REAL FOCUS

高い解像力と美しいボケ味が魅力の「RF85mm F1.4 L VCM」

中判カメラのような空気感で身近な世界を写し撮れる

客席後方から高座を狙う。観客の存在を伝えつつ、噺家のじゃまになってはならない。このような場面で85mmとF1.4という組み合わせは、その場の熱量を伝えるのに有効だ
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 400/WB:オート

高い解像力と美しいボケ味が特長の「RF F1.4 L VCMシリーズ」に、小型・軽量の85mmが登場した。程よい圧縮効果と開放F1.4による高い描写は、ポートレートの世界でどのように生きるのか。人物と料理のシーンで活躍する写真家・キッチンミノルさんが、落語家・春風亭与いちさんを神保町界隈で撮り下ろしてもらいました。

キッチンミノル

1979年、アメリカ合衆国テキサス州生まれ。写真家、写真絵本作家。法政大学卒業後、不動産販売会社に就職し、2005年に写真家として独立。写真絵本に『山の木、とどけ!』(テキサスブックセラーズ)などがある

※本企画は『デジタルカメラマガジン2025年11月号』より転載・加筆したものです。

手持ちでF1.4を幅広く楽しめる軽快な大口径

静止画と動画の両対応という性質を持ちながら、全長を99.3mmとフィルター径67mmに統一したことで話題のRF F1.4 L VCMシリーズ。広角20mmから標準50mmまで4本がラインアップされていたが、待望の85mm中望遠が登場した。

その焦点距離と開放F値から、主にポートレートの用途が想定されるが、逆光耐性をはじめとする高い画質性能はジャンルを超えた魅力を放つ。本レンズの実力を「ボケ」「近接」「逆光」「軽快」の4面から分析してみたい。

RF85mm F1.4 L VCM
発売日:2025年9月27日
キヤノンオンラインショップ価格:23万6,500円(税込)

●SPECIFICATION
レンズ構成:10群14枚
絞り羽根枚数:11枚
最短撮影距離:0.75m
最大撮影倍率:0.12倍
フィルター径:φ67mm
最大径×全長:約76.5×99.3mm
質量:約636g
逆光時の柔らかい描写に大きく貢献しているASC(Air Sphere Coating)。レンズ表面に二酸化ケイ素と空気を含んだ膜を形成して、光の反射を抑制している。特に垂直に入射する光に対して強い
レンズユニットを高速に駆動するVCMモジュールを搭載している。VCM(ボイスコイルモーター)とは、電磁力を利用してコイルを動かすアクチュエーターのこと。4枚のフォーカスレンズユニットを高速に駆動させる

TOPIC 01|ボケ.幻想的な雰囲気をなだらかなボケで作る

ポートレートにとって、ボケは被写体と背景を分離する役割がある。加えて、本レンズは後ろボケだけでなく、前ボケの柔らかさも魅力の1つ。ピンク色のサルスベリを前ボケにして、その隙間から顔をのぞくイメージで撮影をした。表情をじゃますることなく、写真に彩りを加える。

ピント面からアウトフォーカス部分の境目は急にぼけるのではなく、境界がなだらかに嫌みなくぼける特徴がある。この幻想的なボケ味は、中判カメラのそれと似ている。

キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/3,200秒)/ISO 1000/WB:5,200K
F1.4
F2.8
F1.4とズームレンズで多用されるF2.8の間には2段分の差がある。風に揺れるヤナギの葉が少々うるさかったため、すっきりとぼかしたかった。背景の情報を消失させる際にこの差は効果を発揮する

TOPIC 02|近接.75cmまで寄って大胆に切り取る

最短撮影距離は、ちょうどカメラを持って手を伸ばした長さぐらい。EF85mm F1.4L IS USMよりも10cm寄れるようになり、被写体とコミュニケーションを取りやすい。最大撮影倍率は0.12倍となり、小物をクローズアップしたり、被写体の一部を抽象的に見せる表現が可能だ。

一般的に、被写体に寄るほど被写界深度は浅くなり、ピント面との境界が不自然になりがちだが、本レンズの滑らかなボケは自然。ピントを合わせた部分に視線を誘導しやすい。

着物に着替える手元をクローズアップ。帯の美しい文様をほのかな明かりとたっぷりのボケで浮かび上がらせた。見せたい部分に視線を誘導させ、想像力を刺激する表現が得意なレンズだ
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 800/WB:オート
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/500秒)/ISO 400/WB:5,200K
一口かじった食べかけのシュガードーナツに最短撮影距離の75cmまで近づいてクローズアップした。背景や周囲の様子を写しながら空気感を演出し、主題に視線を誘導できる

TOPIC 03|逆光.柔らかい描写の中に主題の存在感

夕暮れの太陽を大胆にフレームイン。葉の隙間から差す木漏れ日を玉ボケにしている。通常ならAFが迷うようなシーンでも、思ったところにピントが合う。柔らかいけれど、被写体はしっかりと見えているところがとても気に入っている。

逆光時に開放F値で撮影すると解像感が失われることもあるが、本レンズの場合はそれもない。ソフトフォーカスレンズとはまた違った、柔らかくても主題の存在感を失わない写真を写し出す。

