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キヤノン「PowerShot N」の“クリエイティブショット”はなぜすごい?

新しい写真表現への気づきを提案

 キヤノンが4月25日に発売したコンパクトデジタルカメラ「PowerShot N」は、ユニークなデザインや新機軸のエフェクト機能などを搭載し、発売前から話題になっているモデルだ。今回は、PowerShot Nの目玉といえるエフェクト機能「クリエイティブショット」について同社開発陣にお話を伺った。(本文中敬称略)

お話を伺ったメンバー。左から石井亮儀氏(商品企画を担当)、佐藤麻美氏(商品企画と開発部門の橋渡しを担当)、小川茂夫氏(クリエイティブショットの機構設計とソフトウェア開発を担当)。

 お話を伺ったのはキヤノン イメージコミュニケーション事業本部ICP第三事業部の石井亮儀氏(商品企画を担当)、同ICP第三開発センターの佐藤麻美氏(商品企画と開発部門の橋渡しを担当)、同ICP第三開発センターの小川茂夫氏。

PowerShot N。

――まず、PowerShot Nのコンセプトとターゲットユーザーを教えてください。

石井:キヤノンのカメラとしては珍しい形になりますが、ネットワークとの親和性の高いカメラ、さらにネットワーク時代に適応した今の写真の使われ方を見据えたカメラを作ろうと商品コンセプトを明確にして始まりました。

 今はSNSなどで写真をやり取りされているユーザーが増えており、写真共有特化型のSNSも複数出てきています。そうした中、撮影されている写真の傾向が従来の“良い写真”といったところよりも、自分を表現したり写真をお洒落に見せるといったニーズが非常に高まってきたという気づきがありました。そこで、特にスマートフォンでSNSなどに活発に写真をアップロードしているユーザーをメインのターゲットに据えてPowerShot Nを企画しました。

――スマートフォンの普及でコンパクトデジタルカメラ業界が苦戦をしているわけですが、PowerShot Nはスマートフォンに対抗するためのカメラという部分もあるのでしょうか?

石井:確かにスマートフォンは台数的にも普及してきており、なおかつコンパクトは市場的に減少傾向にあって、スマートフォンの影響も避けられないだろうとは思っています。しかし、それは必ずしもデジカメのニーズが無いというよりは、ユーザーの写真に対する考え方が変わってきているものと認識しています。

 スマートフォンは撮った写真をすぐにシェアできるという便利さもあり、利用している方が多いのだと思います。ただ我々カメラメーカーとしては、コンパクトデジタルカメラならではの写真といったところはまだカメラに分があると思っています。カメラでなければ撮れない写真をきちんと提供して、それがユーザーのユースケースにしっかり嵌まれば、便利に使って頂けるだろうという発想がありました。

 スマートフォンは必ずしも競合するものではなく、スマートフォンを活用するユーザーにとって写真をシェアするといったところにフィットする機能やカメラの形などを提供していきたいと考えています。例えば、PowerShot Nではスマートフォン連携のための「ワンタッチスマホボタン」を搭載しています。スマートフォンとデジカメが共存共栄できれば写真のおもしろさはもっと広がると思っています。

――ではPowerShot Nの大きな特徴であるクリエイティブショットについて、簡単に説明をお願いします。

佐藤:1回シャッターボタンを押すと3回シャッターが切れます。その時にシーンを認識して、それに沿ってピント位置をずらす、露出をずらす、連写のいずれかのブラケットを行ないます。その後フィルターを掛けたりトリミング、回転、ボカシなどの処理を行なって、最終的にエフェクトを適用した5枚にオリジナル画像を加えた6枚の写真をカメラが自動的に作り出すモードになります。

クリエイティブショットの作例(左上がオリジナル画像。キヤノン提供)
クリエイティブショットの作例(左上がオリジナル画像。キヤノン提供)

――全く新しい機能ですから、開発は苦労したのではないでしょうか?

小川:いままで綺麗な写真を撮るための技術や経験を積み上げてきましたが、そこからさらに一歩踏み出して、“センスの良い写真を作るにはどうしたらよいか?”、“その技術とは何なのか?”という部分を試しながら考えるのが苦労しました。

――では具体的にクリエイティブショットの話に入りますが、これはどようなフローで動いているのでしょうか?

