イベントレポート

ゲッティイメージズ「iStock」の“売れる”ストックフォトセミナー

ニーズが高まる動画コンテンツ 「ストックムービー」もしっかり解説

ゲッティイメージズ傘下のストックフォトサイト「iStock」が主催するセミナーイベント「iStockalypse」が5月27日に開催された。

iStockでの契約を検討しているプロもしくはアマチュアフォトグラファーを対象としたイベント。毎回、ストックフォト市場の動向や売れ筋作品の傾向を伝えるセミナーに加え、撮影テクニックのワークショップなどを実施している。東京での開催は今回で3回目。今年は5月27日(土)と28日(日)の2日間にわたって開催し、合計138名が参加した。

現代のストックフォトは、クリエイターから預かった画像素材の使用権をWeb上で代理販売するサービスであり、近年では動画素材の取扱いも始まっている。ゲッティイメージズでは素材を提供するクリエイターのことを「コントリビューター」と呼んでいるが、今回のセミナーでは静止画素材だけでなく、動画素材を撮影するコントリビューターに向けたレクチャーも行なわれていた点が特徴的だ。

本記事では、初日のセミナーと撮影ワークショップの模様をお伝えする。

売れる写真は「コンセプト」と「被写体」で決まる

プログラム最初のセッションでは、ゲッティイメージズ シニアアートディレクターの小林正明さんが登壇し、iStockをはじめとしたストックフォトの概要や素材の使用例、そして近年売れている写真の傾向について解説した。

ゲッティイメージズ シニアアートディレクターの小林正明さん

iStockに写真を預けた場合、写真の著作権は作家に帰属する一方、商業的なライセンスについてはiStockが管理する。一例として、iStockに登録した写真を使って写真展を開く場合や、プリントを販売する場合、あるいはメディアの取材などの際に作家自身を紹介する目的であれば自由に使用できる一方、登録した写真をTシャツにプリントして販売するなど、商業活動が絡む場合には、iStockを通す必要がある。

小林さんはiStockの特徴として、「ライセンス契約がすべてロイヤリティフリーであること」、「ユーザー同士の巨大なオンラインコミュニティを持っていること」、「コントリビューター向けイベントを定期的に開催していること」を挙げた。

このうちライセンス契約のひとつ「ロイヤリティフリー」は、設定された範囲内であれば、購入者が基本的に無制限で使用できる利用形態。同社が運営するもう一つのストックフォトサービス「Getty Images」では「ライツマネージド」と呼ばれるライセンス契約も利用可能であり、こちらは利用期間などに制限がある一方、独占使用が可能になるなど、素材の使用権を貸与する意味合いが強い。

写真素材が活用される主な分野としては広告を挙げており、広告分野で売れる写真の条件としては、「写っているもの」と「コンセプト」によって市場価値が決まると話した。

「写真を見た人が、その写真を見ることで何を連想するか。想起されるキーワードの多さである程度価値をはかることができます。特に前向きで楽天的なキーワードのある写真は強いですね。キーワードとはちょうど、Instagramのハッシュタグと考えていただけるとイメージしやすいかと思います」

市場が求める写真は、「写っているもの」と「コンセプト」
「事物」として過去3年間に20の言語をまたいで最も検索された回数の多い検索ワードは「女性」、「家族」、「ビジネス」。
写真から連想されるキーワードの一例。左の単語グループは物事を、右の単語グループはコンセプトをそれぞれ表現している。フォントの大きな単語は検索される頻度が高い
2012年に広告関連で多く検索された「コンセプト」キーワード群

素材として使われることの同意書「モデルリリース」

人物写真をストックフォトに登録する際は、モデルとなる人物の「モデルリリース」(肖像権使用許諾書)が必要になる。写真素材は様々な用途で活用されるという性質上、必ずしもモデル自身が望むような使い方をされるとは限らない。極端にいえばモデルリリースとは、写真がどのような形で使われても構わない、というモデルの意思表示を証明する役割を果たす。iStockでは、モデルリリースのない人物写真の登録申請は拒否される。

小林さんによれば、実際にモデルリリースを交わす際には、単に書類にサインしてもらうだけでなく、撮影した写真のうち、ストックフォトに登録しない写真を何点かモデルに提供するといったことが一般的に行なわれているという。モデルは、撮影した写真がどのような使われ方をしてもいい、という条件に同意するかわりに、自由に使えるハイクオリティな写真を受け取れる、という一種の見返りのような形だ。

ゲッティイメージズでも所定の書式でモデルリリースを用意しており、実物は同社のWebサイトから入手できる。

「自然な写真」がトレンド

近年、トレンドになっている写真は、自然で現実感のある写真、小林さんによれば「AUTHENTICITY(信頼感)のある写真」が好まれる傾向にあるという。

「いかにもスタジオで撮った感のある、作り込んだ感じの写真も別に悪くはないのですが、こと広告に用いる写真としていま求められているのは『信頼のおけるブランドである』ことをアピールするような写真です。作り込んだモデル写真よりも、隣にいるような、自然で、感情移入しやすい、身近なイメージが信頼感を想起させます」

