ソニーα550の「オートHDR」とは


α550

 ソニーが2009年10月に発売した「α550」は、同社の国内モデルで初めて「オートHDR」機能を搭載したデジタル一眼レフカメラだ。これまで、HDRイメージの作成には三脚が必要なことがほとんどだったが、α550では手持ちでのHDR撮影が可能になっている。

 そこで今回は、ソニーパーソナルイメージング&サウンド事業本部イメージング第3事業部設計部1課の漆戸寛氏、同事業本部イメージング第3事業部設計部6課の上田敬史氏、同事業本部 システム&ソフトウェア技術部門 カメラ部2課の海老原正和氏、同事業本部 システム&ソフトウェア技術部門 カメラ部3課の若園雅史氏の4名にオートHDRについての話を伺った。

 漆戸氏はα550開発全体のリーダーを、海老原氏はオートHDRの組み込みソフトウェアを、上田氏はα550におけるオートHDRの画質設計を、若園氏はオートHDRのアルゴリズムをそれぞれ担当した。(聞き手:小倉雄一、図版はソニー提供)


商品化に約1年。手持ち撮影は必須の条件だった

左から、ソニーパーソナルイメージング&サウンド事業本部イメージング第3事業部設計部1課の漆戸寛氏、同事業本部イメージング第3事業部設計部6課の上田敬史氏、同事業本部 システム&ソフトウェア技術部門 カメラ部2課の海老原正和氏、同事業本部 システム&ソフトウェア技術部門 カメラ部3課の若園雅史氏

――まず、オートHDRのしくみを簡単に教えてください。

上田:オートHDRでは、露出の異なる2枚の画像を合成することにより、シャドーからハイライトまでが再現された画像が得られます。

――具体的な動作というのは?

上田:まずはα550に搭載された40分割測光セルによる輝度情報を使って撮影シーンの輝度差を算出します。算出した撮影シーンの輝度差を解析して、実際に撮影を行なうために最適な2枚の露出を計算します。

――撮影シーンの輝度差によって、2枚の露出差が決まるのですね。

上田:次は位置合わせです。α550のオートHDRでは7コマ/秒の連写性能を活かし、コマ間140msで2枚の撮影を行いますので、被写体のズレというのはある程度小さくできます。そのうえで、画像処理によって位置合わせを行ない、手持ち撮影による画像のズレをほぼ吸収して合成することができます。その処理には高速な画像処理プロセッサBIONZを使っており約2秒で処理ができます。


オートHDRの動作イメージオートHDRでは輝度の分布を解析した結果をもとに、オーバー露出とアンダー露出の2枚を高速連写して合成する

――今回、α550に初めてオートHDR機能が搭載された理由は何ですか?

漆戸:α550では、画像処理エンジンの進化を生かして、進化を感じていただけることができる仕様をご提供したいと考えていました。私達商品設計サイドから今回のオートHDRのような機能がほしいと相談したところ、技術開発部門の方でもある程度検討が進んでいた技術がちょうどタイミングが合い、搭載することができました。

――素朴な疑問ですが、オートHDR機能がない一般のデジタルカメラでは、なぜ1枚の写真ですべての明暗差が写らないのでしょうか。

若園:例えば、太陽のようなすごく明るい被写体と逆光の時のシャドウ部のようなすごく暗い被写体とでは、光の量に極端な差があります。CCDやCMOSセンサーといったカメラの撮像素子の性能には限界があるため、1回の露光ではこの明暗差のすべてを記録することはできません。記録できなかったところは白トビや黒つぶれになってしまいます。また、ディスプレイやプリントで写真を鑑賞するときにも、太陽の明るさやシャドウ部の暗さは表現できません。そのため、1枚の写真の中の明るさと暗さの差を縮めてあげないと、やはり白トビや黒つぶれがおきてしまう。こういった問題を解決するためのひとつの手段がオートHDRの技術です。

――オートHDRの開発のキッカケ、おおよそのスタート時期は?

漆戸:私達は写真を撮れる範囲をもっと広げて、撮りたいと思った写真を撮れるカメラにしていきたいと思っていました。お客様からはさまざまな声をいただいておりまして、例えば夕焼けを撮ったときに飛んでしまって思ったように写らないというお話もお聞きしていました。ですので、このような今まで表現できなかったシーンも写真で表現できる機能を搭載したいという思いがオートHDR機能の開発のキッカケになりました。具体的に商品への搭載を前提としたHDR機能の開発は1年程前に、正式に開始しました。

――では、要素技術としてはもっと時間を掛けたのではないですか?

