インタビュー
【フォトキナ】LUMIX CM1は“カメラ+クラウド”の第一歩――パナソニック
AVC社副社長 イメージングネットワーク事業部長 杉田卓也氏
Reported by 本田雅一(2014/9/19 12:42)
今回のフォトキナ2014で大きなスポットライトが当たった製品と言えば、パナソニックのLUMIX DMC-CM1だろう。専用の映像処理エンジンを搭載し、プレミアムクラスのコンパクトカメラがこぞって採用する2,000万画素の1インチ裏面照射CMOSセンサーを搭載。そのうえで、フルスペックのAndroidスマートフォンとしても利用できる。
パナソニックはCM1を「カメラ」とカテゴライズしている。実際、スライド式のカメラスイッチを動かすとカメラアプリに切り替わるが、画面上のどこを触っても勝手にAndroid画面に遷移するといった不自由はない。カメラアプリからAndroidホーム画面に戻るには、もう一度カメラスイッチをスライドさせる。
もちろん、Android画面になれば、そこは最新のクアッドコアSnap Dragon上で動くAndroid 4.4の世界へと向かい、その気になれば電話としても使えるが、カメラとしてのCM1は1インチセンサー搭載の高級コンパクトデジタルカメラそのもの。
一方で、撮影とSNSシェアを繰り返すような使い方をするという人の視点でみると、本格的なデジタルカメラを使いこなす意識など微塵もなくまさにスマートフォン内蔵カメラとして使いこなせる。
パナソニックAVC社・副社長でデジタルイメージング事業部長を務める杉田事業部長に今回投入した新製品の戦略意図などを伺いながら、パナソニック製デジタルカメラの将来ビジョンについて語っていただいた。
ヴィーナスエンジンと通信機能を一体化する構想
――CM1の発表が大いに話題になっていますが、一方でマイクロフォーサーズと同じセンサーサイズの高級コンパクトカメラLUMIX DMC-LX100や4Kフォトの提案など、バラエティに富む提案性の高い展示になっています。
デジタルカメラ市場は元気がない。そうみなさん仰っていますが、視点を変えればデジタルカメラの活用は日に日に増しているとも言えます。スマートフォンを持つ10億人が、1日あたり5億枚の写真がオンラインにアップロードしています。確かにコンパクトカメラは大きく数を減らし、その代わりにスマートフォンが使われているというだけです
それまで滅多に写真撮影をしていなかった人がスマートフォンを手にすると、毎日のように写真を撮影し始める。私自身、CM1を使うようになって写真撮影の頻度は高まりました。写真文化に接するチャンスは増えています。問題はそれをデジタルカメラ事業へと結びつけることができていないことです。
――”デジタル写真の撮影”は、かつてないほどに増えているのに、それをカメラメーカーの事業にうまくつなげられていないということですね。その理由はなんだとお考えでしょうか?
これまでのデジタルカメラは、それぞれのカテゴリにおいて高画質、高性能を追求してきました。もちろん、そうした正常進化を突き詰めることは重要です。しかし写真がデジタル化したことで、かつては考えられなかったような使い方が可能になってきました。
スマートフォンのカメラ性能は一般的なデジタルカメラに勝るものではありません。しかし、クラウドと直結することでまったく別の価値を生み出しています。スマートフォンが持つ利便性、あるいは友人と写真を共有するといった愉しさまで手が届きません。
そこで、スマートフォンや従来のデジタルカメラでは得られない撮影体験を提供することで、スマートフォンを通じて写真文化に触れている人たちに価値を提供できると考えました。
この仮説の元で、ではどんな軸で新しい価値を提供できるのか。いろいろなアイディアを出し合った中で、投資分野を2つに絞りました。ひとつはデジタルカメラにコミュニケーション能力を持たせること。もうひとつは4K動画のトレンドを写真文化に結びつけることです。
――ひたすらに高性能なカメラを目指すだけでなく、今の時代に合わせた用途提案ができるカメラを作って行くことですね。しかしスマートフォンと本格的なデジタルカメラを統合するという選択肢には、かなり思い切りが必要だったのでは。
写真文化として紙へのプリントももちろん重要な用途としてありますが、枚数で言えばSNSで共有する数の方が圧倒的に多い。そこで、高級コンパクトカメラと同等の高画質を実現するために1インチの大型センサーを搭載し、それを直接SNSにアップロードできるカメラとしてCM1を企画しました。
――高級コンパクトカメラで人気の1インチ2,000万画素センサーを使うことで、通常のスマートフォンとは別レベルの画質を目指したわけですね。
その通りですが、1インチ2,000万画素センサーがとてもよいセンサーだと言って解ってくれるのは、全体の3%くらいと言われています。しかし、その3%の方々はデジタル写真について熱心な方々です。CM1は、まずそうしたエンスージャストに使っていただき、SNSを通じて“本当のデジタルカメラの画質はこんなによいんだよ”ということを浸透させ、よい写真を自分でも撮りたいという人を大きくしたい。
――販売は欧州から。ドイツでの価格は付加価値税込みで899ユーロで11月中旬に発売と聞いていますが、日本での発売や価格はどのくらいでしょう?
