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原久路写真展「バルテュス絵画の考察II」

――写真展リアルタイムレポート

すべて撮影は自然光のみで行なっている。
A study of "The Happy Days" (c)Hisaji Hara

 このシリーズは、20世紀に活躍した画家、バルテュスが描いた絵画をモチーフに、モデルを配置し、写真作品として制作したものだ。バルテュスの世界観を写真というメディアに変換し、現代の中に再現する。

「同世代の画家にピカソがいます。発表した当時、彼の作品は先鋭的でしたが、今は逆に安心して見える。それに対しバルテュスは今も相変わらず、私の中では古びない。その秘密を探りたかったことが一つです」と作者の原久路さんはいう。

 その写真世界は、夢のようでもあり、小説の一節を現出させたような不思議な虚構性(ファンタジー)と同時に、強い存在感が感じられる。観る者は、簡単な意味づけを拒絶されつつ、逆に目は惹きつけられていくことだろう。

 会期は2010年4月6日〜5月22日。開廊時間は11時〜19時。日曜、月曜、祝日休廊。会場のgallery bauhausは東京都千代田区外神田2-19-14-101。問い合わせは03-5294-2566。

 なお4月23日の19時から会場で、原久路さんと写真評論家の飯沢耕太郎さんによるギャラリートークを開く。こちらの参加費は2,000円。要予約(ギャラリーへメールにて申し込む)。この日、会場は18時閉廊。

原久路さん。ちなみに1点、モデルとして原さんが登場しています
(c)ナツミ
「古い写真をコレクションしていて、それはもう経年変化で色調がばらばらなんです」と原さん。それで今回の作品もセピア、モノクロと色調を変えて制作した

理屈じゃないイメージの強さ

 絵画の世界を写真で表現し直す。それは対象とした作品をつぶさに解釈し、見るだけでは分からない部分まで吟味し尽くす試みでもある。原さんは4年前からこの制作を始めたが、「ずっと考察していた感じです。もっと分かりやすいタイトルを考えようとしましたが、これ以外、思いつかなかったんです」と笑う。

 では、なぜバルテュスだったのか。

「僕にとってバルテュスの絵画は網膜に直接飛び込んできて、忘れられないイメージの強さがあります。印刷物やネット上に小さく載っていても気づくし、そのインパクトは原画と変わりません」

 バルテュスは中国の山水画や浮世絵など、文化の垣根をてらいなくまたぎ、影響を受けながら自分の世界を作り出し、結果的にそれがオリジナルなものになった。

「アートは過去からバトンを受け取り、次の世代に渡す行為だと思います。これを作ることで、自分が思いつかなかったこと、やってこなかったことをやらざるを得なくなり、逆に世界が広がるような気もしていました」

 ファッション写真の撮影で、大正時代に建てられ、昭和40年頃まで開業していた個人病院を使った。その時、この制作が原さんの中で具体的に動き始めた。

「バルテュスの絵は時代性から解き放たれた魅力がある。ここなら、それが表現できるかもしれないと直感しました」

モデル選びにこだわる

 バルテュスの絵画からどれを選ぶかは、自然と思いつき、完成形のイメージも頭に浮かんできたという。ただなぜそれだったのかは、自分でもよく分からないそうだ。

 人物画を撮るために、モデル選びにとりかかった。バルテュスの絵に登場する人物は、時に不自然なポーズをつけている。

「絵の一部分だけを抜き出したり、背景を変えたりはしましたが、絵の構図に近づけることは大前提で考えていました。腕を少し反対に曲げたりと無理なポーズもありましたが、不思議とこれをつきつめていくと人物が絵の中の人になるんです」

 だからモデルは難しいポーズができ、長時間その姿勢が崩れなくて、演技力があることが必須の条件だった。

「今回のモデルさんは、僕が抱いているバルデュスの少女のイメージに近かった。とても華奢で、足が長いんです。これ以上の人は2人と見つからないと思い、いくつかの作品では一人二役で出てもらっています」

 モデル選びにこだわることも、一つの作品に同じモデルを登場させることも絵画の世界では当たり前のこと。原さんの中ではそこもなぞりたかったポイントのようだ。

この原画は山の斜面をハイキングする人たちを描いたものだ。
A study of "The Mountain" (c)Hisaji Hara

ボケ味を生かし、手前と奥にピントを合わせる

 バルテュスの世界を再現するため、この作品にはかなりの撮影技術が使われている。その一つが、多重露光だ。絵では1枚に同じモデルを何人も描けるが、写真はそう簡単ではない。

