“女子高生×デジカメ” マンガ「瞳のフォトグラフ」誕生秘話

~実在のカメラをリアルに描くこだわりに迫る
Reported by 本誌:武石修

瞳のフォトグラフ 第1巻(フレックスコミックス刊、588円)

 女子校写真部を舞台にしたマンガ「瞳のフォトグラフ」が話題だ。美少女キャラクターとデジタルカメラという異色の組み合わせが人気を呼び、5月に単行本の第1巻を出したところ品切れの書店も出るほどの人気ぶりという。

 作品中にデジタルカメラのメーカーや機種を実名で登場させる珍しいスタイルを採用するなど“カメラの描写”にもこだわったのが特徴だ。カメラをより正確に描くために、写真専門誌(デジタルフォト)の監修を受けているのもマンガ作品では異例の事だ。

 今、なぜこうした作品を作り出したのか? カメラメーカーとの関わりは? 舞台設定は? など作品に対する疑問は尽きない。今回、マンガを描いた作家ユニット「GUNP」(ガンプ)の2人をはじめ、監修に当ったソフトバンク クリエイティブ デジタルフォト編集部のH氏と、瞳のフォトグラフの担当編集者であるフレックスコミックス編集部のF氏に瞳のフォトグラフの誕生秘話を伺った。


転校してきた主人公の女子高生“相原ハルカ”が、カメラによる出会いをきっかけに写真部に入る。ハルカを取り巻く個性豊かな部員たちと繰り広げる部活動を通して、写真とは何なのかを問いかける――

 なお「瞳のフォトグラフ」は、「Yahoo!コミック」内の無料マガジンコーナーで連載中。第1話と最新話は常時読むことができるので、未読の人は是非アクセスしてみて欲しい。なお、単行本の第2巻は11月に発売する予定だ。

テーマに写真を選んだ理由

 「瞳のフォトグラフは」、GUNPにとって初めてのオリジナル作品だ。GUNPは、原作や企画を担当する杜講一郎氏と、作画を担当するさくらあかみ氏によるユニット。両氏は名古屋在住でご夫婦でもある。

さくら氏愛用のD60(左)と杜氏愛用のEOS Kiss X2(右)。お2人のメガネとともにGUNPの名刺。裏面には相原ハルカが描かれている

 GUNPの作品を見たF氏が声をかける形で、連載を打診したのが企画の始まりだった。だが当時、新作のためのプロトタイプは写真とは関係のない学園物のストーリーだった。なぜ、写真をメインテーマに据えたのだろうか? 「単なる学園物では作品として弱い。何かもうひとエッセンス欲しいと思っていた時に目に入ったのが、普段持ち歩いていたポラロイド写真です。そこには亡くなった伯母が写っているのですが、その写真を見たときに自分の中で語りたかったテーマと写真から伝わってきたものが一致したんです」と杜氏。新作を通して最終的に描きたいテーマがいくつかあったというが、それを表現するために写真が一番マッチしたという。

「今回は、物語を表現する上でカメラが一番適しているんじゃないか、というのがそもそものスタートですね」(杜氏)

 「レンズを変えれば見え方が違ったりするように、自分が実際に見ている世界と撮る世界とでは別の見え方があります。例えば、一個人を見たときにその人の見える見え方……ある人が見たら優しい、でも別な人から見たらいやな人だ……。しかし、こうしたことは、レンズを変えるように見方を変えれば印象は変わってくるということ。一歩それをずらせば、仲違いしている人もまた仲直りしたり、関係もまた色々変わってくるんじゃないかと。そうしたところを、カメラの持っている特性で表現できれば伝わりやすいと思ったんです。カメラの良さと現実とは凄く結びついている部分があると考えていて、表現する上でカメラが最適じゃないかと思いました。それから写真は、記憶と記録と伝達の役割が非常に強いものだと感じていた部分があったんです。それは僕らがずっとマンガの中で描きたかったことと濃密に繋がっていました」(杜氏)。こうした想いを表現できるテーマは写真しかないと思ったという。このことは、相原ハルカの「レンズの数だけ世界があるんですね」という台詞(第7話)にも現れている。