小川:まずシャッターを切る前のライブビュー画像で解析を行ないます。具体的には、被写体が人かどうか、被写体が動いているかどうか、明るさ、被写体との距離、逆光であるかといったシーン判別を行なって、その結果でAFブラケット、AEブラケット、連写のいずれかで撮影します。

 撮影後にも3枚の画像における、被写体の位置、大きさ、形状、撮影時に求めた距離、画面の色といった情報を解析したうえで適した処理を施し、最終的にオリジナルの1枚+効果付きの画像5枚を保存します。開発ではかなりの実写テストを行なって機能を鍛え上げていきました。

――キヤノンのコンパクトデジタルカメラで従来から採用しているシーン認識機能「こだわりオート」とは関係しているのですか?

小川:こだわりオートの開発でシーン識別の解析技術を積み上げてきていまして、今回のクリエイティブショットに活かされているのは間違いないところです。ただ、こだわりオートで培ってきた技術と、他に持っていた技術を組み合わせたというわけではなく、“センスの良い写真が撮れる”というニーズに対して必要な技術を新規に開発しました。

 単にエフェクトを適用するだけならスマートフォンでもできますが、このようなシーン解析技術を用いて、場面にあったエフェクトを適用することができるのは、PowerShot Nならではの強みだと思います。

――クリエイティブショットのエフェクトの種類はどれくらいあるのですか?

佐藤:フィルターに関してはオリジナルを含めて25種類ですが、最終的に出てくる組み合わせとしては数千種類以上になります。

小川:フィルターは新規に作成したもののがほとんどですね。

――そうしますと、従来からあった「クリエイティブフィルター」とは別に作ったということですね。

小川:そうですね。クリエイティブフィルターで培った技術ももちろん活かされてはいるのですが、それプラス新しい技術を加えてクリエイティブショットを実現しています。

――クリエイティブショットでは自動でトリミングされる場合があり、その時アスペクト比も自動で決まりますが、どのように決定しているのでしょうか?

小川:被写体の位置、大きさ、形状といった情報を基にどういったトリミングが最適なのか解析を行なっています。今回PowerShot Nでは自由な姿勢で撮影できるように工夫していまして、視点を変えることで写真のおもしろさを再発見することができるのではないかと考えました。

 そのために自動トリミング、自動アスペクト比選択の機能を搭載しました。新しい構図ですとか、切り出し方が提案できるように解析をしています。開発中は「果たして被写体を切って良いのか?」という議論はさんざんしましたね。

佐藤:そこは「大胆な構図を」とお願いしました(笑)。

小川:画面の上下または左右を切る場合もあれば、画面の一部分を切り出すこともあります。実は、ちょっと切り取ったくらいではあまり新しい表現にはならないんですね。ここは勇気のいるところでした(笑)。

――アスペクト比は何種類あるのでしょうか?

小川:4:3が基本で、そこから切り出す場合は16:9、9:16、3:4、1:1になります。保存時には毎回これらのアスペクト比がすべて含まれるわけではなく、同じアスペクト比の画像が複数になる場合もあります。他のコンパクトでもアスペクト比の変更は可能ですが、初期設定が4:3になっていますのでそれ以外のアスペクト比のおもしろさにも気づいて頂きたいと思って、いろいろなアスペクト比になるようにしました。

クリエイティブショットではさまざまなアスペクト比の写真が生成される。

――コンパクトデジカメでアスペクト比を変更して使うユーザーは、やはり少ないということですか?

石井:弊社の高級コンパクトユーザーの声を聞きますと、例えばこの場面だったら16:9で縦に切り取ったらおもしろいね、ですとか、この場合は被写体を中心に入れて1:1にしてみよう、といった具合に写真のセオリーがわかっている方は積極的に変更しているようです。

 一方、高級コンパクト以外のユーザーに関しては、アスペクト比を変るところまではなかなか至っていないと認識しています。しかし、エフェクトによっては1:1と相性が良いところもあるので、正方形で撮る方も増えているようです。そうした意味では、PowerShot Nですとカメラに詳しくない方でも性能をフルに引きだしたおもしろい絵作りができると考えています。

小川:例えば1:1は狙っていないと普通は使いにくいですが、そうしたアスペクト比の画像が自動で出てくるので、そこに新しい写真表現の気づきが生まれると良いかなと思っています。

――ところで、トリミングされることを考えるとクリエイティブショットは広角端で撮影するのが良いのでしょうか? 切り出すということは、画角的には望遠側で撮るのと同じことになりますね。つまり、自分で特定の部分にズームしない方が意外性のある写真ができあがるのではないかと……。

石井:被写体にもよるので、特に広角側で撮った方が良いということもありません。例えばズームの望遠側で捉えた画面から、さらにトリミングされることで初めて可能になる表現もあると思います。

――エフェクトを掛けて残す枚数が5枚なのはなぜですか?

