梅本製作所がつくる「高精度自由雲台」の秘密

~剛性を確保しながら徹底した軽量化
Reported by 本誌:武石修

 「自由雲台が好きで使っているが市販の雲台はどうも気に入らない。ならば自分が本当に使いやすい“オレ用雲台”を造る――」

 梅本製作所代表取締役の梅本晶夫氏がそんな思いから「高精度自由雲台」の製作に着手したのは15年ほど前のことだ。最近では、オリジナルのクイックシューでも知られるようになったが、梅本製作所といえば高精度自由雲台のイメージが強いことだろう。

左からSL-60ZSC、SL-50ZSC、SL-40ZSC

 前回採り上げたクイックシュー「SG-80」に引き続いて、今回は同社の主力製品である高精度自由雲台「SL-ZSC」シリーズにスポットを当てる。製作過程を辿ると、製品に秘められたこだわりの数々が見えてきた。

 SL-ZSCシリーズのラインナップは、最も大きな「SL-60ZSC」、中型の「SL-50ZSC」、小型の「SL-40ZSC」という3種類。同社製自由雲台で最も売れているシリーズだ。

 ざっと特徴を挙げれば、「独立したカメラ台と大きなカメラネジ締め付けホイールによる素早く確実な操作」、「特許技術『剛性体』によるたわみの抑制」、「1カ所の締め付けツマミですべての可動部を一度の固定」などだ。なお、スペックや価格は下の表を見て欲しい。

D700での使用例。左からSL-60ZSC、SL-50ZSC、SL-40ZSC
型名SL-60ZSCSL-50ZSCSL-40ZSC
価格19,800円16,800円13,800円
カメラ台サイズ90×50mm70×40mm65×35mm
基台部直径65mm54mm45mm
高さ120mm105mm100mm
重量(T形レバー時)565g355g240g
重量(丸形ノブ時)580g365g250g
最大積載量6kg5kg4kg

従来の自由雲台にあった使いにくさを解消

 当時梅本氏が感じていた自由雲台への不満といえば、動きにスムーズさがない上、固定力が弱く、強く締めると指が痛くなり、撮影すれば意外とブレる。3ウェイ雲台に比べて小型なのに比較的重い……などだった。「自分が使いにくいのだから、ほかの人も同じような思いをしているはず」。

 軽量コンパクト、スムーズな締め付け、高い剛性などを実現すべく性能の追求がスタートした。大きさは3種類用意するが、価格はどれも1万円台に抑えることも最初から決めていた。剛性や精度を考えるとアルミ合金無垢材の削りだしは譲れず、安くはならない。だが、実用品としての適切な価格にしなければならないと考えていた。

 雲台にとって、ブレないための“剛性”がもっとも需要な要素であることは言うまでもない。設計の前段階として、まずはこの検証から始まった。自由雲台でたわみの発生しやすい場所はボールから伸びる支柱部分。試作と撮影テストの繰り返しを経て、十分な剛性を持つ支柱径が決まっていった。

支柱の剛性を実写テストする梅本氏(左)。三脚に載せてテストすると、三脚のブレが加わって正確に測定できないため右のようなベースを作った。ベースを固定している装置の重量は1トンにもなる

 ところで自由雲台をお使いの方なら、カメラのアングルを変えようとしてボールを包むお椀(ボール受け)の縁に支柱がぶつかって不便な思いをしたことがあるかもしれない。自由雲台でさらに角度を急にする場合には、大抵1カ所大きくえぐってあるスロットに支柱を通して撮影するが、支柱とスロットの位置を合わせるのは一手間ではあるが結構面倒なことだ。

 剛性面から見れば支柱の径は太いほどよいが、太すぎるとスロットを使用しない場合のアングルに制限が出る。では、どれだけ傾けられれば良いのか? 梅本氏が実際にネイチャー系の写真を撮影して検証した結果、30度傾けば、特殊な意図の撮影でない限りほぼ満足できるという。さらに、最低でも25度傾けることができれば8~9割の写真は撮れると結論づけた。なお、20度以下では使い物にならないとのこと。

 SL-60ZSCは剛性試験で支柱径18mmで十分な性能となった。このとき傾きは29度まで取れるため18mmに決定した。同様にSL-50ZSCは傾き26度の支柱径16mm、SL-40ZSCも傾き26度の支柱径12mmという数字が決まった。ちなみに、SL-40ZSCよりも小さな雲台も試作したが、一眼レフカメラ用としては剛性が足りないことがわかり実用化には至らなかった。