 “作品に登場する初心者のキャラクターと等身大の目線で描ける”。GUNPが「写真」という未経験のジャンルに挑んだもう一つの理由だ。「素人だからこそ描けるものがあるんじゃないかと思ったんです。僕らは、写真は好きだけれどコンパクトデジタルカメラや携帯電話で撮影するレベルです。しかし、僕自身が初めてデジタル一眼レフカメラに触れて、やはり楽しかったという部分があります」(杜氏)。瞳のフォトグラフを創るに当って、劇中で登場するカメラやレンズはほとんどGUNPの両氏が購入している。「実際にカメラを持ち歩いて写真を撮ることが凄く楽しかった。初めて触れるからこそ、ここが楽しいという部分をストレートにマンガで表現すれば読者に伝わりやすいんじゃないかと考えました」(杜氏)。


デジタルフォト(ソフトバンク クリエイティブ刊、月刊、1,000円)

 「瞳のフォトグラフ」を描き始める前から写真は好きだったという杜氏。4年以上使い続けている「FinePix F10」で、旅行に行けば優に500枚は撮影していた。とはいえ、一眼レフカメラに対してはまったくの素人。杜氏は、「写真は専門的なところも多いので、僕らが聞きかじり程度の知識で描いて大丈夫なのか本当に不安でした」と当時の葛藤を振り返る。F氏がデジタルフォトに声をかけて引き合わせたのはちょうどその頃。デジタルフォトを選んだのは、発売元がフレックスコミックスと同じソフトバンク クリエイティブだったためだ。「悩んでいたときにデジタルフォトさんを紹介されました。マンガの制作に付いてもらって、知識面でのサポートを頂いています。これを続けながら描いて行けばいけるんじゃないかと思うようになりました」(杜氏)。

 一方のさくら氏も、写真は以前からの趣味だった。「私のきっかけもハルカと一緒で携帯電話からなんです。普段は主人が使っているカメラを借りて撮っていたのですが、自分の愛機というのが欲しくなって『FinePix Z200』を買ってもらいました。作品中では小鳥遊(たかなし)ヒナノが使っているデジカメはこれがモデルです。今でも愛用しています」


杜氏が使い続けている富士フイルムのFinePix F10相原ハルカが愛用するカメラのモデルとして登場
こちらは、さくら氏が使用している同FinePix Z200小鳥遊ヒナノ(設定資料から)

 現在のお2人のメイン機種は、杜氏がキヤノン「EOS Kiss X2」、さくら氏がニコン「D60」だ。それぞれ、相原ハルカと瀬名ユカリが劇中で使用している。このほか、先輩キャラクターの京(かなどめ)シオリと一宮ユイが使用しているリコー「GR DIGITAL II」も実際に購入して使っている。「今では、ミイラ取りがミイラに……ではないですが、本当にカメラが好きになってしまいました。これを機にマンガを描いたらもっと写真を楽しめるんじゃないかというのもありましたね」。2人とも肌身離さずカメラを持ち歩いていないと不安になる、というのだから完全に趣味の領域に入っている。

GUNPのご両人はGR DIGITAL IIも購入していた。外付けファインダーやワイコンもお持ちだGR DIGITAL IIを使っているのは、先輩キャラクターの一宮ユイ(左)と京シオリ(右、写真部部長)だ

写真部全員がデジタルカメラを使用

メインキャラクターの設定資料。左から、京シオリ、一宮ユイ、久家イヅミ、相原ハルカ、瀬名ユカリ、小鳥遊ヒナノ、2巻から登場する新キャラクター

 高校の写真部を舞台にしたマンガは珍しい。F氏によれば、ゆうきまさみ氏が1985年から週刊少年サンデーで連載した「究極超人あ~る」以来ではないかとのこと。そうしたことも瞳のフォトグラフが大きな反響を呼んだ理由だろう。

 杜氏は、写真部を選んだわけをこう話す。「もともとのプロトタイプでは、人物同士の交流によるストーリーが先にありました。そのストーリーにエピソードを加えるときに、よりおもしろく見てもらったり、共感を得てもらうために部活を選んだ方が伝わりやすいと考えました」

 ところで、部員は相原ハルカを含めて現在6人。その全員がデジタルカメラを使用している。デジタルカメラ全盛の昨今ではあるが、写真部に銀塩カメラの愛用者が全くいない、というのは意外な設定に思えた。「実際の写真部ではフィルムカメラも多々あると思いますが、まだカメラになれていない方や携帯電話でしか撮影したことがないという読者にも比較的スムーズに受け入れてもらえるえるような表現にしたかったのです。フィルムだとどうしても敷居が高くなってしまいます。その点、デジタルカメラだと初期投資だけで楽しめるメリットがあります。フィルムにも楽しみやおもしろみは多いのですが……」と杜氏。