若園:α100のころからダイナミックレンジには注力してますので、そこからさまざまに検討し、技術の蓄積を図ってきたのが今回オートHDR機能として花開きました。

オートHDRの合成例(ソニー提供)。オーバー露出(左)とアンダー露出(中央)を合成することで、シャドウ部分が潰れずにかつハイライトが飛んでいない写真を生成できる(右)

――実現を可能にした要素技術というのはなんでしょう?

海老原:今回α550に搭載したCMOSセンサーは高速に読み出しできるのが特徴で、高速な連写が可能になったのが1点。2点目に新しくなった画像処理エンジンBIONZによる高速な画像処理。3点目に、BIONZに最適化した位置合わせ技術と合成のアルゴリズム。この3点で実現を可能にしました。

連写2枚の位置合わせ機能を搭載しているため、連写時に多少動いてしまっても補正できる。手持ち撮影が可能になった大きな要因の1つだ

――位置合わせの技術って、ソニーは得意としていますね。コンパクトデジタルカメラのスイングパノラマとか。ソニーがやるからにはデジタル機能を積極的に搭載しようということでしょうか?

若園:もともとHDRという技法自体は古くからあるのですが、画像の位置合わせの作業が大変なんですね。それを手軽に手持ち撮影できるようにするためには、やはり複数画像のズレの補正は絶対に欠かせないということで、今回そこにはこだわって開発をしています。

――なるほど。ソニーさんがオートHDRをカメラに搭載しようと考えたとき、三脚を使わないで手持ちでというのがマストだったわけですね。

漆戸:そうですね。このα550という機種のターゲットユーザーを考えたとき、メインはエントリーユーザーのお客さまと、買い替え、買い増しをしていただくようなお客さまですので、やはり手持ちはマストだということで開発を進めて参りました。

2枚の連写で大抵のシーンをカバー

オートHDRとDROの違い。DROが主に撮影したレンジ内でシャドウを持ち上げているのに対し、オートHDRでは露出の異なった2枚の画像を合成することで、最大3EV分のダイナミックレンジ拡大効果が得られる

――従来からある「Dレンジオプティマイザー」(DRO)とはどう違うのでしょうか。

上田:通常の1枚撮影では被写体によってハイライトやシャドウが再現できないことがあります。DROは1枚の画像の階調を最適化する、具体的にはハイライトの階調を残しつつ、暗部を持ち上げるなどの階調コントロールを行っています。一方、今回のα550に搭載したオートHDRでは、露出を変化させて撮影を2回行なうことで再現できるダイナミックレンジを約3EV拡大します。

――オートHDRの得意または不得意なシーンはなんでしょう?

上田:DROとオートHDRにはそれぞれ最適なシーンがあります。DROが得意なのは、人物のポートレートやスナップ、あとは動体撮影。DROは1枚撮ったものをリアルタイムで画像処理して最適化を行ないますので、連写撮影も可能なのが大きな特徴です。一方、オートHDRでは、DROで捉えきれない広いダイナミックレンジを再現しますので輝度差の大きい風景や室内と屋外が共存するシーンなどが最適です。一般的な風景としては夕景のようなシーンも実際に輝度差がすごく大きいので、オートHDRに効果的なシーンです。

――カメラの使いやすい場所に「ダイナミックレンジボタン」がありますね。このボタンを押すと、「オフ」、「DRO」、「オートHDR」が切り換えられますが、ユーザーに対して、ふたつの機能を、連続したというか、どちらかを選んでもらうような、使いこなし的にも近い機能という理解でいいのでしょうか。

漆戸:はい、そのように考えています。


A550の上面。Dレンジ関係のパラメーター変更画面を呼び出すための「ダイナミックレンジボタン」(D-RANGE)をボディ上面に設けた
ダイナミックレンジボタンを押すと、DROかオートHDRを選択できる。いずれの機能も働かない「OFF」も選択できるオートHDRは「オート」のほかマニュアルで効果の強さを設定できる

――他社のカメラ内HDR機能に対する優位性を教えてください。

上田:一番大きいのは、α550のオートHDRはソニー独自の技術により位置合わせ補正を行なうことで、手持ちでの撮影を可能にしている点です。他社のデジタル一眼レフカメラのHDR機能では、手持ち撮影ができず、必ず三脚が必要です。そして、もうひとつの違いは処理速度です。弊社のオートHDRでは約2秒で画像処理を行なえますので、よりレスポンスよく快適にHDRを楽しんでいただけます。

――撮影を2コマに限定した理由は?