SL-40AZ(右)よりも小型の雲台(左)も試作した。だが、支柱が細くなりすぎて一眼レフカメラには向かないことから製品化は見送った

 なお、SL-ZSCシリーズはスロットを使用した場合、直角ではなく92度まで取れるようになっている。2度プラスしたのは、三脚の精度などで少し傾いていても鉛直が出せるようにするための配慮だ。

スロットを使わずに最大まで傾けたところ。左からSL-60ZSC、SL-50ZSC、SL-40ZSC。支柱の太さと振れる角度はトレードオフ。ボール受けの開口を広げる手もありそうだが、これは剛性や固定力の低下に繋がるスロットを用いれば92度まで傾けることができる。90度+2度になっているのがポイントだ
SL-ZSCシリーズは、1つのツマミで固定とリリースができるのも特徴。さらに、ツマミの位置はボール受けスロットの位置とは関係なく動かせるため使いやすい。ツマミを締めていくとまずボールが固定されるが、このときパン方向には(最下部のベース部分で)動かすことができるので、構図の微調整に便利だ

 支柱の太さは決まったものの、支柱にカメラ台をそのまま装着しただけでは両者間に僅かだがたわみが発生する。そのため、支柱に被せる形状のフランジも追加した。フランジの直径は、長年のカンでSL-60ZSCが29.5mm、SL-50ZSCが24.5mm、SL-40ZSCが20.5mmと決めた。テストしたところ結果が良好だったため、そのまま採用した。後にCAE(コンピューター支援工学)解析をしたところ、ズバリ最適値だったという。「機械設計では経験を積んでより深く考えれば、意外と最適な値を取ることができるんです」と話す。

カメラ台と支柱をより強力に繋ぐフランジ。フランジが大きすぎれば、重量増の割に効果が上がらない

ネジ1つに対するこだわり

 不満点の1つだった固定力(ブレーキ力)についても従来からの考え方を見直した。一見ボールが大きいほど良く止まるように感じるが、むしろ重要なのは上部にあるボール受けの剛性という。この部分が弱くてはブレーキ力が逃げてしまうため、厚みなどには気を使って設計した。

 梅本製作所の自由雲台は、軽く締めるだけでも十分に固定できるという声が多い(筆者も実際に使用してそう感じている)。ボールの押しつけに発生する力は、SL-60ZSCが2,000N(約200kgf)、SL-50ZSCが1,600N(約160kgf)、SL-40ZSCが1,200N(約120kgf)にもなるそうだ(いずれも実測値)。簡単にいうと、200kgfとは200kgの荷重を掛けたのと同じ力が加わることを意味している。なるほど、ボール受けがヤワでは話しにならないというわけだ。

 SL-60ZSCは、最大20kgのカメラ(重心高100mmの場合)を積載し支柱を90度倒した状態でもロック可能だという。この数値はSL-50ZSCでは同15kg、SL-40ZSCでは同10kgとなっている。もちろんこれらは最大値であるため、実際の最大積載重量は余裕を見て3~4割程度(最初の表参照)としてある。

梅本製作所では雲台のボール用のグリースも販売している(500円)。定期的なメンテナンスで長く使いたい

 ところで、SL-ZSCシリーズではステンレス鋼よりは硬度が落ちる真鍮削り出しのカメラネジを敢えて採用している。同シリーズはクイックシュー式ではないため、カメラの着脱回数が比較的多くなることを想定。ネジ同士の摩耗という問題を見越しての対策だ。多くのカメラボディ側の雌ネジは真鍮にメッキという。そのため、雲台側にステンレス鋼を使えば、雌ネジが一方的にすり減ってしまう。これを避けるための工夫だ。

 実際には相当ヘビーに長期間使わない限り摩耗が問題になることは無いというが、こうした細かいカメラ保護の配慮が嬉しい。ちなみに、クイックシューSG-80は取り付け時に工具やコインなどで回すマイナス溝の強度を重視してステンレス鋼のネジを使っている。シュープレートはカメラへの着脱回数が大幅に減ることから、摩耗はほぼ問題にならないとのこと(摩耗した場合は同製作所にて交換も可能)。

