藤井保展「BIRD SONG」

――写真展リアルタイムレポート

BIRD SONGとは、鳥たちの姿が空に描かれた五線譜のように思えたことからつけられた
「bird song 41」 ゼラチンシルバープリント 40.6×50.8cm (c)藤井保

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 第一線で活躍する広告写真家には、仕事の写真と別に自らの作品を継続して制作している人が少なくない。藤井保さんもその一人だ。

 広告の仕事で国内外を行き来する中で、「日本人だから日本を撮りたいと思った」という気持ちが強くなり、1999年に写真集「ニライカナイ」、2006年に「カムイミンタラ」を出版している。それぞれ日本における東西南北の端にある島と、雪、火山、波の光景をモチーフにしたものだ。

 今回、藤井さんは渡り鳥が群れで飛ぶ姿、とりわけV字飛行する様子に惹かれて撮影を始めた。何年もかけて長い旅を行なう鳥たちに、神秘的なロマンを感じてもいたともいう。藤井さんのレンズを通して描かれたBIRD SONGは、ほかでは聞くことのできない歌声を聞かせてくれるはずだ。

 会期は2009年11月6日~12月5日。開場時間は12時~19時。日曜、月曜、祝日休館。会場のMA2ギャラリーは東京都渋谷区恵比寿3-3-8。問合せは03-3444-1133。

 また藤井さんは、21_21DESIGN SIGHTでプロダクトデザイナーの深澤直人氏と「THE OUTLINE 見えていない輪郭」展を開催中。会期は2010年1月31日まで。所在地は東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内。問合せは03-3475-2121。

写真集としてもまとめられ、リトルモアより近日発売予定だ1階には具象的な作品を、2階には少し抽象的な表現を並べた

生態写真にはしない

 撮影は2006年から始めた。それまで藤井さんに渡り鳥や野鳥の知識はなく、一から調べた。本を読み、博物館に足を運び、情報を調べ、現場で学んでいったのだ。

「この撮影で初めて、湖で越冬する白鳥や雁を眼にした。何千羽というすごい数で、日の出前後に鳴き出すと、とてもにぎやか。飛び立つと太陽が隠れるぐらいになる」

 渡り鳥はこれまで、多くの人が絵や写真にしてきた被写体なので、自分の見方をどう出していくかを撮影しながら考えていった。

「まず生態写真にはしないと思った。渡り鳥が一番美しく見える瞬間は飛翔している姿なので、朝は餌場である田んぼで、夕方はねぐらである湖で待ち、鳥たちが降りてくるところを中心に撮るようになった」

 鳥が移動してくる時間、コースを推測して待ち、彼らが空に描く絵、図形を収録する作業を続けたわけだが、最初はどこに下りてくるかさえ、見当がつかなかったという。

「僕が構えている場所を避けるように、左右にずれて降りてくる。次はそれを見越して場所を選ぶのだけど、やはり左右に分かれてしまうんだよね」

 失敗を繰り返すうちに分かったのは、風向きを見ることだった。鳥は着地するとき、風に向かって降りてくるのだ。

「撮影で、待つ作業は嫌いじゃない。彼らのコースが読めてからは、オリンピックの体操の審査員みたいな気分で鳥たちを見ていたね。今のは9.5とか、失格とか。いろいろな飛び方があって面白いんだよ」

そのものが持つ一番美しい姿をどうやって見せるかを常に考える (c)藤井保

プライベートの撮影は1人で行動する

 撮影は春と、秋から冬にかけて行なった。その時期、まとまった休みがとれると、最も多く渡り鳥が集まっている場所を調べて、そこに向かう。渡り鳥はカムチャッカ半島、シベリアから北海道に入り、太平洋側と日本海側に分かれて南下するので、北海道、宮城、山形、新潟の湿原や湖に通った。撮影は約4年間にわたり、10回を越した。

「広告の仕事は複数で行動するけど、プライベートの撮影は1人。ワーゲンのキャンピングカーを運転して、そこで寝泊りするんだ」

 1回の撮影期間は10日から1ヵ月程度。この春には北海道に3週間ぐらい滞在したそうだ。

「イメージは空に鳥を抜く感覚。シンプルにね。スタジオで、鳥の飛行形態を白バックで狙う感じかな。これに風景をからめたら、よくある写真になってしまうから、鳥だけを撮っていった」