 F氏も、「コンパクトデジタルカメラと携帯電話の普及があったので、若い世代は“写真を撮る”という行為自体に抵抗がないんですね。制作側としてもその辺りを意識して進めています」と話す。


「キャラクターとカメラの両方が主役です」

憧れていたカメラマンの影響でニコンユーザーになった瀬名ユカリ

 キャラクターについては、特にモデルとなった人物はいないという。ただ、劇中に登場する若手カメラマン(KADUKI)については、“モデルになった”というほどではないがその撮影対象やカリスマ性から森山大道氏を意識しているという。それ以外は、表現したいストーリーがあって、それに適したキャラクターを選んで創っていったという。

 「王道の相原ハルカが使っているのは一番売れていたEOS Kiss X2だったり、ハルカのライバルの瀬名ユカリがD60であったりなど、各キャラクターのカメラ設定もおもしろいところだと思うんです」とH氏。この辺りは、GUNPとデジタルフォトがディスカッションして“違和感”のないように機種を選定していったという。

 「各キャラクターの持つ機種を決めるのは、楽しみながらやった部分です。例えば、京シオリと一宮ユイというキャラクターは相原ハルカにとって写真部の先輩になります。ですから、カメラにはかなり詳しい。となると、“持っているカメラも通っぽくなきゃね”ということになりました」(H氏)。この2人は、とりわけ仲がよいという設定。持ち物も使い回したりする関係だ。「それなら、カメラは2人でお揃いにしようと。先輩が普通のカメラじゃおもしろくない。ならば、高級コンパクトとして人気のあるGR DIGITAL IIにしよう……と、そんな感じでどんどん決まっていきました」(H氏)。「高校生が買うにしても、ギリギリいけるんじゃないかと(笑)」(杜氏)。


相原ハルカに対して、ツンデレな態度を見せる久家イヅミ(右)。よく見ると、手にしているのは「デジタルフォト」だ

 先の若手カメラマンにあこがれていた瀬名ユカリは、中学生の時にお金を貯めてカメラを買う。その若手カメラマンが使っていたのがニコン機だったため、ユカリは同じブランドのD60になったという寸法だ。相原ハルカと同級生の部員である久家(くが)イヅミは、一歩踏み込んで写真をやっていることからニコンの「D300」という設定になっている。なおGUNPは、D300を購入するために目下貯金の真っ最中。購入したあかつきには、本編で登場させることにしている。「早くD300を出してあげたいところですね」(さくら氏)。

 さて、瞳のフォトグラフの舞台は女子校。当然部員も女子だけだが、これにも理由があった。「学園ものを描く上で、男女が出てくるとどうしても読み手が恋愛っぽいものを期待してしまうんです。この作品では純粋に友情物語を描きたかったので、恋愛で気を持たせるようなことをしたくなかったんです。それからやはり、女の子がカメラを持つカッコ良さがありました」(杜氏)。“女の子のかわいらしさ”と“カメラの精悍さ”。この2つがセットになったときの良さを特に意識したという。「キャラクターとカメラの両方が主役ですから」(杜氏)。


趣味のブログを更新するため、デジタルカメラで構内を撮りまくる相原ハルカ。「アホ毛はどうしても付けたくてこだわりました」とさくら氏舞台となる女子校のモデルとなったのは、実在の大学だ。「ちょっとおしゃれな高校というイメージです」(杜氏、ロケハン写真から)

 「やっぱり、街中で女の子が一眼レフカメラを提げているとハッと見ちゃいますからね。そういう意外性はありますね」とH氏。思わずうなずいた読者諸兄も多いのではないだろうか。

登場する機材は実際に購入

GUNPがこれまでに購入したレンズ。「EF-S 10-22mm F3.5-4.5 USM」(左上)、「EF-S 60mm F2.8 Macro USM」(右上)、「EF 50mm F1.8 II」(左下)、「AF-S DX NIKKOR 35mm F1.8 G」(右下)

 「瞳のフォトグラフ」に出てくるカメラは各メーカーにロゴや機種名の使用許諾を受けている。そのため実名で登場させることが可能だ。(なお、Web版では諸事情でメーカー名などは出ていないが、単行本ではしっかりとロゴが出てくる)