ドイツとフランスから販売を開始します。これはSIMフリー端末が浸透している上、欧州市場でもLUMIXブランドが高いシェアを持っている国です。当初はテスト販売という形でカメラ専門店での販売とし、量販店などには流しません。やはり、スマートフォンがすぐ横で低廉に販売されている売り場では売れにくいでしょうし、通信用SIMカードの挿入や設定が必要になる場合もあります。
日本や米国も大きな市場ですが、いずれもSIMロックをかけた上でインセンティブ販売する習慣が根付いていますから、CM1のような製品は売りにくい。
――日本の場合、大手カメラ量販店、あるいはネット販売店が独自に通信サービスを提供している場合もありますから、通信サービスとセットで売りたいという流通もあるのでは?
現時点ではすべての可能性があります。特に日本市場を考えた場合の販売方法はさまざまな可能性があり、パナソニック自身がMVNOとして商品にサービスを組み込んで販売することも検討しています。パナソニックがMVNOになること自身は、CM1とは関係なく多様な機器をネットワーク化していく中で、ひとつの方法として検討されているものです。
ただし、その場合は単に通信サービスを付けるだけでなく、何らかの顧客価値向上が必要だとも思っています。単純に画像をアップロードできていいですねだけでなく、何らかのサービスを共に提供しようと思っています。
とはいえ、“高画質カメラとクラウドをつないで何か愉しいことを”と言っても、大阪・門真の会議室で考えていて思いつくはずがありません。そこでシリコンバレーでベンチャリングを積極的に行っています。常にシリコンバレー周辺には10人近くが常駐し、各種ベンチャーの様子をチェックしてカメラ活用のヒントを探したり、有力ベンチャーとの接触を行っています。たとえば複数のネットワーク対応カメラをクラウドで結んで高付加価値のアプリケーションにするなどのアイディアもあります。
CM1で言えばRAWをアップロードしておいて、クラウド側で何らかの映像処理を施したり、GPS情報や時間情報などとも連動して撮影アドバイスを送るといったこともできるでしょう。
――常時ネットワークに広帯域、低レイテンシで接続されていることを前提にしてネットワーク接続機能付きカメラを考えると、確かに常識を越えた可能性は出てきそうですね。
クラウドのパワーを活用するための“仕込み”は今からやっておかなければなりません。実は先日、将来のヴィーナスエンジン(パナソニックのデジタルスチルカメラ用イメージ処理プロセッサ)に組み込む機能を取捨選択しました。
※筆者註:仕様フィックスをしてこれから設計するということは、ヴィーナスエンジンとしては次の次。2年くらい先に投入するヴィーナスエンジン10と見られる。
その中では明確に必要な機能を選択し、ターゲットとする性能や機能を盛り込んでいます。“4Kビデオをよりよいものにしていく”といったことや、画素数向上を見すえた処理スループット向上などは、カメラとしての正常進化の方向ですから、世代が上がることに性能強化するのは当たり前です。しかし、次世代のカメラ用チップには通信機能や業界標準のアプリを動かす仕組みも必要になっていくと思います。
――つまりカメラ用映像処理エンジンに、Androidのような業界標準のアプリが動作する環境を動かし、携帯電話網に接続する能力を持った機能モジュールを組み込むということですか?
