusくらいゆったりとした回転角がないと、ピントのピークを出すことができません。

――確かに、最近のように画素数が非常に多くなってくると、ヘリコイドをわずかに動かしただけで狙ったピント位置を通り過ぎてしまいます。そういう意味では、光学ファインダー撮影よりもライブビュー撮影や動画撮影で使うのが快適かもしれませんね。

もしくは、α7シリーズにマウントアダプターで装着するとか。これなら、ライブビュー拡大やピーキング機能を使って、EVFで撮影できるので、レンズと撮像センサーの性能を最大限に引き出すことができますね。

ところで、レンズ外装はともかく、フードまで金属素材にこだわるのはなぜですか? 確かに、金属素材の方が質感が高くなるのは分かりますが、重量が増し、フード先端をぶつけたときもレンズ本体に対する衝撃がダイレクトに伝わるので、フードくらいは軽量で衝撃吸収力に優れたエンジニアプラスチック素材でも良いのではないかという気がします。

カズナーヴ:ClassicやMilvusのターゲットとしている層は、レンズ鏡筒がすべて金属製であることを好みます。フードまで金属製であることを評価していだだいております。こうした金属素材にこだわることが、現在主流であるAFレンズとの差別化にも繋がると考えています。

佐藤:コシナがものづくりをしていく上で得意とする分野は、やはり“精密機械加工”だと思います。コシナのカメラやレンズはそういった部分にこだわりを持っているので、フードなどにエンジニアプラスチック素材を使う、という選択肢はまったくありませんでした。

Milvusの曲面フォルム
フードとレンズが一体化したデザインなのもMilvusの特徴。2.8/21の花形フードもこれまでのレンズでは見たことがないような曲面で構成されていて、まるでレンズ固定フードのような一体感だ

――最近のレンズとしてはどれも重めですが、これ以上の軽量化は難しいのでしょうか? 大半がレンズ光学系の重さですか?

前橋:鏡筒もかなりありますね。ただ、レンズの質感や、マニュアルフォーカスの操作感といった品位は、金属でないとなかなか出せません。それに、(エンジニアプラスチック素材)よりも金属のほうが精度を追求しやすいことも、金属にこだわる大きな理由です。

――メンテナンス性はどうですか? レンズを組み立てたり修理したりする際に、設計性能にできるだけ近づけるための調整の余地は、金属素材の方が有利な部分はあるのでしょうか?

前橋:金属の方が有利ですね。鏡筒が金属であればレンズを押さえている部品を外せば、レンズの取り替えやレンズ間隔の微調整が効きますが、プラスチックだとかしめや接着でレンズを固定しているので、基本的にはレンズユニットごと交換することになります。

また、エンジニアプラスチックの鏡筒は原型となる金型が必要ですが、この金型もずっと同じ寸法精度を保つことができないので、生産の初期と後期では部品サイズが微妙に変わります。カメラの高画素化によって、こうしたわずかな寸法の違いが無視できない時代になってきていますが、金属の鏡筒であれば1つ1つプログラムに従って機械が削り出していくので、最初から最後まで同じ精度を保てますし、途中で光学系にわずかな手直しが生じてもすぐに対応できます。

大量生産には不向きで製造コスト的にも不利ですが、精度の高さ、設計変更に対する柔軟性、調整の自由度、メンテナンス性は金属の方が有利です。

――Milvusになって防塵・防滴に配慮した構造になっているそうですが、どのような技術的な工夫がなされていますか?

カズナーヴ:弊社のシネマレンズに用いるのと同様な方法でシーリングを施しています。製品上隙間がある部分に対し、シーリングを施しています。

前橋:シーリングを施すと可動部分の滑らかな動きに悪影響が出ることがあります。必要な箇所にシーリング施し、しなやかで滑らかな回転のトルクを維持することを両立させるのことが、設計を進める上での課題でした。最終的には加工精度の向上や組立でのチェックを行うことで解決しました。

――どの程度の防塵・防滴構造なのでしょう?

カズナーヴ:通常の小雨や雪であれば耐えられる防塵・防滴ですが、台風には対応できません。(笑)

――ニコンFマウントのMilvusには絞りリングが装備されていて、動画撮影時に異音が入らないよう、絞りのクリックをON/OFFできる“デクリック機構”も搭載されています。この絞りリングのクリックは1/2EVステップになっていますが、ニコンの絞りリングのあるレンズは、確か1EVステップになっていたと思います。

デジタルになってからは絞りもシャッター速度も1/3EVステップでコントロールすることが多くなっていますが、なぜ、1/2EVステップにしているのでしょう?