より大きくなったカメラ台を装備

 カメラ台も重要な部分だ。SL-ZSCシリーズは、カメラ台にカメラネジ締め付けホイールを備えているのでカメラの取り付けが格段にしやすくなっている。従来のSL-AZシリーズ(丸いカメラ台を採用)は、カメラ台自体が締め付けホイールも兼ねている構造。全体が小型という利点はあるが、着脱のしやすさにやや難があった。

 カメラネジ締め付けホイールを別に設けた場合、カメラ台は横から見て口の字になり構成する部材が増えて剛性は低下する。この対策のため、カメラ台のベースは円板を削りだした小判型にした。底面と側面が一体なことと、最適な形状によって剛性向上を実現できた。これまでの丸いカメラ台よりも、面積が大きくなった四角のカメラ台のほうがよりしっかりとカメラを支えることができるメリットも得られた。

カメラ台は中央にカメラネジ締め付けホイールを備えるため、口の字形をしているカメラ台を下から見たところ。小判形をしており、底部と側面が一体になっているのがわかる
カメラ台のCAE解析。底部、側面、上部を別々の部材で構成した場合(左)は、底部と側面を一体化した製品版(右)に比べてより大きなたわみが発生する
カメラ台下部の工夫。こちらは製品版の構造。側面と底面の厚みを最初の設計より増やして剛性を増したこちらは側面と底面が薄いままで中央に丸く肉を盛った案。解析の結果、さほど剛性が得られないことがわかり不採用に

 カメラ台の最上部は、特許技術の「剛性体」を4つ配置。たわみの無い剛性体でカメラを受け止めるのと同時にコルクにより滑りを防ぐという硬軟ハイブリッドの接触面となっている。コルクだけの場合に比べて、共振をキャンセルする高い効果を実験で確認しているとのことだ。

いずれも特許技術の剛性体(黒い丸のパーツ)を備え、大幅にカメラブレを低減したという実際に剛性体有りと無しの雲台を試作してブレのテストを行なった

 このようにしてSL-ZSCシリーズは完成に近づいていたが、四角いカメラ台を採用したために重量が増えていた。設計時の目標は最大のタイプでも600gに抑えたい、というものだった。この数値は実際に持ち歩き実験をして、「持ち歩いてもいいな」と思える重さだったという。

 すでに前モデルで行なっていた本体下部の肉盗み(軽量化のための穴開け)に加えて、再度全体の軽量化を行なった。各部の寸法や材質などを見直し、剛性を保ったまま0.5g単位で重さを削った。この見直しでさらに剛性が高くなった部分もあるという。こうして最大のSL-60ZSCでもT型レバー装着時に565gを実現した。

どの雲台も下部の部品を丁寧に肉盗みして軽量化を図った。実はボールの下側でも肉盗みを行なっている

ツマミも選べる

 SL-ZSCシリーズは、締め付けツマミが「T形レバー」と「丸形ノブ」から選べるという点も自由雲台では珍しい。当初から用意していたのはT形レバーだ。一般的な丸形ノブと違って、握る必要がないため回転させるのに効率がよいとして採用した(本来、握る力は雲台をロックするのに関係ない力だ)。また、T形レバーは、丸形ノブに比べて10~15g軽量なのも利点になる。丸形ノブは、後にユーザーからのリクエストに応えるかたちでラインナップに加えた。出荷は丸形ノブ6割に対してT形レバー4割という。

丸形ノブ(左)とT形レバー(右)は注文時に選べる丸形ノブとカメラネジ締め付けホイールは内部をくり抜いて軽量化している

 梅本氏は個人的にT形レバーが気に入っているそうだ。どちらを選んだらよいのか? という質問には、「好みや慣れの問題。これまでの経験では、ユーザーが第一印象で選んだものが結局合っている場合が多い」とのこと。

 完成した雲台は、CAE解析のみならず実写テストでブレの少なさを実証している。やはり剛性体の有無がもっともブレ低減に寄与しているそうだ。また、カメラ台下部構造もブレ低減に影響していることがわかったとのこと。もちろん剛性の面だけではなく、クイックシューなどと同様に門外不出という“秘密の加工”(フィーリングが向上する)も施してある。

 梅本製作所では、現行製品であっても常にユーザーの声を受けて細かい改良を施している。スロットを2カ所にして欲しいといったリクエストはさすがに難しいというが、ユーザーの何気ない一言に重大な意味が隠されていることが多いのだそうだ。

ユーザーの声をもとに、現在も日々製品の改良を続けている





本誌:武石修

2010/10/7 12:00