 許諾を受けたメーカーからはカメラの貸し出しを受けることもあるそうだが、すべて返却しており貰ったものは無いとのこと。「自腹を切っているというのはすばらしいことですね」(H氏)。「描くのに当たっては、実際に使ってみなければ何ともいえないですからね」と杜氏。だが、機材の購入は描く上での楽しみにもなっているという。「レンズなどは、作品に出すために買うのか自分たちがほしいから買うのかわからないですね。」(さくら氏)

 「キャラクターが成長していく中で、作家の2人もカメラやレンズを実際に買っている。これを買うのはちょっと辛いなと思いながら買っていて、しかも作品中では女子高生に買わせなければならない(笑)。そういう部分で成長していく実体験が見えてくるのがおもしろいですね」(H氏)。


瀬名ユカリが欲しかったのは、AF-S NIKKOR 14-24mm F2.8 G ED。「一体、お昼を何食抜けばいいんだ? という(笑)」(F氏)

 第2巻に収録予定の番外編(幕間1)には、瀬名ユカリがお昼を我慢してレンズのために貯金するというエピソードも入れた。しかしユカリが欲しいレンズは、なんと「AF-S NIKKOR 14-24mm F2.8 G ED」(28万5,600円)。「このレンズは、僕らも欲しいと思っているレンズです。でも、私たちでも手が出ない。このあたりは、コメディになるんじゃないかと思って描きました。『広角貯金』って感じですね」(杜氏)。

 また現在公開中の第8話は、瀬名ユカリが広角貯金を取り崩して「AF-S DX NIKKOR 35mm F1.8 G」を買うエピソードから始まる。このレンズも、GUNPの2人が先頃購入したものだ。「このレンズなら、“劇中に出すから買えるよね”と。それを言い訳にして買いました。今の高校生なら、3万円とか4万円のレンズなら買っちゃうんじゃない? というノリで描いているところはありますね。こんな風に、僕たちが写真を楽しんでいく過程で買ったものをそのまま作品にフィードバックしています。こうしたカメラやレンズで試し撮りした景色も、そのまま作品中に取り入れています」(杜氏)。


広角貯金を取り崩して買ったのは、人気のレンズAF-S DX NIKKOR 35mm F1.8 G

 「このような描写に、作家の実感がすごくこもっているので共感できるのではないかと思います。それを10代のキャラクターに当てはめている。読者が増えているのはそうした部分が影響していると思います。当然今後は、人気の出そうな機種や注目機種は許諾をいただいてどんどん登場できるように協力して行くつもりです」(H氏)。「カメラの個性の出し方には気を遣っています。カメラにロゴが無くても伝わるようにしています」(さくら氏)。これからどのようなカメラ、レンズが登場するのか楽しみだ。

 さて、カメラ専門誌であるデジタルフォトが「瞳のフォトグラフ」に協力する意味はどこにあるのだろうか。H氏は次のように話す。

 「今や、一眼レフカメラ人口は40代や50代が中心で若くても30代。しかし、20~30年前は10代や20代も多かったはずなんです。こうした現象を若返る方向に持って行ける作品としてデジタルフォトでも注目しています。基本的に、カメラ専門誌というのは本当に好きな人が買うものです。弊社で出している解説本などでは、カメラについて知りたい人向けの情報はすべて込めたつもりです。ところが、書店にそうした本があることを知らない人も多いと思うんです。極端な言い方をすると、これから写真を始めてみようという人にはなかなかリーチできない。そうした意味で瞳のフォトグラフに託している部分はありますね。それに、写真集のコーナーに興味がある10代ユーザーは少ないと思いますし、私たちも彼らに写真を始めて欲しいけれど、そういうきっかけもほとんどありません。ですから、僕らの知識を使ってよりわかりやすいエピソードで写真に興味を持ってもらえるのなら喜んで知恵を貸します、というスタンスです」

 「例えば、第7話でキヤノンの単玉が出てくるシーンには凄く感動したんです。“写真で何ができるのか”をとても幻想的に伝えいるんですね。多分これを読んだら、カメラを使っていない人も『私たちにもこんな事ができるかもしれない』ってワクワクできると思います。このあたりも、僕ら写真専門誌ではできないことなので本当に羨ましい。どんどんカメラの魅力を伝えて、若い人たちの裾野が広がれば嬉しいです」(H)。

どんどんカメラの魅力にハマっていく相原ハルカ。「ハルカはやっぱり、主人公らしい普通の女の子にしました」(さくら氏)。持ち前の行動力と明るさで、周囲に元気を振りまく