小川:議論を重ねた結果、処理時間や効果の種類といった観点から一番バランスが良いと判断して今回は5枚としました。まず、綺麗な写真を残す技術がベースとしてあります。そこからセンスの良い写真に繋げていくために、多数の候補の中から最終的に良いものを5枚残すという感じになっています。センスの良い写真というものの答えは1つではありませんからね。

――シャッターはブラケットのために3回切るとのことですが、1枚の画像からこうした効果付きの写真を作るのは難しいのでしょうか?

佐藤:露出やフォーカスといった撮影条件が変わることによって生じる画質の差を活かしたいということで、ブラケット撮影にこだわりました。仕上がりを考えると、撮影時に設定を変えながら撮ることで、最大限の効果が得られると考えました。

――AEブラケットはどれくらいの露出差で撮影しているのでしょうか? また撮影シーンが変われば露出差も変化するのですか?

小川:どのくらいの露出差で撮っているのかはお答えできないのですが、固定ではなく撮影ごとに変化します。シーンに応じておもしろくなるようにブラケティングを設定しています。

――では、フォーカスのブラケットはどのようなコントロールになっているのですか?

小川:今回は“視点を変えたい”ということがコンセプトとしてあります。こだわりオートですと主要被写体に対してピントを合わせるという基本があるわけですが、画面の中にはもっとおもしろい被写体があるかもしれません。そこにフォーカスすることでちょっと違った雰囲気の写真になる効果を想定しています。

佐藤:中味の詳細についてはお答えすることができませんが、被写体の色や形や距離などの情報を使って、ピントを合わせる被写体およびピントの位置を決定します。

――連写は“レリーズタイミングのブラケット”という風に言えると思いますが、この狙いは?

小川:被写体の動きを止めて撮りたいといった場合に、シャッター速度を速めに設定して、連写によって被写体の動きを表現するような形になっています。1枚の撮影では動く被写が画面の中で適する位置に来るのかは難しい。そこを連写でうまく捉えたいということです。3枚のシャッター間隔はある程度開けるようにしています。あまり間隔が短いと被写体動きが表現できず3枚ともほとんど同じ写真になってしまうためです。

佐藤:クリエイティブショットのおもしろさは撮影者が意図しなかった写真に出会える事です。それを実現する仕組みとして取り入れました。

――連写には目つぶり対策といった意味もあるのでしょか?

佐藤:特にそういうことでもないですね。綺麗な写真という意味では目をつぶっているものやブレているものは除外しがちですが、今回はそのような写真にもおもしろいものがあるという考え方をしています。

――各ブラケットではシャッター速度も変わると思いますが、できるだけ高速シャッターになるよう設定されるのでしょうか? それともスローシャッターになる場合もあるのですか?

小川:シャッター速度はシーン判別の結果で最適に設定しており、必ずしも特定のパターンというわけではありません。シーンによってはスローシャッターになる場合もあります。とはいえ、手持ちで撮って頂くモードと考えていますので、あまりに長くなることはありません。

――手ブレ補正機構「IS」を搭載していますが、他のカメラと同じコントロールでしょうか?

佐藤:レンズシフト式のISを採用していまして、動作は通常のモデルと同じです。PowerShot Nはレンズ根元部分にリング状の「シャッターリング」を配置していますが、手ブレ補正効果は一般的なシャッターボタンを持つモデルと遜色ない約3.5段分(シャッター速度換算)を実現しています。

レンズは28-224mm相当(35mm判換算)の8倍ズームだ。

――例えば手ブレ補正機構を逆に動作させて、あえて手ブレを強調した写真を撮ることもできそうですね。

小川:そういったアイデアもあると思いますが、今のところ搭載の予定は無いですね。まずはブレの無い写真を撮ることが大前提にありますので。

石井:写真表現の幅をどれだけ広げられるか? というテーマはありますので、そういった機能を将来的に取り込むことは十分考えられますね。

――クリエイティブショット時の感度はどれくらいの範囲になっていますか?

小川:クリエイティブショット時はISOオートになっておりまして、最高ISO3200までの撮影ができます。夜景などでもお使い頂けると考えています。カメラとしてはPモードで最高ISO6400までです。

――PowerShot Nを少し使わせて頂いたところ、エフェクトを掛けた5枚の画像をすぐに生成している印象を受けました。なかなか重い処理だと思いますが、従来からのDIGIC 5で実現しています。どのような工夫をしているのでしょうか?