カズナーヴ:我々は純正レンズでも搭載していない1/2EV絞りを当社レンズの利点として考え、既存のClassicモデルから採用しています。ユーザーからの評価も高いです。

――まあ、ニコンFマウント用でも最小絞りにセットすれば、ボディ側から1/3EVステップで絞りコントロールができるので、実用上はまったく問題はないです。ただ、なぜだろうと、疑問に思ったまでです。ところで、ニコンFマウントとキヤノンEFマウントでは、フォーカスリングの回転方向をそれぞれのメーカーに合わせているのですか?

佐藤:純正のフォーカスリングの回転方向に合わせ、マウントごとに作り替えています。多重ネジを組み合わせてヘリコイドが作られているので、それを右回転にするか、左回転にするか、という考え方で作り分けることが可能ですが、これも金属加工で1つ1つ削り出しているから可能なのであって、金型が必要なエンジニアプラスチックでは、よほど大量生産するか、レンズの価格を高くしなければコスト的に見合わないでしょう。


レトロフォーカスはレンズ枚数で収差をコントロールしやすい

――機構設計の次は、光学設計についてお伺いしたいと思います。6本のMilvusレンズのうち、完全に光学タイプが異なるのは、1.4/50と1.4/85ということでしたが、Classicレンズと比べ、設計思想や画質性能はどのように変わっているのかを教えてください。

カズナーヴ:新しい光学設計はカメラの高解像度化するセンサーに対応するために行われました。シャープネス、高コントラストを実現するため、1.4/50ではOtusのようにディスタゴンタイプを採用しています。この結果、隅々までシャープな画像を実現しています。

山崎:無限遠から最至近までの高い解像性能と周辺画質を保つため、Milvus 1.4/50とMilvus 1.4/85はフォーカシング方式が全体繰り出しからフローティング方式に変更しています。また、1.4/50の光学系はガウスタイプからレトロフォーカスタイプに変わっています。

ガウスタイプ:絞りを挟んで左右対称の光学系で「凸 凸凹 絞り 凹凸 凸」の4群6枚構成のダブルガウスが一般的。収差補正が容易で比較的性能を出しやすいが、絞りの前後の凹レンズがコマ収差を発生させるので、その補正が課題
コマ収差:画面周辺部で点光源が円周もしくは放射方向に尾を引いたり、両者が合わさってカモメが羽を広げたように伸びる収差。大口径のガウスタイプの光学系で生じやすく、開放絞りから2〜3段絞ると解消する
レトロフォーカスタイプ:前方に凹レンズを配置して、実際の焦点距離よりも光路長を長くした光学系。一眼レフ用広角レンズで十分なバックフォーカスを確保するために考えられた。最近は光を緩やかに曲げることで収差を抑えるのにも利用される

島田:デジタルカメラは結像面の前にガラスがあります。このガラスが与える光学的な影響を十分考え、高画素のデジタルカメラで十分な描写性能が発揮できるような光学特性を持たせるように配慮しています。

――従来のClassicシリーズだと、結像面の前にあるガラスによって、レンズ本来の描写性能が損なわれてしまうのですか?

島田:はい。特に開放F1.4といった大口径のレンズだと、周辺部でその影響が少なからず発生します。将来的にデジタルカメラのさらなる画素数向上を想定した場合、この影響が無視できない存在になると考えています。

――星や夜景撮影で気になるコマ収差はどの程度まで抑えられていますか?

カズナーヴ:開放絞りで四隅まで点像に写る性能を求められるのであれば、やはりOtusをおすすめしますが、従来のClassicシリーズに比べると、コマ収差も改善されています。

ちなみに、Otusは性能面で一切の妥協を許さず、価格を度外視とまでは言わないまでも、最周辺であっても目標とする解像が得られる性能を追求しています。

一方、Milvusは、Otusほどではありませんが、高画素のデジタルカメラで使っても満足できる光学性能を、よりリーズナブルな価格とサイズ感で実現することを狙っています。

――Milvusに限らず、最近の高性能を目指したレンズは、フィルム時代の同スペックのレンズに比べ、レンズ長が長くなっている製品が多く見受けられますが、やはりレトロフォーカスタイプにしてレンズ長を長めにした方が収差をコントロールしやすいのでしょうか?