 F氏も、「誰でもカメラを握れる時代になっているので、写真を撮ることに対して難しいといった壁を作らないで欲しいと思います。そのきっかけが瞳のフォトグラフだったら嬉しいですね」と期待を込める。

 「相原ハルカや瀬名ユカリだと自分の体験談がそのまま活かせるのですが、久家イヅミや京シオリなどカメラに慣れているキャラクターだと、僕らの知識では足りないところが出てきてしまいます。カメラが好きな方から見て、『これはちょっと』と思われないように描く事にも気を遣っています。その辺りは、デジタルフォトさんに助けて頂いています」(杜氏)。

 「等身大だなと思ってどんどん入り込めるという方向性と同時に、カメラが好きな人がカメラに初めてふれる子どもたちを見てかわいく思える。これは両方ともフォローしなければなりません。ですから、等身大の部分はGUNPのお2人が担当し、マニアックな部分は我々がという関係でやっています。私たちはあくまでカメラの技術的な部分のサポートのみで、ストーリー作りにはタッチしていないんです」(H)。

読者と作家が一緒にステップアップ

 この作品はどんな読者に向けているのだろうか? さくら氏は、「カメラという題材を選んでいるので、カメラ好きの方には当然見て貰えると思います。その一方で、今まで全くカメラに触れたことのない方がカメラに触れたくなる気持ちになって貰えたらうれしい。私たちが楽しかった思いを伝えることができれば、読んだ方もカメラに触って貰えるんじゃないか、という部分は意識しています」と語る。

一眼レフカメラのレンズが外れることを知らなかった相原ハルカ。こうした表現は、一眼レフカメラに慣れていると出てこない

 例えば第7話では、カメラからレンズが外れて相原ハルカが慌てるシーンがある。H氏は、「私たち、一眼レフカメラを普段から使っている人間からすると、こういうのは無い発想なんです。でも、そうしたエピソードを含めて写真の楽しさなんだ、という事を上手く伝えていると思います。初めて使った人がびっくりした経験や感動が内容に現れていますね」と評価する。

 こうした作品の場合、初めての人にわかりやすく、かつカメラ好きの人にも共感を得てもらうためのバランスは難しい。実際、相当に苦労した部分でもあるという。カメラに詳しいキャラクターが最初から登場すると、どうしても込み入った話になってしまう。すると、カメラを知らない読者が付いて来ないことになるからだ。

 「読者と作家が一緒にステップアップして、カメラに詳しくなっていけたらと思い、主人公は全くの素人にしました。今後、徐々に詳しいことも入ってくると思いますがゆっくり順を追って展開していきます」(杜氏)。「第1巻よりも第2巻。さらに第3巻という具合に少しずつ踏み込んでいく感じになります」(さくら氏)とのこと。「カメラに詳しい方には、『あぁこういう時代もあった』とか『僕もそうだった』という部分で共感していただいて、これからの人は、主人公と一緒に楽しんでカメラを疑似体験してほしいですね」(杜氏)

 「読者の中にはカメラをお使いの年長の方もいらっしゃいますが、そうした人から見てカメラを始めた頃の懐かしい思い出語りになればいいなと思います。『あーそうそう、あったあった』みたいな(笑)」とさくら氏。


部室の設定資料。暗室もあるが、今は使用されておらず物置と化している。ちなみに「保湿庫」とあるのは防湿庫のこと。GUNPは、実際に防湿庫まで購入したのだという

 一方、ストーリーの着想にも杜氏の実体験が活かされている。特に第1話は、作品全体を通してのテーマにもなっている内容だ。キャラクターを魅せつつ全体のテーマをどうやって盛り込むか。描き始めるまでに、文字プロットだけでも数十稿を起こしたという。

 「父がニコンのF2を使っていて、家には凄い量のアルバムがあります。そうしたもの見ていると、忘れていたことも思い出して時間が巻き戻った感じがします。その辺りの良さというのは1話を描く際にイメージしたことです」(杜氏)。第1話で京シオリが話す「写真にはね、いろいろなモノがつまっているんだよ」という言葉こそ作品のキーワードという。杜氏と写真との関わりをストレートに表現した台詞だ。