レンズ付フィルムで鳥を撮る

 撮り進めるうちに、発表する場合、このイメージだけでまとめるかどうかを考え始めた。

「鳥が飛び立った後の湖を、空(から)舞台として撮ることと、カラーを入れることを決めた」

 移動のときを迎えると、湖から渡り鳥は少しずつ姿を減らし、ついには静寂に包まれる。撮影でその光景を体験し、そこに「祭りの後の寂しさ、サーカスがいなくなった後の哀愁」を感じた。

 静寂をまとった湖の存在は、渡り鳥の姿と共鳴し、観る人に波紋を投げかけるだろう。そう考えついたのだ。

 機材はニコンF3と、400mmや600mmの望遠レンズを使い、空舞台となる湖は4×5判のテヒニカで撮影した。

「bird song 伊豆沼」 ゼラチンシルバープリント 40.6×50.8cm 2枚組 (c)藤井保

「カラーを撮ろうと思ったとき、モノクロと同じようにやっても面白くない。もっと鳥を抽象化、象徴化したかった」

 それでひらめいたのがレンズ付フィルムを使うことだ。

「プラスチックレンズで、センターにフォーカスがくるが、周囲は滲んで甘くなる。そのトーンが、自分でプリントワークするとき、面白いかなと思った」

 だがレンズ付フィルムで撮るとなると、相当、鳥に近づかないと点にしか写らない。ぎりぎりまで接近して撮ることを試みて、10mほどで捉えることができたという。

「葦が生えている場所があって、そこで葦になった気分で動かずに待った。近づいたときにパッと撮るんだけど、その時は鳥と眼が合うんだよね。その瞬間は、向こうもふっと動く」

 失敗の多い撮影だけに、枚数はかなりこなした。「このときだけはデジタルカメラだったら楽だろうなあと思った」そうだ。

削ぎ落としてイメージを作り上げる

 藤井さんの作品には「省略の美」が通底するようだ。すべてを用意した上で、一つ一つ余分なものを取り除いていって、本質だけを写す。

「より美しく、高精細に撮ることが進歩のように思われているけれど、写り過ぎるつまらなさもあると思う。現代は説明過多になっているよね。観る人が想像することで完成する表現が、僕はあってもよいと思っているんだ」

 さらに重要なのは、モノクロームとカラー、被写体との距離感、間の取り方など、そのすべてが藤井さんの感性に基づいて選ばれているということだ。

「僕はたくさんの色が混在するところで写真は撮っていない。僕が見る世界がモノトーン的な世界が多いし、そこに惹かれるからだと思う。引いたカットが多いこともよく言われるけど、僕自身、明確な意識はないんだ。ただクローズアップすればよく見えるものでもないとは思う。引くことで細部を省略し、一点を象徴的に存在させることで、際立つことがあるんだよね」

見ることで見えてくること

 今回の展示では、ギャラリーの窓にスクリーンを下ろし、蛍光灯を設置するアイデアを考えていた。外に広がる都会の風景を遮断し、ギャラリー空間の光の中で、鳥が飛んでいく様をより効果的に演出しようと思ったのだ。

「夕方、スクリーンを開けて、外から見たら、窓越しに鳥が飛んでいく写真がとても美しく見えた。それですぐにスクリーンを外すことにしました」

 このギャラリーは交差点の一角にあり、藤井さん曰く、夕刻以降、信号の向かい側から見える2階の展示作品がオススメだそうだ。

 写真の面白さは、自分が計算した以外のものが写り込むことにあると藤井さんは言う。それは見る行為においても同様だろう。

 ただ見えているものを見ることと、見ようとすることは違う。藤井さんの作品は、そんな見る快楽を存分に味わわせてくれるのだ。

「フィルムの表現をまだまだ極めたい。デジタルが記録できない不可聴音と同じように、写真でもフィルムだけに写りこむ何かがあるような気もするんだ」
「bird song 79」 ゼラチンシルバープリント 40.6×50.8cm (c)藤井保


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2009/11/12 00:00