上田:α550のターゲットユーザーを考えると、処理速度と効果のバランスを取る必要があります。今回のコンセプトはオートHDR機能を気軽に気楽に楽しんでいただくことですので、手持ち撮影を可能にすることと、処理速度を考慮して2コマの構成にしました。

漆戸:上田とかなり検討を重ねて、画像の上がり具合や、処理時間を見極め、お客さまにストレスなくキレイな絵を提供できるバランスのよいところというところで、今回は2枚の構成に仕上げています。

若園:3EVの露出差があれば、大抵のシーンはキレイに撮れるという検討結果から、2枚撮影にしています。

――設定値がオートのほかに露出差レベル設定がマニュアルで1~3EVまでEV値を変えられますが、その使い分けはどんなふうにしたらいいのでしょうか。

上田:オートでは撮影シーンの輝度に応じて、適切な露出を計算して最適な仕上がりになるような制御をしています。初期設定はオートで、気軽に楽しんでいただけます。一方、マニュアルではHDR効果を調整したり固定することが可能です。

――オートHDRはP/A/S/Mの露出モードで作動するそうですが、露出差はシャッター速度、それとも絞りでしょうか?

上田:絞りを変えるとボケが変わるので、どの露出モードでも絞りは変化させず、シャッタースピードの変化で露出差をつけています。

――ところで、RAW+JPEG撮影時にオートHDRが非対応なのはなぜですか?

上田:α550はPCを使った煩雑な作業なく、カメラでオートHDR機能を簡単に体験できることをコンセプトに開発しました。そのためJPEGのみの対応としました。

画面全体と部分を分けて処理する高度なコントロール

――内部処理について、もう少し詳しく教えていただけますか。

若園:画像のヒストグラムの解析をして最適な露出設定を決めるのが内部処理の大きなひとつのポイントです。撮影した2枚の写真を、どのように合成しているかに関してはかなりノウハウが絡みますので、BIONZに対して最適な処理を行なっていますという答え方にさせていただきたいのですが……。

オートHDRのアルゴリズムを担当した若園氏

――BIONZに対して最適というのは……?。

若園:BIONZの内部にはさまざまな画像処理機能が入っています。ハードウェア処理が可能な部分はなるべくBIONZを使うことで高速化が可能になります。ハードウェア以上の処理が必要な部分はソフトウェアでやっています。高速かつ高画質という処理の組み合わせです。

――ではオートHDRは基本的にはソフト処理をしている?

若園:そうですね。一部の処理にソフトウェアを使っています。

――ダイナミックレンジが広がると、ヒストグラムが横に広がりますよね。シャドー部からハイライト部まで。でもそれを最終的にはギュッと再現できる範囲に落とし込む、マッピングするわけですよね。その処理もけっこう大変なのでしょうか。

若園:そこも要素技術のひとつですね。再現範囲を単純に縮めてしまうと、絵の全体のコントラスト感がなくなってしまいます。ここはDROも同じなのですが、絵の部分部分のコントラストはしっかり出しつつ、全体のダイナミックレンジを縮めるための処理を行なっています。絵の全体を見ると、暗い所のレベルと明るい所のレベルの差は縮まっています。ただ、1つ1つの被写体に注目すると適正露出で撮影したときに近い階調特性になるようにしています。つまり、全体の階調特性と各部分の階調特性を個別に最適化しているのです。


α550におけるオートHDRの画質設計を担当した上田氏

 例えていえば、Excelの表を作って、何行かある縦の行をギュッと圧縮したときに、全部の行を均等に圧縮するのではなく、必要な行は間隔を空けて、不要な行はギュッと圧縮されてるみたいなイメージですね。

――なるほど。たとえば256階調あったとして、このあたりは人の顔の明るさだから階調を確保してやろうとか、そういう小技をちょこちょこ効かせているということですか。

若園:そのとおりです。そういった割り当てを画面の部分部分で変えています。

――DROと同様の画像処理も含まれているという理解でいいんですよね。

若園:はい。違いは2枚撮ってレンジを広げている(オートHDR)か、それとも1枚のレンジのなかで最適化する(DRO)かということになります。

「ダイナミックレンジ拡大の世界をさらに広げたい」

α550開発全体のリーダーを務めた漆戸氏

――α550のユーザーや販売現場ではどんな声が聞かれましたか?