低くなった太陽を真正面から捉えるためにローアングルで撮影。被写体のディテールが失われないので、積極的に太陽をフレームインしたくなる。写真全体に光があふれるドラマチックな写真になった
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/2,500秒)/ISO 400/WB:5,200K
屋内での逆光シーン。暗い室内で照明が差してくるようなケースでもその場の雰囲気を生かした描写は変わらない。無理に補正をしてディテールが硬くなることがなく、柔らかい質感が保持されている
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 800/WB:オート

TOPIC 04|軽快.撮影する対象者に威圧感を与えない

撮影機材がコンパクトになることで、さまざまなアングルに挑戦しやすい上、撮影時の疲労感が軽減されるというメリットもある。実を言うと僕にとっては、被写体に対して威圧感を与えないことがいちばんうれしい。

初対面の人を撮影する際にリラックスしてほしいときは機材の見た目にもこだわる。RF F1.4 L VCMシリーズの5本は全長とフィルター径が同サイズにそろえられているというのも魅力的だ。

撮影を始めてからまだ時間が経っていない頃の写真。2人で歩きながら見つけた柵に腰を掛けてもらう。引きの距離で狙っていることもあるが、リラックスしたオフの時間を切り取った
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/1,000秒)/ISO 200/WB:5,200K
撮影するアングルや自分の姿勢の自由度が高いので、さまざまな作画をしてみようという気になる。スイーツを俯瞰で捉える場合も、軽々とカメラを構えられる
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/500秒)/ISO 400/WB:5,200K
EF85mm F1.4L IS USMと比べて、2/3の質量になっている。単焦点レンズを5本持ち歩く僕にとって、機材がコンパクトになることは何よりもうれしい

気持ちの良いボケ味が写真に物語性を創り出す

自他共に単焦点派を認める僕。普段は、20mm、35mm、50mm、85mm、そして100mmのマクロレンズをぶら下げて撮影現場に挑んでいる。単焦点レンズにこだわる理由は、寄ったり引いたり自らの足を使って被写体との距離を調整してコミュニケーションを取るからだ。

写真は被写体と一緒に作り上げるものという持論がある。そんな僕が気になっていたRF85mm F1.4 L VCMを手に、春風亭一之輔さんの二番弟子である春風亭与いちさんの1日を追い掛けた。

ビルのウィンドウを引き寄せて、背景をテクスチャーとして見せるためにF10まで絞ってみた。被写体と背景が圧縮され、迫力のある作画となった
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F10、1/250秒)/ISO 1000/WB:5,200K

その瞬間の気持ちが写っている写真が撮りたい僕は、与いちさんに近づいてお互いに緊張しながら向かい合ったり、走るさまを寝転がって撮影するなど、さまざまな角度から狙ってみた。中望遠ならではの程よい圧縮効果と、開放F1.4の浅い被写界深度が、見事に彼と背景を分離してくれる。

楽屋で着替える様子に、鏡越しにレンズを向けた。背後の雑多なハンガー類をF1.4ならうまくぼかしてくれるだろう。そんな期待をした1枚。本番前の緊張感が漂う場面でもAFは瞬時に合い、神聖な空気を乱さない
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 800/WB:オート
明るい空を背景にシルエットでドラマチックな表現をした。F1.4の美しいボケ味とシャープな描写、さらに明暗で背景と主題を分離している。顔の一部にきれいなハイライトを作ることで存在感を強調している
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/5,000秒)/ISO 200/WB:5,200K

写真は撮影技術が前面に出ると興ざめしがちだが、本レンズのわざとらしくないボケは心地良い。屋内、屋外を問わずに使いやすい点も素晴らしい。1灯しかない楽屋の薄暗い環境でも、AFは高速かつ正確に合う。撮影にストレスがないことは料理や取材など「生もの」の撮影を生業にしている僕にとってとても大切な要素だ。

のれんの隙間からそっとのぞいてみる。前ボケが画面の大半を占めるような構図にすると、シャープに描かれた視線の先に想像力が刺激される
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/400秒)/ISO 800/WB:オート
ほの暗い橋の下から、光と影のコントラストを捉える。開放F1.4の強みは暗所で生きる。ISO感度を必要以上にアップすることなく、適正なシャッター速度で写せる点が大きなメリットだ
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/3,200秒)/ISO 1000/WB:5,200K
85mmによる圧縮効果とF1.4による浅い被写界深度による前ボケで表情に迫る。しっとりとした色彩描写が彼の雰囲気と合っている。高座に上がる直前の緊迫感を閉じ込めた
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 800/WB:オート

単焦点レンズ1本でバリエーションを撮影することは難しいと思われたが、ボケ、近接、逆光、小型・軽量という4つの強みを生かして自分が動くことでドラマチックな写真が生まれる。単焦点レンズ派の僕が一番欲しいと思うレンズに出合った。

落語やライブ撮影は何よりもスピードが命。演者と客席を切り離すために開放F1.4で撮影する。EOS R5 Mark IIの瞳検出を使用すればストレスのないピント合わせが可能になる。VCMによる高速で正確なAFにも助けられた
キヤノン EOS R5 Mark II/85mm/マニュアル露出(F1.4、1/200秒)/ISO 400/WB:オート
春風亭与いち

1998年、宮城県生まれ。2017年3月、春風亭一之輔に入門。翌年1月21日、前座名「与いち」で前座となる。2021年3月上席に二ツ目昇進。11月3日に、与いちの夜市 〜春風亭与いち落語会〜を開催

撮影協力:らくごカフェ

キッチンミノル