「開放でボケ味を出しつつ、それぞれのモデルにピントを合わせています」

 カメラの前に巨大なフードのようなものを作り、黒い板でレンズを覆い、画面を分割して一人ずつのシーンを撮っていく。だが焦点距離が変わるとボケ味も異なるので、それが目立たない位置を考えて黒い板をカットするのだ。

「手前と奥の人にはピントが合っているのに、間にある物がボケている。またよく見ると、背景のタイルがずれていたり、ポールがつながっていなかったりしていますよ」

 男性と女性モデルが出てくる作品でも、それぞれの人にピントを合わせたいため、この面倒な作業を行なってもいるという。

絵画の遠近感を写真で表現

 もう一つは遠近感を強調するため、撮影にスモークを活用した。絵画ではコントラストの強弱で遠近を描き分けるが、写真では狭い部屋は狭くしか写らない。そこで思いついたのが、スモークを使うことだ。

「奥にある物がかすんで見え、手前がくっきりするので、遠近感が強調されます」

 原さんは長く映像の制作をしていて、違う用途でだが、スモークを使っていた。そこでこの手法を自然に思いついたという。

「ファインダーをのぞくと、1mぐらい奥行きが広がります」

 ただしスモークは予想以上に光をさえぎり、1秒以上のスローシャッターしか切れなくなってしまった。またスモークが程よくなるまで30分ぐらいかかる上、撮影に適した状態はほんの少しの時間しかない。

「現場にバルテュスの絵を持ち込み、それに合わせて位置やポーズを決めます。スモークが落ち着くと撮影し、うまくいかなければ、再度、スモークをたいてと、何度も繰り返します」

 短時間でスモークを出せるよう、スモークマシーンは劇場用の巨大な装置を照明会社から借り出していたが、それでも撮影は長時間になる。

「手や足が少し震えてもブレてしまう。無理な姿勢で1秒間静止するのは至難の技です。だからこの作品ができたのはモデルさんに負う部分も大きいですね」

 撮影はおよそ20日間程度、ひと夏を使って行なっている。

大正時代の建物と、その窓を通った光のニュアンスが独特の雰囲気を生んだ。
A study of "The passage du Commerce-Saint-Andre" (c)Hisaji Hara

セーラー服を選んだ理由

 この作品を成立させたもう一つの要素は衣装、そうセーラー服だ。最初、絵と同じデザインで1点制作したという。

「素材はシルクだろうと考え、知り合いの服飾デザイナーに作ってもらいました。けれど何となくしっくりこなかった」

 バルテュスの絵には、文化的な文脈が濃密に込められている。描かれた少女は単なる少女ではなく、バルテュスの世界観をまとい、その文化に属した少女の代名詞になっていると原さんは考えた。

「形だけなぞり、人物に日本人を使ったら、当然ずれが生じる。日本の文化の文脈で成立するとしたら、過去と現在で通用するのはセーラー服かなと思いました」

 最初の衣装では熱心に取り組んでいたモデルさんだが、セーラー服を出した途端、「コスプレはイヤです」と拒絶されたと原さんは笑う。

「試し撮りでポラを見せたところ、すぐに納得してくれましたけど。不思議と最初の衣装より、セーラー服の方が変な艶かしさが消えました」

 撮影はバルテュスの絵画に近づけるように進め、その後のプリントでは、原さんが当初意図したイメージを追及したという。

 初めて発表したのは2009年11月の初個展で、その時は9点を展示した。その後、今年1月に開かれたヨコハマフォトフェスティバルのポートフォリオレビューに13点を出品。そこではレビュワーが選ぶベストポートフォリオ賞を受賞している。今回はさらに作品を追加し、22点が並ぶ。

自分らしく撮れた作品

 原さんはこれまでも好きな骨董品などを題材に、自分の写真作品を撮り続けてきていたが、発表したのはこれが初めてだ。

「仕事でもそうですが、僕は撮影のフットワークが重いんです。あれこれ考えて、時間をかけないと撮れない。写真では特にカメラマンのその資質が現場を左右してしまうので、マイナスだと考えていました」

 それがこの作品では、その資質が生きることに気づいた。細部にこだわり、作り込んでいく。自分らしく撮れる作品だったので、発表したい気持ちが芽生えたのだ。

 このシリーズは今後も続けていくと、原さんは言う。この会場で新しい写真家の誕生を目撃するに違いない。

カメラはペンタックス67。制作を始めた4年前は「コストとクオリティが折り合うデジタルカメラがなかった」と原さん。
A study of the "oil on canvas 1939" (c)Hisaji Hara


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2010/4/15 15:17