スナップショットのような自然なイメージの写真が求められている

着想と仕込みが8割

ストックフォトに登録する写真撮影に臨むにあたっては、着想、仕込み、撮影までの流れを紹介した。

小林さんによると、着想の段階では、身の回りのあらゆるものごとが次の撮影で何を撮るかというインスピレーションの源になるという。またアイディアが浮かんだときに、すぐにメモを取っておくことを勧めている。

「大事なのは観察です。日々の暮らしの中で面白いなと思ったものは写真に撮るし、メモもする。頭の片隅で常に新しいアイディアを練っています。百貨店の入り口で20代の若い家族がどんな格好をして、どういう所作をしているのか。テレビ番組の視聴率が高いなら何故高いのか。なぜこの映画はヒットしているのか、その理由を考えます。インスピレーションを受けるきっかけはイベントにも、食べ物にも、なんにでもありますが、みなさんには写真を撮る以外にも何かしらのパッションがあるはずです。漠然と感じている『なんとなく、好き』を掘ってみると、意外と面白いものができる入り口になるかもしれません」

小林さんのアイディアメモ

撮影するテーマが固まったら、あらかじめ撮影する内容の詳細を取り決めた「企画書」を用意する。企画書には撮影日時や参加スタッフ、ロケーション、コンセプトキーワードなどを具体的に記載し、可能であればロケハンで現場の光の具合や背景を確認すると、スムーズに撮影が進むと話した。

「撮影そのものは、写真を仕上げるうちの20%くらいだと考えてください。撮影には仕込みや段取りが本当に重要で、コントリビューターは、フォトグラファーであると同時に、プロデューサーである必要があります」

「企画書があるとないとでは、進行のスムーズさやショット数、写真の仕上がりも全然違います。テーマにもよりますが、やはり売れる写真は簡単には撮れなくて、売れるだけの理由があるのです」

撮影企画書の一例
オフィスのイメージ
「人物撮影のツボ」と題して、撮影の仕込みについても説明した

人物写真のモデルは自分と身近な人たち

続いて登壇したフォトグラファーのトレヴァー・ウィリアムズさんは、ストックフォトを前提とした向けの写真の撮り方について解説した。

トレヴァー・ウィリアムズさん

ウィリアムズさんによれば、売れる写真のほとんどは人物が写っているものが多く、実際にウィリアムズさんが登録した写真の中でも、売れる写真の99%はポートレートだという。近年は自然な写真、身近な人々をイメージさせる写真が求められているという背景もあり、自分自身や家族、友人をモデルにすることもあるという。

「モデルを探すときは、まず知り合い同士の繋がり、ツテをたどると良いでしょう。何かの用事や仕事のついでに写真を撮らせてもらうことも多いです。モデルリリースにサインしていただく必要はもちろんありますが、大抵は仕事だと解ってもらえます。それに撮影した写真を何点か渡す、ギブアンドテイクの条件であれば、許可を取れることがほとんどです。特に職人さんのようなスモールビジネスの方は、写真撮影を自分で手配すると費用が発生するので、むしろ喜ばれるケースもあります」

被写体が人物でない場合は、コンセプトの設定が最も重要だと話す。まずは家の中にあるものを撮ってみることから始めるのが楽だという。

「特に料理の写真は、いろんなバリエーションが作りやすくておすすめです。最近は、完成したところより、調理中の写真が人気です」

「小道具類の写真を撮る際には、企業名や商品ブランドといったロゴの扱いに注意してください。写真にロゴが写った場合は後からレタッチで消す作業が必要です。わかりやすい例で言えば、MacbookやiPadの背面ロゴは必ず消します。撮るテーマがはっきりしていれば、別に本物を使う必要すらありません」

モデルが持つタブレットはカバーをして、ロゴを隠している
写真のスマートウォッチは1,000円くらいで買ってきたフェイクだという

オフィスや自宅といった屋内のシチュエーションで使える小技としては、メインとなる被写体の背景に人物を写り込ませて、利用シーンのリアリティを出すテクニックを紹介した。

小道具類は、できるだけ実際に使ってもらうことも推奨している。

「どうしてもわざとらしくなってしまうので、いわゆる当て振りは避けてください。一例として、モデルが書き物をしているところが撮りたければ、モデルリリースにサインしているシーンが使えますよね」

メインとなる人物だけでなく。背景の人物も写しておくとリアリティが出る
撮影小道具としてのPCにもグラフを表示している。このグラフ類は撮影者側で用意した
モデルが物を書いているカット。モデルリリースにサインしているところの写真を使っている

ところでモデルリリースは販売が前提となる写真ならではの注意点だが、セッションの中でウィリアムズさんは、モデルリリースの重要さを繰り返し強調していた。

「人の写り方によってはモデルリリースが必要ではない場合もあり、ケースバイケースですが、ありすぎて困るものでもないので、あった方が安心です。リリースをもらうことに関して判断に迷うくらいなら、取っておいた方がいい。安心して使える写真かどうかをはかる目安なので、写真を買う方も、その辺はよく見ています。たとえば風景の中に写り込んだ人でも、きちんと説明すれば、意外と承諾してもらえるものですよ」