島田:レンズ長が長い方が収差のコントロールをしやすい面はあります。長く太い方がレンズの性能を追求しやすいですね。レンズの構成枚数も増やせますし、複数のレンズを使って緩やかに光を曲げていく方が、収差をコントロールしやすく、性能も出しやすくなります。

レンズ構成図の比較
Classicの1.4/50や1.4/85は、いずれもプラナーと呼ばれる左右対称型のオーソドックスな光学系。これに対して、Milvusの1.4/50と1.4/85は、第1群に凹レンズを配した新しい光学系を採用。合わせてEDレンズや非球面レンズ(1.4/50)で収差を抑え、フローティング機構で近接撮影時の性能を維持している
MTF曲線図の比較
Classicの1.4/50と1.4/85は、開放絞りではコントラストが低く、周辺でMTFがダラダラと低下するものの、F5.6まで絞るとコントラストも解像も大幅に向上する。一方、Milvusは、開放絞りからコントラストが高く、F4まで絞るとClassicのF5.6よりも高コントラスト、高解像が得られることが読み取れる

――最近の標準レンズは、ガウスタイプを基本としつつ、光学系の一部に非球面レンズを加えることで、コマ収差などを補正している製品もありますが、こうしたアプローチに対して、レトロフォーカスタイプを採用する優位点ってありますか?

カズナーヴ:前に凹レンズを入れることでレンズ長が長くなり、より多くの枚数を使って収差を補正できるのが、ディスタゴンタイプの有利な点ですね。ガウスタイプは周辺のコマ収差を抑えるのが難しく、目標とする解像が得られないということで、ディスタゴン(レトロフォーカス)タイプを採用することになりました。

一方、1.4/50は、Otusをベースに設計を進めていたので、最初からディスタゴンタイプで設計を行っており、化粧環も“Distagon 1.4/50”と表記されています。

――最短撮影距離がもう少し短ければ、もっといろいろな被写体に対応できて楽しいのですが、これ以上、寄れるようにするのは難しかったのでしょうか?

山崎:1.4/50の場合、フローティング機構を採用しているので、フォーカスレンズが動く物理的な余裕はなんとか確保できますが、カールツァイス社が求める画質性能を満たすことができない、という判断です。

――ボケ味については、何か特別な配慮をしているのでしょうか?

山崎:何を持って良いボケ味、悪いボケ味とするのか、評価の基準が難しいところではありますね。

カズナーヴ:当社で光学収差シミュレーションを行い確認し光学設計に反映しています。

島田:カールツァイス社のシミュレーションを元にコシナ設計陣と製造現場で製品実現化に向けての検討打合せを行っています。

――Otus 1.4/55の描写を知ってしまったからかもしれませんが(笑)、Milvus 1.4/50は軸上色収差というか、前後のボケの輪郭に生じるマゼンタや緑の色付きが、たまに気になるケースがあります。

決して色付きが目立つというわけではありませんが、カメラの高画素化が進み、倍率色収差だけでなく、ボケの色付きまではっきり分かるようになったことで、最近発売される高性能レンズは、どれも色収差の低減を図っています。このあたり、Milvusはどういう考えで設計されているのでしょうか?

カズナーヴ:Milvus 1.4/50も1.4/85も異常部分分散性の特殊ガラスを使用し、開放絞りから高い解像力と、より少ない色にじみ、および、ゴーストやフレアがないように調整されています。レンズの性能と価格、サイズ感は相反する要素です。収差を抑え性能を高めようとすれば価格に直結します。性能か価格か、どちらかを優先し、どちらかを妥協することが必要です。

それでもMilvusシリーズは、収差が良く補正されていて、特に新しいMilvus 1.4/85は、ほとんど色にじみが感じられないレベルまで抑え込まれています。

――ツァイスレンズの設計において、優先順位の高い項目はありますか?

山崎:解像、MTFと色収差ですね。特に色収差はチェックする波長がより厳しくなっています。設計段階ではそういった話を進めていきますが、試作が完成すると、ユーザーと同様の撮り方もしますし、ラボの中で厳しいテスト撮影も、カールツァイス社、コシナそれぞれで行い、細部を微調整していきます。

無限遠の描写は良いが、至近で撮った場合、この部分のこういった描写がもっとなんとかならないか、という注文はよくあります。

従来のClassicシリーズも併売

――Milvusシリーズの登場で、従来のClassicシリーズはどうなるのでしょう? 今後も併売されるのでしょうか? それとも縮小して、いずれMilvusに置き換わるのでしょうか?