 H氏は、最初に協力の依頼を受けた時をこう振り返る。「正直、どんなマンガになるか全く予想が付かなかったんです。でも、第1巻のその台詞(写真にはね――)を見た瞬間に、これは力を貸さなきゃならないなと……。立ち読みでそのエピソードに共感して買われた方もいるんじゃないかと思います。こうして監修で見させていただいていると、写真というのはいい写真を撮るとか、カメラが好きだから買うとかだけじゃなく、それを通じて友達、恋人、家族などの心をつなぎ合わせているものなんだな、と改めて思い出させて貰った部分が凄く大きいですね」

“ご当地訪問”でさらに写真を楽しむ

 作品の舞台は全くの架空都市というわけではなく、名古屋にある架空の街になっている。名古屋を舞台にしたのは、GUNPの2人が名古屋在住のためロケハンに行きやすいためだが、加えて作品の舞台に読者が訪れる「ご当地訪問」が楽しめる点で名古屋は気に入っているという。

 「写真をテーマにしている作品だけに、ハルカたちが撮りに行ったように読んでくれた方が実際に撮影に行ってくれると、みんなで一緒になって楽しめると思いました。幸い名古屋はランドマークが多い土地。第3話のツインアーチ138や第5話、第6話で出てくる名古屋港など、パッと撮って絵的にわかりやすいロケーションなんです。そうした部分で名古屋という舞台を活かすことができればと考えていました」と杜氏。

 GUNPの2人が実際にロケハンで撮影した写真とそれを基にしたカットを並べてみた。ここに挙げたロケハン写真は、EOS Kiss X2、D60、GR DIGITAL II、FinePix F10で撮影したものだ。作画に当っては、名古屋を中心にロケハン取材を敢行。デジタルカメラ6台を使用し、撮影枚数は5,000枚にも上ったという。

 
 
 
 
 
 

 既に、作品のカットと同じ場所を撮影してWebサイトに公開している読者もいるとのこと。杜氏は、「こうしたこともマンガの楽しみ方の1つだと思うので、意識して描いているところです。これから読む方も、このシーンはどこなんだろう? と探して撮影してみたりと、さらに写真を楽しむ足がかりにしてもらえればうれしいです」と話す。

 「許可が取れれば、名古屋の明治村や飯田線など実在の場所でキャラクターに写真を撮らせたいなと考えています。明治村は一度ロケハンに行っているので」(杜氏)と今後の構想も披露した。

作品を読んでキャラクターが使うカメラを買ったファンも

“カメラは楽しい”が伝わってくる描写だ

 「そもそも、カメラを題材にしたマンガが今はほとんどありません。それだけに反響はかなり大きかったです」(F氏)。「瞳のフォトグラフ」を連載している「FlexComix ブラッド」はWebコミックであったため、20代中盤からのPCユーザー層が多く見るとF氏は予想していた。ところが、単行本が出ると10代からの反響が非常に大きかったという。「純粋に書店で手にとってマンガが好きになりました、という声が多かったです」(F氏)。

 GUNPのもとには、「瞳のフォトグラフ」を見てEOS Kiss X2やD60を買いました、という声も届いている。「実際にカメラを購入されたという方以外にも、写真を撮りたくなりましたという感想を持ってくれた読者も多く、僕たちとしても感無量です。久家イヅミがD300を使っていると描いたら『D300を買いました』というお便まで来ました。皆さんすごいお金持ってるなと驚きましたよ」(杜氏)。「高校を卒業したら一眼レフを買うんです。今はまだ貯金中です」というハガキもあった。「もう、リアルユカリですよね」(さくら氏)。

 「瞳のフォトグラフ」では各巻で共通のテーマを設定している。第1巻は出会いと各キャラクターを知ってもらうための紹介。第2巻では、各キャラクターが“写真を撮る理由を見つける”という動機付けを。そして、第3巻からいよいよ実際の部活動を始めていくという。


瀬名ユカリは、D60が入ったカメラバッグを常に腰に付けている。「ユカリは存在感のあるキャラクターだけに、始めはどうやってカメラを持たせればいいか一番悩んだんです。そこで、カメラバッグを腰に付けたらカッコイイんじゃないかと」(杜氏)瀬名ユカリが使用しているのは、ロープロ製のウエストバッグだ(下は設定資料)。写真の現物は、さくら氏が普段使っている
カメラや写真についてのごく初歩的な知識は、所々でフォローしている