CM1のようにクラウドと直結できるデジタルカメラは、時間の問題で普通のカメラ製品にも入っていくでしょう。アプリケーションにはテザリングでWi-Fi接続すれば可能な範囲のものもあれば、常時接続を前提にした今までにない試みもあるでしょう。どんなアプリケーションが来ても対応できるよう、携帯電話網をサポートする準備は半導体レベルで仕込んであります。
ただし“仕込んでいる”のですが、機能を搭載することが目的ではありません。あくまでもユーザーが“こんなことができると凄い”と思ってくれるアイディアが重要です。そういった顧客価値が見出せるようならば、仕込みを活用して通信機能をカメラに盛り込んでいきます。個人的にはクラウドを活用するという方向性に間違いはないと思っています。
4Kフォトをブラッシュアップ。新しい撮影の提案へ
――もうひとつの軸は4Kフォトですね。
4Kで高画質な動画を撮影し、そこから1枚の一番よい瞬間を取り出すという考え方を4Kフォトと名付けて展開しています。欧米では先行して導入していましたが、日本でもファームウェアのアップデートで4Kビデオ撮影機能を持つ機種で盛り込みます。CM1でもこの機能は利用可能です。
もともとは決定的な瞬間を簡単に撮るための機能として提案したのですが、実際に使ってみるとよいポートレート写真を撮影するための機能として優れています。子どもやペットなど、なかなか思い通りの表情を抑えるのが難しい被写体でも、動画の中の1枚ならばよい表情を取り出せます。4Kは約830万画素ありますから、実はA4いっぱいに引き延ばしても通用する解像力があります。
――ごく普通の4K動画撮影+動画からの静止画抜き出しなのでしょうか?
動画と静止画ではオートフォーカスの追い方が違います。動画は意図して応答を遅らせる処理を入れていますが、静止画を取り出すことが前提の場合、可能な限り各コマすべてでフォーカスが合っていなければなりません。
また通常の動画フォーマットでは暗部側に使用していない階調領域がありますが、4Kフォトモードでは8ビット階調すべてを使って明暗情報を入れました。このため記録フォーマットはAVCHDではなくMP4を使います。また紙へのプリントやPC用ディスプレイでの表示が前提なので、テレビとは異なるトーンカーブの作り方をしています。
さらにマルチアスペクト対応も行いました。4:3や3:2といったアスペクト比で4K動画を撮影し、そこから写真を切り出せるようになりました。細かい点ですが、フォトコンテストなどに応募する際、EXIFデータが埋め込まれていないとして応募できない場合があるようでしたので、EXIFデータも埋め込めるようにしました。
――MPEG圧縮のアルゴリズムそのものは、通常のH.264なのでしょうか?それとも静止画写真用に特殊な設定やビットレートを使っているのでしょうか?
今後は検討したいと思いますが、現時点では通常のH.264です。しかし、このアイディアを海外で展開したところ、どの地域でも新しいシューティングスタイルの提案として好評です。LUMIX DMC-GH4の需要が伸びたのも4Kフォトの影響で、欧州は想定の2.5倍くらいの注文が入ってきました。米国も似たような状況で、やはり4Kフォトを理由に使っていただいている方が増えています。
レンズとセンサーの両方にコストをかける
――コンパクトカメラに関しては、この2年でガクンと大きく落ち込み、各社高付加価値製品へとシフトをしています。パナソニックもコンパクトデジタルカメラの製品ポートフォリオが大きく変わりました。とりわけLUMIX DMC-FZ1000や発表されたばかりのLX100などは、少し突き抜けた驚きのあるスペックを備えていますね。ガラリと雰囲気が変わりました。その背景は?
数量需要がガンと落ちたことへの対応もそうですが、開発リソースをGH4に大きく寄せて作り込んでいた時期なども影響しているかもしれません。もっとも、LX100は2011年の終わりくらいから開発を進めていましたし、FZ1000も並行してほぼ同時期ですから、決して動き出しが遅かったわけではありません。
――4/3センサーを用いて小さなカメラという方向は、これまで存在しませんでした。LXシリーズはこれまで1/1.7インチセンサーを使っていましたし、これからは1インチに行くのだとばかり思っていました。
LX3の時はコストをどこに振るかで迷いました。レンズにお金をかけるか、あるいはセンサーに割り振るのか。あのときはレンズ側に思い切り振ったのですが、今回は両方に対して徹底的にプレミアム性のあるスペックを選んでいます。
――LUMIX GシリーズはGHのように静止画カメラとして作りつつも、しかし本格的なビデオ撮影機材としても使える製品から、GMシリーズのように徹底して小型化された製品がありますが、GMシリーズに似合うレンズがまだ整っていないように思います。ここにきててラインアップの整理も進みそうですし、レンズラインナップの整理や従来製品のリフレッシュは期待できないでしょうか?
GMにも似合うレンズも今年はいくつか発売させていただきました。ボディラインナップの方向は定まったので、それぞれに似合う、また機能的にもフィットするレンズを揃えていきます。