カズナーヴ:もちろんClassicシリーズは継続して販売します。Classicシリーズのレンズは、(現在のトレンドは別として)特別な外観をしています。

また、Classic 1.4/50と1.4/85の2本は、柔らかい開放描写で、F4まで絞り込むと非常に鮮明な写りになります。特に、ポートレートを撮影する人たちは、こうした絞りによる描写の違いを好む人が多く、こうした人々のニーズを考え、(Milvusと方向性の異なるレンズは)Classicシリーズとして継続します。

現在Classicシリーズでは2.8/21、2/35、2/50M、2/100Mの生産を終了しています。今後Classic製品に関しては、市場の反応を見ながら考えていきたいと思っています。

――これまでさまざまなメーカーのレンズを使ってきて実感するのが、レンズは個体差が大きい、という点です。写りに不満を感じてメーカーに調整に出しても「当社の基準範囲内です」で突っ返されてしまうのでは、どんなに設計性能が良いレンズでも、当の本人にとってはダメなレンズです。

そういう意味では、レンズの設計性能はもちろんのこと、その性能にできるだけ近づけることができるメンテナンス体制、メンテナンス能力のあるメーカーこそが優秀なメーカーというのが、最近の僕の評価基準となっています。

佐藤:当然、工業製品であるのでバラツキは存在します。設計値に対し、どの程度まで誤差を許容するか、という仕様のもと製造していますが、ツァイス製品は、かなりばらつきの範囲が狭く、極めて設計値に近いものづくりができている、という自負があります。

ただ、それでもお客さまの手元に届いたときに100%満足できる性能を発揮できるとは限りません。そうした場合は、個別に対応して、できる限りの調整を行っています。

生産段階ではMTFなどをチェックして性能を評価していますが、お客さまから写りについて不満の声をいただいた場合は、測定器による性能評価だけではなく、お客さまと同じような環境で実写してみて、どのような部分の写りに不満があるのかを確認し、お客さまの不満な解消する方向に収差等をコントロールします。

ある収差を変化させると、もう一方の収差が大きくなるというように、トレードオフの関係もありますが、お客さまの好みや撮影する被写体にとって、どのような調整が望ましいか把握して、個別に調整を行うこともあります。こうした個別の調整が可能なのも、弊社のレンズはほとんどが金属部品なので、レンズ間隔等を微調整できる余地があるからです。

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【実写ミニレビュー】Classicの柔らかさとは異なる描写を楽しめるMilvusの高い解像力

取材に行く前に、発売前のMilvus 6本をお借りすることができたので、ニコンD810で撮影してみた。Milvus 6本の合計金額はなんと110万円以上。正直、贅沢な体験ではあるが、と同時に大変でもある。なにしろ鏡筒やフードがすべて金属製で、光学性能にも徹底的にこだわっているので、どのレンズもズシッと重く、6本の合計は約5kg。しかも、すべてMFの単焦点レンズというストイックな撮影だ。

MF一眼レフに鍛えられた世代とはいえ、正直、D810の36メガピクセルで等倍鑑賞に耐えるピント精度で撮れる自信はない。それでもあえて、絞りを開けて撮影してみたが、歩留まりの悪いこと、悪いこと。さっさとライブビューに切り替えて撮影したかったが、そこはグッとガマンして、光学ファインダーに投影される美しい像をじっくり鑑賞しながら、ピントのピークを見極める努力をした。仕事だとツライだけだけど、趣味ならこうした苦労も楽しみの1つだろう。

秋のヒマワリをMilvus 1.4/50の開放絞りで撮影。後ボケの柔らかさはないが、前後のボケにクセがなく、素直なぼけ方だ
Milvus 1.4/50をF9まで絞って撮影。逆光気味にもかかわらず、驚くほどコントラストが高く、稜線や山肌が驚くほどクッキリ描写されている

ニコンD3が出たときに、Classicの1.4/50と1.4/85を使ったことがあるが、そのどちらも開放絞りではピントの芯の周りにニジミをまとった柔らかな描写だったことを覚えている。これに対して、Milvusは1.4/50も1.4/85も、開放絞りから近接撮影でもクッキリした描写で、F8前後まで絞り込むと周辺までキリキリに解像する。前後のボケもさほどクセがない。新時代のツァイスは実に優等生的描写だ。

伊達淳一

(だてじゅんいち):1962年広島県生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。写真誌などでカメラマンとして活動する一方、専門知識を活かしてライターとしても活躍。黎明期からデジカメに強く、カメラマンよりライター業が多くなる。