 説明中心のマンガにしてしまうとおもしろ味が無くなるとのことで、撮影テクニックの解説をしていくような方向ににはならないという。「そうした解説は専門誌のほうが上なので、そちらにお任せします。作品中では、ちょっとずつ写真の知識が入ってくる感じになるでしょうか。でも、一度やってみたいのは「究極超人あ~る」にあったようなマニアックな話です。“これは読者が付いてこないだろいう”という回がありました。そういうエピソードにもあこがれますね。もう少し僕らがハルカと一緒に成長してからでしょうかね」(杜氏)。カメラファンとしては、是非見てみたいところだ。

 ちなみに、最終話のエピソードはもう決まっているのだそうだ。そこにどう行き着くか、という過程を練っている最中とのこと。「ですから、第1巻から伏線をバンバン張っています。例えば、カットの背景が今後の展開に絡んでいたりします。その辺りを読み砕きながら見て頂くのもおもしろいと思います」(杜氏)

 「新しいファンがマンガから一眼レフカメラに、また、カメラのベテランもマンガを楽しむ。そういったお互いがリンクできる企画をデジタルフォトさんと連携してやっていきたいですね」(F氏)。現在、デジタルフォトが運営している写真共有サイト「クリエイティブピープル」で、GUNPの2人が撮影した写真を公開するというコラボレーションも企画中とのこと。


すっかり写真の世界に魅せられた相原ハルカ。今後の展開から目が離せない

 ところで昨今は、「Over Drive」(自転車部)、「バンブーブレード」(剣道部)、「宙のまにまに」(天文部)、「咲―Saki」(麻雀部)など、高校の部活をテーマにしたアニメ作品の登場が相次いでいる。「けいおん!」(軽音楽部)の大ヒットも記憶に新しいが、瞳のフォトグラフのアニメ化はあるのだろうか?

 「これはもう是非お願いしたいですね。GUNPとしては実現できるように作品作りをがんばりたいです。もし、ご協力いただけるところがあれば大歓迎です」と杜氏。F氏も、「作品の反響が大きいだけに、担当としてもがんばりたいところです」と前向きだ。まだ具体的な話はないとのことだが、アニメ化を期待している人も少なくないことと思う。こちらも楽しみに待ちたい。

 「カメラ専門誌やデジカメWatchさんを普段見ている人にも、絵柄で子ども向けなどと決めつけずにまず第1話を読んで欲しいですね。“写真って何のためにあるんだろう”ということを気付かせてくれる作品だと思います」(H氏)。

 「『究極超人あ~る』を見て写真を始めた人が多かったように、この作品を読んで写真を始めてくれる人がいたら嬉しいですね」(杜氏)。「写真に関してはまだまだ未熟なところが多いですが、一緒にマンガを楽しんでもらえてさらにレンズを通して同じ世界を見ることができたらなと思っています」(さくら氏)


今回の記事のために、相原ハルカの書き下ろしイラストをご寄稿いただいた。正統派美少女というイメージがぴったりの彼女が一番人気とのこと。(クリックで全身を表示します)

読者プレゼント

※募集を締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。

 フレックスコミックス様とソフトバンク クリエイティブ様のご厚意で、「瞳のフォトグラフ」第1巻(単行本)をサイン入りで5名に、「デジタルフォトポケットシリーズ 今さら人には聞けないデジタル一眼レフの疑問 基本編+構図編」を2冊セットで3名にプレゼントいたします。下記のリンクからふるってご応募ください。応募締切りは9月25日0時です。

 「瞳のフォトグラフ」第1巻には、第1話「はじめまして」、第2話「想いの芽と眼」、第3話「やりなおしの一歩」、第4話「ホールディングショット」、第5話「ファーストデート」、第6話「フォーカスイン」を収録。カバーをめくった表紙と裏表紙にはおまけマンガも掲載しています。

 「デジタルフォトポケットシリーズ 今さら人には聞けないデジタル一眼レフの疑問 基本編+構図編」は、「瞳のフォトグラフ」の監修を手がけたデジタルフォト編集部のカメラ解説本です。「基本編」ではデジタルカメラの基本的な仕組みを、「構図編」ではフレーミングのポイントをQ&A形式で紹介しています。

「瞳のフォトグラフ」第1巻。サインと各キャラクターのイラスト入り(5名に)「デジタルフォトポケットシリーズ 今さら人には聞けないデジタル一眼レフの疑問 基本編+構図編」(2冊セットで3名に)



本誌:武石修

2009/9/18 12:08