必要とされているのは「日常の風景」

動画素材の基本的な撮り方について説明したのは、ビデオグラファーのジョナサン・ガリオニさん。

ジョナサン・ガリオニさん

ガリオニさんによれば、近年、インターネット上の動画広告の増加に連動してストックビデオの需要も伸びてきているという。こうした状況を背景に、どのような内容の素材を撮るべきなのかを解説している。

「日常の風景や、自然な雰囲気の素材が求められていますね。具体的には、『ビジネス』や『ライフスタイル』といったシーンのほか、空撮や都市の景観を撮った素材も人気です」

また、静止画にも同じ傾向はあるが、ユーザーが素材購入後に、ほとんど編集せずすぐに使える動画も売れやすいとした。動画ならではのポイントとしては、始めと終わりに画面に動きのない空白時間を入れておくと、編集しやすい動画素材になるという。

「動画の長さは40秒前後が最適です。最短でも5秒。容量は5GBまでにしておくと扱いやすいです。ユーザーによって必要な場面は違うので、同じシーンでも、わざとフォーカスを外したタイミングを作るとか、ひとつの動画に色んなカットが含まれていると、需要のある映像になりますよ」

ガリオニさんは同時に、使いやすい素材を作る上で重要なテクニックのひとつとして、「クローズアップ」を挙げている。例えばパン屋でバターを混ぜているところや、オフィスでキーボードを打つ手元といった、テーマを象徴するようなカットがひとつあると、素材としても売れやすいという。

静物をスライドしながら撮るのは簡単なのでおすすめとのことだ

「何も、映画のような動画を取る必要はなくて、あくまでも日常の風景の中のワンカットというイメージです。個人的には、既存の動画と似たようなものを作るよりも、自分で新しい企画を考えて作ると、新たな需要に対応できると思います。例えば、ありきたりなシーンであっても、人とは違うアングルのカットがあれば個性的な映像になりますし、自撮りとかタイムラプス動画にも意外と需要があります」

登録する動画の解像度に関しては、フルHDでも素材として通用するが、いずれはほぼ確実に4Kに移行するだろうとの見解を示した。

「今のうちに編集環境や機材を揃えておくと安心です。でも、本当に重要なのは機材ではなくて、ストーリー。あなたが映像を通して何を伝えたいのかは、企画を立てる時にはっきりさせておいた方がいいです」

「シャッタースピードはフレームレートのほぼ2倍」だと覚えておくといいという

モデルには役者になってもらう

午後からは、ウィリアムズさんとガリオニさんによる撮影現場のライブデモを実施した。ビジネスシーンを想定し、建築事務所を模したセットで、数人のモデルには実際に仕事をしているような動きをしてもらい、その様子を静止画と動画の両方で撮影する内容。ウィリアムズさんは静止画を、ガリオニさんは動画をそれぞれ撮影し、参加者がその様子を見学する。

今回のデモにおいても撮影企画書は用意されており、カメラマンは撮りたいシーンに合わせてモデルに演技してしてもらうよう指示していた。撮影の様子を解説したのは小林さん。

「今回はファッションシュートではないので、モデルさんには役者になってもらいます。ライブデモのテーマは『ビジネス』ですが、一口にビジネスといってもいろんなシーンがあるので、適宜、モデルの場所や役割を交代させて、色んなカットを撮ります。例えば会議のシーンではリーダー役を交代して同じアングルから撮るとか、セットや衣装を模様替えしてみたりとか。同じシーンのパターン違いを何度も撮ります」

モデルに動きを支持するウィリアムズさん
ライブデモの撮影企画書
様々なカットを撮影する
撮影の見学は入れ替え制。現場に入れない間は、別のフロアでモニターを見ながら見学をする
撮影した写真がモニターに表示される

撮影の模様を解説しながら、小林さんは写真にリアリティを出すためのテクニックの一つとして「小道具に機能を持たせること」を紹介した。

「マグカップやPCなどの小道具は形だけだと扱いが雑になって、不自然さが写真に出やすいので、元々、道具としての機能があるものには、できるだけ本来の機能を持たせて使うようにしてください。それはマグカップであれば何か飲み物を容れる、PCであれば電源を入れて何かを映しておく、といったことです」

また、動画に関しては、静止画以上に多くのパターンを撮影していた。個々のモデルをクローズアップすることはもちろん、同じシーンでもいろいろなアングル、いろいろなフォーカスでより多くのパターンを撮っていたことが撮影の様子からわかった。小林さんは動画という媒体の特徴として、静止画よりも動画の方がテーマが強く出る点を指摘している。

スタビライザーを装着するガリオニさん

「動画を撮影するにあたって気をつけてほしいのは、『説明しすぎないこと』です。映像に説明する意味合いが強すぎると、却って不自然な印象になってしまいます。もちろんテーマによってはそういう表現もありですが、今回のライブデモの内容であれば、あくまでも日常生活の中のワンシーンというイメージです」

なお、今回のライブデモの撮影は2時間程度だったが、今回撮影したカットのうち、95%は使わないカットだという。

様々なアングルとパターンで撮影していた

関根慎一