小川:“すぐに”と言って頂けるとうれしいのですが、我々としてはそれなりに時間は掛かってしまっていると考えています。そこで、シャッターを切った後に6枚の画像が順に表示されるようにしています。この表示を行なっている時に裏側で処理を行なうことで、なるべく待ち時間を感じさせないように工夫しました。

 確かに重い処理ではありますが、ずっとDIGICでカメラを開発してきましたので我々の経験値が上がってきました。そのなかで、新しいエフェクト処理や解析が可能になりました。DIGICの力を引き出した、というと大げさかもしれませんが(笑)。

――クリエイティブショットの画像はフル画素サイズで保存されるのでしょうか?

小川:オリジナル画像の1枚はフル画素で保存されます。エフェクト付きの画像はトリミングされますのでフル画素にはならない場合もあります。トリミングの仕方によって、画像サイズが変わるということです。

――カメラならではといえば、露光間ズームや露光間フォーカスといった表現も技術的には可能なのでしょうか?

小川:技術的にはできそうですね。今後の参考にさせて頂きたいと思います。

――先ほどクリエイティブショットのサンプルプリントを見せて頂きました。このページのレイアウトは人が行なったそうですが、エフェクト付きの写真を並べて、将来的にこうしたページをカメラ内で1つのファイルとして自動生成できるとSNSにアップロードするのがさらに楽しくなりそうです。

クリエイティブショットの写真を並べたプリント(キヤノン作成)

石井:そうですね。クリエイティブショットの6枚を並べても結構おもしろくなると思いますし、撮影した中から似たようなテイストの写真をまとめても組み写真として見栄えのするものになるかもしれません。カメラ内での生成は今後のテーマにしていきたいです。

――それから、PowerShot Nにも4秒間の動画を繋げて1つのムービーを作れる「プラスムービーオート」機能が付いていますが、それを発展させるなどして“動画版クリエイティブショット”を将来実現できればこれもまたおもしろそうです。

石井:スナップ動画が簡単に撮れるようになっていますので、組み合わせとしてはおもしろいかもしれませんね。ただ、このまま単純に動画版とはならないと思いますので、そこをどう工夫していくかで可能性はありますね。

――もちろん、こうしたいろいろなアイデアのなかから今回搭載した機能が最終的に選ばれたのだと思いますが、採用したかったけれども技術的な理由などで搭載が叶わなかったエフェクトなどもあるのですか?

佐藤:搭載したかった機能はほぼ入れることができました。開発中は「これは無理じゃないか?」と思うこともありましたが、ソフト開発側に頑張ってもらいました(笑)。アイデアの検討期間は長かったですが、最終的にうまくこの形に仕上がりました。

――形と言えば、PowerShot Nのユニークな外観もクリエイティブショットと無関係ではないですね?

石井:クリエイティブショットは機能の名前ではありますが、PowerShot Nではいろいろなアングルで撮影してもらおうという考えがベースにありました。ですから単にエフェクトだけではなく、カメラを独特の形にすることによって、例えば上から撮る、低い位置から撮る、ウエストレベルから撮るといった通常とは異なる視点からの撮影とセットで写真を見せるという提案をさせて頂いたわけです。クリエイティブショットは、この形のカメラだからこそ効果を発揮する撮影モードと考えています。

チルト式液晶モニターのためいろいろなアングルで撮影できる。

――クリエイティブショットは今後ほかのカメラにも搭載されるのでしょうか?

石井:今回の発売で、新しい写真表現に出会えておもしろいと思ってくださる方が多ければ、他機種への展開も考えられるかもしれません。しかしまだ実際にお客様の声を聞けていませんので、今後フィードバックを頂いてどのように発展させていけば良いか見極めた上で判断したいと思います。

 発表後の反響としては、“非常におもしろい”というポジティブな反応がかなり多かったですね。中には“ここまでカメラにやらせてしまうんですか!?”と驚かれた反応もありました。先行して試用頂いた専門家の方からは、「頭ではわかっていても、自分でやらなかったエフェクトが出てきて刺激になる」という声もありましたね。

――PowerShot Nを今後シリーズ化するといった予定はあるのですか?

石井:シリーズ化や後継機があるかといったことについて現時点でお話しすることはできませんが、今回の新しいコンセプトによってユーザーの新たなニーズが見えてくれば、さらなる発展は考えられると思います。

インタビューはキヤノン本社(東京都大田区下丸子)で行なった

(本誌:武石修)