漆戸:私達が期待していた以上に反響が大きくて、こういうシーンにもトライして、いままで撮れなかったいい写真が撮れたというお客さまの声を伺っています。いままでにない写真表現ができるようになったという声はよく耳にします。

――将来展望、新機種への搭載の可能性はありますか?

漆戸:今回α550に初搭載したオートHDRは、非常にご好評をいただいていますので、我々としてはこの“ダイナミックレンジ拡張”という世界をもっと広げて、どんどん磨きを掛けていきたいと思っております。ですので、これからのモデルにも、さらにブラッシュアップして搭載していく可能性は検討していきたいと思っています。

――これから上位機種に搭載していくときに、もっとHDRを使いこなしたいという方や、RAWで撮って自分の思うがままに仕上げたいという方もいると思うのですが、純正のRAW現像ソフト「Image Data Converter SR」にHDR機能を搭載されるご予定はあるのでしょうか?

漆戸:同様のご要望をお聞きしますので、今後の課題として考えていきたいと思います。

――いまは2コマ限定ですが、今後例えば撮影コマ数を増やして処理したほうが、もっとよくなるのであればそうした方法も検討していくのでしょうか?

上田:α550の2枚撮影でもかなり多くのシーンがカバーできています。今後は、お客さまのご意見を元に、開発の参考にさせていただきます。

――可能性としてはEVを広げていくというのもアリでしょうか?

漆戸:そうですね。機種によってもHDR機能で重視される部分も違うとと思いますので、今後のモデルで搭載していくときに、もっと調整出来る幅を広げた機能の可能性もあると思います。

今まであきらめていたシーンが撮れる

――皆さんご自分が担当されたところで、一番苦労された部分はどこですか?

若園:私はHDRの基本的なアルゴリズムを担当しましたので、いちばん苦労したのは実装の担当者にHDRのアルゴリズムを使いこなしてもらうために、理論面からサポートするところです。より速く、高画質な機能として実装するための足場固めですね。

オートHDRの組み込みソフトウェアを担当した海老原氏

海老原:ユーザーに手軽に使ってもらいたいといった気持ちがありましたので、画像処理の処理時間をいかに高速化するかに腐心しました。また、ソフトでの処理が遅いとせっかくのBIONZの高速処理が台なしになってしまいますので。

上田:若園と海老原の2人と協力して開発したオートHDRの機能を、お客様に使いやすいカタチにまとめるのに苦労しました。また効果を最大限に引き出すのが大変でした。最終的に仕上がる画像をいかにキレイなものとして提供できるかという部分はかなり苦労しています。数え切れないほどのシュミレーションはもちろんのこと、最終的な画質を完成させる為には何千枚も実写撮影しました。

漆戸:私は商品としてのα550にオートHDRを搭載するにはどのようなカタチが最も喜んでいただけるのかを考え、バランスを取ることに力を注ぎました。お客さまが“HDRって難しそう”と身構えてしまうとよくないと思いましたので、内部は難しい技術なのですが、お客さまからすると、こういう写真が撮りたいというときに簡単に使っていただけるような機能としてα550に搭載しています。ISO感度も変えられますし、露出補正をして自分好みの画作りをしていただくこともできます。いろいろな可能性を秘めたカタチで搭載しておりますので、自由に試していただければと思います。

――蛍光灯が皓々とついた量販店の店頭だと、なかなかオートHDRのよさがわからないですよね。やっぱりフィールドに持ち出してほしいですよね。

海老原:はい。店頭だとHDRの効果を確認できるようなシーンはなかなか難しいと思いますので、青空の下などの光の強弱がはっきりしたようなフィールドで使用して頂いたほうが効果が出ると思います。

――いままでシャドウが潰れていたり、空が飛んでしまったりとか、いままでそれは我慢して、諦めて、当たり前だと思っていたけど、そうじゃないんだよ、と。もっとちゃんと暗いところも明るいところも写ってる写真を、これからはもっと世の中に出していけるんだよ、ということですよね。

上田:「HDRってナニ?」という方にも気軽に使って楽しんでほしいですね。まず1度試してみてください。

海老原:DROも名前は難しいですが、今となってはみなさん自由に使いこなされていますよね。それと同様にオートHDRも名前は難しいのですが、まずは使ってみて感触をつかんでいただければと思います。簡単に使えるようになっていますので、いろいろ試して好みに合う表現を見つけていただくのが1番だと思います。

――よくわかりました。オートHDRが搭載されたα550が世界中でたくさん売れることを祈っています。


(小倉雄一)

2010/1/22 11:48